第62話 ハンター、宮仕えの辛さを知る(2)
九十度の最敬礼で頭を下げる岩崎長官の姿に、俺も含めたハンター達は戸惑ったようにどよめいた。
彼は生ける伝説のような男だ。世界凶変の時から第一線で戦い続け、幾つものS級ダンジョンを討伐し、引退後もこうしてダンジョンに立ち向かい続けている。
そんな人物にここまでされたら、流石に怒りの矛を納めざるを得ない。
が、この場にはそういった感性を持ち合わせていない人も居た。
「ふん。わたくし達を騙したのですから、謝罪は当然ですわぁ。
それよりも、さっさと事情をご説明いただけませんこと? それが誠意というものでしてよ」
不機嫌そうに言い放ったレイ氏を、俺達はギョッとした表情で見つめ、長官は苦笑気味に頭を上げた。
「ええ、もちろんです。前置きが少し長くなってしまいますが、事の発端は、世界凶変まで遡ります……」
岩崎長官によると、こういった事情だった。
数十年前、世界各地で突如として魔物とダンジョンが出現した。
後に世界凶変と呼ばれるこの災害は、日本にもあらゆる面で致命的なダメージを与えた。
その時東京の地下では、大規模な地下鉄の開通工事が行われていたのだが、魔物対策でそれどころではなくなった。
工事はそのまま中断。復興期の混乱により、広大な地下空間はそのまま忘れ去られていった。
しかし、最近になって古い資料が見つかり、政府は工事の事を思い出した。
そこで調査を行ったところ、東京の地下でS級ダンジョンを発見してしまったのだ。
ダンジョンは、人気の無い場所に突然誕生する事が知られている。誰も立ち入らない広大な地下空間など、格好の発生場所だ。
そんな場所を長年放置してきたのは、政府の致命的な失態と言えるだろう。
その事実を知った岩崎長官は、対策局だけでなく民間のハンターにも協力を求め、確実に討伐しようと政府内に訴えた。
発見されたS級ダンジョンが、過去例に無い程に巨大だったからだ。
だが、その意見は握り潰された。
この事実を隠蔽し、対策局の戦力のみで秘密裏に対処する…… それが総理を含む政府上層部の決定だった。
岩崎長官はやむなくそれに従い、対策局の精鋭ハンター三十人からなる攻略小隊を結成。並行して、二線級戦力による魔物の間引きも行い始めた。
このS級ダンジョンの攻略と間引きは、しばらくは順調に進んでいた。
しかし二週間ほど前、突然ダンジョン内の魔物が急増し、防衛線を突破した小型の魔物が地上に逃れてしまった。
これが、スカイツリー周辺に魔物が現れた事件の経緯である。
これを受け、長官は再度民間への協力打診を訴えたが、政府はこの段階になっても隠蔽を諦めなかった。
世間と俺達民間ハンターの目を逸らすため、魔物が甲武信ヶ岳から来たという話をでっち上げた。
その間、対策局の攻略小隊はさらに攻略を急ぎ、数日前にようやくボス部屋に到達した。
「--しかし、彼らを待ち受けていたボスは想定以上に強力でした……
こちらをご覧下さい。彼らが命懸けで送ってくれた映像です」
長官はそう言うと、会議室のモニターに映像を映し出した。
それは、ドローンカメラが撮ったと思われる俯瞰の映像だった。
画面いっぱいに煮えたぎるマグマの海が広がり、そこから顔を出した岩場が飛び石のように点在している。まるで地獄のような光景だ。
そんな過酷すぎる環境の中を、黒っぽい戦闘服の小隊が進んでいた。
隊列を組み、岩場から岩場へと慎重に飛び移っている。ボスを警戒しながら、ダンジョン核を探しているのだろう。
すると、隊の前方のマグマが爆発したように弾け、それが姿を現した。
「「……!」」
会議室にいた上級ハンター達が全員息を呑み、俺の背筋にも冷や汗が流れた。
煮えたぎる海から鎌首をもたげたのは、巨大な蛇竜だった。
全長は恐らく数百mにも達するだろう。その長大な全身は赤黒い甲殻に覆われ、それらの隙間からは煌々と赤い光が漏れ出している。
まるでマグマの化身。禍々しさと神々しさが同居したような威容…… 画面越しでも分かる。間違いなくS級の竜種だ……!
