アンデットの襲撃です。
王宮内の寝室で、ユーインはベッドに腰を掛け、開いた古い箱を眺めていた。
「ああ……美しい……」
真っ赤なルビーの首飾りを指でなぞる。
恍惚とした溜息が口からこぼれた。
その時、寝室の扉をノックする音が聞こえてハッとする。
咄嗟に蓋を閉じると、ダニエルが銀のトレイを持って入ってきた。
「失礼します……ハーブティーをお持ちました」
「ああ……すまない。ありがとう」
笑みを作り、箱を抱えるように隠す。
それより先にダニエルが気付いて眉を潜めた。
「まだ、お持ちになっていたのですか。私が執事に渡しておきましょう」
銀のトレイをサイドテーブルに置いてから、箱に手を伸ばそうとする。
「触るな!!」
ユーインは怒鳴るような声を上げ、その手をはね除けた。
ふらついて後ろに下がったダニエルは、目を見開く。
「ユーイン殿下……」
「す、すまない……疲れているんだ。放っておいてくれ……」
「侍医を呼んで参りましょうか? せめて、落ち着く薬だけでも……」
「いい……ただ、寝不足なだけだよ……大丈夫だから」
「その箱をお預かりします。渡してください」
「これは私がもらったものだ!」
「送り主が分からないものなど不吉です。呪いでもかけられているかもしれません。一度、王立魔法研究所に送って調べてもらうべきです」
ダニエルは一歩近付いて、強い口調で言った。
直後、乱暴に払った銀のトレイが落下し、ポットとカップが砕ける。
「さっさと消えろ……聞こえなかったのか!? 下がれと言っているんだ!」
ユーインは声を荒らげて睨みつけた。
ダニエルは唇を引き結ぶと、しゃがんで割れたカップやポットの破片を拾い集める。それを銀のトレイに載せて立ち上がった。
「後でメイドに片付けに来させます……代わりのお茶を……」
「いらない……頼むから、一人にしてくれ」
「…………承知いたしました。何かあれば、お呼びください」
ダニエルが寝室を出て行くのを待って、もう一度箱の蓋を開く。
ルビーの首飾りと耳飾りが入っているのを確かめると、強ばっていた顔がようやく緩む。
ユーインは深紅の石を、慈しむように指で撫でた。
「これは、〝私〟のもの……〝私〟の…………」
◇◇◇
夕食の後、私は殿下と一緒に書斎にいた。
窓枠が震え、激しく降る雨の音が聞こえてくる。
ジュード殿下は、ずっと机で書類や手紙類に目を通していた。
話しかけても返事をしてくれないし、私はやることがない。
暖炉の前の揺り椅子に膝を抱えて座り、欠伸を漏らす。
もう深夜になっているはずだ。
「殿下、そろそろ休憩した方がよくないです? せめて、お茶を飲むとか」
「井戸の水でも汲んで飲んどけよ……」
素気なく返されて、私はシュンッとなる。
「私じゃなくて、殿下がお茶を飲みたいんじゃないかと思ったんですよ?」
「じゃあ、いれてきてくれ……」
ジュード殿下は手紙に目を落としたままだ。
「しょうがないです……いれてきますよ。私だって、お茶をいれるくらいできるんですから」
私はよっこらしょと、重たい腰を上げて書斎を出ていく。
廊下は真っ暗で雨音が響いていた。
玄関ホールを通り過ぎて厨房に行こうとした時だ。
扉を叩く音がして、ビクッとする。
こんな夜更けに、お客さんなんてやってくるはずがない。
それに、この村には誰も住んでいない。
もしかしたら、廃村と知らないでやってきた旅の人かも?
