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潜入しました。

 暗い鏡の外を覗いてみると、王宮の広い廊下のようだった。

 メイドさんたちが掃除をしているのが見えて、慌てて顔を引っ込める。

 どうやら王宮内に入り込む事は成功したみたいだけど、宝物庫がどこにあるのか分からない。


 こうなったら、手当たり次第に鏡を覗いてみるしかない。

 といっても、宝物庫に鏡なんてあるのかしら。

 なければ侵入する事は難しい。失敗して戻れば、ジュード殿下に怒られてしまう。

 あの人の事だから、石抱きの刑にした私の前で、おいしそうにローストビーフサンドをペロリと食べてしまうに違いない。そんな姿を想像して、私は悔しさのあまりハンカチをギュッと噛みそうになる。


 ローストビーフを平らげられる前に、宝物庫の宝珠とやらを盗んで戻らないと!!

 ああ、これで私も前科者だわ。きっと国中に、『この陰気な顔にピンときたら!』なんて指名手配のチラシを貼られて、日陰者の暮らしまっしぐらに違いない。

 もう、お日様の下を歩けない身の上に……ヨヨヨ…………。


「よく考えたら、私は明るいところは好きじゃないし、もともと日陰者だったわ……」

 私はハッとして呟いて、急いで廊下の鏡を離れる。

 あちこちの鏡を覗いてみると、ようやく宝物庫らしき部屋に当たった。


 暗くてよく見えないけれど、古い甲冑や剣、いくつもの宝飾品が並んだガラスのケースが見えてくる。

 博物館みたいだ。恐る恐る顔を覗かせてみると誰もいない。

 私はヌルンッと、穴から出てくるウツボみたいに脱出する。


「せ、成功してしまったわ……」

 しかも誰にも気付かれずに宝物庫に入り込めるなんて!

 元の世界では、同じように鏡の中を行き来できたけれど、こんな活用の仕方は少しも思い付かなかった。亡霊なんてやっていないで、宝飾品店とか美術館に忍び込んでいれば、世紀の大怪盗になれてしたかもしれない。


「何を考えているの……亡霊が盗みなんてかっこ悪いわ」

 私は独り言を漏らしてプルプルと首を振る。それにしても宝物庫の中は薄暗くて、躓きそうになる。

 鏡の中を移動する能力が残っているということは、あれも使えるかもしれない。

 私は自分の手をジッと見て、ムムム……ムムム……と念力を送る。

 その途端にボッと青白い炎が灯った。


「で、できたぁ!!」 

 私は驚いて蹌踉めきながら声を漏らす。

 亡霊といえば鬼火だ。

 青白い火の玉も、嬉しそうに私のフワフワ飛び回っている。

  

 これで、足元も少しだけ見やすくなる。

 私は鬼火さんと一緒にコソコソ移動して、言われた通りに宝物庫の一番奥に向かった。そこには、ガラスのケースに入った王冠と、王笏、それに宝珠の三つが座布団のようなものの上に鎮座している。

 

 これだわ!! でも、このケース、どうやって空けるのかしら。

 触れていきなり、警報器が鳴り出したりしないかしら……。

 恐る恐るケースに触れて、グイッと持ち上げてみる。

 けれど、少しも空かない。そのたびに、ケースの表面に浮かんだ魔法陣が、青く点滅していた。

 

「だ、ダメだわ……魔法で封印されてるみたい……」

 私は汗を拭い、肩を落として呟いた。心配そうに飛び回っていた鬼火さんが、何かを懸命に訴えながら、揺らめく炎の先をケースに向けている。

「……………………! ………………!」

「えっ! 鬼火さんが? ほ、本当に中に入れるの?」

 なんとなく意思の疎通を図りながら尋ねると、鬼火さんが頷くような動きを見せる。

 そして、任せてくださいとばかりに、勢いよくケースの中に飛び込んだ。


「鬼火さん、無茶をしないでね!」

 私は心配になって声をかける。鬼火さんはケースの中をウロウロしてから、宝玉に炎の手を伸ばした。

 何とか持ち上げたり、引っ張ったりしようとしているけれど、鬼火さんには実体がない。

 重たい宝玉を動かす力なんてないから、疲れたようにクタッとなっていた。


「お、鬼火さん、もういいわ! もう十分よ」

 小声で呼びかけると、鬼火さんはまた復活して奮起したように宝玉全体を炎で包む。

 少しだけ宝玉が動いた。

「鬼火さん!」

 私は両手を握り、頑張る鬼火さんを心の中で必死に応援する。

 その時だった。


「誰かいるなら、速やかに姿を見せろ」

 急に低い男の人の声が聞こえて、私も鬼火さんも跳び上がる。

 ケースから出てきた鬼火さんを抱きかかえ、急いで物陰に飛び込んだ。

 布をかけられた絵画がいくつも置かれていて、横には金ぴかの甲冑が立っている。

 その隙間に入り込んで、膝を抱えながら小さくなった。

 

 足音が近付いてくる。私はブルブル震えている鬼火さんを腕で隠し、心の中で悲鳴を上げた。

 見付かってしまったわ!!

