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収穫祭の始まりです。

 収穫祭が始まるのは夕方からだ。

 村の人たちはみんな、朝から料理の仕込みをしたり、カボチャのランタンを用意したりと大忙しで、私もおばさんたちの手伝いをする。


 ジュード殿下は相変わらず調べ物をしているらしく、少しも家から出てこない。

 この様子では、収穫祭も不参加のつもりだろう。

 

 空が茜色に変わる頃、私はおばさんたちに呼ばれて教会に来ていた。

 その一室で、お祭りの衣装に着替えるのだ。

 花の刺繍が入った赤色のスカートに、白のブラウス。

 それにスカーフを結ぶデザインで、すごくかわいい。

 頭にもレースの飾りをつける。


 年齢関係なく、おばあさんからおばさんまで、みんなお揃いの衣装だった。

 本当は自分で仕立てるのだけど、私はまだ村に着て日が浅い。

 村のおばさんが、お古の衣装を貸してくれた。

 

 集まってきた村のおばさんたちが、櫛や化粧道具を手に仕上げをしてくれる。

「あら、いいじゃないの! あんた、化粧映えする顔だったんだねぇ」

 おばさんが、鏡を覗きながら言う。

 三つ編みにしてアップにする髪型だ。

 ドキドキして鏡を見れば、そこには私の知らない私が映っていた。


 こ、これは……。

 ちゃんと生きている人間に見えるわ―――!!


 私はほんのり赤くなっている健康そうな頬を両手で押さえる。

 寝起きのヴァンパイアみたいな青白い顔ではなく、血色のいい肌の色だ。

 赤い口紅のおかげで、ぷっくりとした厚めの唇に見える。


 学園の創立祭で男装をした時のメイクとは違う。

 あの時はキリッとした顔に見えたけど、今回はちゃんと普通の女の子に見える。

 

 で、でも……知らない人みたいだわ……。

 一瞬上がったテンションが、急に下がってしまった。

 いつも前髪で顔を隠していたから、私は自分の顔をマジマジと見た事はない。

 髪を整えて化粧をすると、まったくの別人に見えてしまって、なんだか自分の顔だという実感が湧かなかった。


 恥ずかしくて、落ち着かないわ……。

 やっぱり、髪を元のように下ろして隠してしまいたくなる。

 でも、せっかくおばさんたちがやってくれたのだ。

 今日一日は、この格好で耐え忍ぶしかない。


「さあ、さあ。家に戻って、旦那を見せてきな! 今のあんたを見たら、祭りに出ないなんて、バカな事は言わないはずだよ」

「そうだよ。もうすぐ始まるからね。早く連れてくるんだよ!」

 おばさんたちが、緊張してカチカチになっている私の背中を押してくれる。

 ジュード殿下の事だから、「誰だよ、お前……」って言うに決まっているわ! 

 

◇◇◇


「誰だよ、お前……」

 私を見た殿下の第一声は、予想通りのものだった。

 顔から火が出そうで、慌ててドアの陰に隠れる。


 少しだけ顔を覗かせると、殿下はテーブルに肘をついて胡乱な目でこっちを見ていた。

 本や日誌を読んでいたらしく、テーブルの上が散らかっている。


「で、殿下は……やっぱりお祭りに行かないんです?」

 小声で尋ねると、「行かねーって言ってんだろ」と面倒そうな声が返ってきた。

「村の人たち、準備してますよ? 朝からお肉入りのカボチャパイもたくさん焼いたんですよ?」

「楽しんでくればいいだろ……」

 殿下は視線を読みかけの本に戻す。

 ドアの陰から出て、おずおずと近付いてみる。

 

「で、殿下と一緒に……楽しみたいんですよ。せっかくのお祭りなんですから……」

 私は後ろに回した手をギュッと握って、答えた。

 ジュード殿下は少しの間無言になり、溜息を吐く。

 その視線が急にこっちに向けられたので、私は焦ってあさってを向いた。


「そんなに楽しみにしてたのか?」

「そ、そういうわけじゃないですよ? ご馳走がたくさん出るから……それに畑仕事をたくさん手伝って、いっぱいカボチャを収穫したんです。収穫祭に参加しないと……カボチャのお化けが出てくるかもしれません!」

 私が言い訳の言葉を並べると、ジュード殿下がクッと笑うような声を漏らした。


「カボチャのお化けってなんだよ?」

「し、知らないんです? カボチャ頭のお化けですよ」

「聞いた事もねーよ」

 こっちの世界では、ジャック・オー・ランタンはいないらしい。

 

 広場の方から、楽器の演奏が聞こえてくる。

 お祭りが始まったみたいだ。

「で、殿下が行かないなら……私もやっぱり……やめておこうかな……」

 ポツリと呟くと、殿下が溜息を吐いて本を閉じる。


 椅子を引く音が聞こえた。

 立ち上がった殿下は、さっさと階段を上がっていってしまう。

 

 こんな格好をしちゃって、なんだか恥ずかしいわ……。

 早く着替えたいけど、少しもお祭りに参加しなかったら、村の人たちが心配するだろう。

 私だけちょっと顔を出して、すぐに帰ろう。


 そう思っていると足音がした。

 ジュード殿下が、シャツの上に上着を羽織って下りてくる。


「……で、出かけるんです?」

「ご馳走が出るんだろ?」

 先に家を出る殿下を、私は急ぎ足で追い掛けた。

 