雨宿りしたくて、助けを求めにきたのかもしれない。
そうだったら、無視するのは気の毒だ。
「は、はぃ~~、どなたです?」
私は恐る恐る尋ねてみる。
その間も、ドン、ドン、ドンと強く叩く音は続いていた。
人の声はしない。
ちょっとだけ扉を開けて、隙間から外を覗いてみる。
稲光が走り、スケルトンの影がホールに伸びた。
頭蓋骨の目のくぼみに、赤い光が浮かんでいるのが見える。
「ぎゃあああああ~~、出たわ~~!!」
私は悲鳴を上げ、力一杯扉を閉めた。
扉に手をかけていたスケルトンの指の骨が、砕けて散らばる。
暗いホールを焦って見回し、長椅子を引きずってきて扉を塞ぐように置いた。
スカートをたくし上げて廊下を引き返し、書斎のドアを勢いよく開く。
転がるようにして中に入ると、一目散に殿下に駆け寄った。
「殿下ぁ~~!!」
「何だよ、うるせーな……火が起こせなかったのかぁ?」
「そうじゃなくてですね……が、骸骨がですね……ツルツル頭がですね……」
「何言ってるか分かんねーよ。落ち着け」
冷静に言われて、私はゴクンと唾を呑み込む。
深呼吸してから、両手を机についてグイッと殿下に詰め寄った。
「スケルトンに囲まれちゃってるみたいなんです!」
「それを早く言え!」
頭をベチッと叩かれる。
ジュード殿下は立ち上がり、窓に駆け寄ってカーテンを開いた。
私は殿下の後ろから、ちょっとだけ顔を覗かせる。
教会の庭を彷徨き回る影が見える。
そのうちの一体が、こっちに気付いたみたいだ。
ジュード殿下はカーテンを閉じると、机に引き返して手紙や書類、日記や本などを、荷物袋の中に放り込む。
「二階の廊下に鏡があったろ……お前は先に行って待ってろ」
「た、戦わないんです?」
好戦的な殿下なら、意気揚々とアンデット退治に乗り出すのかと思っていた。
「数が多すぎんだろ。いちいち、相手にしてられるかよ……どうせ、ここは廃村だ。それより、早く行け。アンデットは人の気配を察して襲いかかってくる。俺らがここにいる事がバレた以上、詰めかけてくるぞ」
「それなら、殿下も逃げましょうよ!」
「その前にやる事があるんだよ。すぐに追う」
「急いで下さいね。ま、待ってますからね!!」
窓を乱暴に叩く音が聞こえてくる。
スケルトンたちが書斎に侵入しようとしているのだろう。
私は迷ってから、先に書斎を飛び出した。
殿下が大丈夫と言ったら、きっと大丈夫だ。
階段を急いで上がり、言われた通りに二階の廊下に飾られていた鏡の前で待つ。
アンデットの呻き声が雨音に混ざって聞こえてきた。
そのうちに、どこかの部屋の窓が割られる音がする。
スケルトンが教会内に入ってきたのかもしれない。
扉に描かれていたアンデット避けの魔法陣はもう効果がないみたいだ。
「で、殿下ぁ、早く来てくださいよ。置いていっちゃいますよ!」
私は足踏みしながら、焦れて独り言を漏らす。
階段を上がってきたジュード殿下は、追ってきたスケルトンを足で蹴っ飛ばしていた。
空っぽの頭蓋骨が転がり落ちる音がする。
「殿下、こっちです!!」
廊下を走ってきたジュード殿下が、いきなり私を抱き寄せた。
びっくりして、息を詰めて硬直する。
「早くしろ。襲ってくるぞ!」
殿下の声で我に返り、慌てて鏡の中にダイブした。
◇◇◇
ホーラン村の借家の部屋にある鏡から脱出する。
ドタッと尻餅を着いた私の上に、ジュード殿下が覆い被さってきた。
「ぎゃあっ、殿下、重いです。苦しいです!!」
殿下の下になった私は、ジタバタと足掻く。
「うるせぇ……叫ぶな。頭に響くだろ!」
気分が悪そうに呻いた殿下が、床に手をついて体を起こした。
仰向けに倒れた私と目が合うと、顔を顰めてチッと舌打ちする。
な、なんで、そんな気に入らなそうな態度なんです~~!?
私が下敷きになったおかげで、殿下は痛い思いをしなくてもすんだのに。
理不尽だわ……!
◇◇◇
収穫祭が近いため、村では教会の清掃や広場の飾り付けが行われている。
私もおばさんたちと一緒に、礼拝堂の掃除に参加していた。
殿下は今日も家にこもって、ロアの村の教会から持ち帰った日記や手紙、書類などを読んでいる。
祭壇の拭き掃除をしていた私は、木彫りの像に目をやった。
花の飾りで隠されていたから、殿下から聞いていなければ気付かなかった。
荒い削り方だから、顔もはっきりしない。
けれどよく見れば、女の人の像だと分かる。
「メアリーちゃん、あんたの旦那は収穫祭には参加するんだろう?」
おばさんに声をかけられて、私は慌てて手を引っ込めた。
「ええっと、どうでしょう?」
他のおばさんたちも集まってきて、「あら、参加しないの?」と話しかけてくる。
「呼んでこなくちゃダメよ! 収穫祭は村人全員でお祝いするものって決まっているんだから」
「そうだよ。それに、旦那を連れてこなかったら、いったい誰と踊るんだい?」
「お、お、踊るんです!?」
私はびっくりして尋ねる。
いつの間にか、おばさんたちに囲まれてしまっていた。
「うちの村の収穫祭は夜通しやるからね。昔は若い子たちが、こっそり抜け出して森に行ったもんさ」
「森に行って、どうするんです?」
私が尋ねると、おばさんたちは顔を見合わせて「ウフフッ」と笑う。
「そりゃ、決まっているよ!」
「あたしも旦那と抜け出して、朝まで帰らなかったもんだよ」
「収穫祭は森の精霊が加護を与えてくださるって言うからねぇ。あんたたち夫婦にもおめでたい事があるよ!」
「は、はぁ……」
よく分からないけれど、この村の収穫祭は歌って踊って、森に行って精霊の加護をもらってくる祭りらしい。
「あのぉ……森には一人で行っちゃダメなんです?」
殿下は誘っても付き合ってくれそうにない。
私が尋ねると、おばさんたちが一様に呆れた顔をする。
「あんた……一人で森に行ってどうすんだい」
「そうだよ。旦那がいるんだから、旦那を誘うんだよ」
「で、でも、来てくれるかどうか……」
「なに言ってんだい。誘われて行かない男なんていやしないよ。いたら、そいつはただの腰抜けだ。村の男衆に引きずり出されて、棒で滅多打ちさ」
棒で滅多打ち!?
