任務の時間です。
「こちらにどうぞ」
ルシアンさんに案内されて、部屋に足を踏み入れた私は、思わず変な声を漏らしそうになった。
ここは……拷問部屋だわ!!
薄暗くて狭い部屋の中には、古い棚が並んでいて、真ん中には痛んだ木のテーブルが置かれている。
棚には、何の生き物のものか分からない目玉が瓶詰めになっているし、角がついた頭蓋骨が壁に飾られていた。カエルやトカゲの干物も瓶詰めも並んでいる。
ホラーゲームに出てくる廃病院の地下室みたいだ。
そう思うと、ゾクゾクして震えてくる。
こ、怖いけど……こういう雰囲気も嫌いではないわ。
でも、拷問されるのは怖い!
青くなって震えていると、「あ、ドアは閉めて下さい」と棚を漁っていたルシアンさんが言う。
私は言われた通りに、ドアを急いで閉めた。
しまったわ。これでは密室!
私は逃げ場をなくして、オドオドしながら部屋を見回す。
箱を取って戻ってきたルシアンさんは椅子を出して座ると、ドアの前で突っ立ったままの私を見た。
「何をしているんです? あなたもここに座ってください」
椅子をもう一つ出されて、私は「は、はいっ!」と素早く腰をかけた。
逆らうと、目玉をくり抜かれるかもしれないわ……。
そ、それは怖い!
ジュード殿下も怖いけれど、ルシアンさんは無表情で何を考えているかさっぱり分からないから余計に怖い。それに、賢そうだわ……。私は昔から賢そうな人が苦手だ。
口下手だから、言い負かされてしまう。そういう人を見ると――。
〝斧で頭をかち割って、脳髄をぶちまけてやりたく……〟
私は、「いけない、いけない!」と頭を小さく振った。
つい、昔のくせで乱暴な事を考えてしまったわ。今の私は亡霊ではなく一応は生きている人間で、貴族の令嬢で、魔法学園の生徒。しっかり弁えていないといけない。
でないと、この魔法ゲームの世界から追い出されるか、消滅させられてしまうかもしれない。
この世界では、私は異物。こっそり住まわせてもらっているだけの存在だ。
もしバレてしまったら、『キラキラ恋愛ゲームなのに、ホラゲーの亡霊が紛れ込んでいるぞ!』と大騒ぎになって、亡霊狩りが始まってしまうかも……。
私は学園の生徒たちが大挙して襲いかかってくる姿を想像してブルブル震えた。
その間にルシアンさんは私の足をつかんで、フラスコに入った得体の知れない緑色の液体をぶっかける。
傷にしみて、私は「ぎゃああああっ!!」と断末魔のような悲鳴を上げてしまった。
「うるさいです。気絶させられたのですか?」
怖い顔で睨まれて、慌てて口をギュッとすぼめる。
し、しみるわ!!
スカートをギュッと握り、ヒリヒリする痛みと悪臭を耐えた。
「大げさな人ですね。そんなに痛いはずはないですよ。魔草をすり潰したただの魔法薬です」
「魔草!?」
魔草って何かしら!
徐々に痛みが引いていき、恐る恐る片目を開けてみると、血が止まっていて傷がかさぶたになっていた。
「触らないでくださいよ」
ルシアンさんは、傷の上にガーゼを貼り付ける。その手つきが慣れていて、びっくりした。
この人……ほ、保健委員かしら?
「あ、あの…………一つ、聞いても?」
「ええ、何ですか?」
「ノース先輩は、ジュード殿下と……親しいんですよね? お、お友達、ですか?」
私が小声で訊いてみると、ルシアンさんが顔を上げて私を見る。
「お友達? あの方に親しい友人がいるように見えますか?」
「い、いいえ……ちっとも……」
ジュード殿下は口調も態度も乱暴だから、友人に囲まれて過ごしているようには見えない。
ユーイン殿下の周りには男女問わず、取り巻きの生徒が集まっているけれど。
兄弟でも大違いだ。
「私はただの部下ですよ。あの方の野望に協力しているだけです」
「や、野望!?」
確か、恋愛ゲームでは、ジュード殿下はユーイン殿下を暗殺して国を乗っ取ろうとして失敗し、その腹いせに国ごと滅ぼそうとしたんだわ。
ということは、ジュード殿下の野望は……この世界を手に入れて、魔王となること!?
