村にも馴染んできました。
私は鋭く研いだ鎌を手に、クフフッと笑う。
そろそろ食べ頃になった大きなカボチャを、次から次に収穫していく。
ホーランの村にやってきてから、二週間。
八月に入った村では、カボチャの収穫時期を迎えていた。
村のおばさんたちが、総出で作業をしてる。私はそのお手伝いだ。
畑作業の手伝いをすると、収穫した野菜を分けてもらえるのだ。
そのため、私は村に来てからほとんど毎日、畑の手伝いをして過ごしていた。
カボチャのシチューに、カボチャパイ、カボチャのキッシュ。
カボチャのタルトやプリンもいいわ!
夢は広がるばかりだ。
しゃがんで鎌を握り締めたまま、ジュルッと涎を啜る。
「メアリーちゃん、そろそろお昼にするよ! こっちいらっしゃい」
おばさんたちに呼ばれて、私は「はいぃ!」と返事をする。
お昼だわ~~!!
鎌をひとまずカゴの中に入れておき、おばさんたちに駆け寄る。
朝早くから作業しているから、お腹はずっと鳴りっぱなしだ。
井戸の水で手と顔を洗い、木陰に移動しておばさんたちの輪に加わる。
今日の昼食は、ハーブ入りのバターを挟んだミニクッペだった。
昼食も用意してもらえるし、野菜ももらえるのだから、こんなにおいしい仕事はない。
もしかして、畑仕事が私の天職だったのかも!
私は痩せっぽちだけど、意外と力はある。
おかげで、おばさんたちにも重宝がられて、かわいがってもらえていた。
学園では薄気味悪がられていたけれど、ここではそんな事もない。
ジュード殿下にもらったリボンのおかげだろうか。
髪を結んでいると、前よりも陰気くさく見えないから。
ミニクッペはバリッとしていて、ハーブ入りのバターが染み込んでいる。
労働の後に外で食べるから、余計においしく感じられた。
元いたホラーゲームの世界では考えられないくらいに健康的な毎日だ。
以前は、太陽の光なんて浴びたら、溶けて消えてしまうと思っていたわ……。
今でも眩しい光はちょっと苦手だけど、頬被りもしているから平気だ。
「メアリーちゃん。あんたの旦那、ドーソン爺さんの家の屋根を修理してくれたそうじゃないの。無愛想な男だけど、働き者のいい旦那だねぇ!」
背中を強めに叩かれて、ちょっとパンが喉につまりそうなった。
「そ、そうなんです?」
私は少しも聞いた事のない話でびっくりする。
ジュード殿下は、自分が何をしているのか、あまり教えてくれない。
「うちの旦那も、垣根の修理を手伝ってもらったって言っていたよ。前にイノシシに壊されちまってね。腰が悪いから直せなくて、放置していたんだよ」
「ああ、そうそう。森で鴨を仕留めたからって、うちにもお裾分けしてくれたのよ。メアリーちゃんもよく働いてくれるし、あんたたち夫婦が村に来てくれて大助かりだわ!」
ジュード殿下、私が畑仕事に勤しんでいる間に、地道に村の人たちと親睦を深めていたのね……。
道理で、この村ではみんなが親切にしてくれるはずだ。
家のドアの前に、野菜や木の実、キノコや果物が置かれている事も多い。
最初は、殿下がリスか狐でも助けたのかと思っていたけれど、村の人のお礼だったみたいだ。
「村には若い人がいないからねぇ。あんたたち夫婦に頑張ってもらわないと! 村の人間も減る一方なんだ。たくさん子供を産んで、増やしてもらわないとねぇ」
「こ、こ、こ、子供〜〜っ!?」
私は真っ赤になって、思わず変な声を上げた。
思いっきり、クッペが喉に詰まったわ。
「あははっ、その通りだわ」
「それは心配ないわよ。昨晩もえらく激しかったそうじゃないの。聞いたわよ〜。お隣まで音が聞こえていたとか……」
「あらまぁ! 若いっていいねぇ」
昨日の夜は、家にネズミが出たものだから、箒を持って追い回していたのだ。
ジュード殿下は大きな魔物を一撃で倒してしまうくらいに強いくせに、それよりもずっと小さいネズミが苦手らしい。
血相を変えて私の寝室に飛び込んできて、まるでこの世の終わりみたいな顔をしてネズミが出たと騒いでいた。
結局、私がつまみ出したけど、捕まえるまで一睡もできなかったわ……。
物音や殿下の叫び声が、お隣さんにまで聞こえていたようだ。
それが、噂になっていたなんて!
真っ赤になった私を見て、おばさんたちはケラケラ笑う。
一応、夫婦という事になっているのだから、勘違いしてもらっていた方がいいのかもしれないけれど、恥ずかしすぎるわ!
