廃村にやってきました。
「殿下ぁ~~、待ってくださいよ!」
雑草をかき分けるようにしながら、坂道を上がっていく。
虫が飛んでくるし、お腹は空くし、朝から歩き通しでヘトヘトになっていた。
先を歩くジュード殿下は振り返ると、面倒くさそうに顔をしかめる。
「疲れても背負ってやらねーって言っただろ」
「殿下は歩くのが速すぎるんですよ……」
「知らねーよ。休憩したいなら、その辺に座ってろ。俺は先に行く」
「お、置いていかないでください! 魔獣が出たらどうするんです!」
私は急ぎ足でジュード殿下に追いつき、後ろにぴったりとつく。
「そういや……魔獣の姿を見かけねーな……」
殿下がふと漏らして、針葉樹の森に目を向ける。
雑草が風に揺れ、鷹が空を飛んでいた。
その鳴き声が響くだけで、獣の気配も獰猛な唸り声も聞こえてこない。
「い、いい事じゃないんです?」
私はジュード殿下のマントをつかみながら、周りを警戒する。
ジューシーなトゲトゲイノシシなら歓迎だけど、それ以外の魔獣と遭遇するのは遠慮したいわ。
殿下が仕留めてくれたイノシシのおいしさを思い出すと、唾液が口の中に溜まってくる。
それをジュルッと啜って、口元を手で拭った。
ジュード殿下が白い目で私を見ている。
何を考えてるのか、お見通しなのだろう。
「ほとんどの魔獣は夜行性だからな。昼間は滅多に出てはこないが……それにしても、普通の獣の気配もないってのはおかしいだろ。兎一匹、見かけねーんだから」
「そ、そうですね……鳥は飛んでますけど……」
空を見上げると、日が陰って灰色の雲が混ざり始めていた。
風も少しだけ湿り気を含んでいるように感じる。
「天気が崩れそうだな……急ぐぞ」
「そ、そろそろ、お昼になりますよ? お腹も空きましたよ? 土砂降りの雨になったら、せっかく持ってきたサンドイッチも濡れちゃいますよ?」
さっさと歩き出した殿下の後を、私は急ぎ足で追い掛ける。
「ロアの村に着いたらなー」
「む、村に着いたら、いきなりアンデットとかネズミとかが襲ってきて、食べる暇もないかもしれませんよ? サンドイッチも狙われるかもしれません」
「嫌な事言ってんじゃねーよ。さっきから、こっそりクッキー食ってたの、知ってんだぞ」
「これは、もう湿気っておいしくなくなった古いクッキーですよ!」
「ああ、そうかよ……それ食って、もうちょっと我慢してろ」
相手にしてもらえず、私は「チェ」と唇を尖らせた。
◇◇◇
村の入り口が見えてきた頃には曇り空に変わっていて、風が強くなっていた。
木で作った村の門には蔦が絡みついている。
これは……なんだか、因習村を思い出すわ!
陰気な雰囲気に包まれていて薄暗く、元亡霊の私としては実家に帰ってきたみたいな安心感と居心地の良さを感じた。
広場の先には家がまばらに建っているけれど、無人なのは一目見れば分かる。
屋根は剥がれ落ちたり苔で覆われたりしているし、壁は蔦だらけだ。
窓は壊れて風に揺れている。
その中で、川沿いの小屋の水車だけが、カタンカタンと音を立てて動き続けているのが異様で、なんだか物寂しさを感じた。
「本当に廃村みたいですね……」
「そうみたいだな」
ジュード殿下は民家の前に立ち止まり、ドアを凝視していた。
木のドアには、赤黒い塗料で魔法陣のような模様が描かれている。
その色も雨や風に晒されたせいで色が薄れ、所々消えていた。
「な、何かのおまじないでしょうかね……?」
「そうかもな。他の家のドアにも描かれている」
向かいにある家のドアにも、同じ模様が描かれていた。
殿下は「入るぞ」と、遠慮なくドアを開く。
「いきなり開けたら、おかしな場所に飛ばされたりするかもしれませんよ! 盗賊避けの仕掛けかも……」
「そんな魔法陣があれば、今頃王立魔法研究所のイカれた魔法使いどもが、こぞってこの村に詰めかけてるだろうよ」
中に入ってみるとひどく埃っぽくて、天井には雨漏りの染みが広がっている。
天井の剥き出しの梁は蜘蛛の巣で白く覆われていた。
