第56話 ハンター、水没ダンジョンに潜る(4)
「ごぼっ……!?」
轟音と共に全方位から激流が押し寄せ、俺の体を凄まじい衝撃と圧力が襲った。
同時に感じる凍えるような冷たさと息苦しさ。暗闇の中、しかも戦闘中に起きた予想外の出来事に、俺はパニックになりかけた。
が、なんとか踏みとどまった。慌てるな。この状況に対処できるのは多分俺だけだ……! だから落ち着け!
自分にそう言い聞かせて体勢を立て直し、即座に音響測位スキルで周囲を探った。
トモミンとシロは…… この二人は無事だ! 激しい水流の中を、混乱した様子で踠いている。
二人は今、凄まじい恐怖の中にいるはずだ。助けに行きたいところだが、いま一番危険なのはノルフィナだ。
彼女は俺達の中で唯一純粋な魔法型…… すぐにでも救助が必要だ。どこだ……!? どこに……
「……!」
そして測位スキルが彼女の姿を捉えた瞬間、俺は、心臓に刃を突き立てられたような心地がした。
彼女はぴくりとも動いていなかった。その体はぐったり脱力し、鼓動すら感じられない。
死。その一文字が頭をよぎり、絶望で思考が埋め尽くされそうになる。
--い、いや…… まだだ! 俺のポーチには、念の為入れておいた治癒ポーションがある。
この局面さえ乗り切れば、蘇生できる可能性はあるはずだ! そのためには……!
暗闇の中、俺は音響測位スキルを頼りにそいつへと向き直った。
ケイブサハギンの群れはほぼ全滅させた。残る敵は、キングサハギンのみ……!
奴は再び戦鎚を構えると、唯一身構えている俺に向かって突進してきた。
『ゴギギィッ!』
向かってくる奴を見据えながら思う。この魔法消失現象…… 原因は間違いなく、奴の持つ戦鎚だ。
シルヴェイク伯爵が家宝というほどの業物。恐らくルーンの技術が使われているはずだ。
そしてどんな原理かは分からないが、あれには魔法を打ち消すなんていう規格外の力が宿っているらしい。
キングサハギンは、多分意図せずにその能力を発動させたのだ。
くそっ……! 伯爵から、見た目だけじゃなく能力も聞いておけば……!
--けど、全ての魔法現象を消失させるわけでは無いことは分かった。
俺やトモミン達が、この水深でまだ生きていられている事がその証拠だ。
あの戦鎚は、身体強化の効果までは打ち消せないのだ、音響測位スキルも使えている。なら、それらでゴリ押すしかない……!
水中を異様な速度で接近してくるキングサハギンに向け、俺は刀を構えた。
そして身体強化を最大化すると、足を限界まで撓め、水底を蹴った。
ドバッ!
『ゴギッ……!?』
刀を突き出し、魚雷のような勢いで肉薄した俺を、奴はすんでのところで避けた。
俺はドーム状になっている広間の岩壁に着地すると、キングサハギンに向けてもう一度壁を蹴った。
ドバッ!
俺の突進を、キングサハギンが再びギリギリで避ける。駄目か……!
水の抵抗のせいで思ったより速度が出ないし、攻撃の軌道が真っ直ぐなので避けるのも容易なはずだ。さらに水中での機動力は奴の方が圧倒的に上……
奴を仕留めるには、何か工夫が必要だ。 --よし。
無駄にも思える突進を何度か繰り返したところで、俺は水底に沈んでいたあるものを拾い、奴に向かって思い切り投擲した。
ゴバッ!
投擲されたそれは、先ほどまでの俺の突進より遅い速度で奴に向かった。
『ゴ……? ゴギィ!』
それに対し、奴は口を笑みの形に歪めて戦鎚を振るった。
ドガァッ!
水中に衝撃音が響く。しかし、奴の戦鎚が捉えたのは当然俺では無い。
『ギィ……?』
戦鎚を振り切った姿勢のまま、キングサハギンが呆けたように固まる。
その目の前には、戦鎚によって無惨に砕かれたケイブサハギンの死体が漂っていた。
高速で迫ったケイブサハギンの死体。奴はそれを、俺と誤認したのだ。
ゴバッ!
