第8話 みんなと一緒に生きて帰りたい!
朱音は祭壇の前で、ふらつくように一歩後ずさった。
「くっ……」
苦しげに表情を歪め、右手で腹部を押さえる。
武三郎と清志郎の奇襲で受けた傷は致命傷には程遠い。それでも、不意を突かれて浴びた斬撃と腹部への蹴りは、確かな痛みとなって彼女の身体へ刻まれていた。
加えて、向日葵が指摘した通り、呪禁道は術者自身の命と人間性を代償に霊力を引き出す禁術。
体内に荒れ狂う膨大な霊力は、今もなお朱音の身体を内側から蝕み続け、その負荷は刻一刻と増していた。
その一瞬の隙を、武三郎も清志郎も見逃さない。
「今だ!キヨさん!」
「おう!」
2人は床を蹴り、一気に間合いを詰める。
「おらよっ!!」
武三郎の居合いが一直線に閃き、ほぼ同時に清志郎が右側面へ回り込む。
左右からの挟撃、完璧な連携だった。
しかし。
朱音は苦悶の表情を押し殺し、ゆっくりと口元を吊り上げる。
「……甘いわ」
指先が一瞬で印を結ぶ。
真言すら唱えない。
次の瞬間。
──ゴォォッ!!
漆黒の炎が2本の奔流となって噴き上がり、武三郎と清志郎を迎え撃った。
「なっ!!」
「しまっ……!」
2人は咄嗟に刀と鉄甲を盾代わりにして身を守る。
爆ぜるような衝撃。
「うおぉっ!!」
「ぐあっ!!」
武三郎と清志郎は数メートルも吹き飛ばされ、床を転がるも、すぐさま受け身を取り、素早く立ち上がる。
黒と浅葱色の武者鎧には、黒炎に焼かれた焦げ跡が痛々しい。
武三郎は焦げた肩当てを見て、苦笑いを浮かべる。
「……あっぶねぇ!あの真紅のババア、黒い炎をぶっ放してきやがったぜ」
肩を回しながら息を吐く。
隣で清志郎も鎧についた煤を手で払う。
「んだなぁ、あんなもん、まともに食らってたら俺たちゃ今頃、御陀仏だったべさ」
忍者刀を握り直し、朱音を睨む。
「さすがはレオの兄ちゃんたちを追い詰めただけの化け物だべ」
奇襲そのものは成功した。
実際、朱音へ傷を負わせることもできた。
だが、あと一歩届かなかった。
武三郎は悔しそうに舌打ちする。
「ちっ……仕留め損ねちまったな」
そんな2人の後ろから、呆れたような声が飛ぶ。
「だから言ったじゃない!」
向日葵だった。
両腰に手を当て、眼鏡の奥から2人をじろりと睨む。
「無闇に突っ込んだら駄目って。ちゃんと人の話を聞きなさいよ」
「うっ……」
「面目ねぇべ……」
勢いを失った2人は、揃って肩をすくめる。
その様子に、あんずは思わず小さく笑みを漏らした。
「もう……2人とも」
すぐに表情を引き締めると、武三郎の腕をそっと取る。
「タケくんの火傷は……少しだけだね」
祓串をかざし淡い光を照らして、傷口を確かめる。
「キヨ君も見せて」
「見れ見れ」
清志郎も素直に腕を差し出すと、治療術式を2人に施す。
向日葵も武三郎の肩当てへ手を添え、焼け焦げた鎧を確認した。
「鎧が熱を受け止めてくれたおかげね。本当に危なかったんだから」