◇◇◇
夕方まで畑仕事を手伝ってから家に戻ると、殿下がキッチンに立って夕食の準備をしていた。
この匂いは……ジャガイモとソーセージの煮込み料理だ。
「でんかぁ~~!」
「あ? なんだよ……って、何でそんなに色々、抱えてんだ?」
キッチンから出てきた殿下が、驚いて訊く。
私は両腕に抱えていた卵と、絞めたばかりの鶏を殿下に渡し、背負っていた重たいカゴを下ろす。
収穫したカボチャの他にも、謎のキノコや、蛇の入った酒瓶など、カゴから落ちそうなほど色々入っていた。
「帰り道で、村の人たちが……次から次にくれたんです」
村のおじさんは、『俺はこいつのおかげで、ガキが八人もできたんだ。効果は保証するぜ!』なんて言いながら、ハッスルするキノコをくれた。
『村の行く末は、お前さんたちにかかっておる……頑張るんじゃ!』
広場で待ち構えていたヨボヨボの村長さんは、そう言って私に村の未来と秘蔵の蛇酒を託してくるし、同じくヨボヨボの教会の司祭様は、厄除けと魔除けの効果がある雑草みたいな草をくれた。
毒々しい紫色の液体が入っている壺は、魔女みたいなおばあさんがくれたものだ。
『こいつは、赤紫斑毒蛙を絞った汁で作った薬だよ……こいつをちょいと酒に混ぜて飲ませれば……ウヒャヒャヒャヒャッ! まあ、後はお楽しみだねぇ』
なんて、しゃがれた声で笑っていた。
「は? なんで?」
「さぁ~~?」
私は視線を泳がせてはぐらかす。
「お前……なんか、やらかしたな?」
「してませんよぉ!? きっと、殿下が村の人たちの手伝いをしたから、そのお礼じゃないです? そ、それより、これでしばらく食材には困りませんね!」
私はしゃがんで、カゴの中に入っていたキノコをつかむ。
「そのキノコ……何のキノコだよ? 食えんのか? また、毒キノコじゃねーだろな」
「ち、違いますよ。村のおじさんがくれたんですから! ええっと……滋養強壮になる、ありがたいキノコ?」
私が赤面して小声で説明すると、殿下が胡乱な目をする。
「こっちの蛇酒と、見るからに怪しい紫色の液体は?」」
「じ、滋養強壮になる……お酒と……滋養強壮になる……く、薬?」
殿下のジト目が怖いわ!!
「なんでも、ホイホイもらってくるんじゃねぇ! 怪しすぎんだろ!!」
「殿下が悪いんですよ! ネズミごときで大騒ぎするから……」
「あぁ!?」
睨まれて、私は亀みたいに首を縮める。
ほ、本当の事なのに……!
でも、昨晩のネズミ捕りのせいで誤解され、村中の噂になっているなんて事を知ったら、村に火を放って燃やそうとするかもしれないわ!
村の平和のために、黙っておかないと……。
殿下は溜息を吐くと、鶏を私に押しつける。
卵だけ持ってキッチンに戻っていった。
「その鶏、血抜きしとけよ」
「卵は今日使うんです?」
私は急いで立ち上がって尋ねる。
「そーだな。せっかくだから、オムレツにでもするか」
「それなら、チーズも入れてほしいです!」
「は? 調子に乗んな」
◇◇◇
チーズが入ってる~~!
トロリとしたチーズの入ったオムレツを頬張り、私は感動を噛みしめる。
それに、ソーセージとジャガイモのあっさりした煮込み料理もおいしい。
ジャガイモがホロホロになっていて、口に入れた途端に蕩けるようだ。
しかも、大きなソーセージが二本も入っている。
骨付きのソーセージだから、スープにしっかり味が出ていた。
「明日は出かけてくるからな。夜まで戻らないかもしれないから、夕食は残りものでテキトーにすませろよ」
殿下がジャガイモとスープをスプーンで掬って口に運びながら言う。
相変わらず食べ方は品がいい。
私みたいに、パンくずをボロボロこぼしたりはしない。
「どこに行くんです?」
「この先のロアって村だ……」
私は村のおばさんたちから聞いた話を思い出した。
この村からさらに西に行った場所に、小さな村があったらしい。
「でも、その村って……確か、もう誰も住んでないんじゃ……」
随分前に、村人全員が死んだと聞いた。
なんでも呪いか祟りのせいらしいけど、村の人もそれ以上は話してくれなかった。
アンデットが出るから、ロアの村に行く人もいない。
今では、どうなっているのか分からないとも話していた。
「言っただろ。調べたい事があるんだよ」
「死者の石の事です?」
「まあな……そんなところだ」
詳しくは教えてくれない。私は不安になってお皿に視線を落とす。
「そ、それなら、私も一緒に行きますよ!」
「は? いらねーよ。お前は畑仕事の手伝いでもしてろ」
「でも、殿下一人では危ないですよ。魔獣が出るかもしれませんし……」
「魔獣くらい、俺一人でどうにかなる。ドラゴンでも出てくれば話は別だけどな」
「ドラゴンは出てこなくても、ネズミは出てくるかもしれませんよ? 廃村になっていると言うし、きっと大繁殖してしますよ!」
私がスプーンを握って言うと、ジュード殿下が嫌そうな顔をする。
「その時には、村ごと焼き払ってやる」
悪の大魔王か暴君みたいな事を言ってるわ!
殿下が悪の道に進んで世界を滅ぼす事になったのは、王家の事情とかそんな事じゃなくて、ただ世の中からネズミを駆除したかっただけなのでは?
大いにあり得そうだわ……。
そんな事のために、世界が破滅するなんてダメだわ!
私はブルッと身震いして顔を上げる。
「殿下が何と言おうと、ついていきますからね!」
「なんでだよ……」
「一人で行くより、二人で行く方がずっと安全じゃないですか」
「お前がいたって足手まといになるだけだろ」
「そ、そんな事ないです! 私がいたら、ほら……帰りは早く帰れますよ?」
手鏡を持っていけば、帰りは鏡の中を通り抜けて戻れるのだ。
「………廃村なんて行っても、面白くもなんともないだろ。なんで、そんなについて来たんだよ」
「それは……殿下が心配だからに決まってますよ」
私がポツリと答えると、殿下が食事の手を止めて私に視線を移す。
それに、私は殿下が悪の道に進まないように、しっかり見張っていないと!
ロア村を焼き払ったのが、闇落ちの第一歩なんて事になったら、目も当てられないわ!
「……疲れたとか言っても背負ってやらねーからな……」
「……殿下こそ、ネズミが飛び出してきても、叫ばないでくださいよ」




