頼まれ事。
「この墓から、盗み出されたあるものを、取り戻してほしいのじゃ」
「それは、二十五年前に冒険者たちが盗み出したものか?」
ジュード殿下が訊くと、石棺の蓋の上に座った王様が頷く。
「この墓は五百年、封印されておった。魔獣の闊歩する森じゃ。墓に近付く者などほとんどおらぬ。ところが、封印を破り墓を荒らす者が現れた。その者らの手によって、副葬品のほとんどは持ち出された」
「まさか、それを全部、回収してこいなんて言うんじゃねーだろうな?」
「そのような事は言わぬ。副葬品は諦めておるわい。だが、その中に、決して墓から出してはならぬものがあるのじゃ。ワシが取り戻してほしいのは、それのみじゃ」
「何を取り戻したいんだ?」
「赤い石の首飾りじゃ……」
重い溜息と共に伝えられた王様の言葉に、殿下が息を呑む。
その顔が強ばったように見えた。
「首飾り……」
呟かれた声はひどく小さかった。
「この墓にはワシだけではなく、王妃も共に埋葬されておる。首飾りは、その棺から持ち出された。だが、あれには王妃の強い怨念が宿っておる。どのような災いを世にもたらすか分からぬ」
ジュード殿下は石棺を凝視して、何か考え込んでいる。
かわりに、ルシアンさんが口を開いた。
「墓に侵入した者たちが死んだのは、その首飾りのせいだと?」
「そうであろうな。あれは手にしたものの正気を失わせ、その魂を取り込もうとする。それほどに強力な怨念じゃ。持ち出した者もおそらく、無事ではおられぬであろう」
王様は首を振ってから、五百年前に起きた事を教えてくれた。
王様が裏切りに遭って殺された後、王妃様も反逆者の手によって首を斬り落とされ、頭部は踏み砕かれてしまった。
その時に身につけていたのが、赤い石の首飾りだという。
「血が染み込んだ首飾りには王妃の強い怨念が宿り、触れた者を呪い殺すようになった。神官どもは浄化を行おうとしたが効果がなく、王妃の棺に入れて、この墓と共に封印したというわけじゃ」
険しい顔で黙っていたジュード殿下が、ようやく顔を上げた。
「生き残った冒険者が持ち出したのか……だが、司祭の日記には、首飾りの事なんて一行も書かれていなかった。所持していたなら、記録に残しているはずだ」
「村の者の手に渡ったとも考えられるのでは?」
ロアの村の人たちは誰一人、生き残っていない。
亡霊の王様がスケルトン軍団を連れて村を襲ったのは、首飾りを捜すためだったみたいだ。
でも、きっと見付からなかったのだろう。
「……村人全員が本当に消滅したかどうかは、分からないよな」
「首飾りを持って逃げた者がいた、という事ですか?」
「そいつが村に戻らず行方を眩ませたとしても、村ごと消滅してしまった後では分からねーだろ」
村ごと消滅させてしまった王様に、二人の視線が向く。
「言っておくが、ワシは村人が何人おったかなんぞ覚えておらんぞ。そもそも、村の者たちも墓荒しどもに協力しておったのじゃ。それに首飾りを何としても取り戻さねばならぬと思ってだな……ワシも寝起きで機嫌が悪かったんじゃー!」
王様が開き直ったように言い訳すると、ルシアンさんもジュード殿下も冷ややかな目になっていた。
「これは……戻ってもう一回、調べ直す必要があるな」
額に手をやって溜息を吐く殿下を、私は少し驚いて見た。
「首飾りを捜すつもりなんです?」
ジュード殿下には、まったく無関係な話だ。
しかも、二十五年前に失われた首飾りなんて、簡単に見付かるとも思えない。
誰の手に渡ったのかも、今、どこにあるのかも検討がつかない。
分かったとしても、簡単に取り戻せないかもしれないだろう。
亡霊の頼み事なんて、本当なら聞く必要はないものだ。
だから、きっと面倒くさがると……。
「死者の石の件と、無関係というわけでもなさそうだからな」
殿下は素っ気ない口調でポツリと呟いた。それから、王様に視線を戻す。
「その代わりに、こっちも協力してもらうからな」
そう言って、上着のポケットから取り出した小さな紙切れを王様に見せる。
黄ばんだ紙は、司祭の日記帳に挟んであったものだ。
「これと同じ魔法陣が、死者の石の表面に彫られていた。エルドキア時代に使われていた古い魔法だろう。墓を荒らした冒険者が残したものだ。これが何なのか、あんたなら知っているよな?」
紙をジッと見ていた王様は、「よもや……」と言いかけて黙る。
「死霊術の一種じゃな」
「死霊術?」
「死霊術には、死者の魂が悪霊となり戻ってくるのを防ぐためのものと、肉体を離れた魂を再び呼び戻すためのものと二通りある。死者の楽園を統べるルネーレ神が残したとされる〝死者の書〟に記された秘術じゃよ」
