第69話 エルフ、女騎士と恋バナをする(1)
「とうとう、辿り着いたか……」
誰ともなく呟いたカリヤマに、彼の隣に立つノルフィナは静かに頷いた。
ノルフィナ達の視線の先、周囲をマグマの河に囲まれた台地の中央には、黒々とした大穴がぽっかりと空いていた。
このダンジョンの最深部、インフェルノ・ラーヴァドラゴンが待ち構えるボス階層への入り口である。
討伐隊が炎獄に潜って二週間。下層の強力な魔物達を退けながら攻略を続け、彼女達はようやくこの場所に到達したのだ。
「よし。ボスに挑むのは明日にして、今日は適当な場所で野営しよう。
--ノルフィナ。野営地に冷房の魔法をかけてくれるか? 体を休めるには、ここはちょっと暑すぎる」
「は、はい……! お任せ下さい!」
「ああ。よろしく頼むよ……」
カリヤマとノルフィナ。二人の声はどこか固く、視線は合わない。
二週間経っても、彼女達の会話はぎこちないままだった。
その後彼女達は、マグマの河から離れたちょうどいい岩場を見つけ、野営地の準備を始めた。
ノルフィナはカリヤマの指示通り、野営地の外周を回って冷房の魔法を施した。
彼女がその作業を終えて野営地の中を振り返ると、他の寝床の設営なども一通り完了しているようだった。
夕食までまだ時間があるためか、討伐隊の面々は野営地に散らばり、思い思いに体を休めている。
「ほれ、とってこーい!」
「ワオン!」
楽しそうな声にノルフィナが目をやると、キンジが投げたボールを、シロが嬉しそうに追っている所だった。
一瞬でボールを回収してきたシロの頭を、キンジがわしゃわしゃと撫でる。二人ともいい笑顔だ。
「おー、よしよし。オメーはほんと賢いなー。ま、俺には負けるだろーがなぁ」
「何でシロちゃんに張り合ってるんですか…… 次、私にも投げさせてください」
「む。待たれよ、拙僧も投げたい」
「ワンワン!」
キンジの後ろにヘルメスとベンケイも並び、シロが早くボールを投げてと尻尾を振る。
明日、ここにいる全員は命懸けの戦いに挑む…… それが嘘のように思える平和な光景だった。
ノルフィナはその様子に小さく笑うと、半ば反射のようにカリヤマの姿を探した。
すると彼の姿はすぐに見つかった。野営地の真ん中に座り込み、トモミンと談笑しながら何かの作業をしているようだった。
微笑みを浮かべた彼の横顔に、彼女は誘われるように歩き出し……
「はぁんっ……」
「……!?」
突然聞こえてきた嬌声に振り返った。
そこに居たのは、やはりレイ達だった。いつものようにレイがパーティーメンバー達を侍らせている。
そしてレイの腕の中で顔を真っ赤に染めているのは、レイの副官、ローズという手練れの火属性魔法使いだった。声の主は彼女だったらしい。
ノルフィナが見ている間にもレイの愛撫は止まず、その手はローズの衣服の奥の奥まで侵入していた。
快感に悶えるローズにレイは頬を歪め、畳み掛けるように耳元で何事かを囁いた。
ダンジョンの中とは思えない光景に、ノルフィナの喉がゴクリと鳴る。
レイ達『白百合騎士団』は、休憩の度にこのような行為に及んでいたが、今日は一段と激しかった。
そのまま彼女が目を離せないでいると、レイはようやくその視線に気づいた。
名残惜しそうにローズから手を離し、ノルフィナへ流し目を送る。
「ノルフィナ。あなたもこっちに来て休憩しませんこと? きっと、すっきりできますわよぉ……?」
「あ…… いえ……! 大丈夫ですぅ!」
「あら、残念。なら、わたくし達だけで楽しむことに致しますわぁ」
「「クスクスクスッ……」」
レイの言葉に、彼女のパーティーメンバーが楽しげに笑う。