武三郎は照れくさそうに頭を掻く。
「悪ぃ悪ぃ。でもよ、あそこで行かなきゃ侍じゃねぇと思ってよ」
向日葵は小さくため息をつき、それでも優しく微笑んだ。
「その心意気は立派。でも、今回は6人で戦うんだから、勝手に動いちゃダメよ」
あんずも笑顔で頷く。
「そうだよ。タケ君もキヨ君も、やんちゃしても良いけど、ちゃんと頼ってね」
2人は顔を見合わせると、照れ隠しのように笑った。
「へへっ、分かったよ」
「今度はちゃんと作戦通り動くべ」
「……本当かなぁ」
向日葵は半信半疑といった顔で武三郎を見る。
「ほら、タケじっとして」
「ん?なんだよ」
「いいから」
向日葵は武三郎の肩当てにそっと触れた。
先ほど黒炎をかすめた浅葱色の武者鎧は、一部が黒く煤け、革紐も少し焼け焦げている。
「こんなになるまで突っ込むんだから」
指先で焦げた革紐をなぞりながら、小さく眉を寄せる。
「んだょ。これくらい平気だって」
「平気じゃない」
向日葵は即座に言い返した。
「鎧が傷んだら、次は身体なんだから」
そう言うと、肩の煤を軽く払ってやる。
「後で紐を結び直してあげる。いい?無茶はダメよ」
武三郎は少しだけ居心地が悪そうに頭を掻いた。
「……子どもじゃねぇんだけどよぉ」
「知ってるわよ」
向日葵はくすりと笑う。
「でも放っておくと、すぐ無茶するじゃない」
「ぐっ……」
反論できず、武三郎は口をへの字に曲げた。
そのやり取りを見ていたレオは、小さく口元を緩める。
「……いい仲間だ。それに奇襲の連携は良い動きだった」
樹玄も穏やかに頷いた。
「数馬も、きっと安心して見守っておろう」
6人は再び武器を構え、ゆっくりと朱音へ向き直る。
朱音は6人を見渡し、小さく眉をひそめた。
「術師が3人……厄介ね」
レオと『ババア』呼ばわりした侍、忍者の前衛。
だが本当に警戒すべきは後衛だった。
法力を扱う樹玄、陰陽師の少女、巫女の少女。
三者三様の術式干渉が可能な布陣。
朱音は静かに印を結ぶ。
「ならば、まずは3人纏めて」
指先から黒い霧が滲み、空間に五芒星の陣が浮かび上がる。
呪禁道の封印術式──対象の霊力位相に“同調”し、外部から霊的に固定する拘束陣。
「封じなさい」
黒い五芒星が樹玄へ向けて射出され後衛の3人に迫った瞬間。
──パァァァンッ!!
到達の直前、五芒星は空間ごと弾け飛んだ。
術式が“触れる前に崩壊”したのだ。
「なっ!?」
朱音の目が鋭く細まる。
(接触前に崩壊……位相干渉?)
本来、封印術は対象となる相手の霊力、神力、魂力、魔力など、使い手の術式形態の源に接触して初めて成立する。
しかし今のは、その前段階。同調そのものが拒絶されていた。
樹玄は胸元に手を当てる。朱音の視線には懐の呪符が淡く光っているのが見える。
向日葵が軽く人差し指を立てる。
「残念でした」
ぺろりと舌を出す。
「それ、効かないから諦めて」
朱音はわずかに目を細めた。
(封印の同調が成立していない……?)
