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墓荒しは許せません。

 深夜……0時。

 私は言われた通りに、時計塔の部屋に来ていた。

 来ないと、鬼畜殿下に時計塔に逆さ吊りの刑にすると脅されてしまったんだもの。

 こんな時間に墓地に行って人様が安眠しているお墓を暴くなんて、罰当たりだわ!


 元亡霊の私にとって真夜中の墓地は、むしろホッとする実家みたいな癒やしスポットだ。

 行くのは少しも恐ろしくはないけれど、お墓を暴くのはダメだわ!

 そんなの、夜中に人の家にピンポンダッシュして回るようなものじゃないの~~!!

 それどこか、掘り起こすんだから、空き巣狙いかもしれない。迷惑過ぎるわ!


「クソッ、毎回これかよ。おい、ルシアン。お前、場所代われ!」

 私の後ろにくっついているジュード殿下が、不満そうな声を上げる。

「嫌ですね。それに私は荷物があるのです。この並びが順当ですよ」

 ジュード殿下にくっついているルシアンさんは、大きな荷物を背中に背負っていた。

 私とルシアンさんの間に挟まれたジュード殿下は窮屈そうだ。


「私とノース先輩がパンなら……ジュード殿下はさながら……間に挟まっているベーコンかレタス……」

 私はサンドイッチを思い浮かべて、「グフフ」と笑ってしまった。

 その途端、後頭部をチョップされる。


「その笑い方、怖えーよ! いいから、さっさと行け!」

「わ、分かってますよ……ら、乱暴者なんだから……」

 小声でボソボソと不満を垂れたのが聞こえたのか、もう一発チョップされる。

 鼻をムズムズ動かしてから、「では、出発!」と鏡の中にダイブした。

 私にしっかり抱きついた殿下が、「うわああ!」と悲鳴を上げる。

 

 偉そうにしていても、吸い込まれるような感覚が怖かったらしい。

 私は「へ……」と、笑ってしまった。

「てめぇ、今笑ったろ! 後で覚えてろよ――っ!!」

「わあぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい~~!!」

 

◇◇◇


 ゴロンと転がり出た途端に埃が舞い散って、私は咳き込みながら空気を手で払う。

 床に墜落したジュード殿下は、気分が悪そうな青い顔をして、「うぷっ!」と口を押さえていた。

「最悪な気分だ……」

「そうですか? 私はもう慣れましたがね」

 ルシアンさんは涼しい顔で立ち上がる。


「慣れるかよ、あんなもん! ヘドロの中を泳いでいるような気分だ……」

「だ、大丈夫です?」

 私がオロオロして尋ねると、「大丈夫じゃねーよ!」と睨まれた。

 うっ、そんな事を言われても、私が無理矢理連れてきたわけじゃないのに。

 り、理不尽過ぎるわ……。

    

 割れたステンドグラスが、月明かりに照らされている。

 祭壇があり、木の長椅子が並んでいるけれど、雨風に晒されてほとんど腐ってしまっていた。

 私たちが出てきたのは、壁に取り付けられた鏡からだ。

 ここは墓地の敷地内にある、もう使われていない小さな礼拝堂の中だ。

 

「行くぞ」

 ジュード殿下に促されて、私とルシアンさんはその後についていく。

 外に出ると生暖かい風が吹いていて、雑草が揺れていた。

 膝ほどの丈に伸びているところを見ると、誰も清掃作業をしていないのだろう。


「おい、ルシアン。なんで俺にぴったりくっついてんだよ」

「お気になさらず……」

「さては、お前……怖がりだな?」

「ご冗談を。ただ、虫除けに利用しようとしているだけです」

「ウソ吐け!」

 先を歩くジュード殿下とルシアンさんが、小声で話しながら押し合っていた。

 歩いているうちに、墓石の並んだ墓地が見えてくる。


 ほとんど草まみれになっていて、石が壊れているものも多かった。

 蔦に覆われた大きな木の上で、カラスさんが目を光らせている。

 あれは墓地の見張り番かしら。


 荒れ放題のお墓は趣があり、自然と調和しながらも寂寥とした雰囲気が漂っていて、ドキドキしてくる。

 なんて、素敵な墓地! 

