ダンジョンに行ってきます。
王宮の自室に入るのは、何ヶ月ぶりだろうか。
ジュードは薄暗く、埃っぽい空気の滞留する部屋を見回す。
メイドにも入る事を禁じていたから、埃が床や棚に積もっていた。
「牢獄の方がマシだな……」
そう吐き捨てて、衣装棚を開いてみると、そこに隠しておいた箱はそのままになっていた。開けて、ダイヤで飾られた首飾りとイヤリングを確かめる。メイドは忠実に言いつけを守っていたらしい。誰かが触れた痕跡はない。
霞んだ記憶の中に、夜会用のドレスを着て、この首飾りとイヤリングを身につけた母親の姿が浮かぶ。もう、顔を思い出せなかった。ただ、身につけていた香水の香りだけは鮮明に蘇ってきて顔をしかめる。それとも、装飾品に染みついた残り香か。
蓋を閉じると、それを小脇に抱えて部屋を出た。
燃やしてしまえれば、いっそ気分がよかっただろう。
ここにあるもの全て。王宮ごと。
存在していた事すら、誰もが忘れてしまうくらいに――。
◇◇◇
王立魔法学園に戻った私は、リントン先生に呼ばれて教員室に来ていた。
リントン先生はメガネをかけた女の先生で、薬学を教えている。私のクラス担任でもあった。
「オズボーンさん。あなたね。今月に入ってから、ほとんど授業に出ていないじゃありませんか。このままでは、単位が足りなくて、留年か退学を選ぶ事になりますよ」
「留学か……た、退学!?」
動揺する私をジロッと見て、リントン先生は頭が痛いとばかりに額を指で押さえる。
「必要単位が取れなければ、そうなるに決まっています。事情があるなら考慮しますが……いったい、どうして授業に出ていなかったんです?」
「そ、それは……ええっと…………」
不良の殿下に呼び出されて、パシらされて、王宮の宝物庫とかに忍び込んでいました……なんて言えない!
「ご、ごめんなさい……! お、お腹が痛くて…………」
頭を下げると、リントン先生は「まったく」と呆れきった顔で呟いた。
これは、厄介な生徒だと思われているに違いないわ。
確かに、授業に出た記憶は一回くらいしかない。
それも教室の隅っこでただ聞いていただけだから、何の授業だったのかもよく覚えていなかった。
これはマズいわ……。叔父様や叔母様に知らされたら、きっと大目玉だわ。
私は冷や汗が出てきて、モジモジしながら視線を彷徨わせる。
挙動不審になる私の意識を引き戻すように、リントン先生がパンッと机を叩いた。
「とにかく、今度行われる野外魔法実践演習には必ず参加するようになさい。必須単位ですからね」
「や、野外……実践演習……って何でしょう?」
私はおずおずと尋ねてみる。
一瞬口を噤んだリントン先生は、「それも聞いていないのですか」と首を左右に振る。
「ご、ごめんなさい!」
「一年生全員で、郊外にあるダンジョンで魔物討伐訓練を行うのです。これに合格しなければ、進級はできませんよ。とにかく、何が何でも参加だけはなさい。いいですね? それと、明日は事前オリエンテーションが開かれるのでそれにも出席するように」
「は、はい!!」
私は背筋をピンッと伸ばして返事をして、教員室を後にした。
廊下をノロノロと歩きながら、溜息を吐く。
「魔獣討伐訓練なんて、怖ろしそうだわ……わ、私にできるかしら……」
歩いていた男子生徒にぶつかってはね飛ばされてよろめく。
男子生徒たちは私の事なんて目に入らない様子で、友達同士で笑い合っている。
私は振り返り、その様子を見て気の重いため息を吐いた。
◇◇◇
翌日の午後、広い階段教室で事前オリエンテーションが行われた。
言われた通りに教室に向かった私は、あまり目立たないように一番後ろの端の席に座る。
