村に移住しました。
「ミナサーン、コンニチハ。ワタシタチ〝フウフ〟ハ、トオイイコクカラハルバル、ドイナカニ、ヤッテキマシタ! シンコンラブラブデース! ヨロシクオネガイシマース!!」
私とジュード殿下は、小さな家の庭先で、集まってきた村人の皆さんに笑顔で挨拶をする。
チェルダール地方の端にある、ホーランという小さな村だ。
村人の皆さんは、いきなりやってきたよそ者が珍しいのか、柵の外でコソコソ話をしている。
あ、怪しまれているわー!
不自然なほど愛想のいい笑顔を浮かべている殿下の手の甲を、ギュッと抓る。
思いっきり睨まれたけれど、ここは皆さんに不審に思われないように、新天地を求めて他所から移住してきた新婚夫婦を演じないと~~!
「ワ、ワタシタチ、アヤシイモノジャナイヨ。コッチハ、ダンナサマ! ブアイソウデ、ランボーモノ。ワタシ、スバラシイツマヨ。ヨロシク! ヨロシク!」
私がペコペコ挨拶していると、虎みたいな目をした殿下に襟をつかまれて、借りたばかりの家に引きずられていく。
殿下は私を家の中に放り込むと、バタンとドアを閉めた。
その途端にゲンコをくらってしまって、私は両手で頭を押さえる。
「な、何するんです~~!」
「余計、怪しまれてんじゃねーか!」
「そ、そうです? きっと物珍しかっただけですよ?」
「そうだろうな。お前みたいな珍獣は見た事がなかっただろう」
殿下は「ハァ~」と疲れたように溜息を吐いて、椅子に腰をかける。
村長に頼んで空き家を紹介してもらい、住む許可をもらってきたのは殿下だ。
たぶん、お金で解決したのだろう。
今の私たちは、他国から移住してきた新婚夫婦、という事になっている。
空き家は少し前まで夫婦が住んでいたらしく、小綺麗に掃除されていた。
一階は居間と食堂を兼ねた部屋が一つ、その奥にキッチンがある。
階段を上がれば、寝室が二部屋ある。
ベッドや机などの家具はそのまま残っていたから、使わせてもらう事にした。
小さなお家だけど、かわいらしいわ!
今日からしばらく、ジュード殿下とここで暮らす事になるのだ。
これは、もしかして……夢に見た……同棲生活!
私は赤くなった頬を両手で包む。
元いたホラーゲームの世界では、イチャイチャしているカップルを恨めしそうに覗いて、歯ぎしりしている事しかできなかった。
そんな私にも憧れの同棲生活が巡ってくるなんて!
急にソワソワして部屋の中を彷徨く私を、ジュード殿下が不審そうに見る。
「何やってんだよ?」
「え、えっと……ここで生活するなら、色々買い揃えないといけませんね」
例えば、お揃いのマグカップとか……。
「まあ、そうだな。明日は街まで買い物に行くか」
買い物~~!!
ますます、新婚さん夫婦みたいでテンションが上がる。
やっぱり、枕カバーやクッションはキルトがいいわ。
殿下と色違いにしたいわ……。
私はドキドキしながら、夢を膨らませる。
「それと……殿下って呼ぶの禁止だからな」
「えっ、何でです?」
「怪しまれんだろ」
確かにそうだ。ただの新婚夫婦が、夫の事を殿下なんて呼んでいたら不自然だ。それに、今までずっとそう呼んでいたから、うっかり人前で呼んでしまうかもしれない。
「わ、分かりました。じゃあ……今度から殿下の事は〝あなた〟って呼びますね。殿下も私の事は〝おまえ〟って呼んでいいですよ?」
ひゃーっ! は、恥ずかしいわ。
本物の新婚さんみたいだわぁ~~。
照れる私を見て、ジュード殿下はすっかりドン引きしている。
呆れを通り越して、哀れむような目になっていた。
「せめて、偽名で呼べよ」
「で、でも、呼び間違えるかもしれませんよ?」
王都では、私たちはお尋ね者になっているはずだ。
こんな西の辺境まで捜しにくるとは思えないけれど、賞金首になっていたら通報されるかもしれない。
それに、あのエヴァリー騎士団長様は執念深そうだから、地獄の果まで追ってきそうだ。
王都から離れたとはいえ、油断できない。
「とにかく……殿下だけはやめろ。それ以外なら、なんでもいい」
「わ、分かりました。じゃあ、ジュード様って呼びます」
「様もやめろ」
「じゃあ、ジュ、ジュード?」
私がおずおずと呼ぶと、ジュード殿下は見るからに嫌そうな顔をする。
「……それはそれで、なんか……すげームカつくな」
「じゃあ、どう呼べばいいんです!?」
「ジョーとか、適当に呼んどけよ。その方がマシだ」
立ち上がったジュード殿下は、キッチンに移動して竈の前にしゃがむ。
薪や藁を入れ、簡単に火魔法で火を点けていた。
「お茶にするんです?」
「ああ……お前は水汲みな」
立ち上がった殿下が、空のケトルを私に渡す。
「じゃあ、行ってきますね。ジョー」
なぜか、芽の生えたジャガイモを投げつけられてしまい、私は慌てて外に飛び出した。
「なんでぇ~~!!」
自分がそう呼べって言ったくせに、ひどいわ!