 でも、こんなに草まみれだと、お墓で眠っている人が気の毒だわ。

 きっと、もうお参りに来てくれる人もいないのだろう。

 忘れられてしまって、寂しい思いをしているはず。


 私はついしゃがんで、墓石を覆っている雑草をブチブチと引き抜く。

 せめて、墓石が見えるように整えようと思ったのだ。

 た、楽しいな……お墓を綺麗にする作業。

 つい、鼻歌まで漏れていた。

 元いたホラーゲームのおどおどろしいテーマソングだ。

 不気味で不快感を感じさせる曲調がつい癖になる。


「おい……なに、気色悪い鼻歌を歌いながら、除草作業をしてんだよ」

 後ろに腕を組んで立っていたジュード殿下が、私のマントの襟をつかむ。

「だ、だって、お墓に来たらお掃除をしないと~~!」

 両手で引っこ抜いた草を握り締めたまま、私は抵抗するようにジタバタと手足を動かした。

「バカ! 俺らはこんな夜中に、墓掃除ボランティアに来たわけじゃねーんだよ!」


 ジュード殿下は私を引きずって、さらに墓地の奥へと進む。

 鬱蒼とした木々が生えていて、枯れかけの葉が風に揺れていた。

 雲が広がったせいで、辺りが一段と暗くなる。


 先頭を歩いているジュード殿下が、片手にボッと火の玉を浮かべた。

 揺らめく炎が周囲を照らす。

 そういえば、ジュード殿下は火属性の魔法適性があるようだった。


「わ、私もあれならできるわ……」

 小さな声で呟いて、片手に鬼火さんを呼び出す。

 勢いよく飛び出してきた青い火の玉に、「おわっ!」と殿下がビックリしていた。

 呼び出してもらえた鬼火さんは、張り切っているのかビョンビョン飛び回っている。


「青い火の玉!? お前……そんなもの、どこから出してきたんだよ!」

 ジュード殿下がビビったように後退りした。

「え? 殿下と同じように火の玉を出しただけですよ?」

「青い火の玉とか見た事も聞いた事もねぇよ!! 怖えーよっ!」

「えっ、そうなんです? で、でも、この鬼火さんは私の唯一の友達で、悪い事はしないし、とってもいい子なんですよ? ほら、こんなにかわいいし……」

 

 そう言っている間に、鬼火さんは親の敵でも見つけたようにジュード殿下に飛びかかっていく。

「あっ、鬼火さん!!」

 止めるより先に、ジュード殿下のチョップをくらって墜落してしまった。

「ああっ、鬼火さん!!」

 鬼火さんは炎を震わせながら地面に横たわり、今にも消えそうなほど小さくなっている。

 まさに風前の灯だ。

 それを消えないように、両手でそっと包み込んだ。

 うう、かわいそうな鬼火さん……。


「弱えぇ……しかも、触れても全然熱くねぇ。子供騙しか?」

「だから、この鬼火さんは人畜無害なんですよ! それなのに、それなのに……っ!!」

 ジュード殿下は「あー、分かった、分かった」と、面倒臭そうに私の顔を押し退けた。


「お二人とも、さっさとやりますよ。働いてください」

 ルシアンさんが荷物を下ろして、取り出した小さなスコップを私と殿下に押しつける。

「とっとと帰りたいんだろうが」

「当たり前です」

 ルシアンさんはメガネのブリッジを指で押さえ、澄まし顔で答える。

 やっぱり、お墓を掘り返さないといけないのね~~!

 私はスコップを握り締めて、ううっと目頭に涙を滲ませた。


◇◇◇


「っていうかよー……こんな小さなスコップで、墓掘り返すとか、無理じゃねーか?」

 不良座りをしたジュード殿下が、土のついたスコップを見て疲れたように言った。

 かれこれ一時間はお墓の土を掘り返しているけれど、まだ棺桶にまで到達できていない。

「ううっ、ごめんなさい~~! 化けて出るなら、主謀者のこの人のところにお願いします!」

 お墓の主に謝りながら、土をスコップで削る。

 出てくるのはお化けではなくミミズばかりだ。

 これでは、朝までかかっても無理だろう。


「あー……やっぱ止めだ! 土魔法属性のあるヤツを捕まえてこようぜ」

 スコップを投げ出した殿下が、座り込んで言う。

 自分が言い出しっぺのくせに……!


