迎えにきてくれました。
王宮の拷問部屋に連行された私は、回し車に放り込まれていた。
ヒーヒー言いながら、腕を直角に振って必死に走る。
それを、エヴァリー騎士団長様が優雅に椅子に座って眺めていた。
「それで……貴様は墓地で何をしていたのか、聞かせてもらおうか?」
「うひゃああああ…………!!」
回し車の速度に追いつけなくてズデッと転け、床面に張り付いたままグルグルと回転する。
ああ、屈辱的だわ……。
ようやく減速した回し車から、体が半分ほどはみ出した。
天井が回って見えて、気持ちが悪い。
「ただ……水浴びを……してただけで……」
「水浴びだと?」
騎士団長様が立ち上がり、私のところまでやってきた。
今にも剣で串刺しにしそうな冷たい目で見下され、震えて泣きそうになる。
私はこの人を助けてあげたはずなのに、なぜ……こんな仕打ちを!!
「ほ、ほ、本当です……井戸の水で水浴びをしていたら……ゆ、ゆ、幽霊たちが怖がっていてぇ……」
「立たせろ。もう一度放り込め」
騎士団長は背を向けると、無慈悲に部下に命じた。
若い部下二人がやってきて、両腕をつかんで引っ張り上げる。
そのまま回し車に放り込まれた私は、ヘトヘトになりながら再び走り出す。
汗と涙で顔はベチャベチャだ。
せっかく水浴びをしたのにぃ~~!
やけくそになって腕と脚を動かし、歯を食いしばって全力で走る。
これでも……元いたホラーゲームの世界では、車やバイクと併走する脚力があった。
走行中の車の上に飛び乗ったりもした。
これくらいでは、へこたれないわぁ!!
でも、躓いてしまって、みっともなく転がってしまった。
回し車が回転するのに合わせて、床に張り付いた私の体もグルングルンと回る。
ああ、屈辱的…………。
「まともに答える気がないようだな。では、質問を変えよう。誰の指示であそこにいた?」
「だ、誰の指示でも……う、う、うちの邸の井戸がお清めされてしまったので……み、水浴びができなくて……仕方なく誰もいないお墓の井戸で……水浴びをしていました……そうしたら幽霊たちが騒ぐから……」
私は回し車からはみ出したまま、ボソボソとした声で答える。
「正直に答えろ。あの場で、いったい、何をしていた。誰の指示だ」
しゃがんだエヴァリー騎士団長が、私の顎をつかんで顔を上向かせる。
この人、アンデットの親玉よりも怖ろしいわ!
小刻みに震えていると、不意に拷問部屋の外が騒がしくなった。
思わず気を取られて、視線をドアの方に向ける。
「いいから、退け!」
怒鳴る声と共にドアが開く。
息切れしながら入ってきたのは、ジュード殿下だった。
たぶん、走ってきたのだろう。顔も赤くなっている。
「ジュード殿下ぁ~~!!」
涙ぐみながら、助けを求めるように呼ぶ。
殿下は私を見るなり、げんなりしたように額を押さえて息を吐いていた。
「てめぇは〜〜!」
そばにやってくるなり、私の頭にゴンッとゲンコツを落とす。
「痛いっ! な、何するんです!?」
「人のシャツを借パクしてんじゃねーよっ!」
さらに二発目のゲンコツが落ちてきて、私は「痛い!」と首を竦めた。
わざわざ、それを言うために!?
「か、借パクしていたわけじゃなくてですねぇ。殿下の部屋に一張羅の寝間着を残してきてしまったので……仕方なかったんですよ!」
「何が一張羅の寝間着だ。ボロ雑巾の間違いだろ! しかも、人のシャツを泥塗れにしやがって……」
「ちゃんと洗って返すつもりで……」
「あ、いらねぇ……」
殿下はなぜかドン引きした顔をして、片手を挙げる。
「なんでですぅ!」
「もうボロボロになってんじゃねぇか! 何したら、そうなるんだよ」
言い合いを始める殿下と私を、騎士たちがあ然として見ていた。
エヴァリー騎士団長だけは表情が少しも変わらない。
ついていた膝を上げて、殿下に冷ややかな視線を向ける。
その視線に気付いてジュード殿下も、口を閉ざしていた。
「いったい、何の用です? あなたを呼んだ覚えはありませんが?」
「こいつがお前らに連行されたって聞いたから、迎えに来たんだよ」
「ほぉ……この娘が墓地にいたのも、あなたの指示だと?」
エヴァリー騎士団長はジュード殿下と向き合う。
「だったら何だ?」
「何のためにです? あの場にはアンデットが現れた。ここ最近、墓を荒らし回っている者がいると」
「知らねーよ!!」
話を遮るように、ジュード殿下が苛立った声を上げる。
「俺はただ、度胸試しをしてこいって命令しただけだ。ただの悪ふざけだよ。お前らだって、やったことくらいあるだろう? そこに、運悪くアンデットが現れた。それだけの話だ」
「この娘にはアンデットを呼び出した嫌疑がかかっている」
ジュード殿下は「ハッ!」と、わざと挑発するような笑い方をした。
「呼び出した? 墓にアンデットが現れるのは、よくある事だろ。そいつを駆除して回るのはお前ら、能なし騎士団のお役目だ。俺らには関係ない」
ジュード殿下はそう言うと、「とっとと行くぞ」と私の腕をつかんで引っ張る。
よろめくように立ち上がった私は、オロオロしながら二人を見た。
騎士団長は私が連れ出されるのを止めず、ただ静かに睨んでいただけだ。
相手が王子だから、止める権限がなかったのかもしれない。
通路に出ると、兵士たちが困惑した顔で突っ立っていた。
「で、殿下……あの……ご、ごめんなさい……迷惑かけて……それと……あ、ありがとうございます」
私は灯りの揺れる石の階段を上がりながら、小声で言った。
殿下はチッと舌打ちして立ち止まると、羽織っていたマントを脱いで私にバサッと被せる。
「お前な……手間かけさせんじゃねーよ!」
怒ったように言われて、「す、すみませんっ!」と頭を下げた。
殿下は私の腕をつかんだまま、階段を早足で上がる。
どんどん、王宮の奥へと向かっているみたいだけど、ここは入ってもいい場所?
