第66話 ハンター、炎獄に潜る(1)
ズァ……
青い光の渦を通り抜け、俺達は炎獄の第一階層に降り立った。
素早く周囲を見回すと、そこは広く長大な洞窟だった。道幅は四車線道路ほどもあり、天井もかなり高い。
トンネルのように真っ直ぐに伸びる道の先は、薄闇に包まれていて窺い知れない。
「近くに魔物の気配は無いな…… よし、打ち合わせ通りの隊列で攻略していこう」
俺の声に討伐隊の面々が頷く。最初は敬語で話していたのだが、隊長なんだからタメ語で命令しろと修正されてしまった。
まだ全然慣れないし、俺なんかが彼らを指揮する事への不安もある。
何せ、俺は十年に及ぶハンター人生の殆どを、ソロの雑魚狩りで過ごしてきた。
覚醒し、トモミン達とパーティーで活動し始めたのはここ数ヶ月のことで、複数パーティー合同でのダンジョン攻略など初めてだ。もちろん隊長経験も無い。
だが、ダンジョン関連の動画は、ハンターになる前から毎日のように見てきた。
複数パーティーによるダンジョン攻略も、配信で何度も目にしているので、部隊指揮のセオリーは分かる。
今回のような急造部隊の場合、無理に最適化しようとせず、パーティー単位で動いてもらった方が上手くいくのだ。
探索陣形も、パーティー単位で組むのが良いとされている。
運用としては、魔物との遭遇戦は基本的に先頭パーティーに任せ、戦闘後はそのパーティーを最後尾に移動させる形だ。
こうして先頭をローテーションさせることで、戦闘の負荷を隊全体に分散させるのだ。
もちろん、大群などに遭遇した場合は複数パーティーで対処するが、基本はこのシンプルなやり方で進めていくつもりだ。
「最初の先頭パーティーは『練武会』だ。ベンケイ、よろしく頼む」
「うむ。拙僧らに任されよ……」
腹に響くような重低音で応えたのは、『練武会』のリーダー、『武蔵坊』ベンケイだ。
S級の薙刀使いで、僧兵を思わせる白い頭巾を被り、体は和風の重装鎧で固めている。
厳しい顔つきと身長2m近い巨躯は、まるで仁王像のようでもある。
『練武会』のメンバーは、五人全員が彼のような筋骨隆々の前衛型だ。
あと、全員がかなりの無口だ。彼らはダンジョン庁での会議でもむっつりと黙り込み、最低限の受け答えしかしていなかった。
この硬派すぎる武人パーティーを好む人も多いそうなのだが、彼らはあまり配信をしないので、ファンは常に供給に飢えているのだとか。
そんな『練武会』の面々に先頭に立ってもらい、俺達は次の階層への階段を目指して走り始めた。
地を蹴って加速するたびに、耳元で風音がごうごうと鳴る。
ダンジョンの入り口である青い光の渦は、あっという間に後方に消えていった。
”はやっ。F1くらい速度出てない?”
”洞窟型ダンジョンでここまで道が広いの初めて見た”
”入り口の光の渦もめちゃくちゃデカかった。やっぱり、普通(?)のS級ダンジョンじゃないんだなぁ……”
「だねー、ボスもちょー強そうーだったし。でも、僕らがきたからにはもう大丈夫! このダンジョンは、消える定めにあるのだー。ふはははは!」
流れてきたコメントに、トモミンが冗談めかしてドローンカメラに笑いかける。
簡単そうにやってのけているけど、彼女はその間も高速走行しているので、結構な高等技術だと思う。
”きゃー、怖い!”
”悪そうな顔w”
”しっかし、ダンジョン庁も馬鹿な事したよなぁ”
”確かに。こんだけヤバそうなダンジョンを、自分らだけで片付けようとするなんてな”
”長官…… 生ける伝説的な存在だったのに、晩節を汚しちゃったか”
”権力持った爺さんなんてそんなもんだろ”
しかし、続いたコメントに彼女の顔が曇った。あ、不味い。
「むぅ…… みんなちょっと言い過ぎだよ! 長官さんだって最初は--」
「トモミン! 今日の昼食、何がいい?」
すかさずでかい声で叫んだ俺に、トモミンがびくりと口を紡ぐ。
他のみんなもトモミンに目を向け、視線で訴えかけた。それ以上喋るなと。
「へ……? あっ…… えっと、えっと……! ハンバーグ!」
トモミンの顔に、理解と後悔の色が浮かんだ。
このダンジョン討伐依頼を受けるにあたり、俺達には緘口令が降っていた。
岩崎長官が俺達に話した事実を、決して世間に漏らさないようにと。
もちろん討伐隊の面々はすぐには納得できなかったが、これは他ならぬ長官からの頼みだったのだ。
全てを背負い込むと決めた彼の覚悟を、無駄にするわけにはいかない。俺達は、大人しく彼に従うことに決めたのだが……
「--分かった、ハンバーグだな? 楽しみにしていてくれ」
「う、うん…… うわぁー、やっちゃったよー…… 僕ってどうしてこうなんだろ……」
「トモミン…… 私はそんなあなたが好きですよ」
しゅんと項垂れたトモミンの背中を、ノルフィナが優しくさする。
後で俺からもフォローを入れておこう。しかし……
”ハンバーグ師匠…… 急にでかい声出してどうしたんだ?”
”カリヤマ師匠な”
”ハンバーグw かわいい”
”トモミン、なんか長官を庇おうとしてなかった?”
”それをカリヤマ氏が止めた?”
”あー…… 理解。これ、長官の上司がやっちゃったパターンじゃね?”
”長官の上司だって……? いったい、何理大臣なんだ……!?(すっとぼけ)”
”違和感はあったんだよな。普段の岩崎長官とは思えないやり方だったから”
”え、なになに? どーゆーこと?”
やはり、気付いてしまった視聴者もいるようだ。さて、どうしたものか……
ゴォォォォォッ……
すると、前方から聞き覚えのある走行音が聞こえてきた。いいタイミングでお客さんが来てくれたようだ。
前方に目を凝らすと、暗がりの奥から丸い岩石の群れ現れた。
その数およそ百体。ストーンボムの大群だ。異音を上げながら、高速でこちらに転がってくる。
「多いな…… ベンケイ! 全員で--」
「不要! 者共、征くぞ!」
「「応!」」
引き止める間もなく、『練武会』の五人は揃って地を蹴った。
そして一瞬で魔物達の眼前に到達すると、その武威を振るった。
「ぬぅん!」
ドガガガガガガァッ!!
薙刀が、棍棒が、拳が、まるで発泡スチロールのようにストーンボムを砕く。
そして冷却せずに殺したことで、砕かれたストーンボムが次々に爆発する。
しかしベンケイ達は止まらない。爆風に小揺るぎもせず、走る速度を緩めもせず、群れを削っていく。
ほんの数秒の間に百の爆裂音が響き、魔物の群れは粉微塵になった。
”TSU,,, TSUEEEEEE!”
”やっぱ、S級パーティーって規格外だな……”
”『練武会』の貴重な戦闘シーン”
”こ奴ら、あまり配信をせぬからな”
”↑お身内ですか?”
「め、めちゃくちゃだな…… だが、よくやってくれた! 先頭交代! 『練武会』は最後尾へ!」
「「--応!」」
彼らは少し物足りなそうにしながらも、素直に隊列の後ろへ移動した。




