ダンスパーティーなのに、ピンチです。
ダンスパーティーには、ちょっとだけ顔を出して帰るはずだったのに……。
一時間も経つのに、私はホールから抜け出せていなかった。
「私とダンスを踊っていただけません!?」
「お名前だけでも是非!」
目を輝かせた女子たちが、私を取り囲んで次から次に話しかけてくる。
お、おかしいわ……。
今まで陰キャの私になんて、誰も話しかけてこなかったし、近付いてもこなかったのに!
こんな格好しているせいで、誰も私とは気付いていないらしい。
それにしても、男の人の格好をしているだけで、こんなにモテモテになるなんて、おかしすぎるわ。
確かに、鏡を見た時には私もうっとりしちゃったけど、この顔がこんなにも大人気になるなんて!
元いたホラーゲームの時には、『キモすぎ』、『怖すぎ』、『チビりそう』と、散々言われていたし、私が現れるとみんな悲鳴を上げて逃げていった。
怖がられたり、嫌われたりする事には慣れている。
ホラーゲームの亡霊役として生み出された私にとっては本望!
ちっとも怖がられない亡霊役なんて、むしろプロとして失格だった。
こんな風に、持て囃されるなんて初めての経験で、どうしていいのか分からない。
とにかく、ジュード殿下に言われたように背筋をピンと伸ばして、キリッとした表情を維持しておく。
何か話しかけられたら、取りあえず微笑んでおくことにした。
それなのに、人集りは減るどころか、増えていっている気がするわ。
しかも、その中には従姉妹のヒルダとそのお友達の皆様まで混じっている。
背中には汗をかいてしまっているし、そろそろ顔色が青くなってきているだろう。
人気者になってしまうのって怖いわ!
誰か、そろそろ助けて~~!!
私は心の中で涙を流す。
ダンスにお誘いされても困るわ。
私が踊れるダンスは、元いたホラーゲームで覚えた〝亡霊のウキウキタンゴ〟くらいだ。
ハロウィンイベントのミニゲームで、私こと『赤い鏡のメアリーさん』のミニキャラが、不気味なタンゴを躍りながら襲ってくる。それを、ひたすらかわし続けるというゲームだった。
捕まるとゲームオーバーだ。
もちろん、優雅なワルツなんて踊れない。
私は女の子たちが次から次に渡してくる林檎ジュースをゴクゴクと飲み干す。
これで、もう何杯目か分からない。
「ちょっと、いいかな?」
急に声をかけられて、女子たちが振り返る。
その途端、彼女たちがざわつきながら道を開けた。
近付いてくるのは、ユーイン殿下とその取り巻きたちだ。
「きゃあ! ユーイン殿下だわ!」
「殿下がお声をかけるなんて……やっぱり、高貴な家柄の方なんだわ!」
そんな囁き声が周囲から聞こえてくる。
ど、どうしよう……まさか、私だとバレたんじゃ!
心臓がバクバクしてきて、汗が額から鼻にかけて垂れてくる。
私は咄嗟にその滴を手で押さえた。
ユーイン殿下が周りの女子たちを見て、「失礼するよ」と微笑んだ。
女子たちは後ろに下がり、これから何が起こるのかと期待まじりの視線を向けてくる。
みんなが離れてくれたのはいいけれど、ホール中の注目を集めてしまっている気がするわ……。
私はガチガチに緊張しながら、取りあえず礼儀正しくお辞儀をしておいた。
殿下は私の顔を見てから、胸元のエメラルドに視線を移す。
「……君の名前を伺ってもいいかな?」
な、名前~~~~!!
私はゴキュッと唾を飲み込んだ。
「そ、それがしは……殿下に名前を覚えていただくほどのものでは……ござりませぬ」
できるだけ低いダミ声を作って答えたけれど、緊張と動揺のあまりに、武士のようなしゃべり方をしてしまった。目線が不自然に泳いで、タラタラと汗が垂れてくる。
「それがし……?」
「あっ、いや、その……私はですね!!」
あたふたしながら言い訳をしようとした時、いきなり誰かの腕が肩に載る。
その腕が、グイッと私を後ろに引き寄せた。
びっくりして振り返ると、ジュード殿下だ。
横にはルシアンさんもいる。
二人ともちゃんと礼装に着替えていた。
それがとても様になっていて、女子たちが息を呑むのが伝わってくる。
ユーイン殿下もびっくりしたのか、大きく目を開いていた。
最初にざわついたのは、ユーイン殿下の取り巻きたちだ。
「な、なぜ、ジュード殿下が……」
「毎年、出られていなかっただろう……」
そんな、ヒソヒソとした声が耳に入る。
「で、殿下!」
「よーやく見つけた。こんなところにいたのか。ジャ……ジャクソン?」
ジャクソンって誰です~~!?
