第61話 ハンター、宮仕えの辛さを知る(1)
東京駅へ向かう道中でも、C級からB級の強力な魔物が幾度も襲いかかってきた。
それらを蹴散らし、時折ハンターや民間人を救助しながら、俺達は走った。
途中でダンジョン庁に電話してみたが、繋がらなかった。
こんな状況だ。どこも混乱しているんだろう。なら、独自判断で動くしかない。
より多くの人命を救うため、やはり大量の民間人が居るという東京駅に向かう必要があるだろう。
黒門でひとっ飛びできればよかったのだが、あれには少し制限がある。
景色をはっきり思い浮かべられるほど行き慣れた場所でないと、ゲートを繋げられないのだ。
そうして駅を目指して走ること暫し。目的地に到着すると、そこには混沌とした状況が広がっていた。
「これは……」
「「ゴァァァァァッ!」」
咆哮を上げ、魔物の大群が駅に攻め込もうとしている。
それを必死に押し留めているのは、黒っぽい戦闘服を着た対策局所属のハンター達だ。
しかし、気配や動きからしてその実力は二線級。一線級の実力をもつS級の宮内氏達は、やはり本当に殉職してしまったようだ……
視線を移すと、見覚えのある民間の上級ハンター達もいて、彼らは魔物の大群の背後から襲いかかっていた。
中にはレイ氏達の顔も見える。彼女達も甲武信ヶ岳から呼び戻されたらしい。
「あら……? ちょっと! 突っ立ってないで早く手伝って下さいまし!」
こちらに気づいたレイ氏が、レイピアを振り上げながら声を荒げる。
「了解です! みんな、加勢するぞ!」
「「応!」」
彼女達に合流した俺達は、人と魔物が入り混じる戦場へと飛び込んだ。
魔物は手強かった。先ほど倒したクリムゾンゴーレムを含む、A級の魔物が複数混じっていたからだ。
しかし、こちらの戦力にはS級ハンターが複数いた。およそ十分程の激闘の末、視界内の魔物は全て討伐された。
「「--ワァァァァァッ!!」」
戦闘終了後、駅の方からは割れんばかりの歓声が上がった。
そちらを見ると、対策局のハンター達が疲労困憊の様子でへたり込み、駅の奥から顔を出した民間人達がこちらに手を振ってくれていた。
俺はそれに小さく手を振りかえすと、みんなを労った。
「みんな、ご苦労様だった。流石にA級との連戦は堪えたろう」
「ひぃっ、ひぃっ…… し、死にそうだけど、全然だいじょーぶ……!」
「ハッ、ハッ、ハッ…… クゥーン……」
「はぁ、はぁ…… 都市部にA級の魔物がこんなにいるなんて、どう考えても異常ですよ……!
やっぱり、あそこから現れたんでしょうか……?」
「ああ、間違いなくそうだろうな……」
激戦で息を乱したみんなの視線の先。以前は大きな広場だったその場所には、直径数十mの巨大な穴が空いていた。
穴の縁は溶けてガラス化し、まだ熱気を発している。まるで地獄の大穴だ。
これをやったのは恐らくクリムゾンゴーレムだ。あの凄まじい熱線魔法ならこんな真似も可能だろう。
俺達は誰ともなく穴に近づくと、慎重に中を覗き込み……
「「……!」」
揃って息を呑んだ。
そしてその光景に、俺はシルヴェイク伯爵とリースヒルド侯爵の会話を思い出した。
『--しっかし、地下水脈にまで魔物がいたんだ。もしかしたらこの都市の下にもいるかもなぁ…… がっはっはっ!』
『や、やめてくれ! 冗談ではない!』
二人は笑い話として話していたようだったが…… 実際にその状況に陥ってしまうと全く笑えない。
「はぁ、そういうことでしたの…… 全く、岩崎の狸オヤジに文句を言いませんと」
聞こえた声に振り向くと、いつの間に俺の隣に居たレイ氏が、大穴の底を覗き込んでいた。
「ええ。まさか、探していたものがこんなに近い場所にあったとは……」
俺達の視線の先。地獄に繋がっているかのような大穴の底に、青く輝く光の渦が見えた。
あの大きさ…… 間違いない。探し求めていた未発見のS級ダンジョンは、東京の真下に存在していたのだ。
***
あれからおよそ一時間後、東京駅からの民間人の避難は完了した。
大穴のダンジョンについては、今のところ魔物の湧出は止まっていて、対策局のハンター部隊が監視してくれている。
俺達はというと、霞ヶ関に建つダンジョン庁の庁舎、その会議室を訪れていた。
室内には他に、レイ氏達を始めとした民間の上級ハンター達と、ダンジョン庁の官僚らが居る。
「「…………」」
そしてその全員が、一言も発さずにじっと椅子に座っていた。そのせいで部屋の中の雰囲気はかなり重い。
トモミンが何度か空気を変えようと話題を振っていたのだけれど、全て失敗。
今は彼女も涙目で押し黙り、隣に座るシロから慰められている。
そんな中俺は、東京の真下に存在したS級ダンジョンについて考えていた。
ダンジョン庁が、あのダンジョンに全く気づかなかったとは思えない。何せ霞ヶ関から目と鼻の先だ。
俺達が聞かされた、魔物の発生源が甲武信ヶ岳だという話も怪しい。
恐らく、俺達の目を東京から遠ざけるため、どっかから引っ張ってきた説なんだろう。
なぜそんな事をしたのか分からないが、ともかく、俺達はダンジョン庁から騙されていたのだ。
甲武信ヶ岳では、実際に未管理のダンジョンがいくつも見つかった。
なので、あの依頼が無意味だったとは言わないが、最初から全員であのS級ダンジョンを攻略していれば……
死傷者が何百人、あるいは何千人とも言われている今回のダンジョン災害を、未然に防ぐ事ができたのでは……?
そこまで考えたところで、俺は長く息を吐いた。湧き上がった怒りは、それで多少は抑えられた。
同席しているハンター達の顔を見渡すと、全員が一様に険しい表情をしている。
どうやら、みんな俺と同じ結論に至ったらしい。
彼らの射殺すような視線は、対面に座るダンジョン庁の官僚達に集中している。
上級ハンターの抑えきれない怒気を浴びた官僚達は、ガタガタと体を振るわせ、脂汗を流している。
官僚達にとっては、怒れるライオンの前に無防備で座っているような感覚だろう。
少しだけ気の毒に思う気持ちもあるが、今回の被害の大きさを考えると同情できない。
--コンコンコン。
そこへノックの音が響き、全員が待っていた人物が会議室に入ってきた。
ダンジョン庁長官の岩崎氏である。彼の登場に、官僚達は露骨にホッとした表情になり、ハンター達は厳しい視線を送る。
そんな中、彼はゆっくりと官僚達の元へ向かうと、巌のような表情で俺達に向き直り、深々と頭を下げた。
「皆様。急なお願いにも関わらず救援依頼に応じて頂き、感謝に絶えません。
そして、本件におけるダンジョン庁の一連の失態…… その責任は全て私にあります。
誠に、申し訳ありませんでした。どうか部下を責めて下さいませんよう、伏してお願い申し上げます」




