↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/40

迎えにきてくれました。

 王宮の拷問部屋に連行された私は、回し車に放り込まれていた。

 ヒーヒー言いながら、腕を直角に振って必死に走る。

 それを、エヴァリー騎士団長様が優雅に椅子に座って眺めていた。


「それで……貴様は墓地で何をしていたのか、聞かせてもらおうか?」

「うひゃああああ…………!!」

 回し車の速度に追いつけなくてズデッと転け、床面に張り付いたままグルグルと回転する。

 ああ、屈辱的だわ……。

 ようやく減速した回し車から、体が半分ほどはみ出した。

 天井が回って見えて、気持ちが悪い。


「ただ……水浴びを……してただけで……」

「水浴びだと?」

 騎士団長様が立ち上がり、私のところまでやってきた。

 今にも剣で串刺しにしそうな冷たい目で見下され、震えて泣きそうになる。

 私はこの人を助けてあげたはずなのに、なぜ……こんな仕打ちを!!


「ほ、ほ、本当です……井戸の水で水浴びをしていたら……ゆ、ゆ、幽霊たちが怖がっていてぇ……」

「立たせろ。もう一度放り込め」

 騎士団長は背を向けると、無慈悲に部下に命じた。


 若い部下二人がやってきて、両腕をつかんで引っ張り上げる。

 そのまま回し車に放り込まれた私は、ヘトヘトになりながら再び走り出す。

 汗と涙で顔はベチャベチャだ。

 せっかく水浴びをしたのにぃ~~!


 やけくそになって腕と脚を動かし、歯を食いしばって全力で走る。

 これでも……元いたホラーゲームの世界では、車やバイクと併走する脚力があった。

 走行中の車の上に飛び乗ったりもした。

 これくらいでは、へこたれないわぁ!!


 でも、躓いてしまって、みっともなく転がってしまった。

 回し車が回転するのに合わせて、床に張り付いた私の体もグルングルンと回る。

 ああ、屈辱的…………。

 

「まともに答える気がないようだな。では、質問を変えよう。誰の指示であそこにいた?」

「だ、誰の指示でも……う、う、うちの邸の井戸がお清めされてしまったので……み、水浴びができなくて……仕方なく誰もいないお墓の井戸で……水浴びをしていました……そうしたら幽霊たちが騒ぐから……」 

 私は回し車からはみ出したまま、ボソボソとした声で答える。

 

「正直に答えろ。あの場で、いったい、何をしていた。誰の指示だ」

 しゃがんだエヴァリー騎士団長が、私の顎をつかんで顔を上向かせる。

 この人、アンデットの親玉よりも怖ろしいわ!


 小刻みに震えていると、不意に拷問部屋の外が騒がしくなった。

 思わず気を取られて、視線をドアの方に向ける。

「いいから、退け!」

 怒鳴る声と共にドアが開く。

 息切れしながら入ってきたのは、ジュード殿下だった。

 たぶん、走ってきたのだろう。顔も赤くなっている。


「ジュード殿下ぁ~~!!」

 涙ぐみながら、助けを求めるように呼ぶ。

 殿下は私を見るなり、げんなりしたように額を押さえて息を吐いていた。

 

「てめぇは〜〜!」

 そばにやってくるなり、私の頭にゴンッとゲンコツを落とす。

「痛いっ! な、何するんです!?」

「人のシャツを借パクしてんじゃねーよっ!」

 さらに二発目のゲンコツが落ちてきて、私は「痛い!」と首を竦めた。

 わざわざ、それを言うために!?


「か、借パクしていたわけじゃなくてですねぇ。殿下の部屋に一張羅の寝間着を残してきてしまったので……仕方なかったんですよ!」

「何が一張羅の寝間着だ。ボロ雑巾の間違いだろ! しかも、人のシャツを泥塗れにしやがって……」

「ちゃんと洗って返すつもりで……」

「あ、いらねぇ……」

 殿下はなぜかドン引きした顔をして、片手を挙げる。


「なんでですぅ!」

「もうボロボロになってんじゃねぇか! 何したら、そうなるんだよ」

 

 言い合いを始める殿下と私を、騎士たちがあ然として見ていた。

 エヴァリー騎士団長だけは表情が少しも変わらない。

 ついていた膝を上げて、殿下に冷ややかな視線を向ける。

 その視線に気付いてジュード殿下も、口を閉ざしていた。


「いったい、何の用です? あなたを呼んだ覚えはありませんが?」

「こいつがお前らに連行されたって聞いたから、迎えに来たんだよ」

「ほぉ……この娘が墓地にいたのも、あなたの指示だと?」

 エヴァリー騎士団長はジュード殿下と向き合う。


「だったら何だ?」

「何のためにです? あの場にはアンデットが現れた。ここ最近、墓を荒らし回っている者がいると」

「知らねーよ!!」 

 話を遮るように、ジュード殿下が苛立った声を上げる。

「俺はただ、度胸試しをしてこいって命令しただけだ。ただの悪ふざけだよ。お前らだって、やったことくらいあるだろう? そこに、運悪くアンデットが現れた。それだけの話だ」

