ダンスパーティーの始まりです。
お昼休み、私はユーイン殿下と一緒に裏庭のベンチに座って、昼食を食べる。
ユーイン殿下が分けてくれたのは、大きなキッシュだった。
トマトとほうれん草、それに厚切りのベーコンが入っていて、生地がさっくりしていた。
「なんて……なんて……オシャレな食べ物!」
「寮の料理人が作ってくれたんだよ」
殿下も美味しそうにキッシュを頬張っている。
最初から二人分用意してくれているなんて……ユーイン殿下はなんていい人!
私は目を潤ませてユーイン殿下の綺麗な横顔を見つめる。
それから、ふと誰かが見ているような気がして、庭木の方に視線を移した。
この裏庭は放置されていて、手入れなんて少しもされていなかったのに、珍しく庭師がいる。
麦わらの帽子を深くかぶって雑草を刈っている姿が、茂みの向こうに見える。
「ああ……実は……僕の護衛が増えたんだよ」
殿下が小声でそう教えてくれた。
「な、なるほどぉ~~」
という事は、あの人たちは庭師のおじさんに扮した騎士か兵士?
「この前、ダンジョンで襲われたからね……あまり大げさな事にしたくなかったけど、仕方ないんだ」
「な、なるほどぉ~~」
ユーイン殿下は苦笑いをするように言って、小さく溜息を吐く。
護衛の人達が増えて、気疲れしているのかもしれない。
王子様って、大変なんだわ……。
それに比べて、ジュード殿下の側には一人の護衛もいない。
気楽といえば気楽なのかもしれないけれど、それはそれで、ジュード殿下の身など誰も心配していないようで、複雑な気持ちになる。
「そうだ……今度のダンスパーティーに着ていくドレスの事だけど……」
殿下が顔を上げて話題を変える。
「あっ、それならもう大丈夫です! 貸してくれる人が見付かりましたから」
「えっ……そうなの?」
「はいっ! 問題ありません」
私はそう答えて、大きな口を開けてキッシュを頬張る。
「そうか……それならよかったよ。ちょっと心配していたから」
「殿下も、パーティーには出席するんです?」
「うん、少しだけ顔を出すつもりだよ。でも、君も参加するのなら、ちょっと楽しみだな」
「わ、私も……ちょっと楽しみになってきました」
私は簾みたいに顔を隠す髪の隙間から、ヘラッと笑った。
「殿下、あの……これ、いつも昼食を分けてくれるお礼にどうぞ」
私はキッシュを食べ終わってから、自分の紙袋から取り出した林檎を差し出す。
昨日の夕食についていた林檎を、またこっそり取っておいたのだ。
ユーイン殿下は目を丸くして林檎を受け取ると、私の顔を見る。
「……もしかして君は…………」
殿下が何か言いかけた時、鐘の音が聞こえる。
あと十分ほどで昼休みが終わる合図だ。
しまったわ! リントン先生に書き直しレポートを提出しないとぉ~~!
私は急いで立ち上がり、「それじゃあ、また!」と殿下に挨拶をして裏庭を離れる。
林檎を手にした殿下は、そんな私を何か言いたそうに見ていた。
◇◇◇
学園創立祭当日――。
階段を下りていくと、一階のホールからバーバラ叔母様の声が聞こえる。
「まぁ、ヒルダ! とっても似合っているわ。素敵よ!! さすが私の娘だわ!! 奮発して新しいドレスを注文した甲斐があったわね」
「ありがとう、ママ」
ふんわりした水色のドレスを着たヒルダは、叔母様と抱擁を交わして嬉しそうに頬にキスをしていた。
わぁ、本当に綺麗だわ。
私は階段の途中で足を止めたまま、そんな様子を見ていた。
階段を上がってきたヒルダが、慌てて端に避けた私にチラッと視線を向ける。
「あなたも、パーティーに行くつもり?」
「ちょっとだけ……出てみようかと思っているわ」
私の制服に目を留めてから、彼女はフイッと顔を背ける。
「あまり、恥ずかしい格好で来ないでちょうだい。うち(伯爵家)の恥になるわ」
素っ気なく言うと、彼女はドレスの裾を上げながら階段を上がっていった。
私も、早く用意しないといけないわ!
パーティーの前に時計塔に来るように、ジュード殿下に命令されていたのだった。
◇◇◇
「あの……ジュード殿下……これって、男の人が着るタキシードじゃないです!?」
ジュード殿下が用意してくれていた服は、ドレスではなく男性用の礼服だ。
着られなくなった殿下の礼服を、わざわざわ私のサイズに合うように手直ししてくれたらしい。
上着の袖も、ズボンのウェストや裾の長さも、あつらえたようにピッタリだ。
「おおっ、似合ってるじゃねーか」
居間でくつろいでいたジュード殿下は、私の格好を見て面白がるように笑う。
ドレスを用意してくれると思っていたのに……!
