第68話 ハンター、炎獄に潜る(3)
中層の門番を撃退した後も、俺達は度々A級の強力な魔物から襲われたが、それを退けながら階層を下り続けた。
そうして数日かけて広大な火山地帯を抜けると、景色は一変。そこら中にマグマの河が流れる、灼熱の溶岩地帯が目の前に広がった。下層に足を踏み入れたのだ。
そして中層同様、その入り口には強力な門番が待ち構えていた。
「ゴアァァァァァッ!!」
凄まじい殺気と咆哮が上空から降り注ぐ。
ハッと見上げると、分厚い雷雲を切り裂き、巨大な翼影が姿を表した。
それは異様な速度で飛翔し、あっという間に俺達の間近まで迫った。
そのシルエットは戦闘機にも似ていて、全身は真紅の鱗で鎧われている。
頭部には一対の鋭い角。強靭な四肢には鋭い爪が備わり、長い尾の先にまで戦意が漲っていた。
戦うために生まれたとしか思えないあの姿。そして、背筋がぞわりと泡立つこのプレッシャー……!
「レッドドラゴン…… 全員上空を警戒! レッドドラゴンだ!」
「「……!」」
俺が注意を促すまでもなく、討伐隊の手練達はすでに臨戦態勢に入っていた。
一方俺は、憧れの獲物を前に、口角が吊り上がっていくのを止められなかった。
”うぉー、レッドドラゴン! リアタイでは初めて見た!”
”クッソカッコいいな。さすが小学生が選ぶ好きな魔物ランキング1位”
”っぱドラゴンよ! ドラゴンしか勝たん!”
”いやいや、お前ら何喜んでんだよ!”
”そうだぞ! あいつ、完全に討伐隊に狙い定めてるじゃねぇか!”
”あんなのに、人間が勝てるのか……?”
ドローンカメラが捉えたその魔物の勇姿に、スマートグラス上のコメントも荒ぶる。
そう、ドラゴンは特別な魔物なのだ。強靭な肉体と飛翔能力、強力無比なブレス、人類に迫る高度な知能…… どれを取っても高水準だが、それらが合わさった総合戦闘力はさらに凄まじい。
なので、この難敵を討伐したハンターはドラゴンキラーとして一目置かれる。そして何より格好いい。
俺は、ダンジョン配信で初めてその姿を見た時から、いつかこの素晴らしい獲物を狩りたいと夢見てきた。
ここのボスも竜種なので、もしかしたらと期待していたのだけれど、まさか本当に出会えるとは……!
「あのトカゲ…… 普通のS級ダンジョンなら、ボスとして君臨していてもおかしくない脅威度ですわね……!
カリヤマ。仕方ありませんから、わたくし達も手伝ってあげますわよ」
背後にいたレイ氏からそう言われ、俺は自分の立場を思い出した。
そうだ。俺は討伐隊を預かる身だ。憧れの獲物が出現したからといって、一人で突っ走って言い訳が無い。
そう思い直し、冷静に相手の力量を測った結果……
「--いや。この感じなら、俺達『ヘイムファレンダ』だけで討伐できるだろう。
レイ。一時、隊の指揮を頼む。他の魔物の襲撃を警戒してくれ。みんな、いくぞ!」
「「応!!」」
「え……!? ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
レイ氏の制止を背中で受けながら、俺達四人は迫り来る翼影に向かって走った。
「まずは俺達の土俵に降りてきてもらおう……! 『万刃乱舞!』」
ズッ…… ドバァァァァッ!!
俺の足元に落ちる影、その先に繋がる暗黒空間から、数え切れないほどのダガー群が噴き出した。
煌めく刃の奔流は凄まじい速度で空に打ち上がり、あっという間に雷雲が漂う高度に到達した。
そして一瞬の滞空の後に反転。一斉にレッドドラゴンへと降り注いだ。
「ギャガァァァァァッ!?」
背中に降り注いだ痛撃に、レッドドラゴンが驚愕と苦悶の悲鳴を上げる。
天空の覇者の異名も持ち、常に獲物を見下ろしてきた奴にとって、これは完全に想定外の攻撃だろう。
総重量数トンにも達する刃の豪雨に打たれ、奴の高度は急速に下がっていき、そのまま地響きを上げて墜落した。
「よし……! ノルフィナは脚! トモミンとシロは翼を!」
墜落地点に走りながら、並走するみんなへ指示を飛ばす。
端的に過ぎる俺の言葉に、全員が即座に頷いた。
『過冷水流!』
ジャッ…… ビキキッ!