ジュード殿下が私をチラッと見て咳払いをした。
これは……素性がバレないように、誤魔化してくれようとしているんだわ。
つまり、今から私はジャクソン。
「殿下、遅いですよ!」
「あ~悪い、悪い。で……お前は、こいつに何の用?」
ジュード殿下は私の頭を気安くポンポンと叩いてから、ユーイン殿下に威圧するような視線を向ける。
「あ、兄上……いらっしゃるとは思いませんでした」
ユーイン殿下が顔を強ばらせて答える。
周りの取り巻きたちも表情が硬くなっていた。
「悪いのか? 俺も一応はまだ、この学園の生徒だ。参加する権利くらいはあるだろ。それとも、目障りだからさっさと帰れとでも言いたいのか?」
「そのようなつもりで言ったわけでは……ご気分を損ねたのでしたら、謝ります」
ユーイン殿下が頭を下げる。
「さっさと行くぞ、ベンジャミン」
「ジャクソンです。私はジャクソンッ!」
殿下が名付けたんですから、忘れないでください!
「あ~、そうだった。せっかく来たんだ。料理くらいは食って帰ろうぜ」
ジュード殿下は私の肩に腕をかけたまま、笑って連行する。
ルシアンさんはユーイン殿下に軽く一礼してから、踵を返していた。
私たち三人は、生徒たちの視線を集めたままその場を離れる。
振り返った私の目に、困惑した表情で見送っているユーイン殿下の姿が映る。
他の取り巻きの生徒や女子生徒たちは、あ然としているようだった。
◇◇◇
殿下が来てくれてよかったけど。
私は小さく溜息を吐いて、ジュード殿下に恨めしげな視線を向けた。
「パーティーに来るつもりがあったら、最初に教えておいてほしかったです。いきなり現れるから、びっくりしたじゃないですか……」
「どーせお前が困ってるだろうから、様子を見にきてやったんだよ。感謝しろ」
ジュード殿下は私の肩から腕を退けて、ニヤッと笑う。
本当は面白がって様子を見に来たに違いないわ……。
でも、一応は「ありがとうございます」と感謝を伝えておく。
殿下が来てくれなかったら、ユーイン殿下に素性がバレていたかもしれないし、終わるまで女子の輪から抜け出せなかっただろう。
ホールの端にはビュッフェ式の料理コーナーが用意されていた。
そこに連れていかれた私は、目が釘付けとなる。
ほわぁ、ご、ご、ご馳走だわ!
「あ、あの殿下、これって……私も食べていいんです?」
「当たり前だろ。せっかくだ。腹一杯食っとけ」
ジュード殿下がお皿を取って渡してくれる。
白いクロスの敷かれたテーブルの上には、おいしそうな料理がずらりと並んでいた。
お魚料理もあれば、お肉料理もあるし、スープやサンドイッチまで揃っている。
やっぱり、勇気を出してダンスパーティーに来てよかったわ!
ワクワクしながら選んでいると、自分の料理を取っていたジュード殿下が、私の皿にもどっさりとローストビーフを載せてくれた。
これは……夢にまで見た憧れのローストビーフ!
ジュード殿下は、スパイスで味付けして焼いたチキンや、タレをかけて香ばしく焼いたスペアリブまで、どんどん私の皿に盛っていく。
私は涎が出そうになりながら、フラフラと後をついていくだけだ。
「お前、痩せすぎなんだから、もっと食えよ」
「はいっ!」
殿下に言われて、真面目な顔を作って返事をする。
今日は誰に何と言われようとも、お肉をお腹いっぱいに詰め込むわ!
