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王都が大変みたいです。

 私とジュード殿下は、ケルツの街に来ていた。

 リード伯爵領の中心都市だ。石畳の道沿いに三角屋根の古い建物が並んでいて、川が静かに流れている。

 広場の先には、円錐形の教会の鐘楼が見えた。

  

 物珍しくてキョロキョロしていると、「行くぞ」と促される。

「何を買うんです?」

「お前の寝間着と服と靴」 

 そう言われて、びっくりする。

「わ、私のですか?」

「ろくな服と靴も持ってねーだろ」


 自分の足元を見れば、ブーツの靴底がちょっと剥がれてしまっていた。

 これは王都のリスモンド叔父様の邸にいた頃から履いて靴で、ヒルダのお古だから私にはちょっと窮屈だ。

 服はメイドさんのお古の黒いワンピースしかなく、持っている寝間着もブカブカだ。


 殿下の後について仕立て屋さんに入ると、ふくよかな体形のマダムが店の奥からから現れる。

 店内にはマネキンが並んでいて、お嬢様風の品のある服が飾られていた。

 かわいいけれど、私には似合いそうもなくてちょっと萎縮してしまう。

 ジュード殿下と話していたマダムが、「それではまず、採寸をいたしましょう!」と、パチンと手を鳴らした。

 奥の部屋から出てきたのは、私と同じくらいの歳の三つ編みをした女の子だ。


「さあ、さあ、ご案内して。ああ、旦那様にはお茶のご用意を!」

 オタオタしている間に、私はマダムに引っ張られて奥の部屋へと連れ込まれる。

  

 採寸が終わると、マダムは次から次に新しい服を持ってきてくれる。

 どれも品があってかわいいらしいデザインばかりだ。

 中でも目を引いたのは、深い緑色のワンピースだった。

 殿下がくれたリボンとお揃いの色だ。


 私は「こ、これがいいです!」と、すぐに決めた。

 襟の真ん中で黒いリボンを結ぶようになっているのもかわいい。

 試着して、裾と袖の長さを少し調節してもらう事になった。

 

 マダムに背中を押されて奥の部屋から出ると、殿下がソファーで寛いでお茶を飲んでいる。

「このような感じでいかがでしょう?」

 マダムは自信ありそうにニンマリして、新しいワンピースに着替えた私の肩に両手を載せる。

 私は真っ赤になって、木の人形みたいに手脚をピンッと伸ばしていた。


「ああ、悪くないんじゃねーの?」

 殿下のいつもと変わらない素っ気ない口調に、ちょっとだけガッカリする。

 それに一度見ただけで、すぐに視線を逸らしてしまった。 

 殿下は私がみっともない格好をしていなければ、それで十分らしい。


 貧相な体つきだし、手脚も長すぎるし、女の子らしい魅力なんて少しもない事は分かっているけれど、お世辞でもいいから褒めてくれればいいのに。

 私は唇をちょっと尖らせて、「殿下の朴念仁……」と呟いた。

 

 寝間着と下着も買って店を出る。

 殿下が気前よく金貨で支払いをしてくれたものだから、店のマダムも上機嫌で、店に入った時の三倍くらい愛想よく見送ってくれた。

 

 私は仏頂面になって、いつもより早足で歩く。

「……なんだよ、気に入らなかったのか?」

「……そ、そんな事言ってませんよ?」

「じゃあ、何で不満そうな顔してんだよ?」

「ふ、不満じゃないですよ?」

 私は殿下に負けじと素っ気ない態度で答えた。


 手を掴まれてグイッと後ろに引っ張られる。

 首をちょっと後ろに回すと、殿下の顔が近かった。

「な、な、何です?」

 殿下は狼狽える私の顔をマジマジと見てから、パッと手を離して横を向く。

「……何でもねーよ」

「殿下こそ、機嫌が悪いじゃないですか……」

「その呼び方、街中じゃやめろって言ってんだろ」  

 殿下はポケットに手を突っ込んで、さっさと歩き出す。

 

