さよならの言葉。
学園にアンデットが発生したとの報告を受けて、騎士と兵を率いて向かった時には、学生会館はすでにスケルトンに囲まれていた。
学園創立祭のダンスパーティーが行われていた会館内には、大勢の生徒たちと共に、ユーイン殿下が取り残されている。
スケルトン軍勢の多さに、騎士や兵もあ然としていた。
「教会の神官は?」
クロフト=エンヴァリー騎士団長は副官の騎士に尋ねる。
要請はすでにしている。大聖堂は学園からそれほど離れてはいない。
到着していてもおかしくないのに、この場に神官たちの姿は見えなかった。
「遅れているようです。再度、要請を……」
その報告に苛立ちを感じ、「愚図め」と吐き捨てる。
教会が神官を出し渋るのはいつもの事だ。
「重い腰を動かす気がないのなら、大聖堂ごと燃やしてやると言っておけ」
副官は一瞬、返答に詰まっていたが、「承知しました」と頭を下げる。
魔法の使える伝令官を呼びつけて、すぐに指示を出していた。
腰に佩いた剣を抜き、整列する騎士と兵を振り返る。
「最優先は、ユーイン殿下の保護と退避だ。生徒はアンデットを殲滅しつつ避難させろ」
「はっ!!」
クロフトは玄関扉に群がるスケルトンに斬り込んでいく。
学生会館のホールに足を踏み入れると、生徒たちが逃げ惑っていた。
スケルトンと応戦していた生徒も、泣きながら階段の隅に集まっていた生徒も、騎士と兵の姿を見ると安堵したような表情を浮かべる。
兵に生徒の避難と、負傷者の救護、退路の確保を命じると、騎士を率いて広場へと向かった。
廊下は黒い靄のような瘴気に覆われていて、その中をスケルトンが徘徊していいる。それらが、騎士を見るなり襲いかかってきた。
クロフトはスケルトンを剣で薙ぎ払い、骨を踏み潰しながら廊下を走る。
その後に、他の騎士たちも続いた。
「切りがありませんな」
中年の騎士がうんざり気味に言って、スケルトンを槍で突き刺す。
骨が砕けても、すぐに再生してくるのだ。
これらのスケルトンを生み出している元凶を叩かなければ消滅しない。
広間に駆け込むと、気分が悪くなるような濃い瘴気に包まれていた。
天井に頭部がつきそうなほどの大きさのスケルトンを見て、騎士たちがあ然とする。
「なんだ、あれは……」
怯むように、騎士の一人が呟いた。
そのスケルトンを必死に足止めしているのは、ユーイン殿下の護衛の騎士たちだ。
すでに大半が倒れるか負傷しており、立って攻撃を防いでいるのは二名だけだ。
ユーイン殿下はすでに魔力が尽きかけているようで、辛うじて周囲に張った光の防壁は今にも消えそうなほど薄くなっている。
彼の従者である生徒も剣を手に殿下を守っているが、立っているのがやっとな状態のようだ。
「エヴァリー騎士団長!」
護衛の騎士が、駆けつけてきた騎士とクロフトを見て安堵の声を上げる。
クラフトは群がるスケルトンに向かって、剣を振り下ろした。
その一撃で床に亀裂が走り、スケルトンが吹っ飛ぶ。
他の騎士たちがスケルトンの攻撃を押し返し、守りを固める。
「騎士団長……申し訳ありません……」
頭を垂れた護衛の騎士の腕からは血が溢れ、袖が赤く染まっていた。
むしろ、そんな状態でよく持ち堪えられたものだ。
「殿下と共に退避しろ」
疲労している護衛の騎士を下がらせ、上位種のスケルトンと向き合う。
それは瘴気をまき散らしながら、背筋が寒くなるような不気味な咆哮を上げていた。
騎士に支えられたユーイン殿下が、疲れた様子で顔を上げる。
それから、すぐにハッとして口を開いた。
「エヴァリー騎士団長、兄上が……兄上がいらっしゃるはずなのです。兄上の保護も!!」
「ジュード殿下が?」
副官が驚きの表情でエヴァリー騎士団長を見た。
「殿下は避難を。すぐにお連れしろ」
クロフトは他の騎士に命じて、剣先を下に向けたまま、スケルトンとの距離を詰める。
咆哮と共に大鎌が振り下ろされる。
それを剣ではね除け、地面を蹴った。
剣を肋に深く突き刺すと、骨が砕ける手応えがあった。
その奥に、黒々とした瘴気の塊がある。
(あれか……)
以前、墓地でスケルトンに飛びかかったメアリー=オズボーンが、肋を砕くのを見ていた。
彼女はその奥に、魔石がある事を知っていたのだ。
魔石が消滅すればスケルトンは魔力の供給源を失って消滅する。
一度、飛び退くように着地する。
肋を砕かれたスケルトンは絶叫と共に、暴れるように大鎌を振り回した。
騎士たちが咄嗟に横に跳んでそれをかわす。
「腕を押さえ込め!」
中年の騎士が、他の騎士たちに指示を出す。
騎士たちがスケルトンの両腕を押さえ込んでいる間に、息を軽く整えてから剣を正面で構えた。
跳び上がり、魔石のある位置目がけて正確に剣を突き刺す。
貫かれた魔石に罅が入り、石に含まれていた魔力が暴走するように一気に放出された。