◇◇◇


 日が落ちると、広場の真ん中で火が焚かれる。

 おじいさん楽団の人たちが、笛やヴィオラを演奏し、村の人たちが焚き火の周りで踊っていた。

 歌声に笑う声が混ざる。

 

 ジュード殿下は村のおじさんたちに囲まれて、次々とお酒を注がれていた。

 あんなに参加を渋っていたのに、愛想よく笑っている

 丸木に座った私は、楽しそうなその様子を眺めながら、リンゴのお酒をチビチビ飲んでいた。

 

「メアリーちゃん、あんたも旦那と踊ってきなよ!」

 村のおばさんがやってきて、私の手を引っ張る。

 お酒のカップも取り上げられて、背中を押された。

 よろめくようにジュード殿下の前に出ると、目が合う。


「若い者が踊らないでどうするんだ。ほら、嫁さんが待ってるぞ!」

 おじさんたちに急かされたジュード殿下が、苦笑いで腰を上げた。

 

「あ、あの……殿下? 私……踊れませんよ」

 オロオロして、踊っている人たちを見る。

 ワルツよりもずっと軽快なステップだ。

 すぐに踊りの輪に加わる自信はない。


「俺だって、村の躍りなんて知らねーよ」

 殿下はぶっきらぼうに言って、私の両手を取った。

 見よう見真似で、合わせてみる。

 

 脚と脚がぶつかりそうになったり、同じ方向に回ろうとして腕が絡まりそうになったりして、少しも合わない。


「おい、違うだろ! 痛って、蹴んな!」

「け、蹴ってませんよ! あれ、ここでターンであってます?」

「ちげーよ! おい、なんでグルグル回るんだ!」

「ぎゃあっ、と、止まらないですぅ~~」

 大騒ぎしながらドタバタと踊る私たちを見て、村の人たちが大笑いしていた。


 見かねたおばさんとおじさんがやってきて、相手を交代してくれる

 私はおじさんに教えてもらい、殿下はおばさんに教えてもらう。

 何人かと交代で踊っていると、ちょっとずつ分かってきて楽しくなる。

 

 焚き火を一周する頃には、間違えずに踊れるようになっていた。

 パートナーが代わって、スカートを広げるようにしてお辞儀をする。

 手を取ったのはジュード殿下だ。

  

 殿下は無愛想な表情のまま、私をリードして踊る。

 最初より、ずっとうまく踊れただろう。

 でも、私は妙にドキドキして、演奏の音も耳に入らなかった。


 いつもと、違う格好をしているからだ。

 お祭りで、浮かれているせいだ。

 飲み慣れないお酒を、ちょっと飲んだせいかもしれない。

 殿下に握られた手がじんわりと熱くて、汗ばんでくる。


 クルッとターンした拍子にふらついた私を、ジュード殿下が胸で受け止めた。

 そのまま、私も殿下も足が止まってしまった。

「わ……忘れちゃいました……」

「ああ……そーだな」

 お互いの顔をチラッと見ると、先に殿下が「クハハッ」と笑った。

 楽しそうなその表情に、私の心臓の音が狼狽えたように速くなる。

 

 なんだか、逃げ出したい。

 私はスカートをギュッとつかんで、身を翻した。

 衝動的に走り出し、踊りの輪を抜ける。


「おい。どこに行くんだよ。もういいのかー?」

「パ、パンプキンパイを食べないと……パンプキンパイを食べないと、なくなっちゃいますよ!」

「はぁ? 頭の中食い物の事ばっかだな……」

 殿下は首を左右に振ると、のんびりした足取りでやってくる。

 私はおばさんからパイを二切れもらって、丸木に移動した。


「きっと、すごくおいしいですよ。私がカボチャを切ったんですから」

「切っただけかよ……けど、いい匂いだな」 

 丸木に腰を下ろすと、殿下はパイにフォークを入れる。


 私も隣に座って、パイを一口頬張った。

 焼き立てだったのか熱い。

 パイがサクサクしていて、肉とほんのり甘いカボチャの味が口いっぱいに広がる。

 私は「クフフフッ」と、つい不気味な笑い方をしてしまった。


「怖えーよ……何笑ってんだ?」

 ドン引きしたように言われて、ニマニマしながら木のフォークをくわえる。

「た、楽しいなぁ……って、思って……」

 心臓がドキドキしているのも、こうしてたくさんの人たちとお祭りを楽しむのも初めてで、夢みたいな時間だ。

      

「まあ……うまいな」

 殿下はカボチャパイを食べながら呟く。

 その目は赤々と燃える焚き火を映していた。

 いつもより、表情が穏やかに見える。

 学園にいた時には見られなかった顔だ。

 トクトクと心臓の音がして、慌てて話を逸らす。


「こ、これなら、家でも作れそうですよ!」

「パイ生地から作んの面倒くせーよ」

「で、でも、家にまだたくさんカボチャがありますよ。毎日カボチャのシチューばっかりじゃ、飽きちゃいますよ」

「パイは手間がかかんだろ」


「じゃ、じゃあ、私も手伝いますよ? カボチャをかち割るのは得意です!」

 元いたホラーゲームの世界では、脳天をかち割ってきたんだもの。

 それに比べたら楽勝だ。

 鉈の扱いにも慣れて、「手際がいいねぇ!」とおばさんたちにも褒められたくらいだ。


「本当かよ……一回くらいは作ってもいいけどな。お前は、カボチャ潰す役な」

「ま、任せてくださいっ!」

 私は笑って胸を叩いた。


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