「……き、気に入らないわけじゃないですよ?」

「そーかよ」

「だ、だって……ちっとも褒めてくれないじゃないですか」

 後ろをついて歩きながら、不満を小声で漏らす。


 殿下が立ち止まって振り返った。

「何だって?」

「だから、ちょっとは褒めてほしいんですよ!」

 私は頬を膨らませて、拗ねたように言った。

 目を丸くした殿下が、プハッと笑う。

 ますます顔が赤くなって、私はスカート握った。

 殿下は道の端で立ち止まったまま、私の頭をポンポンと叩く。


「すげー似合っているぞー。今まで着ていた服の中で一番マシなんじゃねーか?」

 少しも誠意のこもらない、からかうような言い方に、私は唇をへの字に曲げた。

「いいですよ。無理に褒めてくれなくても……殿下に期待した私がバカだったんです」


「だから……ちゃんと似合ってるって言ってんだろ」

 今度は真面目な顔で言ってもらえて、頬が自然と緩んだ。

「ウヘヘッ」と笑うと、「怖えーよ」とドン引きされてしまった。

 でも、どうしても口角が上がる。

 褒めてもらえるのは、やっぱり嬉しい。

 ちょっとだけ、いつもより胸を張れるような気がする。


 靴店で新しいブーツを買ってもらい、裏通りにある古書店に立ち寄った。

 殿下は薄暗い店内を見て回っていたけれど、思わしい本はなかったみたいだ。

 適当に一冊選んで買い、店を出ていた。

 

 ちょうどお昼時らしく、広場の先にある教会から鐘の音が聞こえる。

 広場に行くと、設置された掲示版の周りに人が集まっていた。

 私はドキッとして、殿下の上着の袖を引っ張る。


「私たちの指名手配の紙が張り出されてるかもしれませんよ。しょ、賞金首になってるかも……!」

 私が小声で囁くと、殿下がニヤッと笑う。

「そーかもな」 

 遠慮なく掲示版の方へと歩いていく殿下を、私は小走りで追い掛けた。

 集まって騒いでいる人の隙間から、つま先立ちで掲示版を覗いてみる。

 

 王家の紋章の印が押された告知の紙が出ていた。

 よく見えなくて、人の隙間を縫って掲示版の前に行く。 

 国王様が病にかかり、王太子のユーイン殿下が国王代理となり公務を行うと書かれていた。


 驚いて、思わずジュード殿下の顔を見る。

 殿下は黙ったまま、告知の紙に視線を向けていた。

「あ、あのぉ……」

 呼ぼうとすると、殿下は背を向けて掲示版の前を離れる。

 私はざわついている人たちの間を抜けて、殿下の隣に並んだ。


「こ、国王様が病気って……重い病気なんでしょうか……」

 ジュード殿下にとっては、国王様は実の父親だ。

 殿下がお父さんの事をどう思っているのかは分からないけれど――。

 それに、ユーイン殿下も急に公務を代行する事になって、きっと大変なはずだ。


「メアリー、邸に戻るぞ」

 殿下は前を向いたまま私の手をつかむ。

 広場の前の道では、伯爵家の馬車が待っていた。


 王都で何が起きているんだろう。

 私は不安になって、もう一度、広場を振り返る。

 雨粒が落ちてきて、石畳が濡れ始める。

 馬車に乗り込んだ時には、ザーザー降りの雨になっていた。

 

◇◇◇

 

 その日の夜、ジュード殿下は伯爵と話をしていて、なかなか戻ってこなかった。

 ソファーに膝を抱えて座り、ポケットからハンカチを取り出す。

 包んであるのは、禁書庫にあった死者の石だ。

 それをランプの灯りに翳すように眺める。

 私の不安を映すみたいに、石の光りも揺れて見えた。

 

「だ、大丈夫よ……ユーイン殿下は優秀だもの。きっと国王様の代理だって立派にやり遂げるわ。でも、国王様は何の病なのかしら……」

 宮廷のお医者様でも簡単に治せない病なのか。

 でも、ユーイン殿下に公務を任せるくらいだから、起き上がれる状態にないのかもしれない。

 でも、いったいどうして……。


 そんな事を、私が考えても仕方ない事だけど。

 溜息を吐いてると、扉が開いて殿下が入ってくる。

 私は死者の石をハンカチで包み直して、ポケットに押し込んだ。


「殿下……あの……何か分かったんです?」

 広場の告知には詳しく書かれていなかったけれど、リード伯爵なら王都の状況も詳しく把握しているかもしれない。


「……メアリー。今夜、王都に向かってくれ」

「王様の様子を確かめてくるんです?」

「違う。王宮には近付くな。ルシアンに手紙を届けてくれ」

 ジュード殿下は書斎机に移動して、紙とペンを用意する。

 立ったまま、手紙を書いていた。

 それを封筒に入れて封蝋する。


「わ、分かりました……あの、殿下も一緒に行った方がいいんじゃ」

「俺が今の状況で王都に現れれば、余計な騒ぎを起こすだけだろ。ルシアンに手紙を渡して返事をもらってこい。その後は余計なところに行かずに戻れよ。たぶん、王都は戒厳令が出されている」