な、なんて、壮大な野望。
私には想像もつかないし、考えもしないわ。
私の野望なんて……。
元のホラーゲームの世界では、私は何の望みを抱いていただろう。
あまり思い出せなくて、私は以前いた世界に思いを馳せる。
亡霊になったきっかけは、いじめられて、悔しくて、復讐しようとした事だったかもしれない。
でも、亡霊になってからの私は、ただプレイヤーの人達に楽しんでほしくて、怖がってもらいたくて、それをこっそり見ているのが好きだっただけだ。
怖がりながらも、みんな、喜んでくれていたように思う。
そうすると、私はこの世界にいていいんだと、安心して受け入れてもらえたような気がした。
亡霊になる前は、私には居場所なんてなくて、誰も私を見てくれなかった。
苦しみも悲しみも、知ろうとはしてくれなかった。
でも、亡霊になった後は違っていた。私がどうして亡霊になってしまったのか、それを知ろうとしてくれて、知ると一緒に泣いてくれる人もいた。苦しさを理解してくれた。
私は『赤い鏡のメアリーさん』でいるのが、好きだったのだ。
その事をふと思い出して、目頭が濡れてくる。
ああ、あの世界はもう消えてしまったんだった。それが無性に悲しく思える。
足元から自分の世界がフッと消えてしまったようで。
もしかすると開発者様(お父さん)は、そんな私を哀れんで、こっそり別の――この世界に紛れ込ませてくれたのかもしれない。ゲーム会社が倒産してしまって、開発者やプログラマーの人達は他の会社に転職していったようだから。
でも、不思議な事もあるのだ。この世界はゲームの世界というには、あまりにもリアルで、本物の世界とそっくりだ。ゲームの中にいるという感じが少しもしない。体温も匂いも、風の感触すらも感じられる。
だから、私はふと……考えたのだ。
誰かが見ている夢の世界に紛れ込んでしまったのではないかと。
だとしたら、その誰かが目を覚ました時に、私もこの世界も消滅してしまうのだろう。
この恋愛ゲームの最終章のタイトルが、『世界の終わり』だった。
どういうシナリオだったのか、プレイしていない私には分からない。
分からないけれど、ジュード殿下が大きく関わっている事だけは確かだ。
この世界が破滅してしまう切っ掛けを作るのは、彼なのだから。
「あ、あのノース先輩は、殿下の野望に……協力しているのですか?」
「まあ、そうですね」
「な、なぜですか? 殿下が悪い事や怖い事をしているかもしれないのに……」
ルシアンさんは私をチラッと見てから、薬箱の蓋を閉じて棚に戻しに行く。私は彼の背中を目で追った。
もし、ジュード殿下が誰かに捕まって罪に捕らわれる事があれば、きっとルシアンさんも罪を免れられなくなるだろう。公爵家の子息だと聞いたのに。優秀で立派な家の生まれの人なのに、それでいいのだろうか。なぜ、この人は協力しているのだろう。
棚をパタンと閉じたルシアンさんが振り返る。その口元に感情の読めない笑みが浮かんでいた。
「私くらい、あの人の味方でいてあげないと、あの人は敵だらけになってしまうでしょう?」
その言葉に、私は驚いて目を見開いた。
それが、本当にこの人がジュード殿下に協力する理由なのだろうか。
それとも、本当は別に違う目的や、思惑があるのだろうか。
私には分からなくて、何も言葉を返す事ができなかった。
「さあ、治療は終わりです。さっさと教室に戻ってください。もう、昼休憩は終わりなんですから」
「ジュード殿下やルシアンさんは、授業には……出ないんですか?」
「殿下も私も、すでに必要単位は取っていますからね。出席する必要がないのです」
もう、全部の授業の単位を!?
ゆ、優秀なんだわ……。
ルシアンさんはともかく、あの不良みたいなジュード殿下まで賢いなんて!