──戦闘前。
向日葵は樹玄とあんずに呪符を渡していた。
「これ、持ってて」
あんずは目を輝かせる。
「うわぁ、助かるよ〜!」
樹玄は呪符を見つめる。
「向日葵殿、これは?」
「対封印術式用の霊具です。どこでも良いので身につけて下さい」
向日葵は指で空をなぞる。
「封印って、陰陽師なら霊力、巫女なら神力、お坊さんなら魂力、魔法士なら魔力と言った具合に、使い手の源に“同調させて固定する術”なんです。だから逆に、外から“逆位相の干渉”を流せば同調が崩れる」
樹玄は静かに頷く。
「術式成立そのものを潰すのか」
「そうです」
向日葵は軽く笑う。
「封印とは相手の源に鍵を掛ける術式。つまり、こちらが鍵穴の形をズラせば、鍵は入らないでしょ?」
あんずが感心したように声を上げる。
「すごーい!向日葵ちゃん、腹黒だね!」
「……あんず。それ褒めてないから」
向日葵は続ける。
「しばらくの間、相手が私より上手の霊力を持っても、封印の成立を失敗させる事が出来ます。これは、陰陽師であるおっかさん特製」
そして小さく付け加えた。
「朱音は恐らく、最初、私達後衛に絡め手を使うと考えられます。尚のこと事前の対策は立てておくべきです」
樹玄は手の中の呪符へ静かに視線を落とした。
丁寧に書かれた術式。無駄のない霊力の流れ。
そして、朱音の戦い方を見越した上で、事前に対策まで講じている周到さ。
どれを取っても、一介の六等級冒険者が思いつく発想ではなかった。智略と言えた。
「……なるほど、実に見事な発想よ」
樹玄は感嘆の息を漏らすと、向日葵は少し照れくさそうに微笑む。
「おっかさんに教わったことを応用しただけです」
樹玄は首を横に振った。
「いや、それだけではない」
穏やかな笑みを浮かべ、向日葵を見つめる。
「術というものは、知るだけでは意味を成さぬ。敵を知り、己を知り、その上で戦いの前に備える。その判断力こそが術師の真価よ」
向日葵は思わず姿勢を正した。
樹玄は感心したように頷く。
「拙僧は、そなたを決して侮っていたわけではない。だが……正直に申せば、六等級という若き陰陽師が、ここまで先を読んでいるとは思わなんだ」
その言葉に、向日葵は少しだけ頬を赤らめる。
「ありがとうございます」
樹玄は優しく目を細めた。
「其方には、優れた陰陽師としての才がある。それも、お母上から受け継いだ知識だけでなく、敵の術を冷静に見抜き、最善の手を組み立てる知略は、紛れもなく其方自身の力だ」
隣でレオも腕を組みながら頷いた。
「樹玄の言う通りだ。君がいてくれるなら、俺たちは安心して前へ出られる」
向日葵は少し恥ずかしそうに眼鏡を押し上げ、小さく微笑んだ。
「……ありがとうございます。期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」
──朱音は静かに息を吐いた。
「……術式成立そのものを潰す、というわけね」
封印は発動後の解除が困難な術。
だが向日葵の呪符は、その“発動前”の同調の瞬間を破壊している。
つまり術式は完成していない。
弾かれたのではなく、形を成す前に“成立しなかった”。
朱音は向日葵を見据える。
「小娘が小賢しい真似を……」
向日葵は扇子を構え直す。
「おっかさん特製なんだから……」
眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。
「そう簡単にはやらせないわよ」
あんずの耳がぴくりと震えた。
祭壇の中央には、幾重もの漆黒の呪鎖に縛られた巨大な海竜が、苦しげに呻いている。
その姿を見たあんずは、思わず声を上げた。
「向日葵ちゃん、あれ!」
向日葵も視線を向け、息を呑む。
「……うん。村の人たちが言ってた海竜さんだね」
祭壇を覆う巨大な黒い五芒星。
その中心に囚われた蒼き海竜の鱗は、本来の美しい輝きを失い、漆黒の瘴気に蝕まれていた。
幾重にも絡みつく呪鎖は、生き物のように脈打ちながら海竜の身体へ食い込み、そのたびに海竜は苦しげな呻き声を漏らす。
あんずは胸元の祓串を強く握り締めた。
「こんなの、あまりにも酷いよ……海竜さん、ずっと助けを求めてたんだね……」
あんずは胸に手を当て、小さく目を閉じ神気を研ぎ澄ませると、次の瞬間、確信を持って頷いた。
「あっ……この感じ……」
悲しげに瞳を伏せる。
「やっぱり……アタシの意識に入っていたのは、海竜さんだったんだ」
その身体から感じる神聖な霊力は、この村と海を護ってきた、神の眷属そのものだった。
樹玄は海竜を見つめ、拳を強く握り締める。
「……何という所業を」
静かな声音だっただが、その奥には怒りが燃え上がっている。
数珠が軋むほど強く握り締められる。
「神仏を穢し、守護神を生きながら贄とするとは……もはや魍魎の眷属よ」
その言葉に、場の空気がさらに冷えた。
あんずは悲しげに海竜を見つめ、小さく呟く。
「絶対に助けるから……もう少しだけ、頑張って」
その言葉に応えるように、海竜はかすかに瞼を震わせ、弱々しい呻き声を漏らした。
レオはゆっくりと剣を構えた。
もう迷いはない。
朱音を真っ直ぐ見据え、静かに告げる。
「朱音」
かつて仲間だった者の名を呼ぶ。
「……もう、君に言うことは何もない」
朱音は薄く笑う。
「あら、残念だわ。私の事、慰めてくれたのに」
「好きに言えばいいさ。俺は目を逸らさず背負っていくよ」
レオは一歩踏み出した。動揺も迷いもない。
そして、背中のバスタードソードをゆっくりと引き出す。
「もう、捕らえることはしない」
剣先が静かに朱音へ向けられる。
「ここで息の根を止める」
その瞳に宿るのは、復讐ではない。
未来を守るための覚悟。
自分と肩を並べて立ち向かう、若者達のためにも!
