遺跡、見つけました。
森を歩き回り、ようやく遺跡に辿り着いたのは、空が黄金色に染まる頃だった。
造られてから長い年月が経っているため、遺跡全体が木の根や蔦に覆われている。
入り口らしき場所も、蔓草が絡んでいて入れない
ジュード殿下が短剣で切ると、ようやく石の扉が見えた。
「ど、どうやって、中に入るんです?」
重そうなその扉は押しても引いても開きそうにない。
取っ手らしきものも見当たらなかった。
「魔法陣で封印されているようですね……ちょっと、退いていてください」
ルシアンさんが進み出て手を触れると、扉に刻まれていた魔法陣が青く光る。
「どうだ? 開きそうか?」
「古い魔法が使われているので、少々解析に時間がかかりそうです」
「俺は他の出入り口がないか捜してくる。おい、行くぞ。メアリー」
「は、はいぃ!」
私は返事をして、急ぎ足でジュード殿下の後についていく。
ジュード殿下は、蔦や草を短剣で払いながら遺跡の周囲を歩く。
遺跡はかなり大きなものだ。
裏に回ると頂上に上る石の階段がある。
勾配が急で、崩れかけているところもあった。
「お前は、下で待ってろ」
「い、行きますよ! 一人でなんて危ないです」
「足滑らせて、落ちんなよ。助けてやらねーぞ」
「わ、分かってますよ……殿下こそ、落ちてこないでくださいね」
殿下の後について上り、頂上に辿り着いた時には息が弾んでいた。
遺跡の上にも大きな木が根を張り、苔や草が生えている。
ここからだと森が見渡せて、吹く風が気持ちよかった。
下を見れば、ルシアンさんの姿が小さく見える。
「あっ、ノース先輩ですよ。ノース先輩!」
手を振ってみたけど、声は聞こえなかったみたいだ。
ジュード殿下にマントのフードをつかまれて、グイッと引っ張られる。
「覗くな。危ぶねーだろ」
「は、はい、すみません……」
確かにここから転げ落ちたら、痛いどころではすまなそうだ。
出入り口がないか調べていると、石の一部がカタッと動く。
振り返って呼ぼうとしたけれど、殿下は膝をついて調べている最中だ。
もう一度その石を見ると、またカタッと動く。
ほんの少しだけ、隙間から瘴気の靄が漏れていた。
恐る恐る手を伸ばして石に触れた途端、足元に穴が開いて私の体は急降下する。
「ひ、ひええええええ――!!」
「メアリー!」
ジュード殿下の呼ぶ声が聞こえたけれど、穴はすぐに塞がれて真っ暗になった。
ゴロンと転がり落ちた先は、苔の上だ。
ふかふかの苔のおかげで、あまり痛くなかったわ……。
お尻をさすりながら起き上がり、鬼火さんを呼び出す。
青白い炎が室内を照らした。
広い石室のようで、壁や天井、床にも、赤い塗料で魔法陣が描かれている。
そのほとんどが、苔で覆われていた。
私が石室の中を見回していると、急に鬼火さんの炎が大きくなる。
「鬼火さん!?」
何かを発見したらしく、鬼火さんは勇ましく飛び回りながら、炎を吹きかけていた。
ま、まさか、虫!?
こんな薄暗い場所に好んで棲んでいるのは、黒くてカサカサ移動するアレか、ムカデくらい……。
ど、どちらもあまり遭遇したくないわ……。
私がビクビクしていると、部屋の真ん中に置かれていた石棺の陰から悲鳴が聞こえる。
もちろん、虫は悲鳴を上げたりしない。
鬼火さんに追い立てられるようにして出てきたモノは――。
ち、小さなおじさんだわ!
大きさは私の拳くらいだ。
「何をする、やめい。わしを誰と心得ておる!! ええいっ、無礼者!」
おじさんは逃げ回りながら、叫んでいる。
鬼火さんが火を吹きかけると、ボロボロのマントの裾が燃えていた。
「お、鬼火さん、もういいわ! おじさんがかわいそうだわ!」
鬼火さんは私のそばに戻ってきたけど、威嚇するように火の粉を散らすのを止めない。
自分より弱そうな相手には強気な態度だ。
裾についた火を手で消していたおじさんは、疲れたように座り込む。
くたびれているその顔をよく見れば、亡霊になった昔の国王様だ。
今はスペクターの姿ではなく、生前の人の姿になっていた。
ただ、サイズは随分と小さい。
「あ、あのぉ~~。もしかして、亡霊の国王様です?」
私は両膝をついて尋ねる。
「その通り……娘よ……貴様をここに呼んだのは、このワシじゃ。おかげで、残り少ない魔力を無駄に消耗してしまったではないか!」
王様は偉そうに腕を組んで、顎をしゃくる。
その姿勢が苦しそうなので、私は両手を差し出した。
よいしょっと手の平に乗ってきた小さな王様を、石棺の蓋の上に移動させる。
王様は蓋の上にあぐらを掻くと、疲れたように息を吐いた。
昨日、襲いかかってきた時とは違い、ほんのわずかしか魔力を感じない。
鬼火さんと同じくらいか、それよりも少ないくらいだ。
弱々しくて今にも消えそうに見える。
「も、もしかして、私が魔力を全部吸い取ったせいで、そんな姿になっちゃったんです?」
「他にないであろう。亡霊の身となって五百年……ワシに取り込まれて生きておった人間なぞ知らんわ! しかも、せっせと溜め込んできた魔力をほとんど吸い取りおって。見ろ! 威厳あったワシの姿が見る影もない。ワシの魔力を返せ。返せ~~っ!!」