そんな事を考えている間に遠くの方で、授業の開始を知らせる鐘の音が聞こえた。
私は慌てて立ち上がり、「あ、ありがとうございました」と頭を下げて部屋を飛び出す。
この世界は私が知らない事ばかりだ。
◇◇◇
もしかすると、私がこの世界に紛れ込んだのは、世界の破滅から人々を救う事ではないだろうか。
なんて、壮大な事を考えていたせいで、その日の夜は目がギンギンに冴えてしまって、ベッドに仰向けに寝たまたま天井を見つめていた。
「わ、私に、そんなヒーローみたいな事ができるかしら……」
と、とても、できる気がしないわ……。
そもそも、私は吹けば飛ぶような元亡霊でしかない。できる事といったら、ちょっと人を驚かせたり、怖がらせたり、呪いをかけたりするくらいだ。
とても世界を救うなんて映画のヒーローみたいな偉業を成し遂げられる気がしない。
そ、それに、動画サイトに上げられていたこの恋愛ゲームの最終章のPVをちょっとだけ見たわ。
地面が割れて噴火しているし、真っ暗な空から隕石が降り注いでいるし、なんだかとんでもなく巨大な山羊頭の魔王みたいなのが復活しているし、人類は吹っ飛んでいるし、チンケな人間の力でどうにかなるようなレベルの災害ではなかった。
私は寝転がったまま青ざめる。天井では、大きな蜘蛛さんが今日も人類の敵を駆逐している。あの蜘蛛さんの方が私よりもずっと人類に貢献しているわ……。
そ、そうよ、そういう大それた役目は、私ではなくユーイン殿下や攻略対象の美形男子や、ヒロインに任せておけばいいのだわ。私みたいなモブは、大人しく世界の隅っこで、英雄たちの活躍を見守っていればいい。応援もするし、募金くらいはできるかもしれない。
けれど、あんな終末世界を止める事なんて、無理だわ~~!!
私は継ぎ接ぎだらけの上掛けをガバッとかぶる。
ジュード殿下も人生に不満があると言って、あんな災厄を引き起こす事はなかったのよ!
凶悪な顔で笑っている殿下の顔を思い出して、涙を浮かべる。
でも、殿下は根っからの悪人というふうには見えなかった。
私の分のサンドイッチを買ってくれたし、マカロンもくれた。暴君だけど、心根の優しさはちょっとくらいは残っているはずだ。元々、残忍で冷酷な人間だったわけじゃない……と、思う。
ほ、本当にそうかしら。ゲンコツばっかり落としてくるし、五分以内に来いとか無茶な要求をして呼びつけるし、パシリにするし。やっぱりすごく悪い人のような気もしてくる。
あの人の事がちっとも分からないわ!
でも、ルシアンさんも言っていた通り、友達はいなくて、孤独なのは間違いない。
寂しいと自暴自棄になってしまう気持ちは分かる。私もそうだったから。
寂しくて、つい……亡霊になってしまって、仲良さそうにイチャイチャしている人たちを見ると負のエネルギーがブワッと溢れ出てきて、斧で頭をかち割り、脳髄をぶちまけてやりたく……。
それはもう昔の事よ!
ちょっと調子に乗って、イキッていた自分が恥ずかしくなる。
と、とにかく、私には世界を救うなんて事はできないけれど、世界を救う人たちの事をちょっとだけ、陰ながら手伝う事はできるかもしれない。世界の終末という悲劇的結末をほんの少し遅らせる事なら。
そのためには、まずはジュード殿下の企みを、こっそり妨害するのだ。
幸いにして、今の私はジュード殿下のパシリという地位を獲得している。うまく役に立てば、ジュード殿下の腹心の部下になれるかもしれない。そう、ルシアンさんみたいに!
そうすれば、ジュード殿下を説得して、怖ろしい企てを止めさせる事もできるかも。
そうなれば、終末世界は訪れる事なく、みんなハッピーなエンドが迎えられるはず!
これしかないわ!
私はドキドキしてきた。まるで、スパイ映画のスパイになったみたいにスリリングだ。
「うふふふふ……我ながらいい考えだわ……」
◇◇◇
なんて、考えていたけれど、甘かったわ!!