「刺し違えてでも討つ」
朱音は肩を震わせ、小さく笑った。
「ふふっ……ようやく、その顔になったのね」
黒炎が朱音の足元から立ち昇る。
「それでこそ、私が殺したかった”勇者”よ」
禍々しい呪力が祭壇全体を包み込み、空気が震えた。
決戦の火蓋が、静かに切って落とされる。
向日葵は眼鏡を押し上げ、一歩前へ出る。
「みんな、最初に防御を固めるよ!」
両手で素早く印を結び真言を唱える
「──天津風。国津光。神鏡照らし。禍を映して返せ。急急如律令──八重鏡」
右手の扇を払い号令を掛ける。
「──張巡る」
6人の頭上へ巨大な五芒星の方陣が浮かび上がる。
それは8枚の鏡が重なるように幾重にも輝き、一瞬だけ六人を包み込むと、光は目に見えない障壁となって溶け込んでいった。
向日葵は振り返らず叫ぶ。
「樹玄さん!回復継続術式をお願いします!」
「承知!」
樹玄は錫杖を床に突き立て、左手で静かに合掌する。
「南無帰命仏。慈光遍照。功徳円満。蓮華開敷。一切衆生。安穏成就」
静謐な読経が玄室へ響き渡る。
「──《法雨潤生》」
六人の足元へ黄金の梵字が刻まれた法陣が広がり、柔らかな仏光が全身を優しく包み込む。
「次、あんず!防御術式を展開して!」
「うん!」
あんずは祓串を胸の前で構え、深く息を吸う。
「──和慈天姫命。清らけき御光、此処に集いし者らを守り給え。月霊の羽は静かに舞い降り、影を祓い、身を包み、心を結ぶ」
祓串は淡い青白い光を放つ。
「──《天姫・光羽の結衣》」
月光の羽が空から舞い降り、1枚、また1枚と6人の肩へ優しく降り積もった。
羽は光の衣となって身体へ溶け込み、神気の加護が仲間たちを包み込む。
向日葵はレオへ向き直った。
「レオさん」
その声に、レオは振り返ると、向日葵は静かに印を結んだ。
「木火土金水。五行顕現。武威纏装。急急如律令──五行武纏」
扇子をレオに向け静かに号令を放つ。
「力招来」
五色の霊光が螺旋を描きながら駆け巡り、レオの身体と武器へ収束すると、淡い光が瞬時に駆け巡る。
「相手は化け物です。呪禁道で霊力と身体は強化されています。レオさんなら大丈夫とは思うのですが、念の為、身体能力と武器の強化を図りました」
バスタードソードを握る手に、確かな力が満ちる。
レオは自分の身体を確かめるように拳を握った。
「……凄いな」
向日葵は小さく笑う。
「無茶はしないでくださいね」
「ああ」
レオは剣を構える。
「ありがとう、向日葵」
そして、大きな手で、向日葵の頭を優しく撫でた。
「君がいてくれて助かる」
一瞬、向日葵は驚いたように目を瞬かせる。
だが、すぐに小さく微笑んだ。
「……はい!」
次の瞬間、レオの姿が消えた。
踏み込んだ一歩。
それだけで大地が砕けるようだった。
目にも止まらぬ速度で、朱音へ迫る。
「っ!」
朱音は即座に反応した。胸元から独鈷を取り出し左手で印を結ぶ。
「……来るのね」
独鈷の先端から漆黒の炎が渦巻くと、形を成し一本の刀身へと変化した。
呪禁道によって生み出された、禍々しい炎の刃。
レオのバスタードソードと、朱音の黒炎刀が激突する。
甲高い音が玄室へ響いた。
しかし、朱音は目を見開く。
(速い……!)
