大変な事が判明しました。
王都の貧民街にあるアジトとも言うべきその建物は、元々酒場だった。
今は廃業して、ただの倉庫として使われている。
その一室に、ジュードとルシアンはいた。
他には赤髪の大柄な男が一人、それにドアの側の壁にもたれて腕を組んでいる見張りの男が一人。
他の者たちは、別室か一階のフロアにいるのだろう。声だけが聞こえていた。
応接テーブルの上には布が敷かれ、その上に五つほどの黒い魔石が並べられている。
ソファーに腰をかけたまま、ジュードはその魔石に手を伸ばした。
漆黒の鈍い輝きを放つそれは、見つめていると意識が引き込まれそうな危うさを秘めている。
死者の魔力と負の思念の残滓を取り込んだ石――。
(魂の欠片……か……)
「今のところ、見付かったのはこの五つですね。継続して探させていますが……場所はこの五箇所です」
赤髪の男が赤い意印がついている王都の地図を見せてくる。
それを受け取ったルシアンは、確認してからジュードに渡す。
すでに廃れている古い墓地ばかりを選んで、この赤髪の男の手下に捜索させたのだ。
男の名前は、フランツ=バウワー。
自警団の団長で、この建物もその自警団が所有しているものだ。
墓を掘り起こして調べる作業は、思った以上に時間がかかる。
それでも、これだけの魔石が棺桶の中から見付かった。他にどれだけ隠されていることか。
「随分と、手間のかかることをしやがる」
うんざりして顔をしかめ、魔石をテーブルに戻した。
全ての魔石を見つけ出すには、人手が足らない。
あまり大人数を動かせば、人目に付きすぎる。
「王都の騎士団にリークしますか? これだけの証拠があるんだ。あいつらだって、重い腰を上げるでしょうよ」
フランツが神妙な顔をして尋ねた。
「いいや、騎士団が動けば騒ぎがでかくなる。話が広がれば、尻尾をつかむ前に逃げられる」
そもそも、今回の件に関わっている者がどれくらいいるのか定かではないのだ。
貴族連中が関わっているのなら、騎士団に要請したところで上から止められ、闇に葬られかねない。
だとしたら、リークするだけ無駄だ。
「俺たちが魔石を回収している事は、相手も分かっているんでは? こっちの素性まではつかめてはいないでしょうがね。何らかの手を打ってきますよ。続けるんですか?」
「魔石の回収が最優先だ。本物に近い死者の石を作るだけが、目的じゃないだろう。犯人が王立魔法研究院のイカれた魔法使いどもだって言うなら、分からないけどな」
ジュードは皮肉っぽく笑って、ソファーの背もたれに体を預ける。
「墓地で遭遇したあの男たちですが、あの者たちも魔法使いでした。剣を扱える者はいなかった。それと、もう一つ気になる事があります。魔石に刻まれていた魔法陣ですが……まったく目にした事のないものでした。古代魔法やエルフの魔法の一種かとも思ったのですが、使用されている術式が違います」
ルシアンは進み出ると、並べられた黒の魔石の中から、魔法陣が刻まれているものを選んで手に取る。
それを、ジュードに手渡した。
ジュードはルシアンを一瞥してから、その魔石の表面を指でなぞる。
王国の正統魔法と呼ばれるものとは違う、もっと原始的で簡略化された魔法陣だ。
「…………確かにな。別の国の魔法使いが関わってんのか?」
「その可能性はあると思いますが……むしろ、呪い(まじない)に近いものに見えます」
「ちょっと、見せてもらっても?」
フランツに渡すと、蝋燭の光に近づけるようにして確かめていた。
「何か分かったか?」
「いえね。行商をしているやつが、こんなような呪いが刻まれた皮細工の飾りを身につけていたんですよ。それに似ているような気もしますね。俺は魔法が使えないんで、詳しくないんですが……」
「行商? その者の出身は?」
ルシアンがフランツから魔石を受け取りながら尋ねる。
「西ですよ。チェルダール領の出だと言っていましたね。あそこは、国教会の影響があまり強くない。むしろ土地の信仰が根強く残っていると聞きます」