私はケトルを持ったまま、唇を尖らせた。
◇◇◇
翌日、私と殿下は近くのモルデンという街に来ていた。
野菜を市に出荷する村のおじさんに頼んで、一緒に荷馬車に乗せてもらった。
広場に時計塔があり、その側に教会や役場の建物が建っている。
古い街で、道は石畳で舗装されていた。
広場では露店市が開かれていて人が多い。
「勝手に離れるなよ。迷子になったら、置いていくからな」
「わ、分かってますよ!」
私は殿下のマントを摘まんで歩きながら、広場を見回した。
飴細工やチュロスのような揚げ菓子を売っている人もいる。
ここなら、お揃いのカップも見つけられるかもしれない。
殿下のマントから手を離して、陶器のお店にフラフラと吸い寄せられる。
「いらっしゃい。うちの工房で作ってる陶器は、どれもこの世に二つとない、一点ものばかりだよ!」
一点物じゃなくて、お揃いがほしいのよ!
並べてあるカップを見れば、表面に人面が描かれたカップばかりだ。
表情が全部違っていて個性的だけど、ぶ、不気味だわ……。
「お嬢さんには、このカップがぴったり!」
そう言って押しつけられたのは、間抜け面をしたカップだ。
「あ、あの……夫とお揃いのカップがほしくてですねぇ……」
「それなら、こいつがお勧めだな! 頑固親父顔のカップだ!!」
そう言って、鬼瓦みたいな顔をしたカップを押しつけられる。
こ、断れないわ!
私は渋々、ポケットから銀貨を取り出して渡す。
「毎度あり!! 一生大事に使ってくれよ」
こんな変なカップ、一生使うなんて嫌だわ!
両手にカップを持って、ジュード殿下の姿を捜す。
役所の掲示版の前にいるのを見つけて、急ぎ足で駆け寄った。
「何を見ているんです?」
「何でもねーよ……」
素っ気なく言うと、ジュード殿下は背を向けて離れる。
掲示版をチラッと見ると、告知の紙が貼られていた。
「ユーイン殿下が、王太子に……!?」
そうなると、ジュード殿下はもう、王位継承争いからは外されたという事だ。
ユーイン殿下暗殺の疑いをかけられたまま、塔から脱走したのだから、仕方ない事かもしれないけど……。
ジュード殿下の気持ちを考えると、心臓がギュッとなる。
これでは、親から見捨てられたようなものだわ……。
私は先に行くジュード殿下を、急いで追い掛けた。
「で……」
「その呼び方、やめろって言っただろ」
私はジュード殿下の袖を摘まんで引っ張った。
「お腹、空きませんか? もうお昼になりますよ!」
「お前は……食い物の事しか考えてねーのかよ」
呆れたように言うけれど、ちょっとだけ口元が笑っている。
「あっ、あそこのお店はどうです? でっかい牛の看板が出ているので、きっとお肉料理に自信があるはずです!」
ノロノロと歩く殿下を引っ張って、通りの向かいにあるお店を目指す。
仕方ないなとばかりに溜息を吐いていた殿下も、反対はしなかった。
「ところで、両手に持ってるその不気味なカップは何なんだ? どっから拾ってきたんだよ?」
「拾ってきたんじゃありませんよ? 買ったんですから!」
「えっ、お前……俺がやった小遣い、そんな変なものに使ったの?」
「お揃いの……じゃないけど、私と〝あなた〟のカップです!」
「すげーいらねー……」
「なんでですかぁ!」
殿下はクッと笑って、店のドアを開いた。
ベルが鳴り、店の女性が「いらっしゃいませ!」と元気な声をかけてくれる。
中に入ると、肉の焼けるいい匂いが漂っていた。
これはやっぱり、当たりの予感!
