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とんでもない用事を言いつけられました。

「殿下ぁ~~!! た、助けてください」

 鏡から転がり出るなり、私はソファーで寛いでいるジュード殿下に駆け寄る。

 本から顔を上げた殿下が、「あぁ?」と迷惑そうな顔をして睨んできた。

 黙って座っていたら美しい王子様顔なのに、顔を顰めるとただの不良!

 怖いけれど、苦境に立たされた私に救いの手を差し伸べてくれる人は他にいない。


 その時、部屋のドアが開き、「おや、いたんですか?」とルシアンさんが入ってきた。

 タイミングよく、お茶の時間だったらしい。

 ティーポットとカップ、それにケーキの載った皿がトレイに載っている。

 涎を垂らしながらその姿を目で追っていると、ゴンッとゲンコツが降ってきた。


「お前の分はねーぞ」

「そんな、殺生なぁ……!! わ、私はこう見えて、色々お役に立っていると思うんですよね……ほら、鏡の中を移動できる〝特別〟な能力を持っていますし?」


 チラチラとケーキに熱い視線を向けながらアピールすると、「まあ、いいじゃありませんか」とルシアンさんが私の前にケーキと紅茶を用意してくれる。

 さすがルシアンさん!! 


 私はありがたくちょうだいすることにして、「いただきます」と手を合わせた。

 お皿とフォークを取り、ペロッと唇を舐めてから大きく口を開く。

 けれど、ケーキを味わう前に二発目のゲンコツが降ってきて、うっかり舌を噛んでしまった。


「わ、私はパン生地じゃありませんよ……!」

 いくら拳を叩き込んでも、ふっくらした柔らかいパンのようにはならない。

「お前。今、授業中だろ。サボってじゃねーよ! 本当に退学になっても知らねーぞ」

 呆れたように言われて、私は自分の頭を撫でながらハッとした。

「そ、そうでした……こうしている場合ではありませんでした……殿下、助けて下さいよぉ~~」

 重要な用件を思い出し、大事なケーキのお皿を一旦テーブルに置いてから、ジュード殿下の脚にしがみつく。


「うぜぇな。いったい、何なんだよ」

「先生に魔物と魔石のレポートを書いてこいって言われたんですけど……ど、どうやって書けばいいのか分からなくて……お願いです。頼りになるのはジュード殿下だけなんです。見捨てないでください。何でもしますから!」

 涙ぐんだ目で必死に訴えると、ジュード殿下がげんなりしたように溜息を吐いた。

 

「おい、ルシアン。こいつの面倒はお前の仕事だ。教えてやれ」

「お断りですね。気まぐれに生き物を拾うなと、いつも言っているでしょう。あなたの責任で、最後まで世話をすべきです」

「誰も、こんな珍獣拾ってねーよ」

「ひ、拾われましたぁ!」

 私は正座したまま、素早く手を上げる。


「…………ルシアン、これをどっかの森に埋めてこい。二度と蘇らないようにだ」

「嫌ですよ。ご自分でどうぞ。私は忙しいのです」

 ルシアンさんはメガネに指を添え、露骨に顔を顰める。


「しょうがねーな。で……何のレポートだって?」

「で、ですから、魔獣と魔石のですね。レポートなんです」

「そんなもん、教科書に載ってんだろうが。分からなきゃ、図書館に行けよ」

 今度はゲンコツではなく分厚い本が頭に降ってきて、私はウグッと首を竦める。

 タイトルは珍獣図鑑で、鈍器のような厚みがある。


「うううっ、ひどい……薄情者ぉ」

 泣き崩れる真似をしながら、引き寄せたケーキを大きな口で頬張る。

 うう、美味しい……紅茶のロールケーキだ。

 スポンジがフワフワで、クリームも紅茶風味。上にはリーフ型のホワイトチョコが添えてある。

 滅多に食べられない高級な味! 


 なんて、堪能している場合じゃない

 レポートが不合格で退学になったら、毎晩ジュード殿下の枕元に立って、ボソボソした声で恨み言を囁いてやるわ~~!