「あの子……」
「やだ、不登校じゃなかったの?」
「落ちこぼれのくせに、魔物討伐訓練に参加するのか?」
そんな囁き声が周りから聞こえてきて、私はいたたまれなくて小さくなる。
いっそ、姿が見えなくなる魔法でもあればいいのにと思わずにはいられなかった。
一年生になってから、もう半年経つ。でも、私がこの世界に召喚されてきてから、まだ一月ほどだ。
同じクラスの中に友人はいないし、顔も名前もほとんど知らない。
同級生たちの反応からして、私はどうやら嫌われ者だったみたいだ。
元のホラーゲームの世界でも、亡霊役で怖がられるのが仕事だった。だから、嫌われる事には慣れているし、おかげで誰も話しかけてこないのは気が楽だ。けれど、ほんの少しだけ寂しさも感じるのだ。
周りの生徒達はお友達同士で集まり、楽しそうにおしゃべりをしている。
その輪の中に、私は入れてはもらえない。
でも、一緒にいて怖がらせてしまうよりずっといいわ……。
そんな事をぼんやり考えていると、真ん中辺りの席に座っていた男子生徒が振り返る。
その周りだけ、やけに生徒の数が多く、賑わっていた。
その男子生徒は、ユーイン殿下だ。なぜか彼と目が合ってしまって、私は妙に恥ずかしくなり下を向いた。一人でいるから目立ってしまっていたのかもしれない。
男子の取り巻きの他に、ユーイン殿下と親しくなりたい女子生徒たちがたくさん集まっている。
それとも飛び切りかわいいご令嬢たちばかりだ。
教室のドアが開いて、リントン先生と他のクラスの先生が入ってくる。今日は合同オリエンテーションだからだ。リントン先生が「静粛に!」と、手を叩いて促すと生徒たちも口を閉ざす。
「それでは、これより野外魔法実践演習のオリエンテーションを始めます。まず最初に、注意点とダンジョンについての説明を……」
リントン先生が教壇で説明する。横では、他の先生が黒板にダンジョンの簡単な地図を描いていた。
初心者向けのダンジョンで、出没するのも低ランクの魔物が大半のようだ。
主に出没するのは、吸血モモンガや大岩トカゲ、毒蜘蛛などらしい。
「なんだ、楽勝だな」
と、少し離れた席に座っていた男子たちが、笑っていた。
ら、楽勝なのかしら……。
私には少しもそうは思えない。そもそも、私って魔法が使えるのかしら?
鏡から鏡に移動できるスキルはあるけれど、これは前のゲームから引き継いだ能力だ。
ジュード殿下は固有魔法だと言っていたけれど、これが魔法なのかどうかもよく分からない。
私の魔力は最低レベルでほぼゼロに近い。闇魔法の特性があるらしいけれど、そもそも、闇魔法の使い方を知らない。授業では教えてくれるのかしら……。
でも、闇魔法は珍しいとジュード殿下も話していたから、他の生徒たちのように指導してもらえていたとは思えない。
となれば、ろくな魔法が使えない私は、素手か棍棒で魔物と戦う羽目に!
私はそんな自分の姿を想像して、ブルッと震えた。
ギリシャのコロッセオで戦うグラディエーターみたいな事、私にできるわけがないわ!
み、みんなは戦えるのかしら……
私はオドオドしながら、周りの生徒たちを見る。みんな余裕そうな顔をして談笑している。
先生が注目を促すと、一応は静かになっていた。
みんなは真面目に授業に参加しているから、魔法も使えるのだわ!
私はますます冷や汗が出てくる。
どうしよう……わ、私だけ役立たずなんじゃ……。
不安になり。、心臓の音がド、ド、ド、ドと速くなる。
そのうちに説明が終わり、「それでは、五人ずつの班を作ってください」と先生が指示を出した。
五人ずつの班!?
