因果――。
騎士団の詰め所内にある団長室で、クロフト=エヴァリーは机に向かっていた。
深夜を過ぎた時間だ。蝋燭の芯がチリチリと燃えて、炎が揺らめきながら手元を照らす。
報告書を目に通すクロフトを、若い騎士が傍らで見ていた。
彼の名前はジリアン=ラッセル。
体格は騎士に見えないくらいに華奢で、十代ながら団長付きの秘書官の役職にあった。
「ここ最近、オークションや闇市などで、死者の石を買い集めている者がいるようです。巧妙に素性を隠していますし、あの手の場所は秘匿性が高い。ジュード殿下が関与している証拠は今のところ見付かっていません。引き続き、調べさせているところですが……そういえば、殿下が貧民街に度々出入りしているという噂もありましたね」
「……墓荒しの方は」
報告書から目を上げずに、クロフトが尋ねる。
「それが、先日墓地で捕らえた者は、自警団に所属している者でした。アンデットを警戒して、自警団の方でも見回りを行っています。ですから、墓荒しかどうかは判別がつきにくく……自警団からもすぐに釈放するようにと抗議がきています」
「自警団か……面倒だな」
自警団は王都の住民が自主的に組織している。
治安維持の役割りを担っており、住民からの信頼も大きい。
下手に手を出せば、余計な暴動を引き起こしかねない。
それに、今後自警団の協力を得られなくなるのは、騎士団としても不都合だ。
「……釈放の手続きをしますか?」
「仕方ないだろう。だが、その前に聞き出せる事は全て聞き出せ」
「承知しました。ジュード殿下が死者の石を集めているというのは……確かなのでしょうか?」
「ダンジョンでのアンデット騒ぎでも、死者の石が使われていた痕跡がある。石自体はすでに回収されていて発見されていないがな。ユーイン殿下を狙ったものと見て間違いないだろう」
「ジュード殿下が関与していると……?」
「それを調べているのだ。学園内に監視の者を潜入させる」
「学園側はいい顔をしませんよ。それに、ジュード殿下は時計塔にこもっていて、ほとんど姿を見せないと聞きます。授業も出ていないとか。寮にも入っていませんし」
「だとしたら、時計塔を監視させろ。出入りした者は全て記録し、報告するように。ユーイン殿下の周囲の警備も強化しておけ」
紙を取ってペンを走らせる。最後にサインをいれ、それをジリアンに渡した。
学園への通達だ。
先日ユーイン殿下がアンデットに襲われたばかりだ。
それを理由に、騎士団が警護の者を付ける言えば、学園も拒否できない。
先日の件は明らかに、学園側の落ち度だ。
本来なら、王族が襲われるような事はあってはならない。
しかも、ユーイン殿下は王太子候補であり、次期国王となることはほぼ決まっていると言っていい。
第一王子はジュード殿下だが、あまりに評判が悪く後ろ盾もない。その上、彼の母は咎人だ。
彼を次の王に望む者はいないだろう。
悲運の王子。呪われた王子。
母親の気性を受け継いでいるとも、噂されている。
だが、ユーイン殿下に万が一の事があれば、ジュード殿下が王太子になる。
陛下には二人以外に王子がいない。だからこそ、頭を痛めているのだろう。
ユーイン殿下を王太子にしてしまえば問題ないのだが、生憎と王国の法では長子が優先して継承する事になっている。
正統な理由もなく、次男であるユーイン殿下を王太子にはつけられない。
母親が咎人とは言っても、王子に罪があるわけではない。
素行も評判も悪いが、学園での成績は優秀だ。それに、目立つような問題を起こしてはいない。
ただ、死者の魔石に関わっている証拠が上がれば、それを理由に陛下は廃嫡を決めるだろう。
「……ジュード殿下はあの娘と交際でもしているのか?」
ふと眉根を寄せて呟くと、「えっ!」とジリアンが動揺した声を漏らす。
「さ、さぁ……どうでしょう。今のところそのような報告は上がってきてはおりませんが。ですが……確かに、寝間着を貸し借りするような仲であれば……し、親密な関係なのかもしれませんね」
ジリアンは頬を赤くして、頬を指で掻いている。視線は部屋の端に置かれた花瓶の辺りを彷徨っていた。
(あの娘はユーイン殿下と同学年で演習にも参加していた……死者の石を仕掛ける事もできただろう)
報告書では、ダンジョンでの騒ぎの時、彼女がどこにいたのかは分かっていない。
演習では班ごとに行動する事が義務付けられているにも関わらず、単独行動を取っていた。