 戒厳令という言葉に私は息を呑む。


 つまり、それくらいに深刻な事態が起きているという事だ。

 私は手紙を受け取って、しっかりと頷いた。

 これは失敗できないお使いだ。


◇◇◇


 鏡を使って王都まで移動した私は、ノース公爵邸のルシアンさんの部屋を覗いてみる。

 でも、ルシアンさんは不在なのか、部屋の中は真っ暗だった。

 他の部屋も覗いてみたけれど、ルシアンさんの姿はない。

 もしかすると邸にいないのかもしれない。

 私はハッとして、学園の時計塔に向かった。

 

 邸にいないのであれば、あそこにいるかもしれないと思ったからだ。

 時計塔の部屋を覗いてみると、やっぱりルシアンさんの姿があった。

 急に鏡から出てきた私を見て、ルシアンさんがビクッとする。

 私だと分かると、安堵して息を吐いていた。


「メアリーさん、あなたでしたか。どうしてここに?」

「ジュード殿下に手紙を渡すように頼まれたんです」

 私はポケットから取り出した手紙を渡す。

 

 手紙に目を通したルシアンさんは、眉間を指で揉んでいた。

 その顔には疲労の色が浮かんでいる。寝不足なのかもしれない。

 王都で何が起こっているんだろう。

 それに、ルシアンさんが公爵邸ではなく、時計塔にいた理由も分からない。

 ルシアンさんはシャツとズボンという格好で、上着も羽織っていなかった。

 いつもはきちんとした服装なのに、今は何日か着替えもしていないように見える。

 もしかして、追われているんじゃ――。

 

「あ、あのノース先輩……先輩も私と一緒に行きませんか? 手紙より直接、ジュード殿下と話をした方が……」

「いいえ、私が逃げれば余計に疑惑の目が殿下に向く」

 ルシアンさんは書斎机から紙を取り出し、ペンを走らせる。

 手紙を二つ折りにしたところで、足音が聞こえた。

 ルシアンさんは顔を上げると、私のそばにやってくる。

 

「早く行ってください……」 

「ノース先輩は……!」

「私の事はかまわないでいいです。それと……絶対に、王都に戻らないように」

 手紙を押しつけられて、鏡の方に背中を押される。

 足音が近付き、強くドアを叩く音がした。

 「開けろ!」と、怒鳴る声が聞こえる。

 迷っている時間もなく、私は鏡の中に飛び込んだ。

 

 ルシアンさん……!

 私はギュッと目を瞑り、急いで離れた。

 手紙を届けないと――。

 私まで捕まるわけにはいかない。

 

◇◇◇


 リード伯爵家に戻った私は、部屋で待っていた殿下にルシアンさんの手紙を渡す。

「あ、あの……殿下、もしかしたら……」


 ルシアンさんは捕まったかもしれない。

 その報告を伝えるのを躊躇したのは、ジュード殿下ならすぐに王都に向かうと言い出すような気がしたからだ。


 ルシアンさんは、絶対に王都には来こないようにと言っていた。

 それだけ、ジュード殿下にとっても危ない状況という事だ。

  

 ソファーに腰を下ろした殿下は、額に手をやって深く息を吐く。

 その表情はかんばしくない。

 という事は、やっぱり想定外のよくない事が王都で起こっているという事だ。


「何が……書いてあったんです?」

「伯爵と話をしてくる。お前はここにいろ」

 殿下は手紙をポケットにしまって立ち上がり、急ぎ足で部屋を出て行く。


 私には……教えてもらえないような事?

 胸の奥がズキッとする。

 腕をつかんで引き留めて、問い質したい。 

 でも、私には無関係だと言われたらそれまでだ――。

  

 殿下が部屋を出て行った後、静かな部屋に取り残された私は鏡を見る。

 私の陰気で不安そうな顔が映っている。

 その鏡にコツンとおでこを当てた。

 何もできないのだろうか。

 私は役立たずのままなのだろうか。


 何も教えてもらえないのは嫌だ。

 ジュード殿下も、ルシアンさんも、ユーイン殿下も、私に親切にしてくれた。

 私は鏡から顔を離すと、ギュッと唇を引き結ぶ。

 

 鏡の中に飛び込んで、伯爵の書斎の鏡に移動した。

 姿が映らないように、陰からこっそり覗いてみる。

  

 ジュード殿下が入ってくると、二人ともソファーに座っていた。

 伯爵が片手を上げると、無表情メイドさんが書斎を出て行く。

 

「……王宮の俺の部屋にあった首飾りが持ち出された。今はユーインの手に渡っている可能性が高い。国王と王妃は原因不明の病で、面会もできないそうだ。これも全部、あんたの画策した事か?」

「まさか。私はずっとこの邸にいるんだ。王宮の中の事にまで干渉できると思うかね? 想定外だよ。それより、首飾りがユーイン殿下の手にあるというのは、確実な情報なのか?」

「状況から考えて他にない。国王と王妃を幽閉したのは、あいつだ」

 

 私は息を止めて、両手で自分の口を押さえる。

 ユーイン殿下が、国王様たちを幽閉!?