私は真っ青を通り越して真っ白な顔になる。
焦って周りを見れば、みんな席を立って、友達同士で固まっていた。
もうすでに班のメンバーが決まっている人達もいるようで、先生に報告に行っている。
取り残されているのは私くらいだ。
近くに声をかけられる生徒なんていない。
「あの子と同じ班になりたい人……いるの?」
そんな囁く声が聞こえてビクッとする。
それもそうだわ! 私は魔法も使えないし、足手まといだ。
一緒の班になるなら、使える優秀な人がいいに決まっている。
振り返ったユーイン殿下が、心配そうに私を見ていた。殿下が席を立とうすると、周りの取り巻きたちがすぐに話しかけていた。その周りでは、女子たちが殿下と同じ班になりたくて牽制し合っている。
さ、さすが……学年一の人気者だわ……。
オリエンテーションが終わっても、私が入る班は決まっていなくて、リントン先生に呼び出された。
「オズボーンさん……あなただけ、決まっていないわね」
「す、すみません……あ、あの……私は一人でも……」
他の人に迷惑をかけるなら、一人で後ろからこっそりついていく方が性に合っている。
「そんなわけにはいかないでしょう。低ランクの魔物しか出ないダンジョンとはいえ、十分に危険があるのです。それに……はっきり言うと、あなたが単独で狩れるような魔物はいませんよ。仕方ありません。他の班の子たちに頼んでみます」
「……は、はあ……すみません……」
私は落ち込んで謝った。
生徒のみんなはオリエンテーションを終えて続々と教室を出て行くところだった。
「あんな子と一緒にさせられるなんて、罰ゲームじゃない?」
「私たちの班は嫌でーす」
そんな声が聞こえてきて、先生は困った顔をする。
私はますます、申し訳ない気分になった。
陰気なばっかりに……先生に苦労をかけてしまうなんて。
◇◇◇
昼休み時間、私は人気のない裏庭のベンチに座って、家から持ってきたカチカチのパンをかじる。
朝食のパンをこっそり持ってきたけれど、日にちが経ちすぎたパンだからなかなかかみ切れない。
私はパンを囓るのを諦めて、溜息を吐いた。
「ローストビーフサンドはおいしかったわ……」
あの味が忘れられなくて、目の端にチラッと涙が滲む。
ダメダメ、すっかり口が贅沢になってしまったわ!
「あ……ここにいたんだ」
そう声がして振り返ると、ユーイン殿下が一人で歩いてくる。昼休みは取り巻きは側にいないようだ。
「で、殿下!」
私はびっくりして口元についたパン屑を袖で拭い、食べかけのカチカチパンをハンカチで隠す。
殿下に見られるのはちょっと恥ずかしい。
殿下は「ここ、いいかな?」と断ってから、私の隣に座る。
「あの~~、殿下。他のお友達のみなさんはどうしたんです?」
「ああ……うん、みんな食堂で食べているじゃないかな」
殿下は緩い笑みを浮かべて頬を掻いている。
「殿下は、一緒に食べないです?」
「昼休みは、静かに過ごしたくてね」
「あっ……そ、それじゃあ、ごめんなさい。すぐに移動しますので!」
私が立ち上がろうとすると、「ああ、いいんだ」と殿下が止める。
「君の方が先に座っていたんだし……せっかくだから、話し相手になってくれる?」
「は、はぁ……私でよければ……」
私は小声で答えて、ハンカチで隠しながらカチカチパンを頬張る。
なかなかかみ切れなくて苦心していると、殿下がクスッと笑った。
「これ、よかったら食べる?」
差し出されたのは、おいしそうな厚切りベーコンのバケットサンドだ。
目が釘付けになってしまって、つい涎が垂れそうになった。
「でもそれは……殿下の昼食で……」
「いつも多く買ってきてくれるんだよ。だから、食べきれなくて余るんだ」
バケットサンドを渡された私は、ゴクンッと唾液を飲み込んだ。
「い、いただきますっ!!」
大きな口で頬張ると、バケットはパリッとしていて、焼いた厚切りベーコンとチーズが絶品だ。
ローストビーフサンドもいいけれど、これはこれで食べ応えがあって、噛みしめるほどに贅沢な味わいが口いっぱいに広がる。
