侵入に成功です。
王宮の地下室に連れて行かれてから、どれくらい時間が経ったのか。
ジュードは朦朧としながらも、途切れてしまいそうになる意識を辛うじて繋ぎ止めていた。
椅子に座らされ、手枷はつけられたままだ。
虚ろになった瞳が机の上の蝋燭の炎を映す。
「……自警団を使い、死者の石を集めていた理由は?」
向かいに座っているエヴァリー騎士団長が、淡々した声で問う。
「さぁ……知らねーな…………」
「では、質問を変える。メアリー=オズボーンとの関係は?」
「あいつ? あいつは……ただの使いっ走り」
「何をさせていた」
「何って……昼食のパンを買いに行かせてたんだよ。他に……何の役にも立たねーからな」
口の端をわずかに上げて答える。
頭がグラグラして、気分は最高に悪かった。
後ろに回した両手を強く握り、歯を食いしばる。
顔を苦痛に歪めるジュードをジッと見たまま、エヴァリー騎士団長が机の瓶を指で傾ける。
中に入っているのは、自白を促す魔法薬だ。
空の瓶が三本、テーブルの上に転がっている。
「気力だけで耐えているのは立派だが、これで四本目だ。これ以上、飲めば壊れるぞ。まともでいたいのであれば、そろそろ白状してはどうだ?」
「答えてるじゃねーか……何が聞きたいんだ?」
嘲るように笑って、焦点の定まらない目をエヴァリー騎士団長に向けた。
「集めた死者の石はどこにある」
「さぁ……?」
「ダンジョンで、アンデットを発生させたのもあなただな?」
「どうやってだよ……俺はダンジョンになんて行ってないってのに」
「あの娘を利用して、死者の石を持ち込ませたのだろう」
「知らねー……て……」
「お互いにこれ以上、無駄な時間を費やしたくないだろう。拷問にかけないのは、陛下の慈悲だと思え」
「ありがたくて涙が出そうだぜ……」
「…………押さえつけておけ」
エヴァリー騎士団長が命じると、騎士二人が駆け寄りジュードの体を机に押さえつけた。
立ち上がったエヴァリー騎士団長が、手に取った瓶の蓋を開く。
暴れて抵抗しようとした拍子に、机が揺れて燭台が倒れた。
炎がついたままのその燭台が床に落下する。
顎をつかまれ、苦みのある瓶の液体が口腔内に流し込まれる。
吐き出そうとして激しくむせた。
「では、もう一度、聞かせてもらおうか」
冷酷なエヴァンリー騎士団長の声が、歪んで聞こえる。
頭がグラグラして、体を起こす事もできない。
テーブルに突っ伏したまま、視線をわずかに動かす。
エヴァリー騎士団長の顔を見ると、唇をわずかに歪めた。
鼻から垂れてきた血が、ポタポタと机に落ちて溜まっていく。
「知らねーよ…………」
◇◇◇
騎士二人に体を支えられて、引きずられるように歩く。
霞んだ視界に映るのは、蔦に覆われた古い塔だ。
その入り口まで来ると、守衛が扉の鍵を開ける。
よろめくように足を踏み入れた途端、既視感で吐き気がした。
何もかもが、記憶にあるままだ。
首を捻り、後ろにいるエヴァリー騎士団長を見る。
「……母親が斬首された塔に連れてくるとは、いい趣味してるじゃねーか……」
嘲るように笑って言うと、無表情だったエヴァリー騎士団長の顔が硬くなる。
「陛下のご命令だ」
「そうかよ……俺の首を斬り落とす時には、失敗しないでくれよ。騎士団長様」
無言のまま、エヴァリー騎士団長は眉間に皺を寄せる。
ジュードはククッと笑って、ふらつきながら歩き出した。
円形のホールの中央に螺旋の階段がある。
それを一段、一段、上がっていく。
(まるで、処刑台への階段だな……)
騎士が最上階にある部屋の扉を開いた瞬間、石の床が目に入った。
黒い染みがそのまま残っているのを見て、膝から力が抜ける。
気付いた時には、胃の中のものを全て吐き出していた。
◇◇◇
絶対、助けますよ――。
鏡を使って王宮に忍び込んだ私は、リネン室から外に出る。
メイドさんたちが着るエプロンドレスをちょっとばか拝借した。
予備の使用人の服がたくさん積んであったから助かったわ……。
コソコソと使用人用の狭い廊下を通り抜けようとした時、ドアが開いて黒色の質素な服を着た年配の女性が出てくる。
「……あなた」
「は、はいっ!」
私はドキッとして背筋をピンッと伸ばした。
女性は眉間に皺を寄せて、ツカツカと歩み寄ってくる。
こ、怖いわ! もしかして、もうバレてしまったんじゃ……。
エプロンを両手でギュッと握り締めていると、女性が私の前に立った。
そして、頭の先からつま先まで、私の格好をじっくりと確かめる。
「その髪はなんなの。きちんと結びなさいな!」
女性は後ろに回り、ポケットから取り出した櫛で手際よく私の髪を整える。
前髪の生え際が後退しそうなほどギュッと引っ張られて、思わず悲鳴を上げそうになった。
女性は私の髪をきつく縛り、お団子にまとめる。
「これでいいわ。みっともない格好で歩かないようにね。まったく、最近の新人の子はこれだから。分かったの!?」
「は、はいぃ!!」
視線を泳がせたまま返事をすると、女性は溜息を吐いて立ち去る。
「あっ、家政婦長!」
若いメイドさんが廊下の向こうからやってきて、呼び止めていた。
あの人が、家政婦長様!