ノルフィナが放った水流が、立ち上がろうとするレッドドラゴンの四肢を薙ぐ。
すると過冷却状態にあった水は瞬時に凍りつき、奴を地面に縫い止めた。
「グルッ……!?」
動きを封じられ、狼狽えるレッドドラゴン。その左右から即座にトモミンとシロが肉薄する。
「よいっ…… しょっとぉ!」
「ガルルッ!」
トモミンの渾身のモーニングスターが奴の右翼を砕き、シロが咥えた双刃剣が奴の左翼の皮膜をズタズタに切り裂いた。
そこへとどめの一撃を加えるべく踏み込む直前、俺とレッドドラゴンの目が合った。
奴の今、背中には無数の傷が刻まれ、四肢と両翼を潰されて身動きのできない状態だ。
正に絶体絶命の状況と言っていい。にも関わらず、その双眸にはギラついた殺意を漲らせていた。
「ゴァァァァッ……!」
レッドドラゴンの口元から炎が漏れ出し、その体から強烈な魔力光が放たれる。
奴に残された最後にして最強の攻撃手段、ブレスの予備動作だ。
俺はその闘志に感動すら覚えながら大地を蹴り、奴の鼻っ面へ渾身の蹴りを叩き込んだ。
『震脚!』
そして発動させたのは、一度放てば、大地に立つ者を尽く破壊する振動波の魔法だ。
その強力無比な対軍魔法を顔面に叩き込まれ、奴の全身に破壊の波が広がっていく。
ドッ…… ドガガガガガァッ!
不可視の巨人に何度も踏みつけられるかのように、レッドドラゴンの巨体が衝撃に踊る。
そして、頭部が弾け飛び、首が千切れ、全身がぐしゃぐしゃに破壊されたところで、ようやく破壊の波は収まった。
ズズゥンッ……
首の無い巨体が大地に倒れ伏す。
それを見届けた俺は、会心の笑みを浮かべながら残心を解いた。
「ふぅーーー…… みんな、ありがとう……! おかげで夢が一つ叶った……」
「えへへ……! よかったね! 師匠、すっごく楽しそうだったよ!」
「ど、どういたしまして……!」
「ワンワン!」
パーティーメンバーとハイタッチを交わしていると、止まっていたコメントが動き始めた。
”うっそだろ……”
”今のって、S級の魔物だったんだよね……?”
”レッドドラゴンはサイズによって等級が変わるけど、あのデカさは間違いなくS級”
”それを瞬殺って…… カリヤマ師匠、ちょっと規格外すぎないか? いや、もちろんトモミン達も凄いんだが”
”流石、討伐隊の隊長に抜擢されるだけあるな……”
「お、おぉ…… その、褒めてくれてありがとな。でも、今のはちょっと不意打ちみたいなもんだ。まともに戦ったらもう少し苦戦したと思う」
視聴者のコメントに恐縮しながら隊列に戻ると、隊のみんなからの視線が突き刺さった。
特に各パーティーのリーダー達は目を見開いてしまっている。
「おいおい…… あんなんされたら、俺の『千刃』の二つ名を返上しなきゃなんねぇじゃねぇかよ……」
「むぅ。稀に見る手練とは感じていたが…… 拙僧も、もっと精進せねば」
「身体強化、地属性魔法、闇属性魔法…… 三つの適性をあそこまで高度に使いこなすことに加え、あの謎の技術…… 本当に興味深い人ですね……!」
「ど、どうも…… あー、レイ。さっきは突然指揮を任せてしまってすまなかった。次はレイ達に先頭を--」
「カリヤマ。あなた、覚醒してまだ数ヶ月でしたわよね?」
俺の言葉を遮り、レイ氏が睨むように問いただしてきた。僅かに殺気が感じられるほどに強い視線だ。
「え……? あ、ああ。まだ四ヶ月弱ってとこだな。その前にも十年くらいG級ハンターをやってたが……」
「四ヶ月…… チッ、冗談ではありませんわ……! わたくしがここまで鍛え上げるのに、一体どれだけ修羅場を潜ったと……!
--まぁ、討伐隊の隊長が優秀なのは喜ばしいことですわぁ。腹立たしいですけれど、このわたくしが褒めてあげましてよ!」
「あ、ありがとう……? えっと、それじゃあ俺達は隊列の最後尾に移動するから、先頭を頼む。
それと、ここからは今のレベルの魔物が普通に出てくるはずだ。注意して進んでくれ」
「ええ。分かりましたから、さっさと後ろへ行きなさいな」
レイ氏にシッシッと追い立てられ、俺達は小走りで隊列の後ろに向かった。




