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19/43

ダンスパーティーなのに、ピンチです。

 ダンスパーティーには、ちょっとだけ顔を出して帰るはずだったのに……。

 一時間も経つのに、私はホールから抜け出せていなかった。


「私とダンスを踊っていただけません!?」

「お名前だけでも是非!」

 目を輝かせた女子たちが、私を取り囲んで次から次に話しかけてくる。

 お、おかしいわ……。

 今まで陰キャの私になんて、誰も話しかけてこなかったし、近付いてもこなかったのに!

 こんな格好しているせいで、誰も私とは気付いていないらしい。

 それにしても、男の人の格好をしているだけで、こんなにモテモテになるなんて、おかしすぎるわ。

 

 確かに、鏡を見た時には私もうっとりしちゃったけど、この顔がこんなにも大人気になるなんて!

 元いたホラーゲームの時には、『キモすぎ』、『怖すぎ』、『チビりそう』と、散々言われていたし、私が現れるとみんな悲鳴を上げて逃げていった。

 怖がられたり、嫌われたりする事には慣れている。

 ホラーゲームの亡霊役として生み出された私にとっては本望!

 ちっとも怖がられない亡霊役なんて、むしろプロとして失格だった。


 こんな風に、持て囃されるなんて初めての経験で、どうしていいのか分からない。

 とにかく、ジュード殿下に言われたように背筋をピンと伸ばして、キリッとした表情を維持しておく。

 何か話しかけられたら、取りあえず微笑んでおくことにした。

 

 それなのに、人集りは減るどころか、増えていっている気がするわ。

 しかも、その中には従姉妹のヒルダとそのお友達の皆様まで混じっている。

 背中には汗をかいてしまっているし、そろそろ顔色が青くなってきているだろう。


 人気者になってしまうのって怖いわ!

 誰か、そろそろ助けて~~!!

 私は心の中で涙を流す。

 

 ダンスにお誘いされても困るわ。

 私が踊れるダンスは、元いたホラーゲームで覚えた〝亡霊のウキウキタンゴ〟くらいだ。


 ハロウィンイベントのミニゲームで、私こと『赤い鏡のメアリーさん』のミニキャラが、不気味なタンゴを躍りながら襲ってくる。それを、ひたすらかわし続けるというゲームだった。

 捕まるとゲームオーバーだ。

 

 もちろん、優雅なワルツなんて踊れない。

 私は女の子たちが次から次に渡してくる林檎ジュースをゴクゴクと飲み干す。

 これで、もう何杯目か分からない。

 

「ちょっと、いいかな?」

 急に声をかけられて、女子たちが振り返る。

 その途端、彼女たちがざわつきながら道を開けた。

 近付いてくるのは、ユーイン殿下とその取り巻きたちだ。


「きゃあ! ユーイン殿下だわ!」

「殿下がお声をかけるなんて……やっぱり、高貴な家柄の方なんだわ!」

 そんな囁き声が周囲から聞こえてくる。

 

 ど、どうしよう……まさか、私だとバレたんじゃ!

 心臓がバクバクしてきて、汗が額から鼻にかけて垂れてくる。

 私は咄嗟にその滴を手で押さえた。

 

 ユーイン殿下が周りの女子たちを見て、「失礼するよ」と微笑んだ。

 女子たちは後ろに下がり、これから何が起こるのかと期待まじりの視線を向けてくる。

 みんなが離れてくれたのはいいけれど、ホール中の注目を集めてしまっている気がするわ……。


 私はガチガチに緊張しながら、取りあえず礼儀正しくお辞儀をしておいた。

 殿下は私の顔を見てから、胸元のエメラルドに視線を移す。

「……君の名前を伺ってもいいかな?」


 な、名前~~~~!!