ジュードとルシアンは顔を見合わせる。お互いに険しい表情になっていた。
チェルダール伯爵領――。
その名が、嫌でも不吉な予感を生む。
逃れられない因縁に、自分たちを絡め取って引きずり込もうとしているように。
「…………その者と連絡は?」
ルシアンがフランツに問う。
「そいつは行商だったんで王都にいるかどうか。俺も酒場でちょっと話した程度で、名前も覚えていませんよ」
「チェルダール領出身の者に話を聞きたい。できるだけ呪いに詳しい者を捜してもらえますか?」
「分かりました。少しお時間をください」
「ええ、ですが早急に頼みます」
フランツと見張りの男が部屋を出て行った後、ジュードは額を押さえて深く溜息を吐いた。
「チェルダールか……嫌な予感しかしねぇな……」
「〝死者の復活〟の信仰ですか」
ルシアンがティーポットから、カップに紅茶を注ぐ。それをジュードの前に置いた。
「くだらねぇ……死人は死人だ。蘇ってこられたって、生きている人間にとっちゃ迷惑以外の何者でもないってのに。くたばったヤツは、土の中で永遠の眠りについていればいいのさ。それが自然の法則だ」
カップを取って口に運ぶ。言いようのない不快感が胸の奥に溜まったままだ。
「……チェルダールの信仰については、私の方でも文献を調べてみます」
「国教以外の宗教や信仰に関する本は禁書だぞ。学園の図書館にもない」
呪いの類いは、国教会によって邪教として扱われている。
全てを取り締まる事もできないから放置しているけれど、本来は禁止されているのだ。
もちろん、それに触れている書物も禁書として扱われている。
「ええ、そうでしょうね。ですが、禁書は必ずしも手に入らないわけではない」
ルシアンと視線をかわしたジュードは、「任せる」とだけ答えて肩を竦めた。
◇◇◇
午前中の眠たい授業を耐え忍んだ私は、浮かれた足取りで裏庭に向かっていた。
拷問と拷問の間の束の間の休憩だ。昼食だけが私の唯一の楽しみ!
私はクルクルとターンしてポーズを決める。それから、慌てて周囲を見回した。
よかったわ、誰もいないわ……。
裏庭は校舎から遠い上に、清掃もしていない。
雑草まみれで、滅多に生徒の近付かない場所だ。
枯れた噴水があるけれど、雨水が溜まっていて緑色に変色している。
大きな木が囲んでいて、昼間でも薄暗いのだ。
裏庭に辿り着いた私は、ハッとして木の陰に隠れた。
先客がいたわ! しかも、ユーイン殿下と女子生徒だ。
お互いに、深刻そうな表情で向き合っている。
こ、これはまさか……。
「告白!」
私は小声を漏らして、パッと自分の口を両手で押さえた。
まったくの無関係だけど、私まで心臓がドキドキしてきた。
人様の告白を盗み見るなんてあんまりお行儀がいいことではないけれど、気になるわ……。
女子生徒の方は、ハンカチを握り締めて涙ぐんでいるようだ。
「どうして、私ではいけませんの! 私も殿下の婚約者候補の一人ですわ。殿下のお相手に不足はないはずです。それとも、他にもう決まった方が!?」
女子生徒はグイッとユーイン殿下に詰め寄っていた。
ひえぇ、積極的だわ……。
私は木の陰からしっかり顔を覗かせて、女子生徒と殿下の対決を見守る。
きっと、あの子もユーイン殿下狙いなのだろう。
髪はクルクルにカールしていて、大きなリボンを頭の後ろにつけている。
少し気の強そうな目をしているけれど、すごく愛らしい顔立ちだ。
これはヒルダのライバル登場だわ!
夜にこっそりユーイン殿下の石像を彫りまくっている従姉妹のヒルダの姿を思い出す。
私としてはヒルダを応援してあげたいけれど、この女子は手強そうだ。
「いや……特に決まった相手はいないけど……」
押しの強い女子生徒にたじろいだユーイン殿下は、ジリジリと後ろに下がっている。
その分、距離を詰められていた。
「でしたら、私を選んでいただけない理由を知りたいです!!」
「フェネリー嬢、落ち着いて。君は素晴らしい女性だと思うし、不満があるとかそういうわけではないよ」
殿下、頑張ってください!