◇◇◇
当面の食料品や必要な生活用品を買い揃え、帰りも市場から帰る村のおじさんの荷馬車に乗せてもらう。
「たくさん買いましたけど……お金は大丈夫なんです?」
「ああ、ルシアンが用意してくれたからな。当面は心配ねーよ」
片膝を立てて座っている殿下は、頬杖をついて小麦畑を眺めていた。
空は夕焼け色に染まっていて、眩しい光が近くを流れる小川に反射する。
長閑な風景の中を、荷馬車はゆっくり進んでいた。
「さすが、ノース先輩ですね」
「そーだな……」
いつでもどんな時でも、頼りになる人だ。
そんな人が、ジュード殿下の味方でいてくれてよかったと思うのだ。
でも……ルシアンさんはそのせいで、立場が悪くなっているかもしれない。
「ノース先輩、無事でしょうか……」
私は別れ際のルシアンさんを思い出して、ちょっと不安になる。
放火犯として捕まったりしていないといいけれど……。
「あいつは捕まるようなヘマなんてしねーよ……それに公爵家の人間だからな」
膝を抱えて座っていた私は、チラッとジュード殿下の横顔を見る。
夕日に染まるその顔は、少しぼんやりしているように見えた。
殿下は……ユーリ殿下が王太子になった事を、どう思っているのだろう。
もう、王都に戻らないのなら、忘れてしまえるのだろうか。
「……また、くだんねー事考えてんだろ」
そう言われて、ドキッとする。
ジュード殿下がこっちを向いて、私の顔をジッと見ていた。
「今日のお夕食は何かなーって……考えていただけですよ!」
私はちょっと焦って答える。
「昼間にデカい肉を食ったくせに、夕食が入んのか?」
「あの骨付き肉、おいしかったですねぇ……また、食べたいです」
私は昼間に食べた骨付き肉のステーキを思い出して、垂れそうになる涎を啜った。
お腹いっぱいになったけど、それっはそれ。これはこれだ。
夕食の時間になる頃には、きっとまたお腹が空くだろう。
「お前といると、気が抜ける……」
殿下は呆れたように言って、マントのポケットから何かを取り出した。
「その髪、鬱陶しいから結んでおけよ」
殿下が渡してきたのは、濃い赤色のリボンだった。
私は驚いて、ジュード殿下の顔を見る。
「わ、私に……買ってきてくれたんです?」
「お前、持ってないだろ。結ぶものなんて……というか、その髪が目立つんだよ」
「そ、そうです?」
私は肩にかかる髪に手をやる。
前髪も随分と長くなってしまったわ。
リボンで後ろの髪を束ねて結ぼうとしたけれど、髪がスルッと抜けてしまうからうまくいかない。
モタモタしている私を見て、「貸せ」とジュード殿下がリボンと手から抜き取った。
後ろを向くと、ジュード殿下がもつれている髪を指で梳く。
首筋にちょっとだけ指が触れて、ゾクッとした。
私、首を触られるのは弱いみたいだわ……。
心臓がドキドキして頬が熱くなる。
髪を結んでもらうだけなのに緊張してきて、膝の上で自分の手を握った。
「お前の髪……滑るから結びにくい!」
「じ、自慢の髪なんですよ!」
髪だけは念入りにお手入れしているから、艶々のストレートヘアだ。
「いっそ、短くしろよ」
「い、嫌ですよ!」
この髪は、元亡霊だった私のアイデンティティだ。
切りたくない。
ジュード殿下の吐いた溜息がフッとかかる。
しばらく私の髪をいじっていたけれど、途中で面倒くさくなったらしい。
髪をギュッと強めに引っ張ってリボンを結ぶと、「これでいいだろ」と手を離した。
私は後ろ髪を手で確かめる。
結局、普通の一つ結びにしたようだ。
耳にかかっていた前髪も後ろ髪と一緒に束ねてくれたから、顔がすっきりして、視界が明るく感じられる。
前が見やすいわ……!
「触るなよ。解けたら、もう結んでやらねーからな」
殿下に言われて、慌ててリボンから手を離す。
口元が緩んでしまうから、唇を結んでへの字に曲げた。
でもすぐにまた、緩んで締まりのない顔になる。
クフフッと笑うと、「怖えーよ」と殿下が私の頭を軽く手で押した。
「あのですね……」
「なんだよ」
「ありがとございます……ずっと、ずっと、大切にしますからね」
私は殿下の顔を見て、笑みを浮かべる。
今日はちょっとだけ、上手に笑えた気がする。
「そんな大したもんじゃねーだろ……リボンなんて」
ジュード殿下は口元を手の平で押さえて、フイッと顔を背けた。
頬に夕日が当たって、オレンジ色に染まっている。
このリボンは、私が生まれて初めて人からもらった贈り物だ――。
お墓に入るまで……それどころか、あの世にいっても大事にしよう。