それに対し、ノルフィナは逃げるようにその場を後にしようとして…… ぴたりと足を止めた。
彼女はそのまま数秒間考え込み、覚悟を決めると、緊張の面持ちでレイの元へ歩み寄った。
「あの、レイさん」
「あら……? まぁまぁ……! 気が変わりましたのね! いいですわぁ、あなたなら大歓迎ですわよぉ!」
とても良い笑顔で両手を広げるレイに対し、ノルフィナは少し遠い位置で足を止めた。
「ち、違うんです……! あの、少しお聞きしたい事がありまして…… その、どうしたら、私もレイさんみたいになれますか……?」
「わたくしみたいに……? --ノルフィナ。あなたはすでに素晴らしく魅力的でしてよ。
確かにわたくしは、顔が良くてスタイルも最高で最強ですけれど、ノルフィナのその可愛らしい体つきだってとっても素敵--」
慈愛と情欲の混じった視線を向けてくるレイに、ノルフィナは慌てて言葉を続けた。
「すみません、言葉が足りませんでした……! えっと、レイさんの明け透けな振る舞いというか、自信に溢れた内面というか…… そっちの話です!
こんなタイミングに…… ボス戦を明日に控えた時に、お聞きすることではないと思うんですが……」
この二週間、ノルフィナは苦しみの中にあった。
自身と、親友であるシロの命を助け、故郷まで救ってくれたカリヤマ。
その彼に、ノルフィナは深い感謝と強い恋慕を抱いていた。
そしてその想いは、人工呼吸の一件を知ってさらに強くなっていた。いや、強くなり過ぎていた。
カリヤマともっと話をしたい、触れ合いたい。もっともっと深く…… 想いに比例して、彼女が抱く陰鬱な欲望も際限なく巨大化していった。
そして、それを本人に知られ、拒絶されることへの恐怖もまた、ノルフィナの中で強くなっていた。
明日の決戦では誰かが死ぬかもしれない…… そのタイミングに至っても、想いと恐怖が相反してしまい、ノルフィナは身動きができない状態だった。
炎獄に潜り始めてから、ノルフィナは第二の親友であるトモミンと幾度も話をした。
トモミンは繰り返しノルフィナに言い含めた。師匠なら、ノルフィナちゃんがどんなにえっちでも受け入れてくれるよ、と。
ノルフィナはトモミンに深く感謝しつつも、太陽のような彼女の精神性に、身を焼かれるような思いだった。
その点レイは、ノルフィナに取ってある意味憧れの女性だった。
レイは自身の情欲に限りなく忠実であり、それを周囲に知られることを全く恐れていない。
隠すどころか公言し、その上で実に楽しそうに生きている。
自身と似た性質を持ちながら、なぜレイはそのように振る舞えるのか? 思い人に軽蔑される事への恐怖は無いのか?
レイならば、今の苦しい状況を打開するヒントを与えてくれるかもしれない。
ノルフィナは、藁にもすがるような思いだった。
一方、問いかけられたレイの方はというと、ぱちくりと目を瞬かせていた。
外見やS級冒険者としての実力はともかく、内面を褒められた事はあまりなかったので、面食らってしまったのだ。
しかし、俯きながら、無意識にチラチラとカリヤマを盗み見るノルフィナを見て、納得したように頷いた。
「ああ、そういう事ですの。うーん、敵に塩を送るような真似は避けたいのですけれど……
ま、仕方ありませんわね。恋する乙女に助言を授けるのも、いい女の勤めですから」
「あの……?」
「いいですわぁ。質問に答えて差し上げますから、立ってないでそこに座りなさいな。
そして安心なさい。話が終わるまで、わたくしはあなたに指一本触れませんわぁ」
「あ、ありがとうございます……! では……」
レイに促され、ノルフィナはおずおずと彼女の前に座った。