 絵画に被せてあった白い布をそっと引っ張って、頭からかぶる。

 

 物陰から見ていると、やってくるのは騎士の格好をした男の人だ。

 それも、金髪ロン毛のイケメンだ。ただ、目つきが鋭くて怖い。


 騎士はゆっくりと進みながら、薄暗い宝物庫の中を見回している。

 そして、あの王冠や王笏、それに宝珠が入っているケースの前に立ち、その表面をスッと撫でた。

 ひっいいっ。も、も、もしかして、指紋でも残っていたのかしら。

 泥棒には手袋とめざし帽が必要だったわ。

 そんな準備をする暇もなく、あのジュード王子にお尻を蹴っ飛ばされて送り込まれたのだ。


 そもそも、宝物庫に忍び込んで、宝珠を取ってくるだなんて任務が無謀すぎる。

 ただの元亡霊には、あまりにも難易度の高いミッションだ。

 

 振り返った騎士は、薄暗い宝物庫をじっくりと見回している。そして、抜いた剣を手に、物陰を覗いていた。このままでは、私は絶対に見付かって、あの剣で串刺しだわ!

 私はシーツを深くかぶって、小刻みに震える。

 足音が徐々に近くなっていた。


 こうなれば、鏡に戻って……。

 そのためには通路を横切らなくてはいけない。

 鏡は遠くて、逃げ込む前につかまってしまいそうだ。


 開発者様(お、お父さん)、絶対絶命です!!

 私は心の中で助けを求める。


「隠れても無駄だ。さっさと出てこい!」

 再び脅すような声が聞こえて、ビクッとする。

 その時、私の腕の中で震えていた鬼火さんが、勢いよく飛び出した。


 お、鬼火さん!!

 思わず手を伸ばして止めようとしたけれど、つかめなかった。

 鬼火さんは一直線に、騎士の方へと飛んでいく。

 あの人の目を逸らすためだろう。


 騎士は少しも動揺する事なく、剣を一振りする。

 パッと青白い炎が散って、真っ二つに斬られてしまった鬼火さんは消滅してしまった。


 鬼火さ――ん!!

 鬼火さんはユラユラ揺れる以外に、攻撃力なんて少しもないのに。

 私を守ろうとしてくれたのだわ。


 私は涙が浮かんできて、目をギュッと瞑る。

 けれど、鬼火さんの勇気を無駄にするわけにはいかない。

 騎士が散った炎に気を取られている隙に飛び出した。


 鏡まで走ろうとしたけれど、シーツを踏みつけられて、「ギャフン!」と床に倒れる。

 い、痛いです…………。

 痛みを我慢しながら体を起こす。

 早く、逃げないと……。

 けれど、その前にシーツを剥ぎ取られて、頬にピタリと剣の先を当てられた。

 私は冷たくて鋭いその刃の感触に青ざめ、石のように硬直する。


 恐る恐る振り返ると、イケメン騎士様が冷たい表情で見下ろしていた。

「死にたくなければ、動くな」

 そう言われて、必死に頷くしかない。

「騎士団長!」

 バタバタと足音が聞こえ、遅れて数人の騎士たちが駆けつけてくる。

「侵入者だ。連れていけ」

 騎士団長!?

 こ、このイケメン騎士様は、騎士団長!?

 剣を引っ込めると、騎士団長様は鞘に収めていた。


◇◇◇


 あっけなく捕まってしまった私が連行されたのは、お城の地下にある拷問部屋だった。

 壁には様々な拷問器具が並んでいて、奥の方にはアイアンメイデンまで置かれていた。

 血の痕の残る壁や床が恐怖をあおり立てる。中央の木の机には、錆びた鉄の枷がついていて、元亡霊の私としては、こうしたホラーチックな部屋の雰囲気は嫌いではなくゾクゾクしてしまった。

  

 ああ、なんだか、とっても懐かしいわ……。

 なんて、思い出に浸っている場合ではない。拷問にかけられるのは私なのだ。


 しかも数ある拷問器具の中から、イケメン騎士団長様が選んだのは――。

 大きな木の回し車だ。

 ハムスターの飼育箱の中に入っている、走ると回るあの回し車だ。

 それの人間版だから、かなり大きい。


 回し車の中に放り込まれた私は、必死に走らされていた。

 汗だくで、長い髪を振り乱しながら、ひたすら手と足を動かす。 

 ひいいっ、もうダメだわ!!

 でも止まったら、回し車と一緒にグルングルンとかっこ悪く回る羽目になる。


 拷問部屋には騎士が並んでいて、あのイケメン騎士団長様は悠然と椅子に座っている。

「その制服は魔法学園の制服だな。誰に頼まれて、どうやってあの宝物庫に忍び込んだ。狙いはなんだ?」

 イケメン騎士団長様が、冷徹な表情を崩さないまま尋問する。


「わ、わ、わひ…………わひわ…………ひいいっ、もう無理~~!!」

 私はバタンと倒れて、グルングルンと回し車と一緒に回転する。

 目が回る~~!!