「そうです。お墓を暴くなんてよくありません……これは死者に対する冒涜です!」 

 私は真面目な顔でそう言った。

 お墓の主がきっと怒って出てくるわ!

 

「まあ、そうですね……それが早そうです」

 立ち上がったルシアンさんも、面倒になったのかスコップを投げている。


 ようやく帰れそうだわ……。

 腰をさすりながらよいしょと立ち上がると、殿下が急に私の袖を引っ張った。

 私のそばに浮かんでいた鬼火さんも、落ち着かない様子で飛び回る。

 炎の先を森の方へと向けて、何かを訴えているようだ。

 

「火を消せ!」

 殿下に小声で言われて、私は慌てて鬼火さんを消す。

 息を殺していると、森の方から近付いてくる灯りが見えた。

「…………亡霊ではなさそうですね」

「ああ……アンデットでもないな」

 ジュード殿下とルシアンさんが声を潜めて話していた。

 灯りはこちらに近付いてきているようだ。


 ジュード殿下が顎をしゃくるように促す。

 私とルシアンさんは頷いて、身を低くしたままお墓を離れた。

 掘り掛けの土がそのままになっているけれど、仕方ない。


 茂みに移動して隠れていると、ようやく人の姿が見えてくる。

 黒いマントを被り、顔には骸骨のような白いお面をつけている不気味な人達だ。

 手にランプを持ち、足元には長い影が伸びてるから、亡霊ではなく人だ。


 こんな時間にお墓に来る人が他にもいるなんて……。

 お参りに来たのではない事は間違いないだろう。肝試しというわけでもなさそうだ。

 辺りを警戒するようにランプで周囲を照らしている。

 

「おい……」

 私達が掘り起こしていたお墓のそばで足を止めると、地面を確かめている。

 穴に気付かれたようだ。

 殿下がチッと舌打ちする。

 お面をつけているから、正体は分からない。体格からして全員男の人みたいだ。


 男たちはバラバラに散らばって、墓地の中を調べて回っている。

 心臓が音が速くなって、緊張のせいで脚が震えてきた。

 見付かったら、お、お墓に生き埋めにされるかもしれないわ……。


「先にやるぞ」 

 男たちはお墓の周りに集まり、大きなスコップでザクザクと土を掘り返し始める。

 やっぱり、小さなスコップでは、お墓を掘り起こすのには向いていなかったみたいだ。

 ジュード殿下が何か言いたげな視線をルシアンさんに向ける。

 ルシアンさんはさりげなく視線を避けていた。

 

 男たちは棺桶をロープで引っ張り上げて、地面に下ろす。

 あの人たちも墓荒らしだったなんて!

 棺桶の蓋を乱暴にこじ開けようとしているみたいだ。

 なかなか開かないからか、何度も乱暴に蹴っている。

 その音が、夜の墓地に響く。

 男の一人が斧を出してきて、棺桶を破壊しようとしていた。

 

 お墓を暴くだけではなく、棺桶を破壊しようとするなんて!

 人の家に土足で上がり込んだだけではなく、家中壊して回るような真似だ。

 私は怒りのせいで、手がブルブル震えてきた。


「許せない……」

 呟いて、ユラッと立ち上がる。

「お、おいっ!!」

 ジュード殿下が私の腕をつかんで引っ張った。

 その手を振り払うと、ゆっくりと茂みから出ていく。

 私の周りに、鬼火さんが一つ、二つと増えていき、ユラユラと揺れていた。

 

「な、なんだ、誰だ!!」

「クソッ、見られた。逃がすな!!」

 騒がしい声が墓地に響く。スコップを投げ出した男たちが、杖を取り出して私に向けてくる。


「おい、戻れ!」

 声を抑えながらも、ジュード殿下が焦ったように言うのが聞こえた。

 