「この娘にはアンデットを呼び出した嫌疑がかかっている」


 ジュード殿下は「ハッ!」と、わざと挑発するような笑い方をした。

「呼び出した? 墓にアンデットが現れるのは、よくある事だろ。そいつを駆除して回るのはお前ら、能なし騎士団のお役目だ。俺らには関係ない」

 ジュード殿下はそう言うと、「とっとと行くぞ」と私の腕をつかんで引っ張る。

 よろめくように立ち上がった私は、オロオロしながら二人を見た。

 

 騎士団長は私が連れ出されるのを止めず、ただ静かに睨んでいただけだ。

 相手が王子だから、止める権限がなかったのかもしれない。

 通路に出ると、兵士たちが困惑した顔で突っ立っていた。


「で、殿下……あの……ご、ごめんなさい……迷惑かけて……それと……あ、ありがとうございます」

 私は灯りの揺れる石の階段を上がりながら、小声で言った。

 殿下はチッと舌打ちして立ち止まると、羽織っていたマントを脱いで私にバサッと被せる。

「お前な……手間かけさせんじゃねーよ!」

 怒ったように言われて、「す、すみませんっ!」と頭を下げた。

 殿下は私の腕をつかんだまま、階段を早足で上がる。

 

 どんどん、王宮の奥へと向かっているみたいだけど、ここは入ってもいい場所?

 そう不安に思っていると、殿下が部屋の扉を開いて私を押し込んだ。

 中は真っ暗だ。

 殿下がランプに火を灯すと、ぼんやりと明るくなる。


「あの、殿下……ここはどこなんです? 勝手に入ったら、怒られるんじゃ……」

 私はビクビクしながら尋ねる。

 また不法侵入の罪で、あのエヴァリー騎士団長に捕まるかもしれない。

 そうなれば、回し車の刑だ。


「誰に怒られるんだよ。俺の部屋なのに」

「殿下の部屋!?」

 びっくりしてジュード殿下を見ると、うるさそうに顔をしかめていた。

「な、な、なんで、王宮なんてところに殿下の部屋があるんです!?」

「は? お前、俺を何だと思ってんの?」

「あっ、そうでしたね~~」

 ユーイン殿下と同じ王子だという事を、つい忘れそうになるのだ。

 ジュード殿下は偉そうなところ以外、少しも王子らしいところがないから……。


「で、なんでお前は、墓地なんかに行ってたんだ?」

「それはですねぇ……ええっと、事情がありまして……邸で水浴びができなくなってしまったので、墓地の井戸を使わせてもらっていたと言いますが……そ、そこに骨が現れたのです!」

 

 ジュード殿下は無表情になり、黙ってしまう。

 私は「ほ、本当ですよ!」と、ビクビクしながら答えた。

 

「お前……」

「はいっ!」

「なんで、夜中の墓地で水浴びとかしてんだよ……理解が全然、追いつかねーよ……っ!」

「お、お風呂に入れないので……か、代わりに?」


「あー……もういい。分かった。お前、今度から風呂入りたくなったら、時計塔(うち)に来い」

 殿下は顔を手で覆いながら、げんなりしたように言う。

「お、お風呂を使わせてもらえるのです?」

「お前を野放しにすると、またエヴァリーの野郎に捕まって、俺が迎えに行く羽目になんだろ!」

「殿下……優しい……一生ついて行きます!!」

 私は感動して涙ぐみ、ガバッとジュード殿下に抱きつこうとした。

 それを素早く避けたジュード殿下が、私の羽織っているマントを剥ぎ取って、シャツを引っ張る。


「とにかく、その汚ねぇシャツを脱げ!」

「い、いやぁああ~~、お嫁に行けなくなるぅ~~!」

 下に着ているのはヨレヨレになったキャミソールとドロワーズだけだ。

 そんなあられもない格好を見られたら、恥ずかしさのあまりに羞恥死してしまう。

 それなのに、殿下は追い剥ぎのように私のシャツを奪い取ろうとする。

 必死に抵抗してシャツを引っ張ると、ビリッと布地の裂ける音がした。


「ああ、私の寝間着がぁ~!」

「お前のじゃなくて、俺のだろ!」


◇◇◇

 

 もうすでに、時間は深夜を過ぎていた。

 殿下に引きずられるようにして時計塔に戻った私は、すぐに浴場に放り込まれた。

 温かいお湯に肩までつかり、至福の溜息を吐く。

 

 ジュード殿下がお湯の入った桶を両手に提げて、何往復もしながらバスタブにお湯を溜めてくれたのだ。

 口は悪いし、性格も捻くれているし、人使いも荒くて暴君みたいだけど、たまに優しくしてくれる。


 私はホラーゲームのテーマソングを口ずさみながら、泡のついたスポンジで体を洗った。

 やっぱり、お風呂って最高。冷たい井戸の水とは大違いだわ!