そしてその死体の影から、すでに水底を蹴って加速済みの俺が迫った。
キングサハギンの体がびくりと震え、必死に身を捩ろうとする。だが、遅い!
ザキュッ!
『ゴッ……』
頭部に刀を深々と突き立てられ、その巨体がぐったりと脱力した。
よし……!
俺は残心する間すら惜しみ、奴のうすらデカい体を蹴ってみんなの元へ戻った。
苦しげにもがくトモミンとシロ。そしてぐったりと水中に浮かぶノルフィナ。
まずはみんなをまとめて回収しないといけないが…… くそっ、せめて金属操作魔法が使えれば……!
心の中で毒づくと、突然の魔法消失以降、途切れていたダガー群との繋がりが復活した感覚があった。
もしやと思い、水底に沈んだダガー群へと手をかざすと、それらは吸い寄せられるように俺の手元へ戻ってきた。
魔法消失効果が切れたのか…… よし、これなら!
ジャララララッ!
俺はダガー群を鎖に変形させると、みんなをひとまとめに縛り上げ、再び水底を蹴った。
目指すはこのドーム状の空間の天辺付近。音響測位スキルで見つけた空気溜まりだ。
ザバッ!
「「ぶはっ……!」」
水面から顔を出した全員が、俺も含めて貪るように呼吸する。
溺水の苦しさから解放された安堵に気が緩みかけるが、今はまだ一刻を争う状況だ。
俺は直ぐに金属円盤の足場を生成し、みんなを水中から円盤の上へと引き上げた。
「ごほっ……! シロ! 明かりを頼む! ノルフィナが死にかけているんだ!」
「ケフッ……!? ワンワン!」
俺の言葉に、シロはすぐに光魔法で明かりをつけてくれた。
すると、金属円盤の上に横たわるノルフィナの姿が顕になった。
顔色は青白く、口や鼻からは血が流れ、ぴくりとも動かない、まるで死人のようだった。
「う、嘘…… ノルフィナちゃん……! なんで…… 居なくならないでって言ったじゃん!」
「トモミン落ち着け! シロ、治癒魔法を!」
「クゥーン……!」
シロがぺろぺろとノルフィナの顔を舐めると、清浄な白い光が周囲を照らした。
しかし、それだけだった。出血は止まったが、ノルフィナは動かず、青白い顔色も変わらない。
「うぁ…… あぁ…… あ゛ぁぁー……! あ゛ぁぁー……!」
「キューン、キューン……!」
トモミンがへたり込み、呆然と泣いている。
シロは目から涙を流しながら、ノルフィナに治癒魔法をかけ続けている。
その時、俺の脳はほぼ停止しかけていたが、体は自動的に動いた。
ノルフィナの元へ駆け寄り、溺水した人への一般的な対処法、心肺蘇生を始めたのだ。
彼女の顎をあげ、気道を確保し、口から息を吹きこむ。
そして胸部を真上からリズミカルに圧迫し、また口から息を吹きこむ。
それを、ただただ繰り返す。
「頼む…… 頼む……! 帰って来い……! 頼む……!」
それをどのくらい繰り返しただろうか。
ほんの二、三周期か、それとも何十周期も続けたか。
時間の感覚が曖昧になる程に、ともかく無心で心肺蘇生を続けた。
「ーーかはっ……!」
するとようやく、死体のように無反応だったノルフィナに反応が見られた。
「ごほっ、ごほっ……! はぁー……! はぁー……!」
彼女は苦しそうに咳き込みながらも、大きく息を吸い込んだ。
その目がわずかに開き、青白かった顔にも急速に赤みが戻り始めた。
生きている…… 息を吹き返してくれた……!
「ノルフィナ…… よかった……! ノルフィナ……!」
俺はその名前を何度も呼びながら、彼女の震える体をしっかりと抱きしめた。