 こいつらを、全員……始末しないと。

 風が強くなり、枝や葉が揺れて擦れ合う音が広がる。

 男たちは警戒するように辺りを見回して、後退りした。

 男が火炎魔法を放ったけれど、逆風に押し返されて自分たちのマントに火がついてしまっていた。

 悲鳴を上げ、火を消そうと右往左往している。

 私はニタリと笑った。

 

 鬼火さんたちが一斉に襲いかかり、男たちが躍起になって振り払う。

「あは…………あははは…………」

 私は自然と笑っていた。それが男たちには不気味に見えたのだろう。

「来るな、近寄るな!!」

「な、なんだあれは……」

「亡霊……亡霊だぁああああ!!」

 

 ゆっくり片手を男たちに向ける。その直後、風が吹き荒れ、私の体から黒い靄が漏れ出す。

 腰を抜かした男たちが後退りしていた。

 一人が錯乱したような声を上げて、身を翻す。


「逃がさない……」

 私が呟いた直後、地面から突き出した手が男の足首をつかむ。

 男が「ギャアアア!」と悲鳴を上げて倒れた。

 他の男達もそれを見て必死に逃げようとする。

 地面から突き出した手が、マントや足にしがみついていた。

  

 男たちは火炎魔法を乱発するように地面に向かっていたけれど、効果はない。

 靴やマント、中にはズボンまで脱ぎ捨てて、男たちは悲惨な声を上げながら逃げていく。

 それを、鬼火さんが追いかけ回していた。

 

 墓地が静かになったところで、私は急に我に返った。

 地面からチンアナゴみたいに生えていた手が、スッと引っ込む。

 も、もしかしてこれは……前のゲームの癖でやっちゃったんではないでしょうか?

 オロオロして振り返ると、ジュード殿下とルシアンさんが立ち上がってこっちを見ていた。

 二人とも青ざめ、恐怖で顔が強張っている。

 

 やっぱり、やってしまったわぁ~~!!

 私は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

 こちらの世界でも、あんな事ができるなんて!

 私、どうなっちゃってるのかしら。

 もしかして、前のホラーゲームのスペックそのまま引き継いでいるのかも!!


 「ううっ」と涙を浮かべて小さくなっていると、戻ってきた鬼火さんたちが慰めるようにクルクルと回る。


「お、お前……本当、人間?」

 ジュード殿下が声を震わせて尋ねる。

 ああ、ドン引きされてるわ!

「に、人間ですよ? あれは……ちょっとした固有魔法なのです!! 私はほら、闇魔法が使えるので……」

 動揺してしまって、視線が右に左にと揺れる。


「そんな事よりも、先にやるべき事があります」

 ルシアンさんが茂みから出てきて、掘り起こされたままの棺桶に歩み寄る。

「お前、この状況でよく冷静でいられるな?」

「は? 亡霊じゃないなら、何を怖れる必要があるのです」

「そ、そうでした! 早く戻してあげないと!!」

 私はもハッとして、ルシアンさんに駆け寄る。


 地面に置かれている棺桶は、斧が突き刺さったままになっていた。

 蓋の一部が破壊されている。

 私は悲しくなって、その斧を引っこ抜いた。

 こんな事をするなんて、ひどすぎる。死者がいったい何をしたというのか。

 人間の方がずっと残忍で、怖ろしい。

 