モリモリ食べていた私を、殿下は目を丸くして見ていた。それから、笑みを浮かべて自分のサンドを口に運ぶ。裏庭は静かで、風が心地いい。
「野外魔法実践演習……班は決まったのかな?」
殿下がちょっと気遣うように聞いてくる。
「あ、は、はい……一応。先生が女子の班に入れてくれるように頼んでくれて……」
「そう、よかった。ちょっと心配だったから」
やっぱり、ぼっちの私は浮いていて、目立っていたのだろう。
恥ずかしくなる。
「殿下はたくさんの人に誘われていましたけど……決まったんです?」
「ああ、うん。決まったよ。男子ばかりの班になったけどね」
「そうなんですか? 女子も入りたそうにしていたのに……」
女子たちがユーイン殿下と同じ班になりたくて、随分と揉めていた。
ユーイン殿下は困った顔をして微笑み、それから私の方を見る。
「本当は……君を誘おうと思ったんだ」
「わ、私をですか!? ど、ど、どうして……」
私はびっくりして動揺しながら尋ねた。殿下が私みたいな落ちこぼれを誘う理由はない。それとも、落ちこぼれだから、むしろ優秀な生徒ばかり集まっている殿下の班に入れてくれようとしたのだろうか。一人くらい足手まといがいる方が、ハンデになるとか?
「でも、ちょっと誘い難くて……ごめんね」
ユーイン殿下は優しいから、ぼっちでいる私を哀れんでくれたのだろう。
慈悲の心を持っているなんて、さすがに光の王子様だ
「ありがとうございます……心配してくれて……ああ、そうだ。ダンジョンでの魔物討伐、お互いに頑張りましょう!」
私が拳を握って言うと、殿下は「そうだね」と微笑んでいた。
「……殿下は魔物を討伐した事はあるんですか?」
「あるよ。君はもしかして初めて?」
「は、はぁ……授業をサボっていたもので……」
「当日は五人一班で行うからね。君一人でやるわけじゃない。落ち着いて対処すれば大丈夫。それに、他のメンバーがきっとサポートしてくれるよ」
「そ、そうですね! それなら安心です!!」
私は笑顔で頷き、食べかけのバケットサンドを頬張った。
◇◇◇
なんて、気楽に考えていた時が私にもありました……。
野外魔法実践演習の当日、郊外のダンジョンに入ったのはいいけれど、私は一人でポツンと取り残されていた。先生が入れてくれた班の女の子たちは、開始早々私を置いて行ってしまったのだ。
ど、どうしてこんな事に!
私は杖を握り締めたまま、手足を震わせる。他の生徒たちも競うように先に行ってしまったから、入り口近くでグズグズしているのは私一人だけだ。通路の先の方で人声が聞こえている。
大丈夫。先に行ったみんなが魔物を狩っていてくれるから……。
ダンジョン内は暗くて、よく見えない。
誰もいないのを確かめてから、鬼火さんを呼び出した。
ボッと炎の玉が浮かび上がり、気弱になっている私を励ますように飛び回る。
「そ、そうだね……勇気を出していこう」
今回の演習では、班ごとに魔物から採取される魔石を五つ持ち帰る事になっている。つまり、一つの班で五体の魔物を狩れば、それでミッションクリアだ。一体だけでも狩って、すぐにダンジョンを脱出しよう。
通路を進んでいくうちに、人の声も聞こえなくなる。
いきなり飛びかかってきた大きな吸血モモンガにびっくりして、私は「ひゃあぁ!」と悲鳴を上げて尻餅をついた。サッと私を庇うように飛び出したのは、鬼火さんだ。
「お、鬼火さん!」
鬼火さんは勇ましく、吸血モモンガにまとわりついて空中戦を繰り広げていた。
吸血モモンガは「キュキュキュ!」と鳴きながら、必死に鬼火さんを振り払おうとしている。
けれど、鬼火さんは実体がないから噛みつく事もできない。
鬼火さんがボッと勢いよく燃え上がると、吸血モモンガは一目散に飛んで逃げていった。
力を使い果たしたようにフラフラして落ちてきた鬼火さんを、慌てて受け止める。
「お、鬼火さん、しっかり!!」
私が呼びかけると、鬼火さんは大丈夫というようにくったりしたまま頷く動作をする。
戦う力なんてないのに、私を守るために……。
なんて健気な鬼火さん!
