第14話 誇りの火種
騎士団詰所の扉を押し開けた瞬間――
熱気と、鉄の匂いが押し寄せた。木製の長机。壁に立てかけられた剣。笑い声と、軽口と、ぶつかる金属音。
「おお、異世界人!」
真っ先に声をかけてきたのは、以前訓練場で顔を合わせた戦士だった。
「また来たのかよ」
「今日は何だ、見学か?」
気安い。あまりにも気安い。
普通なら――ここは、閉じた場所だ。
血と規律で結ばれた集団。よそ者に対しては、無言の圧がかかる。
だが、ここは違う。
「ちょっと相談がありまして」
快人は、いつもの調子で笑った。
「相談? 俺たちにか?」
「はい」
誰かが椅子を蹴って立ち上がる。
「面白そうだな。聞こうじゃねえか」
空気が、自然に輪になる。拒絶ではなく、受容。
この国の強みが、ここにもあった。
◇
(……やっぱり、いける)
快人は内心で頷く。頭の中では、すでに整理が終わっている。
――アンゾフの事業拡大マトリックス。
既存の資産を、どう横に広げるか。どの領域に打って出るか。
騎士団というコア資産。これをどう使うか。
(新市場×既存能力)
答えは明確だった。外に出す。
すなわち――
(傭兵化)
だが。
(言うなよ? それ)
即座に自分でツッコむ。正規の騎士団だ。誇りもある。矜持もある。
ここで――
「金払うから戦ってください」
などと言えば。
(普通に殴られるな)
ついでに。
(フィリアさんに地平線の果てまで追われるな)
あの脚力は本物だ。逃げ切れない。だから。
(言い方を変える)
快人は一歩、前に出た。
◇
「実はですね」
少しだけ声のトーンを落とす。自然と、周囲が静かになる。
「周辺の村が、困っているんです」
「……ほう?」
何人かの顔つきが変わる。
「最近、盗賊の動きが活発でして」
――事実だ。
ただし。
(だいぶ盛ってるけど)
心の中で付け足す。
「物資の輸送が滞ってる。夜は外に出られない。農作業もままならない」
「それは……」
誰かが眉をひそめる。
「だが、正式な要請は来てねえぞ」
鋭い指摘。快人は、そこで軽く視線を落とす。
「小さな村ですからね」
一呼吸を置く。
「声を上げる余裕もないんですよ」
沈黙。
騎士たちの表情が、じわりと変わる。怒りではない。守るべきものに対する反応。
「……放っておけねえな」
低い声が漏れる。
(よし)
内心でガッツポーズ。
(予定通りの反応)
「そこで、です」
快人はすかさず続ける。
「皆さんに、協力していただきたい」
「協力?」
「はい。あくまで治安維持です」
言葉を選ぶ。丁寧に。
「短期間でいい。現地に赴いて、盗賊を排除する」
「……それくらいなら」
頷く者が出始める。
「だが、人員がな」
「訓練もあるしな」
当然の懸念。快人は、そこも織り込み済みだった。
「むしろ好都合です」
「何?」
「実戦訓練になります」
一瞬、空気が止まる。
「実戦……だと?」
「はい」
快人は静かに言う。
「訓練場での稽古と、実戦は違う」
誰もが知っている事実。
「短期間、少人数での出動。状況判断。連携。即応」
一つ一つ、言葉を積む。
「全部、経験値になります」
騎士たちの目の色が変わる。守るから、強くなるへ。軸が、少しだけ動く。
「……悪くねえな」
誰かが呟く。
「むしろ、やるべきだ」
別の声が重なる。快人は、さらに一押しする。
「そして」
指を立てる。
「感謝されます」
「……」
「直接」
短く言い切る。
「助けた人たちに」
沈黙。だがそれは、拒絶ではない。噛みしめるような沈黙。
「……行くか」
ぽつりと、一人が言った。
「おう」
「決まりだな」
次々と声が上がる。輪が、固まる。
◇
(乗った)
快人は、心の中で静かに笑った。
(あとは――)
流れに乗せるだけ。
「ありがとうございます」
軽く頭を下げる。
「では、詳細は僕の方で詰めます」
「おう、頼んだぞ異世界人!」
「変な仕事持ってくるなよな、ははは!」
笑い声が広がる。その中心で。快人は、ほんの少しだけ目を細めた。
(これで一歩)
小さな勝利。だが確実な一歩。
騎士団は動く。外へ。国の外へ。
その瞬間から――
アストレア王国は、閉じた国ではなくなる。
◇
詰所を出ると、夜風が頬を撫でた。
「……うまくいったな」
背後から声。振り返ると、フィリアが腕を組んで立っていた。
「聞いてたんですか」
「途中からな」
ため息。だが、口元はわずかに緩んでいる。
「……お前、やり方がずるい」
「褒め言葉として受け取ります」
「褒めてない!」
即座に否定。だが。その目は、どこか楽しそうだった。
「まあいい」
フィリアは空を見上げる。
「結果が出るなら、それでいい」
快人も、同じ方向を見る。
「出ますよ」
静かに言う。
「これは勝ち筋なんで」
フィリアは横目で見る。
「その自信、どこから来るんだ」
快人は、少しだけ笑った。
「経験です」
短く。それだけ言って、歩き出す。
フィリアは一瞬だけ立ち止まり――すぐに追いかけた。
アストレア王国。
その小さな一手は、確実に次の展開を呼び込んでいた。




