第58話 ハンター、休暇(?)を終える
全員で領主の館の執務室を訪ねると、リースヒルド侯爵とシルヴェイク伯爵が席を立って出迎えてくれた。
「皆、待ちかねたぞ! それで首尾は……!?」
侯爵の言葉にノルフィナが微笑む。
「ご安心を侯爵様。地下水脈に繋がる穴は、カリヤマさんが埋めて下さいました」
「そう、か…… そうか……! 流石は混沌の魔獣を屠し英雄達だ! 本当によくやってくれた……!」
心底安堵した様子で席に座り直した侯爵に対し、伯爵は手ぶらな様子の俺達を不安げに見上げた。
「な、なぁ。俺んちの家宝はどうだった……!? 見つからなかったのか……!?」
「あ、いえ、もちろん回収済みです。今お出しします」
俺は暗黒異空間を開くと、伯爵の家宝の戦鎚を手渡した。
彼女はそれを震える手で受け取ると、我が子のように抱きしめた。見た目幼女な彼女が持つと、戦鎚の大きさが際立つ。
「おぉ……! これだぜこれぇ! いやー、助かった! こいつを無くしたまんまじゃ、国に帰れねぇからなぁ!」
大喜びの伯爵にみんな笑顔になる。そんな中、何故かトモミンは安堵するように小さく息を吐いた。
「トモミン……? どうした?」
「へ? えっと…… 僕、あのハンマーに思いっきりモーニングスターをぶつけちゃってたから…… 傷とかついてたら怒られちゃうかもって、ちょっと怖かったんだよね」
「ははっ、なるほど。けど、その心配はなさそうだな」
小声でそんな事を言う彼女に、俺は微笑み返した。
ちなみに、採掘坑最深部での騒動以降、俺達は少しギクシャクしていたのだが、領都に戻ってくる頃にはいつもの調子に戻っていた。 --戻ったよな……?
さておき、伯爵の戦鎚には目視可能な傷は一切ついていない。キングサハギンがあれで岩壁をぶっ叩きまくって、剛力を誇るトモミンと打ち合ったのにだ。
この異常なほどの頑丈さ…… よく見れば、戦鎚には細かな楔形文字が刻まれている。多分あれがルーン文字なんだろう。
「よっし! そんじゃあお前らも座れ! そんで今回の冒険譚を聞かせてくれや! 今なら最高にうめー酒が飲めそうだ!」
「うむ! 私も是非聞かせてもらいたい!」
上機嫌な伯爵達に促され、俺達は採掘坑での出来事を話し始めた。
二人は最初、俺が贈った酒を飲みながら楽しそうに話を聞いていた。
しかし、戦鎚の魔法消失効果で空気ドームが崩壊したあたりで雰囲気は一転。彼女達の表情は非常に険しいものへと変わった。
「--という訳でして、危ないところもありましたが、なんとか無事に帰ってこられたのです」
そう話を締めくくると、大貴族である二人は揃って俺達に頭を下げた。
「す、すまねぇ……! 俺が家宝の戦鎚の力を教えなかったばっかりに!
まさか、あの生っ白い半魚人共が魔道具まで扱うたぁ……! この通りだ!」
「私もその戦鎚の異能を失念していた……! 深い水中で術が破壊された時の危険性など、簡単に予測できたろうに……!」
一方、偉い人たちの突然の謝罪に、俺たちも慌てた。
「ひっ……!? こ、侯爵様! 伯爵様! 謝罪はお受けしますから、頭をお上げ下さいぃ!」
「そうです! 私達も回収対象についてもっと伺うべきでした……!」
「みんな無事に返ってこられたし、だいじょーぶですよ!」
「ワフワフ!」
全員であわあわと応えていると、伯爵達はようやく頭を上げてくれた。
「いや、本当に悪かった…… そんで、穴が塞がってよかったなぁ、リース。これでようやく、お前んとこの領地も落ち着くだろ」
「だな。しかし、今更ながら地下水脈を掘り当てて、そこに魔物までいるとは……
カオスウルフの件と言い、神々は我が領地に試練をお与えになるのが好きらしい」
「ははっ、かもなぁ。しっかし、地下水脈にまで魔物がいたのだろう。もしかしたら、この都市の下にもいるかもなぁ…… がっはっはっ!」
「や、やめてくれ! 冗談ではない!」
豪快に笑う伯爵に、何度も首を横に振る侯爵。この二人、本当に仲が良いみたいだ。
ひとしきり笑い終えた所で、伯爵が俺に向き直る。
「よし、それじゃあ約束の報酬だ。カリヤマ。今からルーンの技術を教えてやる。お前さん、あんまし時間がねぇみてぇだから、今回はさわりの部分だけになっちまうがな」
「は、はい。よろしくお願いします」
いよいよルーンの技術を伝授してくれるらしい。俺は姿勢を正して頭を下げた。
「おう! けど、この部屋だとやりづれぇな…… おいリース。どっか鍛冶場貸してくんねぇか? 人目もねぇと助かる」
「うむ。では、城館付属の鍛冶場に案内しよう。カリヤマ殿とシルヴェイクだけついて来てくれ」