厳しそうな人だわ……。
若いメイドさんと家政婦長様が立ち去ってから、私は自分のおでこに手をやった。
おでこを見せるなんて、今まで一度もなかったわ!
穴空きパンツを履いてきてしまった時みたいに、恥ずかしくて落ち着かなかった。
変な顔だって、笑われたりしないかしら……。
廊下の鏡の前に行き、顔を確かめる。
まぁ!! わりと似合っているんじゃないかしら……。
ただ、ちょっとおでこが広すぎる気がするけど変じゃないわ。
自分の顔を改めてみると、そう悪くない気がしてくる。
これなら、そんなに目立たないわ。
私は少し自信が出て、笑顔を作る。
鏡に映るのは、青白い顔の女がニターッと笑っている顔だ。
ひえっ、笑顔は我ながら怖いわ……。
封印しておこう。
私はエプロンドレスをたくしあげるようにして、パタパタと駆け出した。
◇◇◇
豪華なシャンデリアが飾られている広い廊下を、キョロキョロしながら歩く。
鏡を使ってジュード殿下の部屋を覗いてみたけれど、誰もいなかった。
やっぱり、地下の拷問部屋に閉じ込められているのかもしれないわ。
けれど、王宮内は広すぎて、地下の拷問部屋がどこにあるのか分からない。
ジュード殿下が助けてくれた時、確かこの廊下を通った記憶があるんだけど……。
あの拷問部屋には鏡はなかったから使えない。
その時、足音と人の声が聞こえてくる。
廊下を歩いてくるのは、私の天敵エヴァリー騎士団長様だった。
一緒にいるのは若い騎士だ。
あの人は私の顔を知っているから、見付かるとバレてしまう。
私は焦って背を向け、廊下の隅に飾られていた高そうな花瓶を抱える。
それを磨くふりをしながら、やり過ごそうとした。
気付かずに早く行ってくれたらいいんだけど……。
見付かったら、また回し車の刑だわ!
あれ、でも……そうしたら。
私も拷問部屋に連れていってもらえるんじゃないかしら?
一瞬、そんな気の迷いが生じたけど、すぐプルプルと首を振った。
私まで捕まってしまったら、ジュード殿下を助けられないわ!
『お前、何にしに来たんだよ……』
と、愚か者を見るような目をしたジュード殿下の顔が簡単に想像できた。
「捜索させていますが……今のところ発見できていませんね」
「自警団の方は?」
「そちらは手が出しにくく……先日の件で、完全に協力を拒否されていますから」
「かまわん。抵抗する者がいれば全員捕らえろ」
そんな会話が近くで聞こえてくる。
心臓がバクバクしてきて、花瓶を抱える手まで汗ばんできた。
エヴァリー騎士団長の声と足音が通り過ぎたところで、安堵して息を吐く。
その瞬間、汗で濡れていた手から壺がすっぽ抜けてしまった。
ぎゃああああ~~~~!!
私は心の中で悲鳴を上げる。
咄嗟につかもうとしたけれど間に合わず、派手な音が廊下に響いた。
ものすごく高そうな壺を割ってしまったわ~~!!
その上、遠ざかりかけていた足音が止まる。
恐る恐る振り返ると、エヴァリー騎士団長と若い騎士がこっちを見ていた。
心の中で二度目の悲鳴を上げて、私はサッと顔を背ける。
「大丈夫かい、君」
若い騎士様が親切にも声をかけてくれたけど、今は困るわ!
「ひゃいっ、も、申し訳ありません。箒とちりとりを取ってきまーす!!」
私は背を向けて、ダッシュで逃げ出す。
廊下の角を滑るように曲がった後でこっそり振り返ったけど、二人が追い掛けてくる気配はなかった。
私は壁に背中を押しつけて、鼓動の速くなっている胸に手を当てた。
とりあえず、バレなかったみたいだわ……。
◇◇◇
「あなた……ギャラリーに飾られていた壺を割ったそうね」
家政婦長の部屋に呼ばれた私は、シュンッと項垂れる。
「は、はい……ごめんなさい……」
「何てことをしてくれたの。東方の国の使節団から贈られた、それはそれは貴重な壺だったのよ!!」
「も、申し訳ありませんでした……べ、弁償を……っ!」
「一生ただ働きをしても無理よ。今度から、余計な事はせず床でも磨くか、庭の雑草でも抜いていなさい。いいわね!?」
「は、はいっ、申し訳ございません!!」
私は冷や汗をたっぷりかいて、ペコペコと頭を下げる。
家政婦長の長いお説教がようやく終わってから、「失礼します」と部屋を出た。
ドアをパタンと閉めて、深く溜息を吐く。
それにしても、私が新人だと思い込んでいるからか、少しもバレないわね。
王宮で働く使用人の数が多すぎて、全員の顔と名前など覚えていないのかもしれない。
おかげで、助かったわ……。
言われた通り、大人しく庭の草抜きでもしていよう。
「なんて、働いている場合じゃないわ~~!」
私が王宮に忍び込んだのは、労働のためではない。
ジュード殿下を助けるためだ。
早く捜さないと!!