 私はゴキュッと唾を飲み込んだ。


「そ、それがしは……殿下に名前を覚えていただくほどのものでは……ござりませぬ」

 できるだけ低いダミ声を作って答えたけれど、緊張と動揺のあまりに、武士のようなしゃべり方をしてしまった。目線が不自然に泳いで、タラタラと汗が垂れてくる。


「それがし……?」

「あっ、いや、その……私はですね!!」

 あたふたしながら言い訳をしようとした時、いきなり誰かの腕が肩に載る。

 その腕が、グイッと私を後ろに引き寄せた。

 びっくりして振り返ると、ジュード殿下だ。

 横にはルシアンさんもいる。

 二人ともちゃんと礼装に着替えていた。

 それがとても様になっていて、女子たちが息を呑むのが伝わってくる。


 ユーイン殿下もびっくりしたのか、大きく目を開いていた。

 最初にざわついたのは、ユーイン殿下の取り巻きたちだ。


「な、なぜ、ジュード殿下が……」

「毎年、出られていなかっただろう……」

 そんな、ヒソヒソとした声が耳に入る。


「で、殿下!」

「よーやく見つけた。こんなところにいたのか。ジャ……ジャクソン?」

 ジャクソンって誰です~~!?

 ジュード殿下が私をチラッと見て咳払いをした。 

 これは……素性がバレないように、誤魔化してくれようとしているんだわ。

 つまり、今から私はジャクソン。


「殿下、遅いですよ!」

「あ~悪い、悪い。で……お前は、こいつに何の用?」

 ジュード殿下は私の頭を気安くポンポンと叩いてから、ユーイン殿下に威圧するような視線を向ける。


「あ、兄上……いらっしゃるとは思いませんでした」 

 ユーイン殿下が顔を強ばらせて答える。

 周りの取り巻きたちも表情が硬くなっていた。


「悪いのか? 俺も一応はまだ、この学園の生徒だ。参加する権利くらいはあるだろ。それとも、目障りだからさっさと帰れとでも言いたいのか?」

「そのようなつもりで言ったわけでは……ご気分を損ねたのでしたら、謝ります」

 ユーイン殿下が頭を下げる。


「さっさと行くぞ、ベンジャミン」

「ジャクソンです。私はジャクソンッ!」

 殿下が名付けたんですから、忘れないでください!

 

「あ~、そうだった。せっかく来たんだ。料理くらいは食って帰ろうぜ」

 ジュード殿下は私の肩に腕をかけたまま、笑って連行する。

 ルシアンさんはユーイン殿下に軽く一礼してから、踵を返していた。

 私たち三人は、生徒たちの視線を集めたままその場を離れる。

 

 振り返った私の目に、困惑した表情で見送っているユーイン殿下の姿が映る。

 他の取り巻きの生徒や女子生徒たちは、あ然としているようだった。

 

◇◇◇


 殿下が来てくれてよかったけど。

 私は小さく溜息を吐いて、ジュード殿下に恨めしげな視線を向けた。


「パーティーに来るつもりがあったら、最初に教えておいてほしかったです。いきなり現れるから、びっくりしたじゃないですか……」

「どーせお前が困ってるだろうから、様子を見にきてやったんだよ。感謝しろ」 

 ジュード殿下は私の肩から腕を退けて、ニヤッと笑う。

 本当は面白がって様子を見に来たに違いないわ……。

 

 でも、一応は「ありがとうございます」と感謝を伝えておく。

 殿下が来てくれなかったら、ユーイン殿下に素性がバレていたかもしれないし、終わるまで女子の輪から抜け出せなかっただろう。

 

 ホールの端にはビュッフェ式の料理コーナーが用意されていた。

 そこに連れていかれた私は、目が釘付けとなる。

 ほわぁ、ご、ご、ご馳走だわ!


「あ、あの殿下、これって……私も食べていいんです?」

「当たり前だろ。せっかくだ。腹一杯食っとけ」

 ジュード殿下がお皿を取って渡してくれる。

 白いクロスの敷かれたテーブルの上には、おいしそうな料理がずらりと並んでいた。

 お魚料理もあれば、お肉料理もあるし、スープやサンドイッチまで揃っている。


 やっぱり、勇気を出してダンスパーティーに来てよかったわ! 

 ワクワクしながら選んでいると、自分の料理を取っていたジュード殿下が、私の皿にもどっさりとローストビーフを載せてくれた。

 

 これは……夢にまで見た憧れのローストビーフ!

 ジュード殿下は、スパイスで味付けして焼いたチキンや、タレをかけて香ばしく焼いたスペアリブまで、どんどん私の皿に盛っていく。

 私は涎が出そうになりながら、フラフラと後をついていくだけだ。


「お前、痩せすぎなんだから、もっと食えよ」

「はいっ!」

 殿下に言われて、真面目な顔を作って返事をする。

 今日は誰に何と言われようとも、お肉をお腹いっぱいに詰め込むわ!

