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【1章終了】逃げ癖ハンターは立ち向かう 〜狩人の大精霊に憑依された底辺ハンターは魔物に溢れた現代で無双する〜  作者: 藤枝止木
2章 ハンター、都会へ行く

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第64話 エルフ、決行前夜を悶々と過ごす


 カリヤマが提案したインフェルノ・ラーヴァドラゴンの討伐作戦は、会議室にいた全員から賛同された。

 この作戦ならばやる価値はある。他の4つのS級パーティーも、そう判断したのだ。

 そして長官の判断のもと、早速明日から炎獄(えんごく)の攻略を開始するこぶしがたけになった。

 会議終了後、カリヤマ達は千葉の自宅に帰り、決行前夜をゆっくりと過ごしていた。


「もぐもぐもぐ…… ごっくん。ぷっはー! 満腹満腹! やっぱり師匠の熊カレーが最強だよー!」


 場所はカリヤマ家の居間。何杯目かのカレーライスを平らげたトモミンは、満足そうに自身の腹を撫でた。

 居間には住人全員の姿があり、食卓の上には、空になった皿やら骨やらが大量に積み上がっている。

 カリヤマが用意した各人の好物の残骸である。綺麗に完食してもらえたのを見て、彼も満足そうにしている。


「ははっ、ありがとな。けど、大量にあった熊野郎の肉も今回で売り切れだ……」


「えっ、そーなの!? うぅ、悲しぃ……」


「だな…… 今度、ユグドラシアで熊狩りでもしてみるか」


 泣き真似をするトモミンを、カリヤマは微笑ましげに見ている。

 その二人を、ノルフィナはじっと見つめていた。


「…………」


 彼らが異世界ユグドラシアから地球に帰ってきてから、短時間ながら怒涛の展開が続いた。

 そして人心地がついた今、ノルフィナの脳内では、採掘坑で見たカリヤマとトモミンのキスシーンが繰り返し再生されていた。

 夕食の最中、彼女の視線は二人の口元を交互に彷徨っていたが、今はカリヤマの唇に固定されている。

 すると、視線に気付いたカリヤマがノルフィナの方を振り向いた。加速していたノルフィナの心臓が、さらに大きく跳ねる。


「ノルフィナ。君はもうお腹いっぱいになったか? もっと寿司を握ろうか?」


「い、いえいえ……! もう満腹なので、大丈夫です! そして大変美味しかったです! ねっ、シロ!?」


「ワフ? ワフーン……」


 ノルフィナが誤魔化すよう話を振ると、シロはすでに眠そうな声で反応した。

 床で満足そうに寝そべる彼の腹は、高級マグロで大きく膨れていた。


「そっか。なら良かった。じゃあ明日も早いし--」


『速報です! 本日、東京駅周辺で起きた大規模な魔物災害について、ダンジョン庁から発表があるとのことです!』


 その時、居間のテレビから緊迫した音声が聞こえてきた。

 全員が画面に目を向けると、記者会見の壇上に立つ岩崎長官が映った。

 連続でフラッシュが炊かれる中、彼は決然とした表情でこちらを見返している。


『ダンジョン庁長官の岩崎です。今回の魔物災害…… いえ、ダンジョン災害は、全て私の責任です。

 被災された方々には、心よりお詫び申し上げます。ことの発端は--』


 それから長官が話したのは、先ほどカリヤマ達が聞いたのとほぼ同じ内容だったが、一つだけ決定的な違いがあった。

 長年地下空間を放置していた件や、発見したダンジョンへの対応のミス。それらが、全て長官の独断専行によるものと説明されていたのだ。

 長官は事件の経緯を説明し終えると、この危険な炎獄(えんごく)の討伐を、カリヤマ達民間のS級ハンターに依頼したことを明かした。

 そして、討伐完了を(もっ)て長官職を辞することも明言した。

 その後設けられた質疑応答の時間で、記者達は、厳しい質問や罵倒を容赦なく長官へ投げつけた。


「岩崎長官…… 全て、一人で被るつもりなのか……」


「な、なんでー!? 長官さん悪くないのに!」


「おそらく、この国がこれ以上混乱するのを防ぐためでしょう。本当のことを世間に公表したら、今の政権は間違いなく終わるでしょうから……」


「クゥーン……」


 カリヤマ達は、画面の中、一人で悪意に晒され続ける長官を食い入るように見守った。

 そしてようやく会見が終わると、カリヤマはおもむろにテレビを消した。


「つくづく、立派な人だ…… 彼の依頼を確実に達成するためにも、今日は早めに休もう。

 二人は先に風呂に入ってしまってくれ。俺はまだ少しやることがある」


「むー…… わかった。じゃあノルフィナちゃん、一緒に入ろっか」


「そうですね…… え……!?」


 反射的に頷いてしまったノルフィナを、トモミンは容赦なく風呂に引き摺り込んだ。

 カリヤマ家の湯船は、年季は入っているが意外に大きく、二人は一緒に湯船に浸かることができた。


「ふぃー…… 今日は色々あって疲れたー。でも、だからこそ、お風呂が最高に気持ちいい! ね、ノルフィナちゃん!」


「そ、そうですね……」


 手足を限界まで伸ばして湯船を楽しんでいるトモミンに対し、ノルフィナは体を縮こめるようにしていた。

 一方、彼女の目は忙しなく動いていた。視線の向かう先は、トモミンの上気したうなじや、意外とある胸、僅かに割れた腹筋などだ。

 トモミンとカリヤマのキスシーンを脳内で反芻しすぎたせいか、ノルフィナは、トモミンの裸体にまでドギマギしていた。

 そうする内に、何やらニヤニヤした表情のトモミンと目が合ってしまった。

 先ほどカリヤマを盗み見ていたのと全く同じ展開。ノルフィナは、自身の愚かさに愕然とした。


「んふふふ…… もー、どこ見てるの? ノルフィナちゃんてさ、結構、えっちだよねー……?