 ようやく回し車が止まると、騎士たちに引っ張り起こされて、また一から走らされるのだ。

 もう、ヘロヘロになっていて、足がもつれそうだ。


「誰に頼まれた? 正直に白状した方がいい。宝物庫への無断侵入及び窃盗、さらには王宮への無断侵入。君の犯した罪は、死罪相当だ」

 死罪!?

 

 私はぎょっとして、ドタッと倒れる。回転車から這い出すと、立ち上がった騎士団長様がゆっくりやってくる。そして私を氷みたいな冷たい目で見下ろした。

 震える小動物をいたぶり尽くしてやろうというような目だ。

 私は顎がガタガタと震えて、うまく言葉を発する事もできない。

 汗が噴き出して、制服はもうびっしょり濡れていた。

  

 今ここでジュード殿下の名前を出したら、少しは許してもらえるのだろうか。

 殿下はあれでも、第一王子だ。

 けれど、しゃべったら、今度はジュード殿下も罪に問われるかもしれない。

 私はどうすれば~~!


「宝物庫への侵入経路を正直に答えれば、できるだけ苦痛を感じない方法での処刑を選ばせてやる」

 騎士団長様はそばにしゃがむと、ジッと目を見て言った。

 顎を強くつかまれて、私は目を瞑る。

 

 端からポロッと涙がこぼれた。

 言い訳したとしても、きっと聞いてもらえない。

 

 ジュード殿下だって、きっと私を助けには来ないだろう。見捨てるはずだ。

 そうなれば、私が勝手に忍び込んだ事になって、どっちみち処刑は免れられない。

 

「し……死ぬ前に………」

「死ぬ前に?」

 私の震える声を、騎士団長様が拾うように繰り返す。


「ローストビーフサンドが……食べたかった……」

 私はあまりの恐怖に気を失って、そのままズルッと倒れてしまった。

 頭がゴンッと騎士団長様の鎧の胸に当たる。


◇◇◇


 今回も、また短い人生だったわ……。

 未練が残ってしまって、次もまた亡霊として生まれ変わってしまうかもしれない。

 今度は、ローストビーフサンドをむさぼり食べようとする亡霊に…………。


「おい、起きろ。いつまで寝てんだよ」

 頬を叩かれて、ハッとして目を見開く。

 視界に入ったのは、呆れているジュード殿下の顔だった。


「殿下! ど、どうして……ここに?」

 私は飛び起きて、辺りをキョロキョロ見回す。そこは見覚えのない物静かな公園のベンチの上だった。

 宝物庫に忍び込んで捕まり、ハムスター式の拷問にかけられていたはずなのに!


「お前がしくじったから、わざわざ迎えに来てやったんだよ。手間かけさせんな」

 パチッと軽く頭を叩かれる。少しも痛くないけれど、髪がボサボサになってしまった。

 私は首を竦めて、恐る恐る殿下の顔を見る。

 

「で、殿下が……助けてくれたんですか?」

「そうじゃなかったら、出られるわけないだろ」

「あ、そ、そうですね……」

 

 ということは、宝物庫に忍び込んだ件はお咎めなし?

「あの……ど、どうして……許されたんでしょう? 処刑だと言われたのに……」

「んな事、知らなくていいんだよ。いつまでも帰ってこないから、昼休憩の時間も終わったぞ」

 殿下はぶっきらぼうに言い、私の紙袋を渡す。片手はポケットに突っ込んだままだ。

 紙袋を受け取って中を見ると、夢にまで見たローストビーフサンドが入っていた。


「で、殿下、これ…………私は失敗したのに……!!」

 嬉しくてドバッと涙が出てくる。処刑されてしまうから、一生食べられないと思っていた。

 それに、殿下に命令されていた宝珠を盗み出すミッションは失敗してしまったのに、どうして。


「さっさと食って学園に戻れよ。お前は授業あるんだろ」

「殿下は学園には戻らないんです?」

「俺は用があるんだ」

 殿下は振り返らずにそう言って、立ち去ってしまった。

 風が周囲の木々の葉を揺らす。

 

 歩いて行く先には城門がある。ここは、王宮の外の公園のようだ。

 ここまで運んできてくれたのはジュード殿下だろう。

 

 私はベンチに腰を下ろし、ローストビーフサンドを頬張る。

 そして、そのおいしさに衝撃を覚えた。


 柔らかいローストビーフにさっぱりしたビネガーソースが絡まって、ガーリック風味のマッシュポテトもたっぷり入っている。

 なんて、贅沢なサンド!

 こんな、こんなおいしいものが世の中にあるなんて……。

 ああ、生きているって素晴らしい!!

 処刑されなくてよかったよ~~~~!


 私は滲んだ涙を指で拭う。

 それにしても、殿下はいったいどうやってあの冷酷そうな騎士団長を説得してくれたのだろう。

 それがふと気になって、王宮へと戻っていった殿下の事が心配になった。


 



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