 お肉詰め放題のタイムセールよぉ~~~~!


「バランス悪すぎですね。野菜も食べたらどうです?」

 ルシアンさんが、肉マウンテンになっている私とジュード殿下の皿に目をやる。

「どこの乳母だよ。てか、お前はスイーツばっか皿に盛ってるじゃねーか」

「これがビュッフェの常道です」

「は? バカなの? スイーツは後だろ!」

  

 スイーツ!!

 私はその甘美な響きにつられて、フラフラとスイーツコーナーに移動した。

 宝石のようなプチケーキや、マカロン、チョコレートなどが並んでいる。

 王侯貴族の晩餐会みたいだわぁ~~!

 なんて、贅沢。

 私は肉マウンテンの頂上に、ケーキをトッピングしようとした。


「おい、やめろ」

 ジュード殿下が真顔でトングを持った私の手をつかむ。

 それだけは絶対に許さないという気迫を感じて、渋々トングを戻すしかなかった。


「だ、だってスイーツとお肉を交互に食べたかったんです! こんな機会、もう一生巡ってこないかもしれないし……」

「お前一応さ。貴族の家の娘だよな?」

「うちは特殊な事情があるんです」

 呆れた目を向けてくるジュード殿下から、私はサッと視線を逸らした。


 その時だ。

 誰かが、不意に悲鳴を上げる。

 その声に驚いて振り向くと、窓際にいた女子生徒が震えて座り込んでいた。

 立て続けに悲鳴が上がり、窓の近くにいた人達がパニックになったように走り出した。

 

 次の瞬間、窓ガラスが砕け散る。

 会場の警護をしていた騎士が、ホールに駆け込んでくるのがほとんど同時だった。

「退避を!!」

 叫ぶ声と悲鳴が交錯する。

 生徒たちが一斉に扉に詰めかけたものだから、押されて倒れる人が続出していた。


 何が起こったのか分からずにポカンとしていると、テラスから黒い瘴気の靄が流れ込んでくる。

 その時には、ジュード殿下が私の腕をつかんで走り出していた。ルシアンさんも後を追ってくる。

 せっかくの料理の皿を落としてしまったけれど、それどころではない。

  

 スケルトンの軍団がテラスから入ってきて、生徒に襲いかかる。

 咄嗟に光の盾を張って生徒を守ったのはユーイン殿下だった。

 騎士たちが駆け寄り、殿下の周りを囲む。

「私はいい。全員、退避を!!」

 ユーイン殿下が声を上げる。

 

 ホールの大きなシャンデリアが落下して、灯りが消えた。

 瘴気の黒い靄はホール中央に集まり、巨大な繭のような形を作る。

 その繭の中から骨だらけの手が現れ、空気が震えるような咆哮が轟く。

 さらに頭蓋骨が現れると、生徒の一部は恐怖に慄いて動けなくなっていた。

 

「ジュード殿下……あれが親玉ですよ。このままじゃ!」

 私はジュード殿下に引っ張られて走りながら振り返った。

「黙ってろ!! 逃げるんだよ!!」

「でも、このままじゃ、他のみんなが……ユーイン殿下が!」

 ジュード殿下は私の言葉を無視して、生徒たちの間をかき分けるようにしてホールを出る。


 生徒たちが外に出ようと玄関口へと向かっていたが、開いた扉からもスケルトンが入ってきていた。

 上級生たちが魔法で防ごうとしているけれど、まったく効いていない。

 アンデットには光魔法しか効果がない。

 けれど、光魔法を使える生徒はほとんどいない。

 騎士たちが剣で応戦しているけれど、数が多すぎて押されていた。

 

 ジュード殿下は逃げ惑う生徒たちを避けて、私の手を強くつかんだまま階段を駆け上がっていく。

 ルシアンさんがその後に続いた。


「殿下……助けないと!」

 私は階段の途中でジュード殿下の手を強く引く。

 振り返ったジュード殿下が、険しい表情で私を見た。


「どうやってだよ!? あの数のアンデット相手に何ができる。騎士団がすぐに来る。対処すんのはあいつらの役目だ。俺らは逃げるのが優先だ!」

「で、でも、ユーイン殿下が……っ!」

 きっと、ユーイン殿下は今も残って戦っている。

 ダンジョンでもそうだった。

 他の生徒たちを避難させるために、最後まで残っていて足止めしていた。

 