そう不安に思っていると、殿下が部屋の扉を開いて私を押し込んだ。
中は真っ暗だ。
殿下がランプに火を灯すと、ぼんやりと明るくなる。
「あの、殿下……ここはどこなんです? 勝手に入ったら、怒られるんじゃ……」
私はビクビクしながら尋ねる。
また不法侵入の罪で、あのエヴァリー騎士団長に捕まるかもしれない。
そうなれば、回し車の刑だ。
「誰に怒られるんだよ。俺の部屋なのに」
「殿下の部屋!?」
びっくりしてジュード殿下を見ると、うるさそうに顔をしかめていた。
「な、な、なんで、王宮なんてところに殿下の部屋があるんです!?」
「は? お前、俺を何だと思ってんの?」
「あっ、そうでしたね~~」
ユーイン殿下と同じ王子だという事を、つい忘れそうになるのだ。
ジュード殿下は偉そうなところ以外、少しも王子らしいところがないから……。
「で、なんでお前は、墓地なんかに行ってたんだ?」
「それはですねぇ……ええっと、事情がありまして……邸で水浴びができなくなってしまったので、墓地の井戸を使わせてもらっていたと言いますが……そ、そこに骨が現れたのです!」
ジュード殿下は無表情になり、黙ってしまう。
私は「ほ、本当ですよ!」と、ビクビクしながら答えた。
「お前……」
「はいっ!」
「なんで、夜中の墓地で水浴びとかしてんだよ……理解が全然、追いつかねーよ……っ!」
「お、お風呂に入れないので……か、代わりに?」
「あー……もういい。分かった。お前、今度から風呂入りたくなったら、時計塔に来い」
殿下は顔を手で覆いながら、げんなりしたように言う。
「お、お風呂を使わせてもらえるのです?」
「お前を野放しにすると、またエヴァリーの野郎に捕まって、俺が迎えに行く羽目になんだろ!」
「殿下……優しい……一生ついて行きます!!」
私は感動して涙ぐみ、ガバッとジュード殿下に抱きつこうとした。
それを素早く避けたジュード殿下が、私の羽織っているマントを剥ぎ取って、シャツを引っ張る。
「とにかく、その汚ねぇシャツを脱げ!」
「い、いやぁああ~~、お嫁に行けなくなるぅ~~!」
下に着ているのはヨレヨレになったキャミソールとドロワーズだけだ。
そんなあられもない格好を見られたら、恥ずかしさのあまりに羞恥死してしまう。
それなのに、殿下は追い剥ぎのように私のシャツを奪い取ろうとする。
必死に抵抗してシャツを引っ張ると、ビリッと布地の裂ける音がした。
「ああ、私の寝間着がぁ~!」
「お前のじゃなくて、俺のだろ!」
◇◇◇
もうすでに、時間は深夜を過ぎていた。
殿下に引きずられるようにして時計塔に戻った私は、すぐに浴場に放り込まれた。
温かいお湯に肩までつかり、至福の溜息を吐く。
ジュード殿下がお湯の入った桶を両手に提げて、何往復もしながらバスタブにお湯を溜めてくれたのだ。
口は悪いし、性格も捻くれているし、人使いも荒くて暴君みたいだけど、たまに優しくしてくれる。
私はホラーゲームのテーマソングを口ずさみながら、泡のついたスポンジで体を洗った。
やっぱり、お風呂って最高。冷たい井戸の水とは大違いだわ!