翌日も呼び出された私は、犬のリードみたいに縄を括り付けられて、鏡の前に立たされていた。
時計塔の部屋の中にいるのは、私とジュード殿下、それにルシアンさんの三人だけ。
「あ、あのぉ…………殿下。これで……何をするんです?」
私は恐る恐る、縄の端をつかんでいる殿下を振り返る。
「お前の能力の検証実験だ」
「は、はぁ……」
鏡を通り抜けられるのは前にもやってみせたはずだ。
「今日の実験は、能力の範囲の確認だ。お前だけが鏡を通り抜けられるのか、それともお前と一緒にいれば他の人間も一緒に鏡に入れるのか、確かめんだよ」
偉そうな態度で言われて、私は「は、はぁ……」と曖昧な返事を返す。
「というわけで、俺も一緒に鏡に入れるか実験するからな。ほら、さっさと行け」
ドカッと背中を蹴られて、私はよろめくようにヌルッと鏡に頭を突っ込む。そのまま鏡の中に「エイッ」とダイブすると、「痛てっ!!!」と叫ぶ声が直前に聞こえた。
縄が引っかかってしまって先に進めない。
私は「おかしいな……」と、グイグイと縄を引っ張った。
「痛てぇ! てめぇ、引っ張んじゃねえ! だから、痛てーんだよ!!」
曇った声が鏡の外から聞こえてきた。
慌てて引き返して鏡の外を覗いてみると、殿下が頭を抱えてしゃがんでいる。
「…………てぇ…………この野郎!!」
恨めしげな目をして睨んでくるから、私はビクッとして鏡の中に引っ込もうとした。
それより先に胸ぐらを掴まれて、鏡から引っ張り戻される。
ギャッと声を上げて転がり出た。
ノートを手にしたルシアンさんが、「どうやら、鏡の中に入れるのは本人だけのようですね」とペンを走らせて検証結果を記録していた。
「つ、使えねぇ……」
殿下は立ち上がって、額を押さえながら顔をしかめる。
「これなら、転移魔法の方がずっと簡単ですね」
「ああ、そうだな。次の検証は……防犯魔法を突破できるのかだな」
「さすがにそれは難しいのでは? 空間魔法でも検知すれば弾きますよ」
「それを確かめてみるんだよ」
ジュード殿下はルシアンさんと話した後、私の方を見る。
い、嫌な予感がしますよ、これは!
私はゾクゾクして、座り込んだまま後退りする。
殿下はすっかり何か悪い事を企んでいる時の表情になっている。
「じゃ、そういう事で……お前、ちょっと王宮の宝物庫まで行ってこい」
にこやかに笑みを作ると、ジュード殿下は私の肩をポンと叩く。
「お、お、お、王宮の…………宝物庫~~~~!?」
そんな『ちょっとパンやまで走っていって、あんパン買って来いや』、みたいなテンションで言われましても!!
王宮の宝物庫なんて、きっとセキュリティは厳重で、簡単に行って帰って来られるとは思えない。
見付かったら、それこそ打ち首……磔……断頭台………絞首刑のフルコース!
死体は見せしめに野ざらしにされてカラスの餌!!