私は目頭に滲んだ涙をハンカチで拭い、火の勢いが弱くなってしまっている鬼火さんをそっと両手で包む。
鬼火さんだけに、頑張らせるわけにはいかないわ。
今度は私が…………。
で、でも怖いわ!
ビクビクしながら通路の角を曲がると、階段があり下へと続いているようだ。
みんなももう先に進んだのだろう。
下の階に下りると、男子数名が大きな毒蜘蛛を狩っているところだった。
「ちょろいな」
「大した魔石もアイテムも採れねーな。こんな初級ダンジョンじゃ、やりがいもないぜ」
そんな軽口を叩いていた男子たちは、毒蜘蛛の魔石を取り出し、さっさと先に行ってしまう。
「あんな大きな毒蜘蛛を狩るなんて……みんな優秀だわ……」
私は小声で呟いて物陰から出る。壁には蔦が這っていて、それがズルズルと動き回っているのが不気味だ。鬼火さんは私の手から抜け出して前に出ると、健気にも照明役を果たそうとしてくれる。
幸い、ほとんどの魔物は他の生徒たちが狩ってくれたからか、あまり出没しない。
けれど、このままでは一体も魔物を狩れないままだ。
「一番弱そうな魔物はいないかしら……」
私は通路を進みながら、オドオドして周りを見る。
さらに階段を下りていくと、ひんやりとした冷気が広がっていた。
下の階はさらに暗く、鬼火さんがいなければほとんど何にも見えなかっただろう。
みんなどこまで下りていったのかしら。
不安になりながら進んでいるうちに、不意に誰かの叫ぶ声が聞こえた。
ビクッとして立ち止まっていると、大勢の生徒たちが血相を変えて引き返してくる。
「な、なに……?」
廊下の端にいた私は突き飛ばされて壁に強く当たった。
生徒たちは男子も女子も泣き叫ぶような声を上げて通路を走っていき、我先にと階段に詰めかけていた。
いったい、何が起こったのか私には分からない。
ど、どうしよう。みんな尋常じゃない怯えようだった。さらに、生徒たちが続々と走って引き返してくる。中には額や腕から血を流し、仲間に抱えられている生徒までいた。
通路の先から聞こえたのは、「早く逃げろ!」と叫ぶユーイン殿下の声だ。
女子生徒たちが泣きながらこっちに逃げてくる。
ユーイン殿下!