「ネズミはいないみたいですよ?」
殿下はギクッとして、「他の家も確かめるぞ」と足早に家を出る。
◇◇◇
午後になる頃には、土砂降りの雨になっていた。
村の小さな教会は、他の民家に比べて傷みはひどくない。
雨漏りもあまりしていなかった。
厨房を簡単に掃除して、ようやく昼食を取る。
殿下が荷物の中から取り出したバスケットの中身は、こんがり焼いた鶏肉のサンドイッチだ。
「お肉のサンド~~~~!」
私は興奮して、鼻息が荒くなる。
竈に火を起こしてお湯を沸かしていた殿下に、「まだ、食うなよ!」と注意される。
お預けをくらった犬みたいに涎が垂れそうになるのを我慢して、待っているしかない。
殿下は厨房にあったティーポットとカップを洗って、紅茶をいれる。
茶葉も持ってきていたなんて、用意がいい。
朝早くから、殿下が家のキッチンでサンドイッチを作っていたのを、こっそり覗き見していた。
目が覚めた時から、すでにお肉の焼けるいい匂いがしていたから。
「いただきまーす!」と、いつものように手を合わせる。
席についた殿下も、「いただきます……」と恥ずかしそうな小さな声で言っていた。
このところ、私に合わせて言ってくれるのが、ちょっと嬉しい。
サンドイッチを摘まんで大きな口でかぶりついた。
ビネガー入りのソースが絡んだ鶏肉は皮がパリッと香ばしく焼けていて、柔らかい肉は噛むたびに肉汁が滲み出てくる。
これは……これは……勝利の味!!
朝から楽しみにしていて、待っていた甲斐があったわ――っ!
「クフフフッ……殿下、一生ついて行きますからね」
「怖えーよ。というか、ついてくんな」
素っ気なく言って、殿下はサンドイッチを頬張る。
「ゆで卵を入れてもよかったな」
「で、でも、こっちの方がお肉を感じられていいです!」
私は力説する。あっという間に一つ食べてしまった。
二つ目に手を伸ばし、今度はさっきよりもゆっくりと味わう。
こんなにおいしいサンドイッチを食べられるなら、一生殿下の下僕でいいかも……。
「殿下はいつ料理を覚えたんです?」
「あ? 学園に入ってからに決まってんだろ」
寮には入らず、時計塔で生活していたから、食事も洗濯も自分でやっていたみたいだ。
「え、偉いですね」
私が言うと、「は?」という顔をされる。
「何が偉いんだよ……」
「だって、自分の事を自分でできるって、すごい事です。私は料理はできませんし……洗濯も繕いものも上手じゃないですから、全部やってる殿下を尊敬します」
「…………褒めたって、サンドイッチは分けてやらねーぞ」
「そ、そんなつもりで言ったじゃないですよ?」
「そんなもの……自分でやってるなんて、褒められた事でもねーだろ……」
殿下はポツリと呟いて、紅茶を啜る。
王族だから、本当は身の回りの世話は使用人がやってくれるのが当たり前だ。
ユーイン殿下には従者がついていたし、寮には使用人もいる。
着替えも手伝ってもらうし、掃除も洗濯も、きっとユーイン殿下は自分の手でした事なんてないだろう。
貴族の子息や子女の大半が、きっとそうだ。
私は貴族の子女でも、居候だからちょっとばかり事情が違う。
その私でも、洗濯や食事の用意は邸のメイドさんたちがやってくれていた。
屋根裏部屋住まいだったから、掃除まではしに来てくれなかったけど……。
でも、ジュード殿下は、それも全部自分でやっている。
殿下はその事を恥だと考えているみたいだけど、私はやっぱり立派だと思うのだ。
その上、こんなにおいしい料理を作れるようになるなんて。
「殿下は料理の天才です。革命が起こってもきっと、生き延びれますよ」
「革命? なんだよそれ」
殿下はまたおかしな事を言い出したぞ言うように、眉間に皺を寄せていた。
「国が滅びても大丈夫って事ですよ!」
「わけの分かんねー事ばっか言ってないで、さっさと食えよ」
殿下はサンドイッチが一つ残っているバスケットを、私の方に寄せる。
これは殿下のサンドイッチなのに!
