第54話 ハンター、水没ダンジョンに潜る(2)
目を持たない白き異形、ケイブサハギン達は、その後幾度も俺達に襲撃をかけてきた。
多くの個体がツルハシやらスコップやらで武装していたので、最初の個体だけ賢かったというわけでは無いのだろう。
種族全体の知能が高いようで、戦闘時、連中は歯音を使った高度な連携まで行って見せた。こいつらは、永遠に地下水脈に封じ込めておくべきだろう……
そんなサハギン達を蹴散らしつつ坑道を進んで行くと、ドーム状の広間のような場所に出た。
こうした広い空間は、大きな鉱床を採り尽くした跡らしい。
地図と睨めっこしていたノルフィナが顔を上げた。
「えっと…… この場所が、最深部まで大体四分の三の地点ですね。予定通りのペースですし、そろそろ野営してもいいかもしれません」
「だな。時間もいい頃合いだ。お、あれは……」
周囲を見渡していると、ドームの天辺あたりに水面が見えた。
みんなも釣られて上を見る。どうやらあそこに空気溜まりがあるらしい。
「あ、ちょうどいいじゃん。あそこで休もうよ!」
「ワンワン!」
「よし、全員これに乗ってくれ」
俺は手持ちのダガーを円盤状に変形させると、みんなを乗せて頭上へと上昇させた。
そして空気溜まりに入ってみると、そこは野営するのにちょうど良い大きさの空間だった。
「おあつらえ向きだな。今夜はここで休もう」
俺はそのまま金属円盤を広げ、坑道の石壁に食い込ませた。
これでこの空間は石壁と金属円盤で密閉された。地下水も入ってこないし、魔物に気付かれる事もないだろう。
ほっと息を吐いて腰を下ろすと、他のみんなもそれに倣った。
特にノルフィナは疲れた顔をしている。さっきまで、何時間もぶっ続けで空気ドームの魔法を維持していたのだ。無理もないだろう。
「ノルフィナ、長時間ありがとう。疲れているとは思うが、明日は最深部まで行けそうか?」
「はい、お任せください! 水圧の増加に伴って消費魔力も増えていますが、この感じなら大丈夫そうです」
「流石。けど、今回は頼りきりですまないな…… さて、夕食は何にしようか。採れたてのあれを使うか」
俺は暗黒異空間を開くと、寝具一式、調理器具、食器類、食材…… そして、今回大量に確保できたサハギンの肉を取り出した。
みんなが寝床を整えてくれている間、調理すること暫し、サハギン肉の照り焼き定食が出来上がった。
肉には醤油ベースのタレがしっかりと絡み、てらてらと琥珀色に光っている。
漂ってくる香ばしい醤油の香りに、誰かがごくりと唾を飲み込んだ。
「「頂きます!」」
みんなで一緒に手を合わせ、熱々の照り焼きを口に運ぶ。
肉厚に切ったサハギン肉は口の中でほろりと崩れ、脂がじゅわりと舌の上に広がった。
「うん、美味い……! 肉質はブリに似てるな。地下水脈なんて食べるものもほとんど無いだろうに、なんでこんなに脂が乗ってるんだ……!?」
「旨みがとても強いですね! あの見た目からは想像できません……!」
「甘辛いタレがすっごく合うよ〜! さっすが師匠! ご飯が進む進むっ! おかわり!」
「ワフッ、ワフッ……!」
他のみんなにも大好評のようだ。見る見る内に皿の上の料理が減っていく。
しかし、暗黒異空間のスキルを得られて本当に良かった。
これのおかげで、ダンジョン探索における俺達の生活の質は格段に向上した。
収納容量に限界が来る様子も無いし、中に入れた物は時間が止まってしまうらしい。
今食卓に出しているご飯とか味噌汁も、出来立てをそのまま収納して持って来たものだ。
はっきり言って便利すぎる。ちょっと前まで硬い保存食を齧っていたのが嘘みたいだ。
もしこれが世間にバレたら、相当厄介なことになるだろうな……
『クスクスッ…… 音デ、見エルヨ……』
無心で食べ進めていると、脳内に狩人の大精霊の声が響いた。
どうやらケイブサハギンの音響測位スキルを取得できたようだ。
これは探索と戦闘、どちらにおいても有用なスキルだ。今後のダンジョン攻略がさらに捗るな……!