高級な石けんを使ったから全身からいい匂いがするし、髪も心なしか艶々になった気がする。
お風呂から上がると、ジュード殿下が用意してくれていた寝間着に着替えた。
私が着ていた白いネグリジェだ。
洗濯して折りたたんでくれていたようで、袖口の匂いを嗅いでみるといい匂いがした。
殿下を捜して下に行くと、厨房の灯りがついている。
甘くて、いい匂いがする……。
その匂いにつられて、私はフラフラと厨房に入った。
「何を作っているんです?」
「パンケーキ」
「パン……ケーキ!!」
私はつい涎が垂れそうになって口元を袖で拭う。
殿下の隣に並んで、ソワソワしながらフライパンを覗いてみた。
わ、私の分もあるかしら……。
生地が膨らんで、表面は美味しそうなきつね色だ。
私が匂いを嗅ごうとして身を乗り出すと、襟をつかまれてグイッと引っ張り戻される。
殿下は二枚ずつ焼いてお皿に移し、バターを落として蜂蜜をたっぷりとかけてくれた。
テーブルに移動して皿を並べる。
いれてくれた紅茶はストレートティー。それも出がらしじゃない高級な香りがする。
「いただきますっ!」
椅子に座ってから、パチンと両手を合わせた。
「また、それかよ……」
「ううっ、憧れのパンケーキだよぉ…………」
私はお皿を抱きかかえるようにして、パンケーキにフォークを突き刺す。
お育ちのいい殿下は、ナイフとフォークで切り分けている。
私がまん丸いパンケーキにかぶりつくと、呆れたような顔をしていた。
「おい、食ってばかりいないで説明しろ。なんで、墓地にアンデットが現れた?」
「さ、さぁ?」
私はよく分からなくて首を捻った。そしてアムアムとパンケーキを頬張る。
バターと蜂蜜が染みていておいしい。幸せ。十枚くらい、余裕で食べられそうだ。
「さぁ、じゃねーだろ! 前に墓場で遭遇した連中の姿は見たのか?」
「え? いいえ……見ませんでしたよ? 幽霊さんたちがですねぇ。怖いものがいると怯えていたので様子を見に行ったら、お墓の中から現れたんです。そうしたら、騎士団の人たちがやってきたんです」
殿下は腕を組んで私の話を聞きながら、眉間に皺を寄せる。
余計に人相が悪くなっていた。
「魔石はあったのか?」
「は、はいっ、私が魔力を吸い込んで……後はあのエヴァリー騎士団長だやっつけてくれたんです」
「それなのに、なんでお前が捕らえられてんだよ……」
殿下は顔を手で押さえて息を吐く。
私は「さ、さぁ?」と首を傾げるしかなかった。
夜中の墓地に女がいれば、怪しまれるのも当然と言えば当然だけど……。
「まあ、いい。とにかく、二度とあいつに近付くな。お前が目をつけられると、俺まで睨まれんだよ」
私だって近付きたくて近付いてるわけじゃない。あの人の方からやってくるのだ。
「ご、ごめんなさい……それより、殿下はどうして私が捕まったと分かったんです?」
「幽霊女が、寝ていた俺の部屋に現れたんだよ。お前が捕まったから、助けろって……取り憑かれてんじゃねーか!」
「取り憑かれたんじゃなくて、と、と、友達になったんです」
私はゲンコツを落とされそうになって、思わず避けるような体勢になる。
でも、リリーが知らせてくれたんだわ!
「お前……さては、人間の友達、いねーだろ……」
同情するように言われて、私の手からフォークがポロッと抜け落ちる。
今の発言は胸に堪えたわ……。
危うく吐血するかと!
「あのぉ……殿下」
「なんだよ」
パンケーキを食べ終えて紅茶を飲んでいた殿下に、遠慮がちに声をかけた。
「魔石を棺桶の中に入れておくと、アンデット化しないんじゃなかったんです?」
「魔石は魔力と死者の思念を一定量吸い込む。それが蓄積しすぎたり、怨念が強すぎたりすれば、死者の魂は魔石ごと魔力を取り込んでアンデットに変質する。お前が遭遇したアンデットは、それだけ怨念が強かったんだろう」
「な、なるほどぉ」
神妙な顔で頷いたけど、「全然、分かっちゃいないだろ」と疑いの目を向けられる。
「その魔石も、あの男たちが入れていったんでしょうかね……」
「そうだろうな。他に考えられない。騎士団の連中も、墓地を中心にアンデットの発生が増加していたから、見回りしてたんだろうな」
「そ、そうなんですか……」
あのエヴァリー騎士団長が来てくれなかったら、私も危うかった。
捕らえられたのは不本意だけど、運が良かったのかもしれない。
回し車の刑の恨みは忘れないけど、少しくらいは感謝しておこう。
「余計な事を考えなくていいから、さっさと帰って寝ろ。夜中にフラフラ出歩くなよ」
「は、はぁ……」
殿下が席を立ったので、私は残っていたパンケーキを急いで口に押し込んだ。




