第67話 ハンター、炎獄に潜る(2)
最初の遭遇戦の後、俺達は僅か数日で数十階層を踏破し、炎獄の中層へと足を踏み入れた。
上層は枝分かれした巨大な洞窟だったが、中層からは景色がガラリと変わり、広大な火山地帯となった。
曇天の下、遠くに見える山々が、大気を震わせながら火を噴き上げている。
そして中層の入り口には、強力なA級の魔物が二体、門番のように立ち塞がっていた。
俺はその対処を二つのパーティーに任せた。
「そらそらそらそらぁっ!」
ヒュギギギギギィンッ!
鋭い風音と共に剣戟が響く。
直後、行手を塞いでいた門番の片割れ、クリムゾンゴーレムの巨体が砕け散った。
超硬度超高温の難敵を軽々と打ち破ったのは、茶髪にジャラジャラとピアスを付け、薄ら笑いを浮かべた優男だった。
軽薄そうな見た目をしているが、その実力は全然チャラくない。先ほどの風魔法を併用した双剣の技も、まさに達人のそれだ。
彼がS級パーティー『風が吹けば俺らが儲かる』のリーダー、『千刃』のキンジだ。
「よっし! らくしょー、らくしょー! ウェーイ!」
「「ウェーイ!」」
残心を解いたキンジが、パーティーメンバー達と次々にハイタッチする。
そこからハグに移行し、わっしょいわっしょいとキンジの胴上げが始まり…… 何度目かで地面に叩き落とされた。
「いででっ…… 殺す気かー!?」
地面から跳ね起きて叫ぶキンジに、パーティーメンバーがケラケラと笑いながら逃げ散る。ここまでがいつもの流れである。
パーティー名や振る舞いからして、悪ノリが過ぎる大学生のような彼らだが、その戦い方は実に堅実だ。
先ほどのクリムゾンゴーレムも、パーティー全員の連携で丁寧にダメージを蓄積させ、危なげなく倒し切って見せた。
あの陽の空気にはとても馴染めないが、その練達した戦術には学ぶべき所が多い。
「はぁ…… あの彼らが、なぜS級パーティーになれたのでしょう。ダンジョン発生の原理と同じくらいに深淵な謎ですね」
声に視線を移すと、長髪をポニーテールに纏めた知的な印象の美女が、キンジ達に呆れたような視線を投げかけていた。
スラリとした長身を高性能な耐火ローブに包み、手には最新鋭の魔杖。『東の賢者』の異名を持つS級の地魔法使い、ヘルメスだ。
学者然とした雰囲気を持つ彼女は、実際、東京魔法大学で教鞭をとる教授でもある。
開発した魔法は数知れず。ハンター業界でも学術会でも世界的に名が知られている、戦う研究者だ。
さらに彼女が率いる『探究のサバト』は、全員が魔法使いで、さらに研究職でもあるという異色のパーティーだ。
俺達『ヘイムファレンダ』も色物パーティーとして名高いが、その異質さでは彼女達には負けるだろう。
「ヘルメス先生。この個体、資料で見たより遥かに大型で強力でしたね。
通常個体には有効な螺旋氷槍も効いていませんでした」
「ええ。ダンジョン規模と魔物の脅威度は比例するという、ペールマンの法則の好例です。ただ、それを勘案してもあの個体は強すぎましたが……
やはり実戦は学びが多いですね。単純な比例関係では無い可能性が--」
パーティーメンバーと議論を交わすヘルメスの側には、小山のようなトカゲが倒れ伏していた。
その真っ赤な巨体は、地面から生えた石の槍衾で串刺しになっている。
中層を守る門番のもう一体。多彩な火魔法を操り、驚異的なタフネスを誇るA級の魔物、サラマンダーである。
この攻守共に優れた難敵を、ヘルメス達は簡単な実験を行うかのように一蹴した。
他のメンバーが事前起動した魔法や速射魔法で敵を足止めし、ヘルメスが強力な地魔法の一撃でとどめを刺したのだ。
キンジ達とはまた違った、ロジカルで無駄のない連携だった。
「二組ともご苦労様! 隊列に戻ってくれ! そろそろ夜になるから、今日はここまでにしよう!」