お肉詰め放題のタイムセールよぉ~~~~!
「バランス悪すぎですね。野菜も食べたらどうです?」
ルシアンさんが、肉マウンテンになっている私とジュード殿下の皿に目をやる。
「どこの乳母だよ。てか、お前はスイーツばっか皿に盛ってるじゃねーか」
「これがビュッフェの常道です」
「は? バカなの? スイーツは後だろ!」
スイーツ!!
私はその甘美な響きにつられて、フラフラとスイーツコーナーに移動した。
宝石のようなプチケーキや、マカロン、チョコレートなどが並んでいる。
王侯貴族の晩餐会みたいだわぁ~~!
なんて、贅沢。
私は肉マウンテンの頂上に、ケーキをトッピングしようとした。
「おい、やめろ」
ジュード殿下が真顔でトングを持った私の手をつかむ。
それだけは絶対に許さないという気迫を感じて、渋々トングを戻すしかなかった。
「だ、だってスイーツとお肉を交互に食べたかったんです! こんな機会、もう一生巡ってこないかもしれないし……」
「お前一応さ。貴族の家の娘だよな?」
「うちは特殊な事情があるんです」
呆れた目を向けてくるジュード殿下から、私はサッと視線を逸らした。
その時だ。
誰かが、不意に悲鳴を上げる。
その声に驚いて振り向くと、窓際にいた女子生徒が震えて座り込んでいた。
立て続けに悲鳴が上がり、窓の近くにいた人達がパニックになったように走り出した。
次の瞬間、窓ガラスが砕け散る。
会場の警護をしていた騎士が、ホールに駆け込んでくるのがほとんど同時だった。
「退避を!!」
叫ぶ声と悲鳴が交錯する。
生徒たちが一斉に扉に詰めかけたものだから、押されて倒れる人が続出していた。
何が起こったのか分からずにポカンとしていると、テラスから黒い瘴気の靄が流れ込んでくる。
その時には、ジュード殿下が私の腕をつかんで走り出していた。ルシアンさんも後を追ってくる。
せっかくの料理の皿を落としてしまったけれど、それどころではない。
スケルトンの軍団がテラスから入ってきて、生徒に襲いかかる。
咄嗟に光の盾を張って生徒を守ったのはユーイン殿下だった。
騎士たちが駆け寄り、殿下の周りを囲む。
「私はいい。全員、退避を!!」
ユーイン殿下が声を上げる。
ホールの大きなシャンデリアが落下して、灯りが消えた。
瘴気の黒い靄はホール中央に集まり、巨大な繭のような形を作る。
その繭の中から骨だらけの手が現れ、空気が震えるような咆哮が轟く。
さらに頭蓋骨が現れると、生徒の一部は恐怖に慄いて動けなくなっていた。
「ジュード殿下……あれが親玉ですよ。このままじゃ!」
私はジュード殿下に引っ張られて走りながら振り返った。
「黙ってろ!! 逃げるんだよ!!」
「でも、このままじゃ、他のみんなが……ユーイン殿下が!」
ジュード殿下は私の言葉を無視して、生徒たちの間をかき分けるようにしてホールを出る。
生徒たちが外に出ようと玄関口へと向かっていたが、開いた扉からもスケルトンが入ってきていた。
上級生たちが魔法で防ごうとしているけれど、まったく効いていない。
アンデットには光魔法しか効果がない。
けれど、光魔法を使える生徒はほとんどいない。
騎士たちが剣で応戦しているけれど、数が多すぎて押されていた。
ジュード殿下は逃げ惑う生徒たちを避けて、私の手を強くつかんだまま階段を駆け上がっていく。
ルシアンさんがその後に続いた。
「殿下……助けないと!」
私は階段の途中でジュード殿下の手を強く引く。
振り返ったジュード殿下が、険しい表情で私を見た。
「どうやってだよ!? あの数のアンデット相手に何ができる。騎士団がすぐに来る。対処すんのはあいつらの役目だ。俺らは逃げるのが優先だ!」
「で、でも、ユーイン殿下が……っ!」
きっと、ユーイン殿下は今も残って戦っている。
ダンジョンでもそうだった。
他の生徒たちを避難させるために、最後まで残っていて足止めしていた。