「ふー、ご馳走様…… しかし、石壁と金属板に囲まれてるせいか、流石にちょっと寒いな」
満足するまで食べ終え、食後のお茶を飲みながら呟く。
するとシロがトテトテと寄ってきて、胡座をかいている俺の足の上に乗って来た。
「お、あっためてくれるのか? ふふっ、ありがとな」
「ワフーン……」
頭を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。可愛い。
目の前に暖かでモフモフな純白の毛並み。思いきりそれに抱きつきたい衝動にかられたが、鋼の理性でなんとか我慢した。
「む。シロ、ズルい! 確かにちょっと寒いねー」
すると、トモミンが俺の方にすすすと体を寄せて来た。
シロとは違った柔らかで暖かい感触に、心臓の鼓動が速くなる。
「ト、トモミン、ちょっと近くないか……?」
「えー、いーじゃんいーじゃん。僕ら仲良しなんだし! あ、ノルフィナちゃんもこっちおいでよ! 師匠、まだ反対側が寒そうだよー?」
「い、いいんですか……!? では、失礼して……」
トモミンの声に、俺達の様子をじっと見ていたノルフィナもおずおずと寄ってくる。
そしてトモミンの反対側にピッタリと体を寄せてくるが、その顔はほんのりと赤い。
膝上と左右に暖かな温もり。なんか、ちょっと信じられないくらいに幸せだな……
「んふふー、もちろんいーよー。 --でも、抜け駆けして師匠と子作りなんてしたら、絶対に許さないよ?」
「は、はいぃっ……!」
しかし和やかな雰囲気は、トモミンの平坦な声により一瞬で張り詰めた。
「ク、クゥーン……」
雰囲気に怯えて震えるシロの背中を、何度もさする。
俺の意思は……? と、思わなくもないが、怖いので何も言えない。
な、何か別の話題を……
「あー…… な、仲良しといえば、ノルフィナ。リースヒルド侯爵とシルヴェイク伯爵。あの二人は、本当に気のおけない仲のようだな」
「そ、そうなんですよ! 私もお会いしたのは今回が初めてなんですが……
侯爵様は伯爵様の事を、とても古い、そして親しい友人だと言っていました」
「へー、そーなんだ。でも地球のアニメとか漫画だと、ドワーフとエルフって結構仲が悪く描かれがちだよね?」
表情を取り戻して話に乗ってくれたトモミンに、俺達は揃って小さく安堵の息を吐いた。
「ふふっ、そうみたいですね。ユグドラシアでは仲がいい方なんですけどね。
その、ちょっと言いづらいんですが、仲が悪いのは--」
ノルフィナは、ユグドラシアにおける種族間の関係をざっくりと教えてくれた。
ユグドラシアには、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔族の五つの人類種が存在している。
もっとも数が多いのは人間で、エルフ、ドワーフ、獣人の三種族と、戦争したり仲直りしたりを延々と繰り返しているそうだ。
信奉する神様や寿命、生き物としての基本性能の面で、色々と反りが合わないらしい。
一方、魔族は全ての種族を下等生物と見下していて、全方位に喧嘩を売っているやばい連中なのだそうだ。
ちなみに人間が信奉するのは、主神オーディヴァルを筆頭としたアーク神族。
エルフやドワーフ達が信奉するのは、主神フレイユングを筆頭としたヴァナ神族らしい。
魔族は正直よくわかっていないそうだが、混沌を司る神々を信奉しているのだとか。
そして今は、人間とエルフ達も比較的仲が良く、魔族も大人しい平和な時期らしい。
しかし、いつかくる世界の終わりには、神々から号令がかかり、ラグナレクと呼ばれる最終戦争が起こるとも言われている。
--話を聞くに、やはり、このユグドラシアは地球世界の北欧神話に似ている。
地球世界の文化を学習したノルフィナも、その類似性に驚いていた。
もちろん違う所もかなりあるが、果たして、これは全て偶然なんだろうか……?