 私の知っているユーイン殿下は、心根の優しい人で、陰謀を巡らせるような人じゃない。

 まして、自分の両親を幽閉するなんて考えられない。

 ジュード殿下は、呪いの首飾りがユーイン殿下の手に渡ったと考えているみたいだ。

 呪いのせいで、人が変わったようになってしまうのだろうか――。

 

「それで、君はどうするつもりかね?」

 冷静な伯爵の声が問う。

「……王都に行く」

「王都に行けば、君が主謀者にされるぞ。それに、今の君は王宮にも入れないのだろう。行ったところで何ができる。わざわざ、自分から捕まりに行くのかね?」

「ただ、傍観していろと?」

「その通りだよ。今さら、王家がどうなろうと君にも私にも関係はない。そうではないかね? 忘れたわけではないだろう。王家の者が君と君の母親にしてきた仕打ちを」 

「…………」

 鏡の陰からでは、殿下の姿は後ろ姿しか見えない。


 伯爵は脚を組み、額に指を添えて愉快そうに微笑む。

「むしろ好都合ではないか。国王と王妃を、王太子が幽閉した事はすぐに発覚する。王位を簒奪した王太子を、騎士団が野放しにしておくだろうか? 正気を失った者が送られるのは忌むべき塔だ。そう、君や君の母親が綴じ込まれた、あの塔だよ」


「やっぱり、俺の部屋から首飾りを持ち出させたのは、あんたか……」

 殿下の怒気を押さえた声が聞こえる。

「私ではないよ。言っただろう。私にとっても想定外だったと。動いているのは、女神聖教の連中だ」


「自分は無関係だと言うつもりか?」

「情報の提供はしたがね。私とは協力関係にはない。あの者たちが信奉していたのは、君の母親……クリスティーナだ」

「死人を崇めてどうなるって言うんだ」

「女神聖教の連中は、死者の復活の秘儀を完成させようとしている。王都で死者の石を作る実験をしていたのは、君も知っているだろう」

 

 殿下は急に顔を押さえて、低い笑い声を漏らす。

「死者の復活? あの女を蘇らせる? 冗談だろ……そんな夢物語を、本当に信じているヤツなんているのか?」

「熱狂的な信者にとってはただの夢物語ではない。悲願だよ。そしてその悲願の達成のためには手段など選ばない。彼らの祖国はこのゴートア王国ではない。五百年前に滅んだエルドキアにあるのだ。そういう意味で、まあ……我々と目的は同じと言ってもいいだろう」


「だから、頭のイカれた信者どもが国を滅ぼしてくれるのを待っていろと?」

「何が問題だ? 彼らの企みは失敗する。君も分かっている通り、死者の復活などあり得ない。それが、死者の書と死者の石を長年研究してきた私の結論だよ。どれだけ試したところで、アンデットを生み出すのがせいぜいだ」

「だったらそう、忠告くらいしてやったらどうだ? すべては無駄な事だとな」

 ジュード殿下の皮肉に、リード伯爵は笑みを深める。


「死者の呪いによって、この国は遠からず滅ぶ。自業自得だよ。王族がまとめて命を落とせば、継ぐ者は君だけとなるだろう。そう……君はこの腐った国を潰して、再びこの地にエルドキアの名を復活させる事ができる。ゴートア王家と、エルドキア王家の両方の血が流れる君のみが、その資格と正統性を有しているのだ。王の剣を受け継いだだろう?」


「……俺がそれを望むと?」

「君が望むか、望まないかではないよ。正しき場所へと導かれるのだ。君は何もする必要はない。全てはそうなるように動いていくのだから」


 確信を込めた口調で、リード伯爵が言う。

 その言葉が、私には殿下を縛る呪いの言葉のように聞こえた――。

  

 ジュード殿下はどうするんだろう。

 本当に、国が混乱に陥るのを、何もせずに見ているつもりなのだろうか。

 ルシアンさんも、捕らえられたかもしれないのに。


 

