第53話 ハンター、水没ダンジョンに潜る(1)
侯爵達から依頼の詳細を訊いた俺達は、早速問題の採掘坑へと走った。
そして教えられた場所に辿り着くと、険しい山の麓にぽっかりと横穴が空いていた。
穴の周りにはツルハシなどが散乱し、鉱石を積んだトロッコがひっくり返っている。かなり慌てて撤退したらしい。
「ここだな…… シロ、明かりを頼めるか?」
「ワン!」
シロが生成してくれた光球が、薄暗い坑道内を明るく照らしだす。
道幅は思ったよりも広く、人が余裕ですれ違える程だ。崩落を防ぐためか、所々が材木で補強してある。
坑道は地下に向かって下っていて、少し進んだ所で水に行く手を塞がれた。
静かに揺れる水面の透明度は高いが、シロの強烈な照明を持ってしても奥の様子は窺い知れない。
「うわー、本当にどっぷり浸かっちゃってる。ここに入ってくの、ちょっと怖いね……」
「ああ。だが俺達には頼りになる魔導士がいる。ノルフィナ、お願いできるか?」
「はい、お任せ下さい! 『水泡』」
フォン……
ノルフィナの魔法が発動すると、見た目上は何も変化は起きなかったが、音の聞こえ方が少し変わった。
「--はい、もう進んで大丈夫です」
「了解だ。それじゃあ、まずはゆっくり入ってみよう」
先頭に俺とシロ、真ん中にノルフィナ、最後尾にトモミンの探索隊列を組み、慎重に水の中へと足を踏み入れる。
すると坑道内に溜まった水が、俺達の歩みに合わせてどんどん押し除けられていく。
「「おぉ……」」
その不思議な様に、術者であるノルフィナ以外の全員が感嘆の声を上げた。
さらに歩みを進めていくと、俺達は完全に水中へと沈んだ。
にも関わらず、ノルフィナを中心としたドーム状の領域に水は入ってこず、呼吸も苦しくない。
見上げると頭上に水面があり、周囲には水を通して坑道の岩壁が見える。
子供の頃に行った水族館の水中トンネルのような感じで、中々面白い光景だ。
「すっ…… すっごーい! さっすがノルフィナちゃん!
ねぇねぇ! 今度みんなで沖縄とか行ってみようよ! あの綺麗な海でこれやったら、絶対楽しいよ!」
「ワンワン!」
「ふふっ、いいですね。夏季休暇が楽しみです! あ、念の為もう一度この魔法の注意点を。
この空気のドームは私を中心に発動しています。あまり私から離れないようにして下さいね。
それと探索中、私はこの魔法の維持にかかりきりになってしまいます。なので……」
「ああ。魔物の対処は俺達に任せてくれ。今回の依頼の第一目標は、地下水脈に繋がった穴を塞ぐ事。そして第二目標は伯爵の戦鎚を探す事だ。
戦鎚は穴付近で落としたという話だが、水流で流されている可能性もある。穴を目指しつつ、戦鎚も探していこう」
「「応!」」
それから俺達は、静寂に包まれた水の中を警戒しながら進んで行った。
この坑道の歴史はかなり古く、百年ほど前から鉄鉱石を掘っていたらしい。
長い年月を経て、その最深部はかなり地下深にまで達していて、道もかなり複雑に枝分かれしている。
ミスリル鉱床が見つかったのはその最深部付近で、地下水脈とつながる穴もその辺りにあるという話だった。
そして坑道全体が水没したこの状態では、最深部における水圧は相当なものと推測される。
なので、ノルフィナのような手練の水魔法使いが居ないと、目的地である最深部まで空気のドームを維持できないのだ。
酸素供給のための風魔法使いも必要だが、ノルフィナは水と風の二重属性の魔導士なので、その点も完璧だ。
その彼女はというと、魔法を維持しながら、侯爵から渡された坑道の地図を眺めていた。
戦闘ではお役に立てないからと、ナビ役を買って出てくれたのだ。彼女は記憶力も凄まじいので、俺達が迷子になる事は無いだろう。
空気のドームの魔法といい、俺達は彼女に頼りすぎなのかもしれない……
「ん……? T字路か。ノルフィナ、どっちだ?」
正面に分かれ道が見えたので、俺は足を止めて後ろを振り返った。
「えっと、ここは右ですね」
「りょうか--」
そう返事して視線を前に戻した瞬間、T字路の右手から、白い影がぬっと現れた。
「「……!?」」
その異形に、全員が息を呑む。
真っ白な半魚人のような魔物だ。頭部には両目がなく、耳まで裂けた口からは凶悪な牙が覗いている。
手足には水かき、背中には鰭。遊泳能力はかなり高そうだ。そしてそいつの手には、なぜかツルハシが握られていた。
ゴポッ……
そいつは俺達に気付いたのか、頭をこちらに向けてゆっくりと近づいてきた。
そして俺達の手前で止まると、牙を剥き出しにしてニタリと笑った。
『--ギギギギギギギィッ!』
「うぉっ……!?」
突然の爆音。高速で打ち鳴らされた魔物の牙の音に、思わず声が漏れる。
「「キャーーーッ!?」」
「ギャワンッ!?」
続いて、あまりにもホラーな展開に女性陣も悲鳴をあげた。
そして彼女達の絶叫を浴びたシロが、うるさそうに身をすくませる。
その隙を突くかのように、魔物が空気のドームの内側へと侵入してきた。
ザバッ!
「ギギィッ!」
「しっ!」
魔物が、先頭の俺めがけてツルハシを振りかぶる。
それが振り下ろされるよりはるかに早く、俺は刀を抜き放ち、敵の首に切先を突き込んだ。
「ギュッ……!?」
頸椎を割られた魔物は仰向けに倒れ込み、死の痙攣を始めた。
「ふぅ…… こいつが侯爵達の話にあったケイブサハギンか。手応えからしてC級相当。大量にいるとしたら確かに厄介だな。
目が無いのは、光の無い地下水脈に対応して退化したのか?
その分聴覚が発達していて、さっきみたいに牙の音の反響音を使って、周囲の状況を詳細に捉えているんだろう」
「し、師匠。めちゃくちゃ冷静だね。僕、ちょっと滲んじゃったよぉ……」
「え?」
トモミンの言葉に思わず振り返ると、彼女はハッとした表情になった後、激しく首を左右に振った。
「あ、無し無し無し! なんでもないよ!」
「ク、クゥーン……」
「な、何シロ。大丈夫だってば! だからそんな慰めるような目で見ないで!」
「あ、あはは。 --あの、ちょっと気になったと言うか、怖くなったんですが……
この魔物は、かなり手慣れた様子でツルハシを使っていました。
多分その辺に落ちてたものを拾ったんでしょうが、ツルハシなんて初めて見たはずですよね……?」
ノルフィナの言葉に、全員が黙り込む。
こいつらが生息している地下水脈には、ツルハシなんて概念すら存在していなかったはずだ。
そして、地下水脈と坑道が繋がってからまだ少ししか経ってない……
奴らはその僅かな期間で、全く初見のツルハシを武器として活用して見せたのだ。かなり高度な知能を持っていると言うことか……
「なるほど。早めの対処を決断した侯爵達は正しかったわけか……
先を急ごう。こいつら、放っておいたら地上まで侵攻してきそうだ」