 口いっぱいにロールケーキを頬張る私を見て、ジュード殿下は嘆かわしいとばかりに目を覆っていた。


◇◇◇


「一般的に流通している赤の魔石は、魔物の体内で生成されます。赤い魔石が持つ属性は火で、熱源となるために魔導具などに使用されています」

 部屋に運んできた黒板に書き込みながら、ルシアンさんが魔石について説明してくれる。

 私は絨毯に正座して、フムフムと真剣に聞きながらノートを取っていた。

 と言っても、魔石の絵を描いているだけだ。

 足と手と口も描いてかわいくしてみました。

 クフッ……これは私の生み出した魔石ちゃん。


 ソファーでふんそり返っているジュード殿下が、「落書きとかしてんじゃねーぞ」とか余計な口出しをしてくるけど、さらっと聞き流しておく。

 今はルシアンさんの講義の最中だ。

 殿下に命令されて、嫌々ながら引き受けてくれたのだから、真剣に聞かないとバチが当たる。


「あ、あの!」

 私は精一杯賢そうな顔を作ってピンと手を挙げた。

「はい、何でしょう?」

「赤い魔石以外はないんです?」

「いいえ、ありますね。あまりにも希少なため、 ほぼ手に入りません。闇オークションでたまに出回るくらいです。ですから、一般的な魔石に比べて驚くほど高価です」

「な、なるほどぉ」


「知られているものでは、風の属性を持つ緑の魔石ですね。これは、別名精霊石とも呼ばれています。妖精の棲まう森で生成されますが、人が立ち入ることができないため入手は難しい。そもそも、精霊の森がどこにあるのか、人間には分かりません。あとは、水の属性を持つ青の魔石ですね。これは、別名セイレーン石と呼ばれていて、セイレーンの鱗から生成されると言われています。ただ、こちらもセイレーンの棲息はほとんど確認されていないため手に入ることはまずありません」


「な、なるほどぉ!」

 ペンを握りしめて頷いていると、ジュード殿下がさめた目を向けてくる。

「絶対、何も分かってねーだろ」


「それなら……あの……この前見た黒い魔石は、どうやってできるんです?」

 私が尋ねると、ルシアンさんとジュード殿下が顔を見合わせる。

 なんだか、聞いてはいけないことを聞いてしまったような気まずい雰囲気になってしまった。

 

「あれは、分かっていないんだよ」 

「それなら……えっと、どうやって手に入れるんです?」

 私はますます分からなくて、二人の顔を交互に見た。

 たまに森とか草むらに落ちているとか? 

 鳥の巣箱から見つかるのかも?


「黒の魔石は別名、死者の石と呼ばれています。ですが、それがどうやって生成させるのか、今だに解明されていません。一説には死者の嘆きと恨みから生まれるとも言われますが、実体は不明なのですよ」

 殿下が黙っているかわりに、ルシアンさんが小さく溜息を吐いて教えてくれた。

 死者の嘆きと恨みから生まれるだなんて、なんだか縁起の悪そうな石だわ……。


「ただ、ダンジョン内で使われてたものは、本物の死者の石ではありませんでした」

「ここから先の話は、レポートには書くなよ。教師に呼び出されるだけじゃすまなくなる。下手すりゃ投獄だ」

 ジュード殿下に怖い顔で念押しされ、私は赤ベこのごとく何度も頷いておいた。

 私だって投獄されるのは嫌だ。


「で、でも、偽物ということは、誰かが作ったんです?」

「そうなりますね。本物の死者の石には及びませんが、それなりの数のアンデットを生み出す事ができます。ですが、石が含有する魔力量が少ないため、それほど時間は持ちません。まあ、劣化版と言ったところですね」


 だとしたら、本物の死者の石はどれほど多くのアンデットを生み出せるのだろう。

 もっと強力なアンデットも現れるかもしれないという事だ。

 私はブルッと身震いした。

 ダンジョンに現れたスケルトンの親玉は、ジュード殿下すら苦戦していた。

 光属性の魔法が使えるユーイン殿下も、太刀打ちできなかったのだ。


「問題なのは、少しずつ性能が上がってきているって事だな」

「つ、つまり?」

「徐々にですが、本物の死者の石に近付いているということです」

 頭が追いつかない私に、ルシアンさんが説明してくれる。

 私は「なるほどぉ」と、さも分かったような顔で頷いておいた。


「それって、もしかして……すごく大変な事では?」

「だから、俺とこいつは王都に出回ってる偽物の死者の石を集めてたんだよ……まあ、そこにいきなり、お前が現れたんだけどな」

「ど、どうして集めているんです? ま……まさか、ジュード殿下も悪事に使おうと!?」

 私はハッとして、自分の口を手で押さえた。


 そ、そうだった……この人はゲームに出てくる鬼畜悪役……。

 アンデットを集めて死者の軍団を作り出し、あちこちで災厄を撒き散らす気かもしれない。

 恋愛ゲームのシナリオではそうだったような……?

 やっぱり、ジュード殿下は最終的に世界を滅ぼす悪の大魔王になる運命なのだ。

 そして、私はそんな悪の大魔王のパシリとして、運命を共にするしかない不幸な手下一号のモブ子!

 ああ、何という不運な巡り合せ。これもホラーゲームの亡霊役なんてやっていた因果かしら……。

 

「は? バカか。回収するために決まってんだろ。あんなもの、出回ってもろくな事にならない」

「あ、そうですね……」

 すんっとした顔になり、ムズムズする鼻の下を指でこする。


 私には、もちろん分かっていましたよ? 