 部屋に戻って待っていると、ジュード殿下が入ってくる。

 私は思わず、ソファーから立ち上がった。

「……殿下?」

 呼ぶ声に不安が滲む。

 部屋は暗いから、殿下の顔がよく見えない。

 雨の音がずっと外から聞こえている。


「聞いてただろ……」

「き、気付いてたんです……?」

 私がビクビクして聞き返すと、殿下がフッと溜息を吐いた。


「どうせ、そんな事だろうと思った……部屋にいろって言っただろ」

 殿下はソファーにやってきて、疲れたように腰を下ろす。

「お、お茶を……いれましょうか?」

「いや……酒の方がいい」

 背もたれに深くもたれて、眉間を押さえている。

 私は丸いテーブルに置かれていたワインの瓶とグラスを取ってきた。

 無表情メイドさんが用意しておいてくれたものだ。

 ワインをグラスに注いで渡してから、無意識に瓶を抱き締める。

 

「……ど、どうするんです?」

「何が?」

「ルシアンさん……捕まってるはずです」

 きっと、ジュード殿下の居場所を捜すためだ。

 あの鬼畜なエヴァリー騎士団長は、自白の薬を飲ませるかもしれない。

 そうすれば、殿下がこのチェルダールにいる事も知られてしまう。

 

「あいつなら、心配ねーよ……」

 殿下はワインを一気に飲み干す。

「どうして、そう言い切れるんです? もしかしたら、助けに来てほしいと思っているかもしれないじゃないですか……それに拷問とかされて、ひどい目に遭っているかも。殿下は……平気なんです?」

 

「そう思うなら、お前が行って助けてこいよ」

 投げやりな口調で言い、殿下は煩わしそうに前髪を手で上げる。

 嘘だ。絶対、助けに行きたいって思ってる。

 そういう顔をしているもの――。

 いくら誤魔化しても、私には分かる。

 イライラしているのはそのせいだ。

 

「いいですよ……ノース先輩を助けに行ってきます。殿下はここで待っていてください」

 私はぎこちなく笑って、足の向きを変える。

 殿下が体を起こして、パッと私の手をつかんだ。


「ルシアンは俺をおびき出すための餌だ。騎士団に命令を出しているのはユーインだろう」

「ど、どうして……ユーイン殿下が、ジュード殿下を捕まえようとするんです?」

 私は驚いて振り返った。


「決まっているだろ。俺に生きていられると安心できないからだ」

「で、でも……ユーイン殿下はそんな人じゃ……」

 ジュード殿下の事も、はっきりと言わなかったけれど気にしていたのに。


「だから、今のあいつは正気じゃないんだよ。いや……心の底では邪魔だと思っていたのかもな。結局、呪いなんて人の本性を暴くためのものでしかない」

 殿下は私の手を強く握ったまま、項垂れる。

 私は思わずその頭に触れた。

 殿下が両腕を私の腰に回してギュッと抱き寄せる。

 

「わ、悪いのは……みんな首飾りのせいですよ! 首飾りを取り戻して、もう一度お墓に戻せば……きっとみんな、元通りになります」

 私は無理に明るい声を出そうとしたけれど、少しだけ声が震える。

「そんな単純な話かよ……」


「だって……殿下は王様になんてなりたくないでしょう? 王位なんていらないでしょう? それとも、やっぱり王様になりたいんです?」

「いらねーよ。面倒くせー……」


「じゃあ、捨てに行きましょうよ……いらないもの全部。そうすれば、すっきりするじゃないですか」 

 私は殿下の頭を撫でながら言った。

 なんだか、胸が痛くてたまらない。

 きっとこの心の痛みは、私のものではなくて、殿下の感じているものだ。 


「私は……殿下にも、ノース先輩にも、ユーイン殿下にも……笑っていてほしいんです。幸せになってほしいんです……」


 殿下がゆっくりと顔を上げたので、私はしゃがんでその頬に両手を添えた。

「王都に戻りましょうよ。私と殿下なら、きっと……みんなを助けられます。まだ、手遅れじゃないんですから」

 私を見つめていた殿下が、呆れたように小さく笑う。


「簡単に言ってくれるよな……」

「か、簡単ですよ! 私の能力があれば、王宮でもどこでも出入り自由なんですから。宝物庫にだって侵入できたんです」

「捕まったけどな」

「おかげで地下牢の場所ならしっかり覚えていますよ」


「そーだな……ルシアンに恨まれたくねーからな」

「そ、そうですよ!」

 私は大きく頷く。

「まあ……どうにかなんだろ。お前がいるんだ……」 

 殿下はどこか吹っ切れたような表情で、フッと笑っていた。


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