吹き飛ばされそうになり、地面に着地して身を伏せる。
騎士たちも床に剣を突き刺して、その魔力から身をかばっていた。
広間にスケルトンの絶叫が響き渡り、振動する壁や天井に大きな亀裂が入る。
「いかん、崩れるぞ!」
「騎士団長!!」
「他の者は退避しろ!」
クロフトは落ちてくる瓦礫から身を庇いながら、声を張り上げた。
墓地であの娘が魔石を取り出した時には、魔力の暴走は起こらなかった。
(なぜだ……)
黒い瘴気が視界を多い、振動の音と耳をつんざくようなスケルトンの声が響く。
ようやく振動が収まり、広間に静寂が戻った時には、上位格のスケルトンは消え、他のスケルトン軍団も消滅していた。
全員が辺りを見回し、安堵の表情を見せる。
クロフトは灰の中に残された魔石に手を伸ばした。
真っ黒だった魔石は、魔力が失われたせいで透明に変わっている。
パキッと音がして亀裂が入ったかと思うと、簡単に砕けてしまった。
本物の死者の石ではありえない。紛い物である証だ……。
「やはり、今回もユーイン殿下を狙ったのでしょうか」
副官がやってきて、声を抑える。
「ジュード殿下の姿を捜せ。まだこの会館の中にいるはずだ」
クロフトは魔石の破片を握り潰す。
割れた窓から入る込む夜の風が、広間に漂っていた瘴気をゆっくりと払った。
ようやく、空に浮かんだ月の姿が見える。
「見つけ次第〝捕らえろ〟」
その命令に、他の騎士たちが息を呑むのが分かった。
◇◇◇
王宮のジュード殿下の部屋で、私はソファーに座って紅茶を啜る。
向かいのソファーに脚を組んで座っているジュード殿下は、落ち着かないように肘掛けを指で叩いていた。
「あの殿下……やっぱり、私、ユーイン殿下を助けに行った方が……」
もう一度鏡を使って戻れば、取り残されているユーイン殿下だけでも助けられるかもしれない。
「必要ねーよ。騎士団が救助に向かったんだ。あのエヴァリーの野郎が行ってんだから、俺らが出るまでもない。お前の能力がバレる方がマズい」
そう言われて、私は紅茶のカップを口に運んで黙る。
あの鬼畜騎士団長様が強い事は知っている。
それでも、あのスケルトンの多さを考えると、どうしても心配になる。
部屋の扉が開いて、ルシアンさんが戻ってきた。
情報を集めるため、王宮の侍従や使用人に話を聞きに行っていたのだ。
「アンデットは騎士団が片付けたようです。負傷者は多く出たようですが、死者の報告は今のところありませんね」
「あ、あのユーイン殿下は……!?」
「無事だと騎士団の伝令官が伝えてきたそうです。心配いりませんよ」
ルシアンさんの報告を聞いて、私は体から力が抜けた。
「よかったぁ~~」
涙がちょっと出そうになる。
ルシアンさんはジュード殿下をチラッと見て、小さな紙を手渡す。
それを一瞥して握り潰すと、ジュード殿下はフッと息を吐いて立ち上がった。
「お前はもう帰れ」
急にそう言われて、「えっ」と顔を上げる。
「それと……パーティーに参加していた事は言うな。あの格好だったら、誰もお前だとは思わない。誰かに聞かれたら、体調が悪くて出席せず邸に籠もっていたとでも言っておけ」
「ど、どうしてです?」
ジュード殿下が側にやってきて、私の腕を強めに引っ張る。
立ち上がった私は、困惑して二人の顔を見た。
持っていたカップが取り上げられる。
ジュード殿下は私の顔を見ると、「どうしてもだ」とやけに真剣な顔をして言った。
それが、私の胸にじわりと不安感を広げる。
「あの、殿下? もしかして、何かよくない事でもあったんです?」
「何もねーよ。お前も面倒事に巻き込まれたくねーだろ。また、あのエヴァリーの野郎に捕まって、回し車で走らされたいのか?」
「そ、それは嫌ですよ!」
私はプルプルと首を振った。
「じゃあ、黙ってろ。それと何があっても……」
言いかけた言葉を、ジュード殿下は躊躇するように飲み込む。
「……ジュード殿下?」
「何があっても、関係ないで通せ。お前は俺に脅されて、従っていたんだ。いいな?」
「なんで……そんな事を言うんです?」
不安な目をして見ると、ジュード殿下が私の頭にポンと手を載せた。
その手つきが妙に優しくて、胸が締め付けられる。
なんだか、変だわ……。
二人とも、私と目を合わせようとしない。
「じゃあな、メアリー=オズボーン」
鏡の前まで私を連れて行くと、殿下はフッと笑って私の肩を押す。
殿下の口が小さく動く。
ふらついて、大きな鏡に背中が当たった。
私の体が鏡の中にヌルッと沈み、そのまま深い暗闇に落ちていく。
待って……。
待って……。
待って……!!
鏡が薄らと光っている。
私は必死に手を伸ばしたけれど届かず、光は小さくなって見えなくなる。
『お前といるのは、結構楽しかったよ……』