「で、殿下はもう食べないんです?」
「……俺は教会の中を調べてくる。お前は食ってろ。外には出るなよ」
殿下は紅茶を飲み干して、立ち上がる。
私は迷ってから、サンドイッチを急いで口に押し込んだ。
◇◇◇
教会は二階部分が寝室になっていて、一階には厨房の他に書斎や、客間として使われていた部屋があった。
殿下は、しばらくこの教会に滞在して、村の調査を行う事にしたらしい。
私は手桶に水を汲んできて、雑巾で床や棚を掃除する。
その間、ジュード殿下は机で調べ物をしていた。
「……何か分かったんです?」
私が気になって尋ねると、頬杖をついていた殿下が顔を上げる。
「司祭の日記だ……日付は二十年前で止まっている」
「やっぱり、村の人たちは祟りか呪いのせいで、いなくなっちゃったんです?」
壊してはいけない祠を壊して、神様を怒らせてしまった、とかだろうか。
因習村ではよくある話だ。
「というよりも、死んだ人たちはどうしたんでしょうね……」
村の家を一通りまわってみたけれど、白骨死体なんて一つもなかった。
見付かったのは、野生動物の骨くらいだ。
「……消えたんだよ」
殿下が日記のページをめくって答える。
私はびっくりして殿下の顔を見た。
「ど、どこに消えたんです? 魔獣の餌になったとか?」
「いいや、ホーランの村人が言うには、このロアの村から忽然と人の姿が消えていたそうだ。それ以来、この村の人間を見た者はいない。だから、呪いか祟りだと噂になったんだ。原因が分からなかったからな」
村人と交流をはかりながら、いつの間にか話を聞き出している。
私はただ、せっせと畑仕事を手伝っていただけだ。
「本当のところは、どうして消えたのかも分からないって事なんです?」
「領主が派遣した代官は、村人が税が払えず、全員で村を出奔して行方を眩ましたと結論付けたようだな。それ以降、調査もされてない」
「そ、その可能性の方が、高そうに思えますよ?」
因習村も、調べてみれば怪異ではなく、人の仕業だったなんて事はよくある。
こんな西の端の小さな村では、作物が不作になれば税は払えないだろう。
捕まって刑罰を科せられる前に、村の人たちが示し合わせてどこか遠くに移住してしまったという事は十分考えられる。
住んでいた人もそれほど多くなさそうだ。
「そうかもな……ドアに魔法陣が描かれていただろ?」
「そ、そうですね……妙な形の魔法陣でしたね」
学園で教わる正統魔法の魔法陣とは、使われている文字や図案が違っている。
魔法に詳しくない私でもそれくらいは分かる
簡単な図案で、文字も象形文字に近かかった。
「あれと似た魔法陣が、死者の石の表面にも削られていた……このチェルダール地方の一部の村で使われているまじないの一種だ」
「まじない?」
「この辺りは、国教が広まる前から信仰されていた古い土地の宗教が残っているんだよ。ホーランの村もな」
「えっ、そうなんです? どうして分かったんです?」
村には国教の教会もあるし、ヨボヨボだけど司祭様もいる。
「教会の祭壇を見れば分かるだろ……木彫りの像なんて国教では置かない。しかも、女の像だった。女神信仰と呼ばれているものの一種だろうな」
「女神……信仰?」
「死者の国を支配する闇の神と言われているけど、俺もそこまでよく知らねーよ。ルシアンが調べてるだろうけど」
「つまり……ええっと……王都で偽物の死者の石を作って、アンデット騒ぎを起こっているのは……その女神様を崇めている信者の人って事なんです?」
私は首を捻って尋ねる。
「信者かどうかは分からねーけど、無関係じゃないだろうな。ただ、この手の土地の信仰は文献ではあまり残ってない。頭の悪い国教の司祭どもが、手当たり次第に灰にしたからな」
そういえば、歴史の先生が講義でそんな話をしていたような気がする。
先代の国王の頃に、大規模な粛正が行われて、国教以外の宗教は禁止されてしまった。
その時に、異教の書物は全て焼かれて、信者も多く捕らえられて処刑されたらしい。
「チェルダール地方は、最後まで教会に対抗していた。国王の仲裁によって国教を受け入れたが、今でも密かに信仰を続けている村人も多いって事だ……」
殿下は声のトーンを落とす。その間も、日記に視線を落としていた。
「じゃあ、ロアの村の人たちは、教会から逃れるために逃げ出した……とか?」
「いや、それはねーな……ホーランの村でも密かに信仰されている。国の端の端にあるような小さな村の事まで首を突っ込むほど、教会も暇じゃねーよ。大っぴらに祀っているっていうなら、取り締まりの対象になるだろうけどな」