『ギュァァァァァッ!』
甲高い咆哮を上げるその蛇竜を、攻略小隊は果敢に攻めた。
前衛の隊員が岩場を伝って飛ぶように肉薄し、後衛の隊員が援護の攻撃魔法を放ち、炎対策の防御魔法を展開する。
全員が凄まじい手練だと分かる動きだった。
しかし、マグマの化身たる蛇竜には全てが無駄だった。
攻撃がその体に届く寸前、奴は強烈な光と共に赤熱化した。
その異常なまでの高温により、前衛が奴の体に叩き込んだ武器は瞬時に蒸発。
放射された熱波は、武器を振るっていた前衛自身をも焼き焦がした。
強力な身体強化のおかげで即死を免れた前衛は、燃える体でなんとか後方に撤退した。
一方、後衛による攻撃魔法も通用していなかった。
巨大な氷の槍も、音速を超える岩塊も、奴の体に当たる前に蒸発してしまう。
唯一その体に到達できた風の刃は、超硬度の甲殻で防がれてしまった。
クリムゾンゴーレムと同じ防御スタイルだが、レベルが違いすぎる……!
攻略部隊は、その一当てで撤退を決断したらしい。
すぐに攻撃を中止し、負傷者を背負って退避し始めた。
一方蛇竜は、彼らに向かって巨大な口を開き、強烈な赤い魔力光を放ち始めた。
ブレスの予備動作…… 不味い……!
攻略部隊もそれに気付き、隊列から数人が飛び出した。
彼らは直ぐに魔法を行使し、蛇竜と部隊との間に氷や風の防御壁を展開した。 その中には、手練の火魔法使いである宮内氏の姿もあった。
ドゥッ!!
直後。大気を揺るがす轟音と共に蛇竜が放ったのは、禍々しい黒い熱線だった。
熱線は氷と風の防壁を一瞬で貫通。宮内氏の魔法干渉により、わずかにその勢いを減じた。
しかし、それだけだった。熱線は止まらず、彼と、その背後にいた隊員達のほとんどを飲み込んだ。
その数秒後、熱線が過ぎ去った後には、消し炭すら残っていなかった。
蛇竜はつまらなそうにそれを確認すると、次にドローンカメラに向かって口を開き…… 映像はそこで途切れた。
「「…………」」
会議室に、先程とは違った沈黙が流れる。
ここにいる連中は、誰もがS級やA級の魔物と戦い、そして生き残ってきた手練れだ。
しかしその表情が物語っている。あれには勝てない。次元が違う、と。
ダンジョン庁が定める魔物の等級は、S級が最高ランクである。
しかし、一定以上の脅威度の魔物を全てS級と扱っているので、その強さの幅はかなり大きい。
あの蛇竜は、S級の中でもさらに規格外の怪物だ。
--だがそんな中、映像の中で何人も人が亡くなっているというのに、俺は頬が歪むのを必死に抑えていた。
何人ものS級ハンターを屠った規格外の竜種。その力は恐らくカオスウルフよりも上だ。
俺がこれまでに見てきたどの魔物よりも底が知れない。
狩りたい…… あの理外の化け物を、俺の手で……!
「--この映像を最後に、攻略部隊との連絡は途絶してしまいました……
動画内で死亡が確認されていない隊員もいますが、生存は絶望的でしょう。
我々はこのボス個体を、インフェルノ・ラーヴァドラゴンと命名しました。
当然ながらその等級はS級ですが…… ご覧の通り、ただのS級とは言えない隔絶した力を持っています」
再び口を開いた長官に、全員の視線が集中する。そうだ、まだ彼の話は終わっていない。
「対策局が誇る最高戦力の全滅…… もはや、事態は政府だけでは対処不能でした。
すぐにでも情報を公開し、都民の避難と、民間への協力を仰ぐ必要がありました。
しかしこの状況に至っても、政府はそれを決断する事ができなかった。
そうして手をこまねいている間に、より強力な魔物が地上に溢れ、今回の大災害が起こってしまった。
以上が、事の顛末です……」
長官は、苦悩に満ちた表情でそう締め括った。
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