 棺桶のそばにしゃがんだ殿下が、蓋の割れ目に火を翳す。

 穴の奥に、骨となった手とレースの袖が見えた。女性の墓だったみたいだ。

 殿下がいきなりその穴に手を突っ込んだので、私はびっくりして止めようとした。


「ジュード殿下!! 死んだ人を辱めるのはよくないです!!」

「うるさい、黙ってろ」

 殿下は煩わしそうに言うと、穴から手を引っこ抜く。その手に持っているのは、黒々と光る石だ。

 ジュード殿下がルシアンさんと顔を見合わせる。


「そ、それって、死者の……石?」

 私は驚いて尋ねた。

「ああ、そうらしい……あいつらは、これを回収しようとしていたんだろうな」

 ジュード殿下は、ルシアンさんに石を渡す。

 ルシアンさんは石の表面を指でなぞり、眉根を寄せた。

「魔法陣が彫られていますね……今までにはなかった」

「効率的に魔力を吸収するためだろうな」

 ルシアンさんは石を袋に入れて、鞄の中にしまっていた。


 ジュード殿下とルシアンさんが棺桶を戻そうとする。

「あ、あの……ちょっとだけ、待ってください!」

「なんだよ……グズグズしていると夜が明けるぞ」

 

 私は辺りを見回して、雑草に混じって咲いていた百合の花を摘む。それを開いていた穴の中に入れ、ポケットから取り出したハンカチを穴の上に被せておいた。

 こんな事しかできなくて、私はひどく申し訳ない気持ちになる。

 穴を塞いであげられたらよかったけれど、木の板もない。

「…………もういいのか?」 

 ジュード殿下が腰に手を当てながら、少し呆れた声で訊いた。

「は、はい! 私も手伝います」


 三人で棺桶を穴に下ろし、男たちが放り出していった大きなスコップで土を埋め戻す。

 それが終わると、私たちが掘り起こそうとしていたお墓の穴も綺麗に埋めておいた。

 

 礼拝堂に戻った時には、雲に隠れていた月がまた姿を見せてくれていた。

「くそ、泥だらけだ」

 靴についた泥を忌々しそうに落としながら、殿下が吐き捨てる。

「それじゃあ、帰りますよ~~」

「ああ、さっさと行け」

「…………ちょっと待ってください」

 鏡の前でピッタリくっついて並んでいると、一番後ろにいるルシアンさんが声を上げる。


「何だよ? 忘れ物か?」

「いえ……あの……誰かが……私の後ろにいる気が…………」

「は? そんなわけないだろ。俺たち以外に誰が……」

 振り返ったジュード殿下が、「うわああああ!」と悲鳴を上げる。


 後ろを見れば、ルシアンさんの腰に誰かが腕を回していた。

 細くて白い女性の手と、レースの袖が見える。

 その姿はほとんど透けていて、輪郭もぼやけていた。

 ルシアンさんの背中に抱きついている女性の口元に、笑みが浮かぶ。


「お、お、お前……なに、連れてきてんだぁ!!」

「わ、わ、私じゃありませんよ!」

 私は殿下に叱られて、ブルブルと首を振る。

「お前が余計な事をするからだろ。どうにかしろ~~!!」

「あ…………すみません、私はもうダメですね。後はよろしくお願いします」

「こんな所で、冷静に気を失うな、ルシアン!」


 ドミノ倒しのように押されて、三人(?)まとめて鏡の中にドボンとはまる。

 流されるままに時計塔の部屋に辿り着き、もつれ合うようにゴロンと転がり出た。

 殿下は相変わらず気分が悪そうに口を押さえているし、ルシアンさんは気を失ったままだ。

 よろよろと起き上がろうとした時、ふと冷たい手が頬に触れる。

 驚いて顔を上げると、フワフワの髪の愛らしい少女が私の目の前に浮かんでいる。

 びっくりしていると、少女は笑って私の額にキスをした。


『ありがとう…………またね』


 耳元で囁くような声が聞こえる。

 目を見開いて固まっていた私は、「あっ!」と手を伸ばす。

 その手をすり抜けるように、少女の姿は消えてしまった。

 ヒラリと舞い落ちてきたのは、私が棺桶に入れた百合の花びらだ。


 お礼を言うために、わざわざ来てくれたのかしら……。

 私は花びらを両手で優しく包む。


 なんだか少し涙が出てしまって、両手を顔に近づける。

 微かに甘い花の香りがした。

 ああ、ちょっとだけでも、役に立てたかな……。

 立ち上がった殿下が、私の頭をギュッと押さえる。


 いつもより、乱暴じゃないことに少し驚いた。

「お前も、とっと帰れよ……遅いんだ」

「は、はい……」

 


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