レオの剣は、強化術の力だけではない。
重いはずのバスタードソードを、まるで片手剣のように扱う。
斬撃。
踏み込み。
間合い。
全てが洗練されている。
朱音の黒炎刀と、レオのバスタードソードが激しくぶつかる様子に武三郎も清志郎も思わず見入ってしまう。
「……すげぇ」
武三郎が思わず呟く。
「タケ?」
清志郎が視線を向ける。
武三郎は、レオの戦いを食い入るように見つめていた。
「いや……強化術式がすげぇんじゃねぇ」
レオは朱音の斬撃を受け流し、踏み込みながら反撃する。
一歩。
半歩。
相手の間合いを完全に読み、最小限の動きで攻撃を避けている。
「レオの兄ちゃん…… バカでかい大剣の振り方も、足運びも……全部無駄がねぇ」
息を呑む武三郎に、清志郎も頷く。
「んだべ……あれは場数を踏んだ人間の動きだべさ」
ただ力が強いだけではない。
ただ速いだけでもない。
相手の癖を読み、次の一手を予測し、自分に有利な流れを作っている。
「あの戦い方、三等級冒険者以上だぞ……」
武三郎は苦笑する。
「こりゃ、等級だけじゃ測れねぇ強さだべ」
清志郎も忍者刀を構え直す。
「数馬の兄ちゃんは、安心して背中を預けてたんだろうなあ。あの強さを見てわかってきたべ」
その視線の先で、レオは朱音の黒炎を受け止め、再び前へ踏み込んだ。
「まだ終わりじゃないぞ、朱音!」
重い斬撃が唸りを上げる。
朱音も黒炎刀で迎え撃ち、刃と刃が激しく火花を散らした。
呪禁道による黒炎刀と身体強化で、水準以上の戦士の動きが取れているが、生粋の戦士であるレオの剣を霊力なして相手すれば、瞬く間もなく絶命しているだろう。
十合。
二十合。
一瞬たりとも気を抜けば命を落とす、凄まじい斬り結び。
だが、接近戦が長引けば、分が悪いと悟った朱音は、鍔迫り合いの最中、左手だけで素早く印を結び始める。
向日葵が鋭く叫ぶ。
「タケ!キヨ!レオさんの援護を!」
「おう!任せな!」
「任せるべ!」
2人は同時に地を蹴ると、武三郎は正面から大きく踏み込み、豪快な袈裟斬りを放つ。
「こっち見ろ! クソババア!」
朱音は舌打ちしながら黒炎刀で受け流す。
その瞬間だった。
「今だべ!」
清志郎が朱音の背後へ滑り込む。
忍者刀が閃き、脇腹を狙う。
「ちっ!」
朱音は身を捻って致命傷を避けるが、刃は衣を裂き、鮮血が舞った。
そこへ間髪入れず、レオの大剣が唸る。
「逃がさん!」
三方向から畳み掛ける連続攻撃。
武三郎が正面から圧力を掛け、清志郎が死角を突き、レオが決定打を狙う。
3人は互いの動きを一切邪魔することなく、まるで長年組んできた仲間のように連携していた。
朱音も追い詰められ、左手で印を結び、黒い五芒星の盾を現出させ、攻撃を防ぎ始めた。
だが、3人の斬撃は苛烈を極め、呪術で防げても気を緩めば間違いなく斃される。
(……このままでは押し切られる)
3人とも剣筋は違う。
レオは経験に裏打ちされた柔軟な立回り。
侍は豪快さの中に鋭さを秘めた剣術。
忍者は死角を突く、忍本来の変幻自在な斬撃。
呪禁道による身体強化も前衛3人の間断ない猛攻には意味をなさなくなる。
前衛の本来の恐ろしさを、初めて身を持って知ることとなった。
「くっ……!」
真紅の装束は斬り裂かれ、肩や腕や脚に浅い傷が次々と刻まれていく。
