第60話 ハンター、紅い巨人と対峙する(2)
今回のユグドラシアへ来訪で、俺の刀には大きな改良が施された。
過去の強敵、スチールベアの角から作り出したこの刀に、リースヒルド侯爵から貰ったミスリルを配合したのだ。
このミスリル合金化により、刀の剛性や切れ味は格段に上昇した。
しかし最も大きな改良点は、ルーン技術との親和性を獲得したところだ。
「刻む。封魔のルーン」
キキキキキィン……!
昨日のシルヴェイク伯爵の授業を思い出しながら、金属操作魔法で刀身にルーン文字を刻んでいく。
普通の金属に刻んでも効果は出ないらしい。文字を刻む対象が、ミスリルなどの魔法金属を含んでいる必要があるのだ。
数秒後、複雑かつ規則的な文字列が構築され、刀身上に魔力の循環路たるルーン回路が完成した。
俺は回路にミスが無いことを確認すると、大きく後ろへ飛んでノルフィナに合流した。
「ノルフィナ。こいつに冷却の魔法を頼めるか?」
「え…… あ、なるほど……! すぐに! 『冷却!』
ノルフィナが刀に手をかざし、魔法名を口にする。
しかし魔法は発動せず、代わりに俺の刀が一瞬青い魔力光を放った。
「よし……! もう一回行ってくる!」
「お気をつけて!」
俺はノルフィナの声を背に受けながら、再びクリムゾンゴーレムへと肉薄した。
そして刀を大上段に振りかぶり、刀身を伸長させながら振り下ろす。
これに対し、痛みに唸っていたゴーレムが再び腕を上げ、その体を赤熱化させた。
ここまではさっきまでと同じ展開だ。しかし刀が奴に触れる瞬間、俺はある言葉を叫んだ。
『解放!』
--ビュゴッ!
瞬間。刀身が再び青く輝き、その周囲に凍えるような冷風が渦巻いた。
風を纏う刀身はそのままゴーレムの腕をあっさりと切り飛ばし、頭部を割り、さらに首、胴体へと切り込んでいく。そして。
「らぁっ!」
ギキィンッ!
金剛石のような硬度を誇る巨体を、真っ二つに断ち割った。
「ゴッ…… ゴォォォォ……」
地響きを上げてクリムゾンゴーレム倒れ、奴が放っていた強烈な熱波が止んだ。
残心を解いて刀身を見ると、かなり熱を持っているが刃こぼれ一つしていなかった。
俺は大きく頷き、ノルフィナの方を振り返った。
「ノルフィナ! 見てたか!? 君の冷却魔法のお陰だ!」
「はい! カリヤマさんこそ、早速ルーンの技術を使いこなすなんて流石です!」
「ははっ、ありがとう。それじゃあ、お互い頑張ったってことだな」
俺はテンションも高く片手をあげると、おずおずと手を上げてくれたノルフィナとハイタッチした。
そして再び手元の刀に目を落とす。
先ほど刻んだのは、実戦で使用されるものの中では最も単純な、封魔のルーン回路だ。
機能は見ての通り。掛けられた魔法を保持し、解放のキーワードで解放する。それだけの単純なものである。
しかし、効果は抜群だった。
刀がクリムゾンゴーレムに切り込んだ際、ノルフィナの冷却魔法がその刀身を冷まし、凄まじい高温による刃の融解を防いだのだ。
これが無ければ、あの超硬度、超高温の巨体を両断する事はできなかっただろう。
ちなみに回路に誤りがあると、そもそも魔法を込められなかったり、いきなり暴発したりもするそうだ。
そういった危険な側面もあるせいで、ユグドラシアのルーン工匠は結構死亡率が高いらしい……
伯爵からも、格好つけて複雑な文字列を刻むのは絶対にやめろと、かなり真剣に忠告された。
もっとも、今俺が扱えるのは封魔のルーンだけだ。時間がなくて、これ一つを教わるので精一杯だったのだ。
--ルーンをもっと極めたい。俺の金属操作魔法とルーンとの相性は、控えめに言って最高だ。
この技術があれば、俺はもっと強い魔物を狩ることができる……!
「おーい! 師匠ーー! ノルフィナちゃーん!」
「ワンワン!」
声にハッと顔をあげると、少し離れた所から、トモミンとシロが元気に手と尻尾を振っていた。
側には、彼女達が退避させてくれていた怪我人の姿も見える。
「ああ! 今行く!」
俺とノルフィナはすぐにトモミン達の元へ合流した。
「さっきの凄かったね! ノルフィナちゃんはあんなにすっごい魔法を防いじゃうし、師匠もあのアチアチカチカチゴーレムを真っ二つ! さっすがぁ!
あ、この人達の火傷はシロが治してくれたよ! 全員助かってよかったよー」
「ワフフン!」
「ああ、二人ともよくやってくれた。さて…… あなた達、多分民間のハンターですよね? 具合はどうです?」
俺は片膝をつきながら、地面に座り込む数人の男性達に話しかけた。
トモミンの言う通り、かなり重度に見えた火傷は綺麗に治っていた。しかし、装備の大部分が焼失してしまっていて、半裸のような状態だ。
彼らの姿にトモミンは平気そうにしているが、ノルフィナはちょっと赤い顔でチラチラと視線を送っている。
「あ、ああ。シロちゃんのおかげでこの通りだ。本当に助かったぜ。
あんたはカリヤマさんだろ? 流石S級ハンターだぜ。まさかあの化け物を、たった二撃で仕留めちまうたぁな……」
俺の質問に、リーダーらしい強面の男性が答えた。
どうでもいいが、その顔と口調でいきなりシロちゃんとか言わないで欲しい。ちょっと吹き出しそうになった。犬好きなんだろうか……?
「あ、ありがとうございます。えっと…… 俺達はダンジョン庁に呼び出されたばかりで、事情を把握していないんですが、一体何が起こってるんですか?
なぜこれほど強力で巨大な魔物が、都市のど真ん中に……?」
「わからねぇ…… 俺らも東京の外に居た所を、上から呼び出されたんだ。魔物が都市部に現れたんで、
こんなにやべぇ現場だって知ってたら受けなかったのによぉ…… クソッ!」
リーダーが吐き捨てるように言う。彼の首にかかっている認識票はB級のものだ。
ハンターの中では十分に上澄みだが、A級の魔物が彷徨く今の東京では、残念だが力不足だろう。
「それは…… 災難でしたね。上の方も混乱しているんでしょう。
あとは俺達に任せて避難してください。その状態では戦えないでしょう」
「ああ、悪いがそうさせてもらうぜ…… おっと、俺が上から聞かされた話じゃあ、東京駅にはまだ逃げ遅れた連中が立てこもってるらしい。
だが、駅に近づくほど魔物も強くなる。あんたらには無用な忠告かも知れねぇが、助けに行くんなら注意してくれ」
「そうですか…… 忠告に感謝します」
その場から退避していくハンター達を見送り、俺達は東京駅の方へと急いだ。