私はズーンと落ち込んで暗い顔になる。
やっぱり、ジュード殿下を信じた私がバカだったわ。
この人はしょせん、反抗期を迎えた中学生と同じメンタル……。
「規則では、学園の生徒に相応しい装いをする事としか書かれていませんからね。礼服であれば、問題ありませんよ」
ソファーの横に立ったルシアンさんも、頷いている。
二人とも共犯だったのだわ!
「でも、女子でこんな格好している人……いないと思うんですけど?」
きっと、『なんだあいつ~~~!』と後ろ指を指されて、笑い物になるに違いないわ!
やっぱり、トイレエスケープを……。
「男子はみんなその格好だろ。目立たねーよ」
「そうですけどぉ~~!」
「ルシアン、後は任せた。仕上げてやれ」
殿下は脚を組んで紅茶を飲みながら、偉そうに命令する。
ルシアンさんは、「承知いたしました」と優雅に一礼すると、ポケットから鋏とカミソリを取り出す。
ひいぃ、凶器を取り出してきたわ~~!!
「ノース先輩……そ、そ、そ、そ、それで何をするつもりです!?」
「大丈夫です。ちょっと髪を整えるだけですから」
「ちょっとぉ~~!?」
私が逃げるように後退りしていると、ジュード殿下にガシッと腕をつかまれる。
そのまま、引っ張られてソファーに座らされた。
「そのウザってー髪のまま出かけるつもりかよ。心配しなくても、ルシアンに任せておけば大丈夫だ」
「ええ、ジュード殿下の髪も私が整えておりますから」
ルシアンさんは鋏をチョキチョキしながら、迫ってくる。
「殿下の髪もぉ~~!?」
無駄に器用!
この人、本当に貴族のお坊ちゃまなのかしら?
何でもできて、かえって怪しいわ。
「前髪だけですよ! ちょっとだけですからね。後ろ髪は切ってはダメですからね!!」
髪は〝亡霊の命〟だもの――。
千年前から、艶々ストレートヘアって決まっているのよぉ~~~!!
◇◇◇
「嘘だろ……おい」
髪を整えた私を見て、ジュード殿下がなぜかドン引きしたように言う。
「これは、予想以上でしたね」
ルシアンさんは私を眺め、仕上がりに満足そうな顔をしていた。
私は恐る恐る、髪に触れてみる。
毛先を整えて、前髪は左に流している。
後ろの髪はグリーンのリボンで結んであった。
「お前……そんな男前の顔だったのか……」
「えっ!? えっ!?」
私は両手で頬を押さえて、壁にかけられている大きな鏡と向き合った。
そこに映るのは、タキシードをスマートに着こなす貴公子然としたロン毛美少年だった。
「こ、これが……私?」
前髪で隠していない自分の顔を、初めてはっきりと見たような気がする。
色白で、切れ長の瞳、眉も整えてもらったからキリッとして見えた。
鼻筋も通っていて、唇は薄めだ。
私は驚いて、鏡の前でかっこつけたポーズを色々と取ってみる。
「どうしよう…………恋に落ちてしまいそうだわ…………!」
私が見つめると、鏡の向こうの美少年も熱い眼差しで見つめ返してくる。
ウィンクすると、向こうもウィンクを返してくれる。
はぁ……イケメン!
心拍数が上がりすぎて、頭がクラクラして倒れそうだ。
「おい、自分の顔に見とれてんじゃねーよ……怖えーよ」
冷静な声がして、後ろからチョップされる。
「痛たぁっ!」
頭を押さえて振り返ると、なぜか機嫌の悪い顔でジュード殿下が見下ろしている。
「だ、だって……だって……こんな顔だと思わなくて……」
「ったく……背筋を正せ。背中丸めて歩くんじゃねーぞ」
ジュード殿下はそう言うと、ポケットから取り出したものを上着の胸元につけてくれた。
エメラルドのブローチだ。
私はびっくりして殿下の顔を見る。
「あの殿下、こ、こ、これは!?」
「なくすなよ。俺のだからな」
ジュード殿下はそう言うと、一歩後ろに下がって私の格好を眺める。
「よしっ!」
ニッと笑った殿下に背中を強く叩かれた。
あ、あれ…………?
キュンッとして、びっくりして自分の胸を押さえる。
今のは?