王様は小さな杖を振り回しいたけど、すぐに疲れて杖に寄りかかっていた。
髪は薄くなってしまっているし、冠もずれて落ちそうになっている。
私は気の毒になって、冠を指でちょっと直してあげた。
「ご、ごめんなさい……あのぉ、魔力はお返しできないんですけど……か、代わりにお供えものをします」
マントのポケットから、クッキーの袋を取り出す。
ジュード殿下が焼いてくれた、ドライフルーツ入りのクッキーだ。
それを小さく割って差し出すと、王様は気に入らなそうな顔をしながらも受け取ってくれた。
「ワシは生前、あらゆる美食を味わってきたのだぞ。こんなお粗末な菓子一つで満足できるはずがないであろう!」
クッキーを囓った王様は無言になり、モグモグと咀嚼する。
髭の回りにカスがたくさんついていた。
あっという間に平らげた王様は、手をクイクイと動かす。
私がもう一欠片渡すと、すぐにかぶりついていた。
き、気に入ってくれたみたいだわ……。
ジュード殿下の作ったクッキーだから、おいしいに決まっている。
「フンッ、まあ食えないほどではなかったわい」
王様は一枚分のクッキーをペロリと平らげ、膨れたお腹を満足そうに摩る。
口では捻くれたことを言っているけど、顔は満足そうだ。
「あのぉ……王様。どうして、私をここに呼んだんです?」
魔石の魔力がなくなれば、アンデットは顕現する力を失って消滅すると聞いた。
それなのに、こうしてまだ消えずにこの世に留まっていられるのは、それだけ執着や未練が強かったからだろう。
「それはな……」
王様が言いかけた時、部屋の石の扉がいきなり開く。
石室に飛び込んできたのは、ジュード殿下とルシアンさんだ。
「殿下!」
「お前……だから、迂闊に触んなって言ってんだろ!」
やってきた殿下が、私の頭にゲンコを落とす。
「ご、ご、ごめんなさい……でも、私が悪いんじゃなくて、呼ばれたんですよ」
私は頭を両手で庇いながら、おずおずと言った。
「呼ばれたぁ?」
ジュード殿下はようやく、石棺の上にあぐらをかいて座る小さな王様に目をやった。
「うわぁ、妖精か!? しかも、おっさんだし……」
「招かれもせずやってきた無礼者が。跪け! 頭が高い。わしを誰だと心えておる!!」
王様は立ち上がって、偉そうに胸を張る。
でも、口ひげがクッキーのカスまみれになっているから、少しも威厳は感じられない。
「ほぉ、これはなかなか興味深い……捕獲しておきましょうか?」
ルシアンさんは荷物を下ろして、空の瓶を取り出す。
「変なものを収拾しようとするんじゃねぇよ。燃やすに決まってんだろ」
殿下が指でつまもうとするので、私は慌てて王様を取り上げた。
「だ、ダメです……気の毒な王様なんですから。これ以上、イジめるとかわいそうですよ!」
「そうじゃ、そうじゃ。ワシはエルドキア王国の二十五代目の王、デメトリオス三世じゃぞ。敬え、この愚か者どもめ!」
「おい、メアリー。そいつをこっちに寄越せ。火あぶりにしてやる」
怖い顔になったジュード殿下が、手を出して要求してくる。
杖を振り上げながら勇ましく叫んでいた王様は、素早く私の手の中に隠れてしまった。
「エルドキアの二十五代目の王と言えば……圧政を敷いて王位を追われた暴君ですね。美妃を集めて宮廷で毎晩享楽に耽っていたとか。寵妃のために豪華な宮殿を建てながら、一方では国民には重税を掛けていたとか。エルドキアで最も無能な王と誹られていたはずですよ。その上、王妃は希代の悪女で、国王の寵妃に嫉妬して残虐な方法で何人も殺害したと歴史書には載っていますね」
優秀なルシアンさんは、名前を聞いただけですぐに思い出したようだ。
「なんだよ。ただのクズ野郎か」
ジュード殿下が鼻白んで言った。
「何を言うか! わしは王位について三十八年、国の発展のために生涯を費やしてきた名君ぞ。圧制など敷いておらぬし、重税などかけてはおらぬわ。それはわしを死に追いやった簒奪者どもが、勝手に捏造した事じゃ!」
王様が息巻きながら、私の手の中から顔だけを出す。
「あーそうかよ。美妃を集めていたとか、寵妃のために宮殿を建てたとか言うのも嘘なのかぁ?」
「そ、それは……記憶にないのぉ。なんせ、五百年も昔の事じゃ……宮殿の一つくらいは建てたかもしれんが……」
すっとぼける王様に、殿下が冷ややかな目を向けた。
「やっぱ、クソ野郎じゃねか。ところで、なんでこいつは消滅していないんだぁ?」
「ではまず、聖水をかけてみましょう」
ルシアンさんがマントのポケットから、聖水の瓶を取り出す。
「や、やめい! わしは、この娘に話があっただけじゃ……こんなか弱い霊に聖水をかけようとするなど、なんと悪辣なガキどもじゃ……!」
王様は私の手の中に隠れて、プルプルと震える。
「あ? 何の話だよ? 遺言なら聞いてやらねーでもないけどな」
殿下が悪い顔をして笑うのを見て、私まで一緒に震えてしまった。
殿下はやっぱり、怖いわ!