じゃあ、村の人たちがいきなり消えた原因は、なんだろう。
「アンデットに襲われて……村人もアンデットになってしまったとか?」
「それはあるかもな」
ジュード殿下は呟いて、私に司祭の日記帳を見せてきた。
それを手に取って、細かな字を目で追う。
村の近辺にアンデットが出没して家畜が襲われたため、領主に救援を求めたという事が書かれている。
その後も、毎晩ように出没するアンデットに、悩まされていたみたいだ。
領主がなかなか救援を送ってこないため、司祭は焦れて何度も要請を送っていた。
それなのに、領主は教会が光魔法を使える神官を送ってこない事を理由に、村からの要請を断り続けている。
司祭は教会を束ねる王都教会の嫌がらせに違いないと書き残している。
書き殴るような文字から、憤りが伝わってくる。
「あの……殿下? もしかして……この村に残っていると、アンデットが襲ってくるんじゃないです?」
村の人はいなくなっても、アンデットまで消滅したとは限らない。
むしろ、村の人までアンデット化しているなら、数が増えているかもしれない。
ジュード殿下は頬杖をついたまま、ニヤーッと悪い顔で笑った。
「ああ、そうかもな。せっかくここまで来たんだ。確かめてみないとなぁ?」
「で、でも、ノース先輩もいないんですよ? 聖水もないですし……殿下の火炎魔法はアンデットには効果がないんじゃ……」
「お前がいるんだ。何とかなるだろ?」
「わ、私の闇魔法は……そ、そんなに役に立たない気が……」
私は尻込みして、ボソボソと答える。
因習村の雰囲気は好きだし、肝試しと聞くと遠足に行く時みたいにドキドキワクワクする。
でも、アンデットはちょっと……。
幽霊なら仲間みたいなものだから怖くないけれど、骸骨もゾンビもあまり好みじゃないわ……。
亡霊や幽霊にとって、骸骨とは素っ裸と同じようなものだ。
つまり、全裸で襲ってくる変態のようなもの。
公然わいせつ罪とか、わいせつ物陳列罪だわ。
私が骸骨姿だったら、きっと羞恥心のあまりに棺桶に飛び込んで隠れてしまいたくなるだろう。
ゾンビはそれよりマシだけど、猛烈に臭いから近づきたくない。
それにあいつらはキモいわ。
「たぶん……あのドアに描かれた魔法陣は、アンデット避けのまじないだったんだろうな」
殿下が雨音がする窓の方に視線をやって呟く。
「この教会の礼拝堂の扉にも、描いてありましたよね?」
「ああ……けど、ほとんど薄れて消えかけていた。効果が残ってるかどうかは、分からねーな」
「ふ、不吉な事を言わないでくださいよ。そうだ。上からなぞっておくのはどうです?」
私はブルッと身震いして提案する。
「……あの赤い塗料……多分、血だぞ?」
殿下に言われて、ゴクンッと唾を飲み込んだ。
「ひ、人の血とは限らないですよ? 豚とか、鶏とか……」
「この雨の中、お前が捕まえてくるのか?」
「あっ、殿下。私、家の戸締まりを忘れてきた気がするので、一足先に鏡を使って戻っていようと思います。明日は畑仕事を手伝わないといけないですし……」
日記を返し、クルッと足の向きを変える。
殿下が立ち上がり、後ろから腕を回して私を引き寄せた。
軽くよろめいて、背中が殿下の胸に当たる。
首を回すと、お互いの顔が近くてちょっと心臓に悪い。
「なに、逃げようとしてんだよ? 俺が心配でついてきたとか言ってなかったかぁ?」
「殿下はすごく強いので、私がいなくても平気じゃないです? 足手まといになるって、言ってましたよ?」
「チーズとソーセージも持ってきてるから、今日の夕食はフォンデュでも作るか。絞めはスープだな。あ、お前は戻るんだよな? じゃあ、いらねーよな。家に残ってるカチカチのパンでも囓っとけよ」
殿下は腕を離すと、手をヒラヒラと振る。
チーズフォンデュ~~!!
チーズフォンデュュュュ~~~~!!
「あっ、家の戸締まりはしてきた事を今、思い出しました。もちろん、殿下が心配なので、残りますとも!」
「は? いらねーよ。邪魔だから、さっさと帰れ」
「殿下ぁ~~!!」
私が両膝をついて泣きつくと、うんざりした顔で押し退けられる。
「うっせー……分かったから、掃除でもしとけ! 俺は調べ物があるんだよ」
「へいっ!」
私は丁稚奉公の子供みたいな返事をして、鼻の下をゴシゴシと指でこすった。
チーズフォンデュのためなら、アンデットもへっちゃらだわ!