エルドキアで信仰されていた女神聖教は、ルネーレ神を主神として、死者の書を聖典と定めていた。
教団では死霊術の研究が盛んに行われていたみたいだ。
私はホーランの村の教会にあった、小さな女神像を思い出した。
国教に弾圧されて異端とされたけれど、女神聖教は形を変え、まだ密かに信仰されて残っているのだろう。
「教団の目的は、死者の完全なる蘇生と復活じゃ。神官どもは、それこそがルネーレ神の恩恵であり奇跡だと信じておった。選別された聖なる者は、神の楽園の扉を開き、永久不変の肉体と魂を授かることができる……それがあやつらの唱えておった教理じゃ」
死者の完全なる蘇生と復活……。
死にかけの人が息を吹き返した話なら聞いた事があるけれど、本当に生き返った人の話なんて、元亡霊の私でも聞いたことはない。
そんな事ができるのは、神の子くらいだ。
私は「ん?」と、ちょっと首を捻る。
亡霊から人間に転生したけれど、それは生き返ったって言うのかしら?
そもそも、私は亡霊という役割で生み出されたNPCに過ぎなかった。
この恋愛ゲームのモブキャラになってしまったのは、バグのようなものだ。
もしかしたら、ウィルスの一種の可能性もあるけれど、それはあまり想像したくない。
どちらにしろ、やっぱり生き返ると言うのとは違う気がする。
「本当に生き返った人間なんているのか?」
ジュード殿下は王様の話を聞いて、胡散臭そうに鼻の頭に皺を寄せる。
「そんな事ができるならば、わしはここで五百年も亡霊になっておらんわい。奴らはそう言って信者から金を集め、怪しげな死霊術の研究を繰り返しておった。その紙に描かれているのも、死者の魂を呼び戻すための術式じゃが、実際には不完全じゃ。せいぜい、死人がアンデットに代わる程度のものじゃ」
ジュード殿下とルシアンさんが、意味ありげに視線をかわす。
「なるほど、その不完全な作用を逆に利用したという事ですか……」
「そうだろうな。あるいは、不完全なものを完全なものにするための実験か」
「奴らの目的が死者の完全なる蘇生と復活だとすれば、女神聖教の生き残りが関与している可能性が高いですね」
「本当にそうならな……国教に異端として弾圧されても、まだ諦めていないとは恐れ入るぜ」
殿下はあえて軽い口調に変えて、肩を竦めた。
なんだか、話が大きくなりすぎて……。
ただの元亡霊の私には、ついていけないわ。
私は余計な事を言わないように黙っている事にした。
難しい事を考えるのには向いていないのだから、そういう事は賢い人たちに任せていよう。
◇◇◇
「頼みを聞いてくれた礼じゃ。ワシから一つ、お主にくれてやろう」
王様は石棺の蓋を杖で叩き、ジュード殿下に開けるように促す。
「開けた途端に、呪われるとかじゃねーだろうな?」
「今さらそんなケチな事はせぬわい。いいから、開けるのじゃ」
殿下は「本当かよ」と、怪しむように石棺の蓋を押す。
重くてなかなか開かないようだったから、私も手伝って蓋を押した。
わずかに開くと埃が舞い上がり、私も殿下も一緒に咳き込む。
中を覗いてみると、ボロボロになった衣服の下に骨が見えた。
王様の遺骸が大事そうに抱いているのは、布に巻かれた細長いものだ。
ジュード殿下は石棺に手を入れ、その布に巻かれたものを取り出す。
布を解いてみると、中身は地味な黒色の鞘と柄と剣だった。
「ワシが生前、愛用しておった剣じゃ。ほとんどの副葬品は失ったが……これだけは奪われずにすんだわい」
王様はホッと息を吐く。
冒険者たちも、装飾のない地味そうな剣だから大してお金にならないと思ったのかもしれない。
「いらねーよ。墓に入っていたような剣なんて。抜いた途端に呪われんだろ?」
その手には乗るかとばかりに、殿下は剣を棺に戻そうとする。
「何を言うか、この罰当たり者め。この剣はこう見えて国宝じゃぞ。剣身に使われているのは、流星の石じゃぞー!」
「流星の石!?」
私は驚いて声を上げる。そ、それって、隕石の事かしら。
だとしたら、確かにとっても希少で高価な剣のはずだ。
「殿下、殿下。ありがたく受け取っておいた方がいいですよ」
「……じゃあ、売ってさっさと金に換えるか」
「バカもーん、バカもーん、バカもーん!! わしの大事な剣じゃぞ。これだけしか、もう残っておらんというのに……なんて薄情なガキ共じゃ」
王様は膝を抱えて小さくなり、ウウッと涙を浮かべる。
「嘘です。嘘ですよ! 殿下はあんな事を言っていますが、本当はきっと大事にして家宝にしてくれますよ。口が悪くて捻くれているだけで……」
言い終えないうちに頭をチョップされる。
痛いです……っ!