「くそっ……! おい、てめーら覚えてろよ!? カリヤマに感謝するんだな!」
「了解しました、カリヤマさん。諸君、この議論の続きは帰ってからにしましょう」
俺の声に、キンジ達が追いかけっこを止め、ヘルメス達が議論を中断して帰ってくる。
その後、近くにちょうどいい岩場を見つけた俺達は、そこに腰を据えて野営の準備を整えた。
さて、討伐隊のみんなは今日も頑張ってくれた。俺も自分の役割をしっかりと果たさなければ……
「では、頂きます」
「「頂きます!」」
俺の号令に合わせ、討伐隊の全員が一斉に手を合わせた。
パーティーごとに分かれて座る彼らの目の前には、俺特製、ケイブ・サハギンの唐揚げ定食が配られている。
山盛りの唐揚げは綺麗なきつね色で、漂ってくる匂いは暴力的なまでに香ばしい。
そこへみんなが次々に箸をつけると、クリスピーな音とともに感嘆の声が上がった。
上々な反応に頷きながら、俺も唐揚げを口に運ぶ。
カリカリの衣を歯で噛み潰すと、肉汁が弾けるように溢れ出し、魚肉の力強い旨みが口の中いっぱいに広がった。
脂っこさは全く無く、いくらでも食えそうだ。脂肪の少ない赤身を使って正解だったようだ。
「美味い……! よしよし、今日もいい出来だ」
側に座る『ヘイムファレンダ』のみんなの様子を伺うと、トモミンが残像が生じる速度で料理を口に運んでいた。
「ん〜、おいしー! すんごいカリジュワッ! さっすが師匠! まだ食べ終わってないけど、おかわり!」
「はは、そりゃよかった。いっぱいあるから、ゆっくりたくさん食べな」
”今日も飯テロの時間が始まったでござる”
”めっちゃ美味そう……! かーちゃんに今晩唐揚げにしてって頼んでくる!”
”くそっ……! なぜウチにはカリヤかーちゃんが居ないんだ!”
”カリヤママッマ、俺にもご飯作ってwww”
”ふむ…… 確かに、最近のカリヤマ氏にはママみ感じる…… アリ、か……?”
「いや、無しだよ……」
ドローンカメラが撮影した俺達の食事風景に、スマートグラス上のコメント欄が荒ぶる。
この討伐隊における俺の仕事は、隊長として攻略の指揮を取るだけじゃない。
情報開示した暗黒空間による兵站の確保と、ついでに料理番も重要な役割なのだ。
ちなみに俺の手料理の評判は上々で、そのお陰か討伐隊の士気も高い。
普段かなり良いものを食べているはずのS級ハンター達も、口を揃えて美味いと言ってくれている。
あの何かにつけて絡んでくるレイ氏ですら、「まぁ、料理の腕だけは認めてあげますわぁ……」と渋々褒めてくれたくらいだ。
「ワフッ、ワウゥ〜……!」
泣きそうな鳴き声に視線を落とすと、シロが熱々の唐揚げに苦戦していた。
「おっと、すまんシロ。あー…… ノルフィナ、彼の分を冷ましてくれるか?」
シロの分の唐揚げを持ち、おずおずと話しかける俺に、彼女はびくりと体を震わせた。
「え……!? あ、はい……! シロ、今すぐ氷点下にしてあげますね!」
ノルフィは俺と目を合わせずに唐揚げを受け取ると、真冬の嵐のような風をそれに当て始めた。
「ク、クゥ〜ン……」
「あはは! ノルフィナちゃん、そんなに冷やしたら冷凍唐揚げになっちゃうよ〜」
「ははは……」
ここの攻略を初めて以来、ノルフィナの俺に対する態度はずっとおかしい。
まさか、俺に人工呼吸されたのを思い出してしまったのだろうか……?
もしそうなら、黙っていたことを謝らなければならない。が、確認するのが非常に怖い……
彼女の態度が別の理由によるものであった場合、俺は彼女からさらに嫌われてしまうだろう。想像するだけで心臓がヒヤリとしてしまう。
ダンジョン攻略は今のところ順調だ。
しかし俺の心中は、ノルフィナへの罪悪感と、彼女との関係が壊れてしまう恐怖で大いに乱れていた。