 レイちゃん達のイチャイチャもガン見してたし、さっきも師匠の唇ばっかし見てたしぃ?」


「……!」


 トモミンの言葉に、ノルフィナは息を詰まらせた。

 湯船で暖まっていたはずの彼女の体が、一瞬で芯まで冷える。


 堅固な知性の防壁。その内に秘めた、自身の暗い欲望。

 ノルフィナは、それを他人に知られ、失望されてしまうことに強い恐怖感を抱いていた。

 そして今、最も嫌われたくない二人の内の一人に、それを知られてしまったのだ。


「す、すみません…… わた、私、もう上がります……!」


 震えながら湯船から出ようとするノルフィナの肩に、トモミンが慌てて手を置く。


「あ、まってまって! いきなり言っちゃってごめんね。そんで、だいじょーぶ!

 僕、ノルフィナちゃんにいくら見られてもへーきだし、えっと…… えっちだからって嫌ったりしないよ?

 ほら、僕って、あのレイちゃんとも仲良しだしさ。だからだいじょーぶ!」


 トモミンに優しく抱き寄せられ、ノルフィナの強張りが解けていく。

 知られた。しかし嫌われなかった。その安堵に、彼女の体は暖かさを取り戻し始めた。


「トモミン…… ありがとうございます。あなたに会えて、本当に良かった。

 あと、その…… いっぱい見ちゃって本当にすみません」


「もー、いーってばぁ。あ、おっぱい触る? レイちゃんにも触らせたことないんだけど……」


「え、いいんですか!? あ…… い、いえ! だいじょーぶです!」


「あはは、そっかー」


 笑い合い、抱擁を解いた後、二人の間には暫し心地よい沈黙が落ちた。


「--前は、隠せてたんです。ちゃんと。でも、レイさん達のあれやら、お二人のそれやらを見てから、どうにも抑えきれなくって……」


「あー。それで夕飯の時も、師匠の唇ばっかり見てたんだー?」


「は、はいぃ…… あの、カリヤマさんも気付いているんでしょうか……? その、私が淫乱だということに……」


 恐る恐る尋ねるノルフィナに、トモミンは少し苦笑してしまった。


「い、いんらんって…… うーん、多分気付いてないと思うよ? ほら。師匠って、大好きな魔物とか料理のこと以外、結構大雑把だからさー」


「あ…… ふふっ、そうかもしれませんね。そういえば今日も、あのインフェルノ・ラーヴァドラゴンの映像に目を輝かせていましたね」


「うんうん! いつもは頼りになる大人って感じなのに、あーゆー時はすっごく子供だよね!」


「はい。ドラゴンに憧れるちっちゃな男の子みたいで…… ちょっと可愛かったです」


「んふふ。ノルフィナちゃん、分かってるねー! --うーん。やっぱり、ノルフィナちゃんだけ覚えてないのは勿体無いよ…… ごめん師匠! 僕、教えちゃう!」


「え?」


 困惑するノルフィナに、トモミンは真面目な調子で向き直った。


「えっと…… キングサハギンと戦った時、ノルフィナちゃん、かなり危なかったよね……?」


「は、はい。空気のドームが崩れて、気付いた時にはお二人が、その、していたので、あまり死にかけた自覚はないんですが…… シロが助けてくれたんですよね?」


「うん。半分正解。実はノルフィナちゃん、シロの魔法でも目を覚まさなくて、師匠が必死に心肺蘇生して、やっと生き返ったの」


「--へ?」


 ノルフィナの明晰な頭脳は、すぐにその意味を悟った。

 心肺蘇生とは、心肺が停止した者に対して、人工呼吸と胸部圧迫を繰り返す救命措置だ。

 そう、人工呼吸だ。この場合の要救助者はノルフィナで、救助者はカリヤマ。つまり……

 ノルフィナは、自身の心臓が早鐘のように打ち、体全体が異常に熱くなっていくのを感じた。

 そして自身の唇に触れながらトモミンを見返すと、トモミンは神妙に頷き返した。


「うん…… 実はノルフィナちゃんも、師匠とキスしてるんだよ! しかも、僕より先にぃ!

 緊急事態だったから仕方ないんだけど、ちょーっと悔しくってさー…… だから僕、思わず師匠に無理矢理-- あれ、ノルフィナちゃん?」


「--きゅぅ」


 バシャーンッ!


 顔を真っ赤にしたノルフィナが、顔面から湯船に突っ伏した。


「ちょ…… ノルフィナちゃん!? ノルフィナちゃーん!?」


 幸い、トモミンによる救助は迅速であり、今回は人工呼吸を要する事態には至らなかった。


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