私は密かに拳を握って、心の中で応援する。
「では、どうしてなのか理由をお聞かせください! そうでなければ、納得いきませんわ!!」
フェネリー嬢という女子生徒は涙を浮かべて、カールした髪をブンブンと振る。
そのウィンナーロールパンみたいな髪が、バシバシと殿下の頬を打っていた。
「だ、だからね……今度のダンスパーティーには、一人で参加するつもりでいるんだ」
「殿下がパートナーも連れずにパーティーに参加されるのですか!? そんなの、ダメに決まっています。マナーに違反しますわ!」
「いや、でも学園のパーティーだし、そこまで決まりは厳しくないでしょ? 必ずしもパートナーが必要だとは規則に書いてなかったんじゃないかな」
殿下は何とかスマイルを維持しているけれど、頬がちょっと引きつっていた。
女子生徒はさらにもう一歩近付くと、殿下の袖をギュッとつかむ。
胸ももうちょっとでくっつきそうだ。
わ、わ、わ、こ、これは見ていてはダメな気がするわ。
私は両手で目を覆いながらも、指の隙間からしっかりガン見する。
この対決の行く末は最後まで見届けたい。
「それなら、パートナーを伴って出席してもいいという事ですわよね? だったら、私を選んでくださってもいいはずです。私はフェネリー公爵家の娘。家格も十分につり合うはずですわ!」
そう言って、フェネリー嬢は胸を叩いて見せる。
「そ、そうだね……ええっと、だから……僕でなくても、君をパーティーに誘ってくれる素晴らしい人は他にいるよ。その人と楽しむといい。僕は今回のパーティーは……顔を出したらすぐに帰るつもりでいるし、一緒にいてもきっと楽しめないよ」
「私は殿下と一緒がいいのです! 殿下と一緒でなければ、意味がありませんわ!」
フェネリー嬢はついに両手で顔を覆って、ワッと泣き出してしまった。
「ごめん……でも、誰かを選ぶと……きっと別の誰かが……不満を抱くんだ」
殿下は俯いて、苦い言葉を吐くように呟いていた。
「わ、私は諦めませんわ!!」
フェネリー嬢は泣きながらもスカートを広げるように挨拶をして、タッと走り出す。
私は慌てて木にしがみついて、咄嗟にセミのふりをした。
涙を拭いながら、彼女は学舎の方へと戻っていく。
心配しなくても、私の姿なんて最初から少しも見えていないようだ。
まさに、恋する乙女は猪突猛進……向かうところ敵なしだわ……。
私は小さく身震いする。
裏庭に一人残された殿下は、困り切った表情で佇んでいた。
私がヒョコッと顔を出すと、気付いたようでこちらを見る。
おずおずと出て行くと、殿下が「恥ずかしいところを見られちゃったな」と苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。覗き見していました……」
「こっちこそ、君の昼食の邪魔をしちゃったんじゃないかな?」
「そ、そんな事ありませんよ」
「ここまで追い掛けてくる子がいるとは思わなくてね」
殿下はベンチに移動して腰を下ろす。
この裏庭には一つしかベンチはないから、私はその隣に座るしかない。
「あの……どうして、この裏庭には人があまり来ないんです?」
「えっ、知らなかったの?」
「は、はい。もしかして、ここは王族専用とか……立ち入り禁止区域とか!?」
焦って訊くと、殿下は「ああ、違うんだ」と笑って首を振った。
「ここは、ええっと……学園の生徒にはあまり人気がないんだ。呪われた裏庭って呼ばれていて……」
「呪われた裏庭?」
殿下は持っていた紙袋を開くと、バケットのサンドを取り出して、当たり前みたいに私に一つくれる。
わおっ!! 今日はサーモンのバケットサンドだぁ!!
私は涎が出そうになるのをグッと我慢して、ありがたくそのバケットサンドを受け取った。
殿下はクスッと笑ってから、自分の分のバケットサンドも取り出す。
「この裏庭で一緒に昼食を食べたカップルは悲惨な末路というか……破局すると言われているんだ。だから、みんなここでは食べようとしないんだよ」
「へぇ~~そうなんですねぇ!」
私はバケットサンドに、大きな口でかぶりつく。
パンがバリッと砕けて、塩気のあるサーモンとタルタルソースの味が絡み合って口の中に広がった。
満面の笑みを浮かべて咀嚼をしていた私は、思わずパンを喉に詰めそうになる。
悲惨な末路!?