3人に押されながらも、朱音の左手はなお印を結び直す刹那、その紅い瞳が妖しく光る。
「……面倒ね」
小さく舌打ちすると、朱音は後方へ走って退くと、そのまま左手で素早く印を結ぶ。
「あなた達は、これを相手になさい」
巨大な黒い五芒星が地面いっぱいに広がり、瘴気が噴き上がる。
黒煙の中から現れたのは、通常の地鬼より一回り大きな2体の魔物だった。
重厚な黒鉄の鎧を身に纏い、1体は巨大な戦斧を、もう1体は大太刀を携えている。
群れの中で幾多の死線を潜り抜け、上位種へと進化を遂げた歴戦の地鬼。
その佇まいには、百戦錬磨の武人を思わせる貫禄が漂い、妖しく紅く輝く双眸が獲物を静かに見据えていた。
「……旗本地鬼」
武三郎が低く呻く。
西方では「ヴァンガード・ゴブリン」と呼ばれる上位種。
幾多の戦いを生き延び、群れの中で進化を重ねた、まさに地鬼たちの精鋭である。
大和では武士階級の名になぞらえ、「旗本地鬼」、あるいは「旗鬼」と呼ばれていた。
「ヤベェのが出てきちまったな……キヨさん」
それでも武三郎は、不敵な笑みを浮かべる。
隣では普段は少女のように柔らかな瞳をした清志郎も、恐ろしいほどの殺気を宿していた。
「んだけども、極悪ババア相手に斬りかかってんだから、今さらだべ」
六等級の武三郎と清志郎にとって、決して容易な相手ではない。
2体の旗本地鬼は咆哮を上げると、レオ、武三郎、清志郎の三人の前へ立ちはだかった。
六等級の武三郎と清志郎にとっては、容易な相手ではない。
「グォォォォッ!!」
「ちっ!」
武三郎は刀を構え直し、旗本地鬼の大太刀を、自身の大太刀で受け止めたが、繰り出される力の衝撃に腰と膝が沈んだ。
「マジかよ!重いな!」
刀を出さなければ、頭から叩き割られていただろう。
豪胆な武三郎もヒヤリとした。
もう1体は清志郎に目掛けて戦斧を振り下ろすも、咄嗟に身を低くして地面に滑り込み回避する清志郎も忍者刀を低く構え、魔物を睨みつける。
「タケ!キヨ!攻撃はまともに受けるな!回り込んで斬り込むんだ!」
レオは朱音の視線を追った。そして、前衛3人には目もくれず、後衛だけを見据えていることに気付いた。
「後衛に狙いを変えたか……だが、あいつがいる!」
朱音のその冷たい瞳が向けられた先には
向日葵とあんず、そして樹玄に向けられていた。
(前衛は旗本地鬼に任せればいい。時間稼ぎにはなるわ。厄介なのは術師3人……今は対術障壁術式が張られ、呪術を当てても軽減され意味はない)
朱音は左手で複雑な印を結び始めた。
(それと、陰陽師の小娘。封印術を無効化した霊具まで用意していた。霊力は私ほどではない。だが……先程から先手を取られているのは、あの小娘によるもの)
向日葵を見据える瞳が細められる。
(あの小娘は先に殺す。巫女と樹玄はその後で十分)
禍々しい霊力が再び指先へ集まり、黒炎が不気味に揺らめく。
「始末してあげるわ」
向日葵は思わず身を震わせた。
「あの女……私を見て笑ってる」
背筋を這うような悪寒。
獲物を見つけた悪鬼のような笑みだった。
樹玄も朱音が後衛、とりわけ向日葵を狙っていることに気付く。
(朱音め……気付いたか)
あの真紅の陰陽師は理解したのだ。