収穫祭がそんな過激で怖ろしい祭りだなんて、し、知らなかったわ……。
どうにかして、ジュード殿下を収穫祭に連れ出さないと。
殿下の身が危ないわ!
◇◇◇
教会の掃除が終わる頃には夕方になっていた。
私が急いで家に戻ると、ジュード殿下はキッチンにいて、鍋をオタマでかき混ぜながら日記を読んでいる。
「殿下ぁ、大変ですよ! 一大事ですよ!」
「何だよ……村にスケルトンでも出たのか?」
「そんな事じゃありませんよ! 収穫祭に出ないと、殿下が棒で滅多打ちにされてしまうそうです」
私がキッチンに移動して言うと、殿下が「あ?」とようやくこっちを向いた。
「何だって?」
「収穫祭に参加してですね。歌って踊って、森に行かないと、村の男衆に殿下が棒で滅多打ちなんです!!」
「……は? なんで俺が滅多打ちにされなきゃならねーんだよ」
「行かないやつは腰抜けだからだそうです」
「はぁ!? 誰が腰抜けだよ」
怖い顔でズイッと迫られて、私は逃げるように後退りした。
「私が言ったんじゃないですよ? 村のおばさんたちがそう話していたんですから……」
「くだらねぇ、俺は忙しいんだよ。祭りに参加しているような暇なんかねーの」
殿下は鍋の方を向いて、再びグルグルとかき混ぜる。
今日はカボチャとチキンのシチューみたいだ。
ほんのり甘いいい匂いがする。
「で、でも、村の人は全員参加しなくちゃいけないみたいですよ? 村の人たちと打ち解けるいい機会ですよ? 参加しないと……怪しまれちゃうかもしれませんよ」
「別に俺が出なくたって、祭りはできんだろ。腹を壊したとか適当に言っとけよ。とにかく、俺は忙しいから不参加」
「だ、ダメですよ。それに、参加したらきっと楽しいですよ! 歌って、踊って、森に行くんですから……」
「森に行って何するんだよ?」
殿下に訊かれて、私は「さ、さぁ?」と首を傾げた。
私もよくは知らないわ……。
「森に行くと、精霊の加護がもらえて、おめでたい事が起こるそうですよ?」
「何だよ、精霊の加護って」
「わ、分からないですけど、森に行かないと腰抜けで、棒で滅多打ちなんです! たぶん……肝試しみたいなものじゃないですかね?」
夜の森を怖がって逃げるような男は、村では一人前の男として認められないのかもしれない。
凶暴な魔獣や獣が出る森で朝まで過ごし、生き延びなければならないとか。
過酷な通過儀礼の一種なのかも?
「き、きっとそうですよ! 試練が待ち受けているんですよ!!」
「なんで、その試練とやらを俺が受けなきゃならないんだ?」
「殿下は村の人たちに腰抜け呼ばわりされて、バカにされても平気なんです?」
「気にならねーな。どーでもいいし」
小皿にシチューを移して味見した殿下は、少しだけ塩を足していた。
やっぱり、収穫祭に一緒に参加してくれる気はないみたいだ。
私はガッカリして、肩を落とした。
「いいですよ……それなら、私一人で参加しますからね……」
「勝手にすればいいだろ? 行くななんて言ってねーよ」
「お祭りでご馳走が出ても、持ち帰ってあげませんからね! 森の精霊のおめでたい加護も独り占めですからね!!」
「好きにしろよ」
「ちょっとくらい、一緒にお祭りに行ってくれてもいいじゃないですか!」
「忙しいって言ってんだろ。それに面倒くせー」
「そ~ですか……殿下なんて、木の棒で滅多打ちにされちゃえばいいんです。その時になって、泣いても知りませんからね!」
私は捨て台詞を吐いて、階段を駆け上がる。
「何だよ。夕食、いらねーのかー?」
一階から聞こえた声に、「いりますよ!」と大きな声で返事をした。
カボチャとチキンのクリームシチューを、食べないわけがない。
二階にまでクリーミーないい匂いが漂っているんだから!