その上、事件後も姿が見えなかったと聞く。
墓地で遭遇した彼女の様子を思い出す。
「普通の女子生徒には思えないが……」
思わずポツリと呟いた。
普通の女子生徒なら、アンデットを見て狼狽えるか、気を失っていただろう。
いきなり、アンデットに飛びかかるような無謀な真似などするはずがない。
(だが、それで救われたのも事実だ)
メアリー=オズボーンがアンデットに飛びかからなかったら、絞め殺されていた。
ただ、真夜中の墓地に女子生徒がいた理由が不明だ。
井戸がどうのと言っていたようだが、理由は他にあったのだろう。
(それも、ジュード殿下の指示か……)
でなければ、捕らえてすぐにジュード殿下が王宮にやってくるはずがない。
どこかで騎士団に連行されていたのを見ていたとしか思えない。
「ジュード殿下が大事にしているのは間違いないだろう。メアリー=オズボーンの方にも監視をつけろ」
「は、はい……ですが、殿下も変わった女性の趣味をしておられるようで……」
言いかけたジリアンはすぐにハッとして、「し、失礼しました!」と頭を下げた。
(何にせよ、あの娘がジュード殿下の指示で動いていると見て、間違いないだろう)
「今日はもう下がっていい」
「はい、では失礼いたします」
ジリアンは書類を受け取り、扉の前で一礼してから出て行った。
クロフトの視線が机の上の燭台に向く。炎が冷たい青色の瞳を照らす。
「死者の石を集めて、いったい何をしようとしているのか……」
『やめて! お願い……母様を許して……殺さないで!! 僕が代わりに死ぬから!!』
そう、震える声でしがみついてきた幼い子供の姿をふと、思い出した。
泣きながら請うその子供を騎士たちが押さえつける。
その目の前で、母親の首を断った。
この手で――。
罪は正しく裁かれなければならない。
あの女、前王妃のクリティーナは、咎人だった。
嫉妬のせいで正気を失い、国王に近付く女なら誰でも殺そうとした。
侍女だろうと、メイドだろうと、手当たり次第だった。
国王に笑みを見せたというだけの理由で、その顔を暖炉の炎で焼くような事もした。
残忍な魔女。
国王の子を腹に宿した者には、とりわけ容赦がなかった。
現王妃は国王の側妃だったが、そんなクリスティーナの暴虐を逃れて父親の所領に逃げ、辛うじて無事に子供を産む事ができた。
そうでなければ、ユーイン殿下は生まれていない。
だから、間違っていたとは思わない。
国王はひたすら血を求めるだけの化け物とした妻を、子供ともども塔に幽閉した。
そして、1年経った頃、母親の処刑の命を下した。
息子の目の前で殺させたのは、見せしめだった。
わずか五歳にも満たない子供の精神を崩壊させるには十分だっただろう。
あの女は最後まで周りにいる者全てを嘲笑し、聞くに堪えない侮辱の言葉を投げつけ、呪いの言葉を吐いていた。王妃であった者とは思えない醜悪な姿。
手枷をつけてもなお鎖を引きちぎらんばかりに暴れる体を、数人の騎士で押さえつけた。
それを見て、泣き叫んでいた子供の声を今も忘れない。
一度で首を落とせず、血飛沫の中で喚く女の髪をつかんで、再度剣を振り下ろした。
それでも、あの女は笑っていたのだ。
『この国も、国王も、あの女も、あの女の子供も、この場にいる全ての者も、全て呪われてしまえ。私は必ず蘇る……そして、お前たち全員、地獄へと引きずり込んでやる。私だけが堕ちるものか。全員、一人残らず道連れにしてやる!!』
そう叫びながら、息絶えた。
それが女の最後だった。
今でも、王宮の中には、前王妃のクリスティーナが蘇ってくるのではと、怪談話のように語る者がいる。
王妃の幽霊を見たとも。
「蘇る……か」
そんな与太話を信じるほど愚かではない。
だが、あの最後を知る者にとっては、けっして笑い飛ばせるものでもない。
(死者の石を使えば、死人を生き返らせる事ができるという話があったな……)
深い苦しみや恨みを抱いた死者は、魂の救済を得られずにアンデットになるという。
それが本当なら、あの女はきっと、冷たい土の中でも恨みを忘れてはいまい。
引き出しから取り出した箱を机に置き、蓋を開く。
その中に大きな黒い魔石が入っていた。
それが蝋燭の炎に当てられて鈍く光る。
因果はどこまでも、付きまとうものだ――。
◇◇◇
「殿下ぁ~~!!」
鏡を通り抜けて時計塔の部屋に転がり出た私は、ティータイムを満喫しているジュード殿下に駆け寄った。ルシアンさんは、トングをカチカチと鳴らしてスコーンを皿に取り分けている。