この場で最も厄介なのは、術を読み、先手を打ってくる向日葵であるとを。
樹玄は二人の前へ一歩踏み出す。
「向日葵殿、あんず殿!拙僧の後ろへ!」
「はい!」
「わかりました!」
向日葵とあんずを背後に誘導すると朱音の姿が、ふっと掻き消えるが視界に入った。
だが樹玄は慌てない。
懐から経典を抜き放ち、左手で胸前に掲げ静かに経を唱えた。
「──南無帰命仏。金剛堅固。護法円満。安穏成就」
経典から金色の法力が溢れ出す。
「──金剛法壁」
法力が展開された瞬間のことだった。
「近くで見ると、本当に綺麗ね」
妖艶な声が向日葵の背後から響いた。
真紅の衣をまとった朱音が、いつの間にか背後へ立っている。
「お人形さんみたい。ゆっくり愛でてみたいわ」
恐怖の眼差しを向ける向日葵の頬に口付けをする。
そして、同時に黒炎を宿した刀を静かに掲げた。
「あっ……!」
向日葵の身体が強張り動けない。
「向日葵ちゃん!逃げて!」
あんずの叫び。
黒炎刀が振り下ろされる。
向日葵が目を瞑ると、樹玄の経典が生き物のように宙を舞い、3人を包み込んでいた。
黄金の法壁に黒炎が激突すると轟音と共に黒炎は四散し、霧散する。
「なっ!?」
朱音が驚愕した。
「おのれ!」
黒炎刀を振り上げ、一気に斬り掛かると、その前へ躍り出たのは樹玄だった。
錫杖で死の刃を受け止めると甲高い衝撃音が響く。
「せいやっ!」
気合い一閃で押し退けると、錫杖は五月雨の如く突き出され、朱音は辛うじて受け流す。
しかし、樹玄はすでに次の一撃へ移り、錫杖を横薙ぎに唸らせた。
「ぐあっ!」
朱音の脇腹へ重い一撃が叩き込まれ、苦悶の表情を浮かべると、樹玄は錫杖を構え直す。
「拙僧を、法力しか能のない僧侶と思うたか」
穏やかな表情のまま言い放つ。
「拙僧は僧兵としての修行も積んでおる」
その眼光だけが鋭く光る。
「未来ある若人の命を奪うこと、この樹玄、断じて許さぬ!」
「樹玄さん!」
向日葵は胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます!」
樹玄は振り返り、小さく微笑んだ。
「案ずるな」
そして前方へ視線を向けるとレオへ声を飛ばす。
「ここは拙僧が抑える!お主は安心して戦え!」
「いつも助かるよ!」
レオは樹玄の声を背中で受け止め、小さく笑みを浮かべた。
短いやり取りだが、6年間、生死を共にした仲間だからこそ
互いの役目は、言葉を交わさずとも分かっている。
レオは旗本地鬼へ視線を向けた。
「タケ!キヨ!一旦、俺の後ろへ下がれ!」
「おう!」
「分かったべ!」
2人は迷わず距離を取り、レオの左右後方へ移る。
旗本地鬼は咆哮を上げ、大太刀と戦斧を同時に振り下ろした。
レオはバスタードソードを横一文字に構え、その一撃を真正面から受け止めるが、それでもレオは微動だにしない。
鍛え抜かれた膂力は、そう簡単に戦士を跪かせなかった。
そして一気に押し退けると、鋭い斬撃で足や腕を斬りつけ旗本地鬼2体を片膝を地につかせる。
「こいつらに時間を掛けている暇はない」
静かに呟く。
「手早く片付けるぞ」
武三郎が口元を吊り上げる。
「何か考えがあるのかよ?」
「まあな」
レオは悪戯っぽく笑うと、左手を腰の道具袋へ伸ばす。