「無理、無理、無理、無理です、無理です、無理ですぅ!!!!」
私は震えながら、必死に首を振った。
ただの元亡霊で大泥棒ではないのだ。
「無理じゃねーだろ。大丈夫だ。宝物庫の一番奥まで行って、王冠や王笏と一緒に置かれている、丸い玉を持って帰ってくればいいんだよ」
「ま、丸い……玉? そ、そんなもの……ど、どうするんです?」
「別にどうもしねーよ。ただ、本当に行って帰ってきたのか確かめるための証拠だ」
「そ、その……玉は何なんです?」
私は鼻水を垂らしながら、恐る恐る尋ねた。
しゃがんでいる殿下はチラッとルシアンさんと目配せし合う。
それだけで、嫌な予感をひしひしと感じた。
「大したもんじゃねーよ。ただの宝珠だ」
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、宝珠!!!!」
無知な私でも知っている。王冠と王笏と宝珠は戴冠式に必要な三種の宝器だ。
そんなものを、忍び込んで勝手に盗み出したとなれば、私の首が飛んでしまう。
処刑フルコースに加えて死体鞭打ちの刑も追加に違いない。
やっぱり、ジュード殿下にちょっとばかりいいところがあるなんて、思っていたのが間違いだった。
この人は根っからの悪人! 世界を滅ぼす大魔王だ。
い、今のうちに呪い殺してしまおうかしら……。
それが一番手っ取り早いような気がしてしたわ……。
いいえ、ダメよ。
今の私は亡霊ではない。もう簡単に人を呪い殺したりしてはいけいない。
たとえ、相手が凶悪人間だったとしてもだ。
白目を剥いて現実逃避していると、ペチペチと頬を叩かれる。
「おーい、正気に戻れ。おい、聞いてんのか。メアリー=オズボーン!!」
名前を呼ばれてハッとすると、呆れた顔をしてジュード殿下が顔を覗き込んでいる。
「ど、ど、どうして王宮の宝物庫なんです? 実験するなら、もっと他の場所でもいいんじゃないかしら……た、例えば、学園の学園長室とか……せ、生徒会室とか……」
それなら、見付かったとしても退学くらいですみそうだ。
私はジュード殿下の足にしがみついて、鼻水と涙を流しながら「王宮の宝物庫なんて無理です!!」と必死に訴えた。
「王宮の宝物庫が一番、強力な防犯魔法が設置されているからだ。あそこを突破できるようなら、この世界でお前が入れないところはないって事になるんだよ」
殿下は真面目な顔をして、私の両肩をしっかりとつかむ。
「大丈夫。お前なら必ずこの困難な任務をやり遂げられる! 自分を信じろ。お前は俺が見込んだ女だ」
「殿下が見込んだ……女?」
私はポカンとしながら、オウム返しに聞き返した。
「ああ、そうだ。成功報酬は……ローストビーフサンドだ!」
「ローストビーフ……サンド!」
今だに口にした事のない、王都でも大人気のサンドイッチ!!
想像しただけでも口の中に唾液が広がり、お腹が歓喜の声を上げるようにグーグー鳴った。
「やってくれるよな?」
「行ってきます!! やってやりますとも~~~~!!」
私は立ち上がって拳を握り締める。
「よし、昼休憩が終わる前に戻って来いよ」
腰の縄が外されて、私は「イエッサー!」と威勢よく返事ながら鏡の中にドボンと飛び込んだ。
ローストビーフサンドのためなら、私は……どんな困難にも打ち勝てる!!
私はバタフライスタイルで、暗い鏡の中をザバン、ザバンと泳いでいった。
◇◇◇
「あいつ、マジで行ったな……」
鏡に消えていったメアリー=オズボーンを見送ってから、ジュードはしゃがんだまま呟いた。
「なかなかエグい命令をしますね。本当にあの娘が宝物庫に侵入できると? 王宮内は不審な魔力を検知すればすぐに魔法監視塔に連絡が行くようになっています。宝物庫に入った時点で、アウトですよ」
「できなきゃ、できないでいい。それに見付かったってすぐに鏡の入って戻ってくれば、追跡なんてできないだろ。大丈夫だ」
膝に手をついて立ち上がったジュードは軽く手を振って、ソファーに移動する。
ドカッと腰を下ろして、テーブルに投げていた書類を手に取る。
それは、メアリー=オズボーンに関する調査報告書だ。
オズボーン伯爵家の令嬢だが、両親はすでに他界。今は叔父夫婦が後見人となっている。
伯爵家を相続したのは叔父だ。娘にも一部遺産が残されているけれど、オズボーン伯爵家は領地も狭く、資産は多くない。使用人の話では叔父夫婦は哀れな姪っ子に情をかける事なく、屋根裏部屋に押し込めているらしい。
制服も見るからにお古で袖も襟も痛んでいた。
髪は伸ばしたままで痩せ細っていて、貴族の令嬢とは思えないほど窶れている。
満足に食事も与えられていないのだろう。
ふと、昔の……幽閉されていた頃の自分を思い出した。
暗い地下牢で、母と一緒に。
その暗い記憶に無理矢理蓋をして、報告書をテーブルに投げる。
「…………ルシアン。ローストビーフサンド、買ってきておけ」
「成功すると?」
「さぁな。けど……おもしれーだろ?」
ニヤッと笑ってみせると、ルシアンは「悪趣味な」とばかりに眉間に皺を寄せていた。