二人とも、最近はすっかり慣れてしまって、私が鏡から現れても少しも驚いてくれない。
殿下は、「あー、またか」と顔をしかめただけだ。
「今度は何なんだよ。レポートならもう手伝ってやらねーからな」
「そ、そうじゃなくてですね……今度、ダンスパーティーとかいうものが開かれるそうなのです!」
「ダンスパーティー?」
ジュード殿下はスコーンを頬張りながらルシアンさんを見る。
「ああ、学園創立祭の事でしょうね。生徒会が中心になって準備をしていますよ」
「そういえば、そんな行事があったな。で、何が問題なんだよ?」
「そのパーティーは生徒が全員参加しなくてはいけないみたいで……わ、私も出ないといけないのです!」
絨毯に膝をついた私は、目を潤ませて両手を握る。
「出ればいいじゃねーか」
「出るためには、ド、ド、ド、ド、ドレスというものをですね。着ないといけないのです!!」
「だから何だよ?」
何が問題なのか分からない様子で、ジュード殿下は眉根を寄せる。
「着ていくようなドレスがないから、困っているんですよぉ~~!」
「そんな事か……」
うぜえとばかりに私の顔をグイッと押し退けて、一人でスコーンを平らげようとしている。
「制服で参加しちゃダメですかね……?」
「ダメって事はないだろうけど、着ているヤツはいないだろうから目立つだろうな」
素っ気なく答える殿下の膝にすがりつく。
「殿下は参加しないんです!?」
「んなもん、出るわけないだろ。面倒くせーよ」
「えっ! で、でも、生徒全員参加ですよ!?」
「知るかよ。参加しなきゃ、卒業できないってわけじゃねーのに」
「そ、そうなんです?」
私は拍子抜けして尋ねる。
「当たり前だろ。生徒会が主催しているイベントなんだから、強制力なんてねーよ」
「よ、よかったぁ~~! それなら、私も不参加という事で……」
「は? お前は出ろよ」
「何でです!」
私だって、出なくていいものなら出たくない。
パーティーなんて、私には場違い過ぎてきっと浮いてしまう。
それに、私が持っているドレスといえば、喪服用のドレス一着のみ。
真っ黒なドレスなんて着ていけば、きっと中にも入れてもらえず追い返されてしまうわ!
「だって、お前……友達いねーだろ」
同情するに言われて、私は吐血しそうになった。
その言葉はダメージが大きすぎるわ……。
「いますよ! リリーというかわいい友達が。私はこの世界でぼっちではありません!」
「そいつは人間じゃねぇ。それに、取り憑かれてるだけな。早く教会に行ってお祓いしてこい」
そう言って、殿下がポケットから取り出した金貨を指で弾く。
それを慌てて両手で受け止めた。
この金貨は取りあえずもらっておくとして――。
「と、とにかくですね。私も当日はずる休みする事にしました」
これで、私の頭を悩ませていた問題が一つ片付いた。
私はルシアンさんからカップを受け取り、ソファーに腰を下ろす。
お皿に取り分けてもらったスコーンは焼き立てで、触るとまだ温かかい。
クリームをたっぷりとつけて、口に運ぶ。
「まあ、別にどうでもいいけどな」
ジュード殿下も興味が失せたように、手元の本に視線を戻した。
「殿下が貸して差し上げればよいのでは?」
ルシアンさんが、殿下のカップにおかわりの紅茶を注ぐ。
「は? 俺が女の着るドレスを持っているように見えんのか?」
「別にドレスでなければならないという規定はありませんよ。指定されているのは礼装です」
「どっちにしても、同じじゃねーか」
「タキシードがあるでしょう?」
「こいつに着せろって言うのかよ!」
「ええ、お似合いだと思いますよ? メアリーさんは、腕も脚も長いですから」
殿下とルシアンさんが、スコーンをモグモグ食べている私を見る。
「……え? わ、私?」
スコーンのおいしさに気を取られていて、いったい何の話かさっぱり聞いていなかったわ。
ゴクッと飲み込んでから、頬についたクリームとかすを手で拭う。
「確かに……ありかもな」
「ありです」
二人とも、何やら頷き合っている。
「よし、メアリー。お前に服を貸してやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、だから、当日はここに来い。絶対だ。いいな?」
肩を叩かれて、私は「殿下……!」と目を潤ませた。
やっぱり困っている時の救世主は、ジュード殿下しかいないわぁ!