私は迷った末に、震える脚に力を込めて先に進む。通路の角から顔を覗かせてみると、広い部屋の中で殿下と男子生徒が戦っていた。しかも、二人を取り囲んでいるのは、低ランクの魔物ではない。手に武器を持ったスケルトンだ。それも何体もいる。
部屋の先には、首魁らしきスケルトンが宙に浮かんでいた。
その骨となった手が握り締めているのは、大きな杖だ。
魔法使いのローブを着たスケルトンは、口を開いて咆哮のような声を上げる。
その途端、スケルトンが地面や壁から次々に湧き出てきて、殿下と男子生徒に襲いかかる。
あの男子生徒は、殿下の従者だ。いつもの側に控えている、生真面目そうな男子だった。
ええっと、名前は……。
そう、ダニエル=ハミルトンという生徒だったと私はようやく思い出す。
ダニエルさんは剣を手に、必死に応援している。殿下が光魔法の防壁を張って、攻撃を防いでいた。
けれど、数が多い。それに、ローブを着た首魁のスケルトンは明らかに高ランクの魔物だ。
ど、どうして、アンデット系の魔物が……。
先生たちは、このダンジョンにはアンデット系の魔物は生息していないと話していた。
首魁のスケルトンが手にした杖の魔石が禍々しい光と共に闇魔法を放つ。
「殿下!」
ダニエルさんが殿下の前に飛び出し、風魔法で跳ね返そうとしていた。けれど、それはほとんど効果がなく、闇魔法の直撃をくらって吹っ飛ぶ。
「ダニエル!!」
防壁を張っていた殿下が声を張り上げた。駆け寄って助け起こそうとするところに、スケルトンが襲いかかる。それを剣では跳ね返し、負傷しているダニエルさんを引きずりながら後ろに下がる。
直後放たれた闇魔法を、間一髪、光の防壁で防いでいた。
疲労して息が上がっていて、魔力も底を尽きかけているようで膝をついている。
ダンジョンの壁や天井が振動で崩れ、気付いた時には通路が瓦礫で埋もれていた。
もしかして、これは……閉じ込められてしまっている!?
他の生徒たちはうまく逃げられたようで声はしない。殿下が必死に逃がしたからだろう。
取り残されているのは、私と殿下と気を失っているダニエルさんだけ。
生徒たちがすぐに先生を呼びに行ってくれているだろうけど、通路が塞がれてしまっては助けに来るのが遅くなる。
私は「どうしよう……どうしょう……」と動揺して呟きながら、壁の陰から室内の様子を見守る。
飛び出していっても、戦える気がしない。
あれは、アンデット系のモンスター。
私が使える……かもしれない魔法は闇魔法だ。アンデット系のモンスターに効果があるのは、殿下が使える光魔法のみ。闇魔法なんてぶつけても、むしろスケルトンが元気になるだけの気がする。
でもこのままでは……。
殿下は剣を握って立っているのが精一杯のようだ。周りを囲む光魔法の防壁も消えそうになっている。
あと一撃でも食らえば、殿下も倒れてしまうだろう。
首魁のスケルトンが杖の魔石に魔力を込める。その魔石は真っ黒で、瘴気を放っていた。
あれ、は……。
私はその魔石に見覚えがあった。
ごろつきのような男たちと一緒にいたジュード殿下の姿を思い出した。
鏡の中を散歩していた時、うっかり倉庫のような場所に出てしまった日の事だ。
ジュード殿下に初めてあった日でもある。
あの時、殿下たちが囲んでいた木のテーブルの上に、確かによく似た黒い石があった。
それも一つではなく、いくつも……。
あの魔石が、スケルトンたちに魔力を与えているみたいだ。
私はゴクッと唾を飲み込んで、壁に背中を押しつける。そのまま力が抜けるように座り込んだ。
ジュード殿下は、恋愛ゲームの中で何度もユーイン殿下を暗殺しようとしていた。
だとすれば、あの魔石も……。
そんな嫌な予感がして、私は震える手をギュッと握った。
ジュード殿下はユーイン殿下を嫌っている。
でも……本当にあのジュード殿下が、異母弟とはいえ弟を殺そうとなんてするだろうか。
「す、するかもしれないわ……」
私は頭を抱えて呻く。それからパッと顔を上げた。
迷っている場合ではない。今は何よりも、ユーイン殿下を助ける事が先だ。
肩から提げていた鞄を下ろし、急いで使えそうなものを探す。といっても、中には林檎やパン、飲み物くらいしか入っていない。おやつのナッツも入っているけれど、戦闘力のありそうなものは何もない。
あとは、櫛と鏡……。
私は手鏡を取り出して、部屋の中に視線を向けた。
殿下は必死に耐えているけれど、時間がない。
鏡の持ち手をギュッと握って、目を瞑る。そして、鏡の中に頭を突っ込んだ。
助けを呼ばなくては。
その相手は、私は一人しか思い付かなかった。