「ただの噂というか、学園の七不思議の一つみたいなものだよ」
殿下は暢気に笑っているけれど、私は急にバケットサンドが喉を通らなくなってしまった。
そ、そうだわ。私はユーイン殿下とカップルというわけではないもの。
たまたま、同じ場所で昼食を取っているだけだ。
友達と言うのも烏滸がましいだろう。
相手は誰もが憧れる王子様だ。
本当なら、私みたいな陰キャが話しかけることが許されない雲の上の存在。
それでも、こうして昼食を一緒に食べてくれて、バケットサンドも恵んでくれて、他愛ない話に付き合ってくれる。それがちょっと嬉しくて、友達とまでは言えなくとも、昼食を一緒に取る〝昼友〟くらいにはなれている気がしていたのだ。私が勝手にそう思っているだけだけど……。
「あの……殿下……それって、友達とかでも……破局しちゃうんですかね?」
私は食べかけのバケットサンドを両手で持ったまま、ボソッと尋ねる。
「友達? うーん、どうかな。でも、僕はそういうの信じていないから」
殿下は少しも気にしていない様子で、サンドを頬張って笑っていた。
「そうですね……信じなければ、きっと大丈夫です……」
私は少し安心して、独り言のように呟く。
「そうだ。殿下は大丈夫です? 演習の後、学園で見かけなかったので……」
こうして、殿下の顔を見るのも久し振りの事だ。
「ああ、うん……もう平気だよ。それより、君は大丈夫だった?」
殿下がこっちを見て、心配そうな目をして見つめてくる。
「はい。私は……実はその……ダンジョンに入ったところで、うっかり転んで気絶していたので。アンデットが出たと聞いて、び、びっくりしました!」
嘘を吐くのは心臓に悪い。
殿下と目を合わせられなくて、顔が逃げるように横を向く。
「そうだったのか。アンデットに遭遇しなかったのならよかったよ」
殿下はそう言って微笑む。
ううっ、良心の呵責が!
心臓を針でチクチクとつつかれているような気分だ。
でも、ジュード殿下やルシアンさんを連れてきた事は話すわけにいかない。
ユーイン殿下もあの時は気を失っていたから、私たちがいたなんて思いもしないだろう。
視線を感じて振り向くと、ユーイン殿下がなぜかジッと私の顔を見ている。
ビクッとして、「な、何んです?」と思わず尋ねた。
もしかして、気付いていたんじゃ……。
心音のリズムがさっきより速くなった。
「いや……何でもないよ。君がケガをしていなくてよかったと思ってね」
殿下はフッと笑って前を向き、何でもないようにサンドを食べる。
バレたわけじゃない。
胸をなで下ろしたけれど、不安感は拭えない。
私はチラッと殿下の顔を見てから、バケットサンドを口に運ぶ。
スカートの上にボロボロとパン屑を落としてしまっていた。
は、話を逸らさないと……。
「そういえば……ダ、ダンスパーティーとか言うものがあるんです?」
「ああ、うん。夏期休暇の前に、学園創立祭があるんだよ。君も参加するんだろう?」
「はい? 私がですか?」
「うん、学園の生徒全員が出席する事になっているから」
私は五秒ほど停止したあと、「学園の生徒全員!?」と動揺する。
「あれ……もしかして、知らなかった?」
知りませんし、聞いていませんよ――っ!
ダンスパーティーといえば、男女が輪になって躍りながら親睦を深めるイベント!
そういえば、私の元設定に、小学生の時に運動会でフォークダンスを踊る事になったけど、誰も手を繋いでくれなくて、輪から弾き飛ばされるという痛々しいエピソードがあったわ…………。
それを思い出して、膝を抱えてズーンと落ち込みそうになる。
体から負のオーラが漏れ出そうだわ……。
「えっ、あれ。どうしたの? 知らなくて準備をしていないとか?」
「じゅ、準備がいるんです!?」
「まあ、それなりにはね。女子はドレス姿が基本だから……」
ド、ド、ド、ド、ドレス姿~~~~!?
心拍数が余計に上がってしまって、私の顔が充血したように赤くなる。
今、血圧測定器に腕を突っ込んだら、危険な数値を叩き出すはず。
私の顔色がおかしくなったため、殿下がオロオロする。
「大丈夫、落ち着いて。パーティーは来月だから準備する時間はまだ十分にあるよ。持っていないなら、その……えっと……誰かに借りるとか?」
ドレスを貸してくれる友達なんて…………私には一人もいない………………。
私は暗い顔になって、現実逃避するように膝を抱えて小さく丸まった。
殿下も一緒になって困ったような顔になっていた。
「あの……よければ……僕が………………」
「クフフフフ……こういう時にはトイレエスケープという方法があります…………」
私は不気味な笑い方をして、すっくと立ち上がった。
「ト、トイレエスケープ?」
「そうです……トイレに隠れていれば、誰にも見付かりません……」
私は残りのサーモンサンドを口に押し込んで、「クフフ……」と笑いながら立ち去る。
殿下は何か言いかけていたけれど、諦めたように口を閉ざして私を見送っていた。