いつも不機嫌な顔や怒った顔ばかりしているジュード殿下の、自然な笑顔を見たせいだろうか。
元亡霊の私にキュンとするような機能なんてついてないはずなのに。
「ほら、さっさと行ってこいよ。もう始まってんだろ?」
殿下は笑みをしまうと、いつもの不貞不貞しい顔に戻っていた。
「は、はいっ。じゃあ、行ってきます……」
私はおずおずと言って、よいしょと鏡の中に入った。
ジュード殿下も、ルシアンさんも行かないつもりなのだろう。
それがなんだか、心細く思えた。
◇◇◇
誰も見ていないのを確かめて鏡を出る。
校舎の廊下に飾られている大きな楕円形の鏡だ。
ダンスパーティーは、学生会館と呼ばれる円形屋根の建物で開催される。
集会やパーティーなどに使える大きなホールがあるらしい。
生徒のみんなはそちらに集まっているからか、校舎内は清掃の人がいて掃除しているだけだ。
中庭を通り抜けて学生会館に向かう頃には、日が落ちかけていた。
窓から煌々とした灯りが見える。
会館の中に入った私は、ドキドキして廊下の隅で深呼吸した。
人が大勢いるわ……。どうしよう、怖いわ!
こんなにたくさんの人がいる場所に、足を運んだ事はない。
どこを見ても、人が群れている。
しかも、みんなキラキラしていて、楽しそうに笑っていた。
陽のエネルギーを浴びすぎて、消滅してしまいそうだわ。
できるだけ、早く帰ろう……。
殿下に言われた事を思い出して、背中をグッと伸ばす。
大丈夫。今の私はきっとうまく、人に溶け込めているはずだわ。
それなのにどうしてか、みんながチラチラと見てくる。
もしかして、やっぱりおかしいのかしら?
元々、痩せっぽちのヒョロヒョロだから、胸の厚みもない。悲しいほどに凹凸のない体つきだ。
これなら、男子だと間違われて目立たないと思ったけれど、バレているのかも!
トイレに逃げたいけど……もうちょっとだけ、我慢しよう。
せめて、ユーイン殿下の顔を見て帰りたい。
楽しみだって言ってくれていたんだもの。
まさか、私が男子の礼装をしているとは思わないだろうけど……。
私は青い顔をしたまま、生徒たちの後についてホールに入る。
談笑していた女子たちが、一斉に振り返った。
その視線が怖くて、急いで背を向ける。
わ、笑い物にならないように……!
それなのに、なぜか視線が付きまとう。コソコソ話をしている女子もいた。
もしかして、ズボンの後ろが破れて穴が空いているんじゃ……!
心配になって、さりげなくお尻を手で押さえる。
幸い穴は空いてないみたいだけど、視線を向けられるのがひどく居心地が悪い。
急ぎ足でホールを通り抜けながら、キョロキョロと周りを見る。
ユーイン殿下の周囲には人集りができているから、すぐに分かった。
取り巻きの男子と、ユーイン殿下に憧れている女子たちが囲んでいる。
私は背伸びして、人垣の向こうにいるユーイン殿下の姿を見ようとした。
これでは、近付く事なんてとっても無理そうだわ……。
それに、私なんかに声をかけられては、かえって迷惑だろう。
きっと、ユーイン殿下が恥ずかしい思いをするはず。
私は諦めて溜息を吐き、できるだけ薄暗い場所に移動しようとした。
ここはシャンデリアの灯りが眩しすぎるわ……。
その時、近くにいた女子生徒と肩がぶつかってしまった。
女子生徒がよろめくのを見て、咄嗟に腕を伸ばす。
腰に手を回して支えるような体勢になった。
びっくりした女子生徒と目が合う。
ひゃああああ~~~~、ヒルダだったわぁ~~~~!
急いで彼女の体をグイッと戻し、回していた腕を離す。
き、き、気付かれたかしら………。
男子の格好なんてしていると知られたら、きっと伯爵家の恥だと罵られるわ!
「あ、あの……ありがとうございます」
ヒルダがパッと顔を赤らめて、モジモジしながらお礼を言う。
いつものクールな態度からは想像できない、恥じらう様子に私は面食らった。
ヒルダはチラチラと上目遣いにこっちを見ては、すぐに下を向く。
これは……もしかして……気付かれていない?
私はキリッとした表情を作り、「こちらこそ、失礼しました」と礼儀正しい紳士のようにお辞儀をした。
ヒルダと一緒にいた女子たちが、「キャアッ!」と色めき立つ。
何だか、分からないけど……とにかくボロを出す前に離れないと!
内心焦りながら急ぎ足で立ち去ろうとしたけれど、ヒルダに上着をつかまれる。
「はいっ!?」
「せめて……お名前だけでも教えてもらえませんか!」
「お、お名前!?」
ヒルダだけではなく、周りの女子たちもグイッと詰め寄ってくる。
みんな、目が爛々と輝いている。
これは……。
『ぶつかっておいて、謝罪だけですませよーってんじゃないだろうな!? ああん!? 名を名乗れや!』
という流れかもしれないわ……。
人間はやっぱり怖いわ!
「……な……名乗るほどのものではありません……よ?」
私はゴクッと唾を飲み込んでから、できるだけ愛想よく見えるように微笑んでおいた。
低めのダミ声にかえておいたから、ヒルダも私だとは気付かないはず。
本当に、心臓に悪いわ――!