 ジュード殿下は不良だし、口調も乱暴者だし、横暴ですぐにゲンコを落としてくるゲンコ野郎だけど、根っからの悪人じゃないって事はよーく分かっていましたとも!

 なんだかんだ言いながら、バケットサンドを分けてくれたり、お菓子を分けてくれたりもする。


「おい、すげー失礼な事を考えてんだろ。分かってんだぞ」

 睨まれた私は、「えへ……」と気味の悪い笑みを浮かべておいた。

 ジュード殿下がムカついたように私の頬をつまんで、ムギュッと伸ばそうしてくる。

 い、痛いです。殿下。


「とにかくだ。どこの誰かは知らないが、本物の死者の石を作る研究をしてやがるって事だ。そしてそいつは、かなり擬似的な石を作る事には成功し、それをあちこちにばら撒いて実験しているんだよ。深刻さが、お前にも分かったか?」

「は、はひぃ!」

 私は頬を引っ張られたまま返事をする。


「ただ……仮説はあるのです」

「死者の石がどうやって生成させるのか、そいつは分かっているという事か?」

「ええ、おそらく。以前から、黒の魔石は死者の恨みや嘆きによって生まれると言われていました。そして黒の魔石はアンデット系の魔物を生み出す。例えば、死者の棺に魔石を入れておいたらどうなるでしょう?」

 ルシアンさんは私と殿下の顔を見て、話を続ける。


「その魔石は死体に残留する人間の魔力を吸い込み、変質する……それが、あるいは死者の石と呼ばれるものになるのではないかと。ただ、実際に検証をしてみた事がないので分かりませんね。今は仮説でしかない」


 そんな事まで考えつくなんて、ルシアンさんはやっぱり賢い。すごい人だわ!

 尊敬の眼差しで見ていると、またしても横から頬を引っ張られた。

 ううっ、餅のように伸びる〜〜。


「死者の棺か。あり得るな。人間は魔力を持ちながら、魔物と違って魔石を持たない」

「ええ、人間の魔力は死後、肉体が朽ちるのに合わせて土に吸収されて消えるとされていました。ただ、例外的に強い恨みや悲しみ、苦しみといった感情に縛られたまま死ぬと、魔力が淀んで滞留し続ける事がある。それによって、死者がアンデット化すると言われています」

「その魔力を、棺に入れた魔石に吸わせる事で死者の石となる。つまり、偽物の死者の石も同様の方法で作られてる可能性があるって事か」

「本物の死者の石を生成するには、時間と魔力が相当必要となるのでしょう。おそらく、死者の魔力のみでは魔石は変質しない。そこに必要なのは、死者の憎しみや恨みといった思念の残滓であるのではないでしょうか」


 ルシアンさんとジュード殿下は難しい顔をして話し込んでいる。元亡霊の私にもさっぱり分からないけれど、とにかく人の棺桶に魔石を入れておくと、死者の石になるらしい。そんな事を考える人が、まともであるはずがない。


「ということは……王都のどこかの墓で、今もそいつは黒の魔石を作っている最中かもしれないって事だな。だとしたら、話は簡単だ」

 ジュード殿下はなぜか、私の肩をポンと叩いてくる。

 なんだかとっても嫌な予感しかしなくて、思わず後退りした。


「な、なんです? 私はレポートを書くのに忙しくて、殿下のお使いをしている暇なんてないですよ?」

「レポート、手伝ってほしいんだよな?」 

 殿下は「ん~?」と、いい笑顔で寄ってくる。

 私の喉がゴキュッと鳴った。


 レポートは手伝ってほしいけれど。

 で、でも……殿下に頼ると、もっとひどい目に遭いそうな気がする!


「お前だけで間に合うのか? 何だったら、俺が代わりにやってやってもいいぞ?」

「い、いえ……しゅ、宿題は……自分でやらないと……意味がないといいますか……」

 私はビクビクオドオドして、視線を泳がせた。目を合わせてはいけない気がする!

「間に合わなかったら〝退学〟になるんだよなぁ? ここは優秀な先輩の力を借りた方がいいんじゃねーのか?」


 ああ、悪魔のような笑顔で、悪魔のような囁きを!!

 私は誘惑に負けそうになり、頭を抱えてギュッと目を瞑った。

 この人はとんだやくざ者だ。頼み事をした代償に、きっと骨までしゃぶり尽くされてしまうわ!

 

「な……な、な、何を……代わりにさせるつもりです?」

 私は震えながら、恐る恐る尋ねてみる。

 ジュード殿下は私の両肩に手を添えると、悪い顔で笑みを浮かべる。


「墓を掘り起こしに行くから、協力してくれるよなぁ?」


 いやぁああああ~~!!

 やっぱり、ろくでもない事だったわ~~!!

 



 


 








 

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