「あいつには護衛がいる。それに、光魔法使えんだから死にはしねーよ!」
怒鳴るような声に、私はビクッとした。
「行くぞ……」
ジュード殿下は私から顔を背け、階段を駆け上がる。
私はその手に引っ張られて、足を動かすしかなかった。
ジュード殿下の言う通りだ。
私には何もできなくて、役に立たなくて、今は逃げる事しかできない――。
ギャラリーとなっている廊下を走り、部屋に飛び込む。
談話室となっている部屋だった。
その窓も割れていて、室内に入り込んだスケルトンがうろついている。
舌打ちしたジュード殿下が杖を取り出して、火炎魔法を放った。
スケルトンは吹っ飛んで柱にぶつかっていたけれど、バラバラに砕けた骨はすぐに元通りになり、立ち上がってくる。
テラスを見れば、続々とスケルトンが這い上がってきていた。
「おい、メアリー。お前、先に行け……そこの鏡から行けんだろ」
「わ、私一人ですか!?」
「時間を稼いでやるから、早くしろ!!」
ジュード殿下は立て続けに火炎魔法を放ち、部屋に侵入しようとするスケルトンを足止めする。
ルシアンさんが、襲いかかってきた一体に向かって聖水の瓶を投げつけた。
それは効果があるのか、スケルトンは崩れて骨となり、灰となって散る。
「メアリーさん。殿下の言う通りです。我々の事はお気になさらず。殿下と私だけなら、なんとかなります」
ルシアンさんはそう言って、上着のポケットから聖水の瓶を取り出す。
いったい、いくつ常備しているのだろう。
私は殿下とルシアンさんを見てから、部屋に侵入しようとしているスケルトンに目をやった。
私は、いつからこんなに役に立たずになったんだろう。
元から?
そうかもしれない。
亡霊になる前の私は、誰からも嫌われていて、一人ぼっちで……。
何もできなくて……。
死んでも、誰からも惜しまれる事のない人間だった。
亡霊役となってからの私も、変わらなかった。
寂しくて、羨ましくて、恨めしくて。
誰かに見てほしくて、気付いてくほしくて。
でも、誰も私を哀れんでくれる人なんていない。
それなら同じように、みんなもこの地獄を味わえばいい。
私と一緒に苦しめばいい。
苦しんで、怖がって、震えて、恐怖を知ればいい。
そう思っていた……。
でも、今は違う。
迷い込んだこの世界では、こんな私を、気に掛けてくれて、守ろうとしてくれる人がいる。
ジュード殿下の言う通りだ。
私は無力で、何もできない、ちっぽけなただの人間だ。
でも、だとしても、せめて。
大事な人くらい、守りたいのだ。
この手で、守れる勇敢な人間に、なりたいのだ……。
私は唇をギュッと結んで顔を上げ、ジュード殿下とルシアンさんの腕をつかむ。
「お、おいっ!」
「逃げるなら、三人一緒ですよ!!」
私はそう言うと、二人を引っ張って鏡まで走る。
襲いかかってきたアンデットに、ルシアンさんが聖水の瓶を投げつけた。
殿下が私を見て、仕方ねぇなって顔をして溜息を吐いた。
「そりゃ、一人も三人も同じか」
「そうです! 逃げるといったら、逃げるんです!!」
ごめんなさい、生徒のみんな。ユーイン殿下。
私はみんなを置き去りにして逃げる、卑怯者です。
二人にギュッと抱きついて、「せーの!」と鏡にダイブした。
アンデットがボロボロの剣を振り下ろすのが見える。
けれど、その剣は鏡を叩き割っただけだった。
「あ、あの~~、これから、どこに逃げればいいんです?」
鏡の中を漂いながら、私は抱きついている殿下に尋ねる。
「考えてなかったのかよ……とりあえず、アンデットが出ないところだな」
「じゃ、じゃあ、教会ですかね?」
「やめろ、虫唾が走る!」
「王宮が一番、安全でしょうね」
ジュード殿下に抱きついていたルシアンさんが言う。
「クソッ、反吐が出そうだ……」
「じゃあ、とりあえず、王宮に向かいますよぉ~~」