侯爵の案内で立派な鍛冶場に移動すると、シルヴェイク伯爵によるルーンの授業が始まった。
結論として、伯爵の語るルーン技術は、地球世界のプログラミング言語や集積回路に非常に似ていた。
ルーンについてざっくり説明すると、ルーン文字と呼ばれる図形を武具などに刻み込み、目的とする魔法効果を発揮させる技術体系である。
ルーン文字は、その形そのものに意味と力が宿っている。
組み合わせて文字列を構成する事もでき、文字列を分岐させたり積層させたりも出来るので、殆ど無限に近い組み合わせがある。
それによって、様々な魔法効果を実現することが出来るのだ。
伯爵の戦鎚も、数代前の天才ルーン工匠が鍛えたものらしい。
内部には数万文字、数百層ものルーン文字列を内包しているのだとか。あの性能も頷ける。
そんな高度な技術なので、本来は基礎の習得にすら年単位の時間がかかるらしかった。
だが、幸いにも俺には地球世界の知識があったので、初心者が躓く概念部分をすぐに理解できた。
金属操作魔法も相まって、基礎部分についてはその日のうちに習得する事ができた。
伯爵は俺の飲み込みの速さに驚き、正式に弟子にならないかとまで言ってくれた。
丁重にお断りさせて頂いたが、非常に嬉しい話だ。
そして翌日。侯爵達に別れを告げた俺達は、少しだけフヴィートの里に顔を出し、慌ただしく地球へと帰還した。
「ふぅー…… とても実りの多い休暇だったが…… 結局殆ど休めなかったな」
黒の門から鉄熊山に降り立ち、誰ともなく呟くと、みんなは揃って頷いてくれた。
「あはは、そーだね。ノルフィナちゃんなんて、休むどころか死にかけちゃったし…… ねぇ、本当にもうだいじょーぶ?」
「はい、もう平気です! シロのお陰ですね。いつもありがとうございます」
「ワフフン」
ノルフィナに撫でられ、シロが気持ちよさそうに目を細める。
そう、ノルフィナが助かったのはシロの治癒魔法によるところが大きい。
だから、寄与度の小さい俺の心肺蘇生については、話さなくてもいいのでは……? いや、でもそれは……
「師匠師匠」
「うぉっ。ど、どうしたトモミン」
邪な事を考えていると、トモミンがいつの間にかすぐ側に居た。
彼女は俺に顔を近づけると、囁くように訊ねてきた。
「ノルフィナちゃんに話さないの? 人工呼吸のこと」
「うっ…… それは…… もちろん話さなければならないんだが…… その、反応が怖くてな……」
「えー? 絶対喜ぶと思うけど…… うーん。友達としては教えたいけど、ライバルとしては教えたくない。心がふたつある。むむむ……」
トモミンが難しい表情で唸る。こっちはどんな表情をしたらいいのか分からない……
ブーン、ブーン……
するとその時、俺の携帯が鳴った。
ポケットから取り出して携帯の画面を見ると、「ダンジョン庁長官秘書官 後藤」と表示されていた。
岩崎長官からダンジョンの捜索の依頼を受けた際、窓口役として紹介された人だ。
何か嫌な予感を感じ、俺はスピーカーモードで電話を取った。
「--はい、カリヤマです」
「あぁ、カリヤマさん! 後藤です! 直ぐに東京へ応援に来て頂きたいのですが、今どちらでしょうか!?」
電話口から聞こえてきたのは切迫した声。それを耳にしたみんなの表情が強張る。
「今は千葉にいますが…… 一体何があったんですか?」
「報道をご覧になっていないんですか!? 東京に再び魔物が現れ、暴れ回っているんです!
すでに死傷者も出ていて、今回はA級の魔物も複数確認されています……!
東京の戦力だけでは対処しきれません! どうかご助力を!」
「「……!?」」
全員が息を呑む。どうやらまたしても緊急事態らしい。
「わ、分かりました! すぐに向かいます! けど、魔物は一体どこから現れたんですか……!?
それに、戦力が足りない……? 宮内さん達でも手に余る状況なんですか……!?」
前回の襲撃では、魔物は甲武信ヶ岳の未発見ダンジョンで発生し、川を下って東京に現れたという話だった。
今は民間の上級ハンターがその発生場所を調査しているので、東京に向かう魔物を見逃すとは思えない。
加えて、東京には支援局所属のS級ハンター達がいるはずだ。彼らでも対処しきれないというのは、相当に不味い事態だ。
俺の疑問に後藤さんは一瞬言葉を詰まらせ、観念したように答えた。
「--詳しい事情は後で必ず説明させて頂きますが…… 魔物の発生場所は、甲武信ヶ岳では無かったんです。
そして、宮内を始めとした対策局のS級ハンターですが…… ほぼ全員の殉職が確認されました」