 高級な石けんを使ったから全身からいい匂いがするし、髪も心なしか艶々になった気がする。


 お風呂から上がると、ジュード殿下が用意してくれていた寝間着に着替えた。

 私が着ていた白いネグリジェだ。

 洗濯して折りたたんでくれていたようで、袖口の匂いを嗅いでみるといい匂いがした。

  

 殿下を捜して下に行くと、厨房の灯りがついている。

 甘くて、いい匂いがする……。

 その匂いにつられて、私はフラフラと厨房に入った。


「何を作っているんです?」

「パンケーキ」

「パン……ケーキ!!」

 私はつい涎が垂れそうになって口元を袖で拭う。

 殿下の隣に並んで、ソワソワしながらフライパンを覗いてみた。

 わ、私の分もあるかしら……。


 生地が膨らんで、表面は美味しそうなきつね色だ。

 私が匂いを嗅ごうとして身を乗り出すと、襟をつかまれてグイッと引っ張り戻される。

 殿下は二枚ずつ焼いてお皿に移し、バターを落として蜂蜜をたっぷりとかけてくれた。

 テーブルに移動して皿を並べる。

 いれてくれた紅茶はストレートティー。それも出がらしじゃない高級な香りがする。


「いただきますっ!」

 椅子に座ってから、パチンと両手を合わせた。

「また、それかよ……」

「ううっ、憧れのパンケーキだよぉ…………」

 私はお皿を抱きかかえるようにして、パンケーキにフォークを突き刺す。

 お育ちのいい殿下は、ナイフとフォークで切り分けている。

 私がまん丸いパンケーキにかぶりつくと、呆れたような顔をしていた。


「おい、食ってばかりいないで説明しろ。なんで、墓地にアンデットが現れた?」

「さ、さぁ?」

 私はよく分からなくて首を捻った。そしてアムアムとパンケーキを頬張る。

 バターと蜂蜜が染みていておいしい。幸せ。十枚くらい、余裕で食べられそうだ。


「さぁ、じゃねーだろ! 前に墓場で遭遇した連中の姿は見たのか?」

「え? いいえ……見ませんでしたよ? 幽霊さんたちがですねぇ。怖いものがいると怯えていたので様子を見に行ったら、お墓の中から現れたんです。そうしたら、騎士団の人たちがやってきたんです」

 

 殿下は腕を組んで私の話を聞きながら、眉間に皺を寄せる。

 余計に人相が悪くなっていた。


「魔石はあったのか?」

「は、はいっ、私が魔力を吸い込んで……後はあのエヴァリー騎士団長だやっつけてくれたんです」

「それなのに、なんでお前が捕らえられてんだよ……」

 殿下は顔を手で押さえて息を吐く。

 私は「さ、さぁ?」と首を傾げるしかなかった。

 夜中の墓地に女がいれば、怪しまれるのも当然と言えば当然だけど……。


「まあ、いい。とにかく、二度とあいつに近付くな。お前が目をつけられると、俺まで睨まれんだよ」

 私だって近付きたくて近付いてるわけじゃない。あの人の方からやってくるのだ。

「ご、ごめんなさい……それより、殿下はどうして私が捕まったと分かったんです?」

「幽霊女が、寝ていた俺の部屋に現れたんだよ。お前が捕まったから、助けろって……取り憑かれてんじゃねーか!」

「取り憑かれたんじゃなくて、と、と、友達になったんです」

 私はゲンコツを落とされそうになって、思わず避けるような体勢になる。

 でも、リリーが知らせてくれたんだわ!

 

「お前……さては、人間の友達、いねーだろ……」

 同情するように言われて、私の手からフォークがポロッと抜け落ちる。

 今の発言は胸に堪えたわ……。

 危うく吐血するかと!


「あのぉ……殿下」 

「なんだよ」

 パンケーキを食べ終えて紅茶を飲んでいた殿下に、遠慮がちに声をかけた。

「魔石を棺桶の中に入れておくと、アンデット化しないんじゃなかったんです?」

「魔石は魔力と死者の思念を一定量吸い込む。それが蓄積しすぎたり、怨念が強すぎたりすれば、死者の魂は魔石ごと魔力を取り込んでアンデットに変質する。お前が遭遇したアンデットは、それだけ怨念が強かったんだろう」

「な、なるほどぉ」

 神妙な顔で頷いたけど、「全然、分かっちゃいないだろ」と疑いの目を向けられる。


「その魔石も、あの男たちが入れていったんでしょうかね……」

「そうだろうな。他に考えられない。騎士団の連中も、墓地を中心にアンデットの発生が増加していたから、見回りしてたんだろうな」

「そ、そうなんですか……」

 あのエヴァリー騎士団長が来てくれなかったら、私も危うかった。

 捕らえられたのは不本意だけど、運が良かったのかもしれない。

 回し車の刑の恨みは忘れないけど、少しくらいは感謝しておこう。

 

「余計な事を考えなくていいから、さっさと帰って寝ろ。夜中にフラフラ出歩くなよ」

「は、はぁ……」

 殿下が席を立ったので、私は残っていたパンケーキを急いで口に押し込んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。