「余計な事言ってんじゃねーよ」
「だ、だって、せっかくの王様の厚意を無にするのはかわいそうです!」
「その剣の価値を知らぬ愚か者め。売ったところで無駄じゃぞ。剣には術が掛けられておる。エルドキア王家の血を引く者でなければ、抜く事ができぬのじゃ」
私は王様の言葉に驚いて殿下を見る。
ジュード殿下にはエルドキア王家の血が流れているという事!?
ルシアンさんは黙っているし、殿下は不愉快そうな顔をしただけで、それについては何も言わなかった。
「その剣は魔力をよく通す。お主ならば、うまく扱えるであろう。わしの墓で眠らせておくには惜しい。連れていってやってくれ」
殿下は石棺の蓋を戻し、「行くぞ」と私とルシアンさんを促す。
「……俺が死ぬ前には、戻しにきてやるよ」
ジュード殿下は軽く剣を上げ、そう言って石室を出て行った。
私は石棺の上にちょこんと座っている小さな王様を振り返る。
その姿が、なんだか寂しそうに見える。
「あ、あのぉ……王様も一緒に行きません?」
ずっと一人でいるのは辛いものだ。心が凍るほどに寒くて、悲しくなる。
私が遠慮がちに声をかけると、王様は少し驚いた顔をする。
けれど、ユルユルと首を振った。
「この墓にはワシだけではなく、王妃も、ワシと共に死んだ兵士たちも眠っておる。それを守るのが、ワシに残された役目じゃ。死人に生者の世界は眩しすぎるのよ……」
死人に生者の世界は眩しすぎる――。
その言葉は、私の胸に重く響いた。
「おい、メアリー。何してんだ。行くぞ」
通路から殿下の声がして、私は慌てて返事をして石室を出る。
ルシアンさんが扉を閉じた。
封印もかけ直したみたいだから、また墓荒らしに入られる事はないはずだ。
「そういえば……私が落ちた後、どうやって中に入ったんです?」
「ルシアンが開けたんだよ。お前、もう余計なものを触んな。いいな? まったく、いきなり消えてんじゃねーよ」
殿下に言い聞かせられて、私は首を竦める。
「わ、分かってますよ……」
「ここを出たら、一度ロアの村に戻るぞ」
「は、はい!」
遺跡を出ると、眩しい夕日が目に飛び込む。
私はどちらなんだろう。
死人なのか、生者なのか――。
自分がひどく曖昧な境界線に立っているような気がする。
この黄昏の空のように。
ずっと、昼でもなく夜でもない、間の世界に佇んでいるようで。
空を見上げていた私は、急に頭を撫でられてびっくりした。
隣に立っていた殿下と目が合う。
「また、余計な事を考えてんだろ?」
「ち、違いますよ……お夕食は何だろうなーって気になっただけで」
私がごまかすように言うと、殿下が「クハッ」と笑った。
ポンポンと頭を叩かれる。
「お前がいると、安心するよ」
殿下はそう言うと、私の頭から手を離す。
ルシアンさんと並んで歩く殿下の後ろ姿を、少しの間、眺めていた。
頬が妙に熱くて、髪を両手でクシャッとつかむ。
この世界は私にとっても、ちょっとだけ眩しい。
それでも、この世界で生きていたいのだ。
あの人と同じ世界にまだもう少し――留まっていたいのだ。
それが、この場違いな世界に紛れてしまった私が抱いた、ささやかな願い。
私は二人を追い掛ける。
暗闇に一人取り残されるのは、もう嫌だから。