「あいつには護衛がいる。それに、光魔法使えんだから死にはしねーよ!」

 怒鳴るような声に、私はビクッとした。

「行くぞ……」

 ジュード殿下は私から顔を背け、階段を駆け上がる。

 私はその手に引っ張られて、足を動かすしかなかった。


 ジュード殿下の言う通りだ。

 私には何もできなくて、役に立たなくて、今は逃げる事しかできない――。

 

 ギャラリーとなっている廊下を走り、部屋に飛び込む。

 談話室となっている部屋だった。

 その窓も割れていて、室内に入り込んだスケルトンがうろついている。


 舌打ちしたジュード殿下が杖を取り出して、火炎魔法を放った。

 スケルトンは吹っ飛んで柱にぶつかっていたけれど、バラバラに砕けた骨はすぐに元通りになり、立ち上がってくる。

 テラスを見れば、続々とスケルトンが這い上がってきていた。

 

「おい、メアリー。お前、先に行け……そこの鏡から行けんだろ」

「わ、私一人ですか!?」 

「時間を稼いでやるから、早くしろ!!」

 ジュード殿下は立て続けに火炎魔法を放ち、部屋に侵入しようとするスケルトンを足止めする。

 ルシアンさんが、襲いかかってきた一体に向かって聖水の瓶を投げつけた。

 それは効果があるのか、スケルトンは崩れて骨となり、灰となって散る。

 

「メアリーさん。殿下の言う通りです。我々の事はお気になさらず。殿下と私だけなら、なんとかなります」

 ルシアンさんはそう言って、上着のポケットから聖水の瓶を取り出す。

 いったい、いくつ常備しているのだろう。

  

 私は殿下とルシアンさんを見てから、部屋に侵入しようとしているスケルトンに目をやった。

  

 私は、いつからこんなに役に立たずになったんだろう。

 元から?

 そうかもしれない。


 亡霊になる前の私は、誰からも嫌われていて、一人ぼっちで……。

 何もできなくて……。

 死んでも、誰からも惜しまれる事のない人間だった。

 

 亡霊役となってからの私も、変わらなかった。

 寂しくて、羨ましくて、恨めしくて。

 誰かに見てほしくて、気付いてくほしくて。

 でも、誰も私を哀れんでくれる人なんていない。


 それなら同じように、みんなもこの地獄を味わえばいい。

 私と一緒に苦しめばいい。

 苦しんで、怖がって、震えて、恐怖を知ればいい。

 そう思っていた……。


 でも、今は違う。

 迷い込んだこの世界では、こんな私を、気に掛けてくれて、守ろうとしてくれる人がいる。


 ジュード殿下の言う通りだ。

 私は無力で、何もできない、ちっぽけなただの人間だ。

 でも、だとしても、せめて。


 大事な人くらい、守りたいのだ。

 この手で、守れる勇敢な人間に、なりたいのだ……。


 私は唇をギュッと結んで顔を上げ、ジュード殿下とルシアンさんの腕をつかむ。

「お、おいっ!」

「逃げるなら、三人一緒ですよ!!」

 私はそう言うと、二人を引っ張って鏡まで走る。

 襲いかかってきたアンデットに、ルシアンさんが聖水の瓶を投げつけた。

 殿下が私を見て、仕方ねぇなって顔をして溜息を吐いた。


「そりゃ、一人も三人も同じか」

「そうです! 逃げるといったら、逃げるんです!!」

 ごめんなさい、生徒のみんな。ユーイン殿下。

 私はみんなを置き去りにして逃げる、卑怯者です。


 二人にギュッと抱きついて、「せーの!」と鏡にダイブした。

 アンデットがボロボロの剣を振り下ろすのが見える。

 けれど、その剣は鏡を叩き割っただけだった。



「あ、あの~~、これから、どこに逃げればいいんです?」

 鏡の中を漂いながら、私は抱きついている殿下に尋ねる。

「考えてなかったのかよ……とりあえず、アンデットが出ないところだな」

「じゃ、じゃあ、教会ですかね?」

「やめろ、虫唾が走る!」 

「王宮が一番、安全でしょうね」

 ジュード殿下に抱きついていたルシアンさんが言う。

「クソッ、反吐が出そうだ……」

「じゃあ、とりあえず、王宮に向かいますよぉ~~」


 

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