取り出したのは、掌ほどの長さしかない鋼鉄製の楔だった。
表面には精密な魔法陣が幾重にも刻まれている。
「《爆裂楔》だ」
武三郎が目を丸くする。
「なんだそりゃ?」
清志郎も興味津々に身を乗り出す。
「面白ぇもん持ってるべな。忍道具け?」
レオは苦笑する。
「違う違う。ララリカ製で俺の特注魔道具だ」
旗本地鬼の戦斧を受け流しながら続けた。
「まず!」
地を蹴り、レオの姿が一瞬で懐へ潜り込む。
バスタードソードで大太刀を弾き上げ、その隙に鋼鉄の楔を旗本地鬼の脇腹へ突き立てると、旗本地鬼の武者鎧ごと貫き、ギィンッと鈍い音が響く。
「こうやって刺す」
旗本地鬼が怒り狂い、戦斧を振り回す。
しかしレオは軽やかに距離を取る。
右手を楔へ向けた。
「そして!」
掌へ魔力を集中させる。
「楔に魔力を流し込むだけだ」
楔に刻まれた術式が紅く輝き始めた。
──キィィィン
レオが魔力を流し込んだ瞬間、楔に刻まれた魔法陣が赤く輝く。
「よし、起動した。離れるぞ!全員耳を塞げ!」
「おお!」
「んだ!」
2人は左右へ飛び退く。
樹玄、向日葵、あんずも咄嗟に耳を塞ぐ。
「ショータイムだ!」
レオが不敵な笑いを浮かべると同時に、次の瞬間。
──パァァァン!!
次の瞬間、轟音とともに旗本地鬼の左脇腹が内側から弾け飛んだ。
爆発は体内から鎧ごと吹き飛ばし、黒鉄の装甲が粉々に砕け散る。
「グォォォォォッ!!」
旗本地鬼は絶叫しながら膝をつく。
左半身は無残に吹き飛び、傷口からはおびただしい血が吹き出していた。
武三郎は思わず目を見開く。
「すっげぇ……!」
清志郎も感嘆の声を漏らす。
「中から爆発させる武器なんて、初めて見たべ……」
レオは剣を構え直し、不敵に笑う。
「デカブツの地鬼程度なら、硬い鎧だろうと、この手はよく効く」
傷付いた旗本地鬼を真っ直ぐ見据える。
「よし、行ける!タケとキヨは、傷付いた旗本地鬼を!俺は大太刀の方を始末する!」
武三郎は刀を握り直し、豪快に笑った。
「へっ!だったら、おいらの仕事は決まってるな!」
清志郎も忍者刀を構え、静かに頷く。
「一気に首、もらうべ!」
3人は再び同時に地を蹴り、傷付いた旗本地鬼へ襲い掛かかる。
爆裂楔によって深手を負った旗本地鬼は、それでもなお咆哮を上げた。
「グオォォォォッ!!」
左半身から血を噴き出しながら、残された力を振り絞るように巨大な戦斧を振り上げる。
「身体半分吹っ飛ばされてんのに根性あんじゃねえか!バカやろう!
武三郎は不敵に笑い、紙一重でその一撃をかわした。
戦斧が轟音とともに石畳に亀裂が入る。
「そんな大振りじゃ、おいらには当たらねぇ!」
踏み込みと同時に、大太刀が鋭く閃いた。
「せぇぇぇいッ!!」
銀閃が走った瞬間、旗本地鬼の分厚い右腕が肩口から切り飛ばされ、戦斧ごと地面へ叩き落とされた。
「グガァァァッ!!」
苦悶の咆哮を上げる旗本地鬼。
「今だ!キヨさん!」
武三郎の声に応えるように、1つの影が旗本地鬼の懐へ滑り込んだ。
清志郎だった。
忍の体術を活かした低い姿勢から、旗本地鬼の巨体に一気に登り詰める。
「これで終いだべ」
刃は喉元を一文字に当てると、そのまま引いて喉を切り裂く。さらに返す刃で首筋の動脈を断ち切った。
鮮血が弧を描くと、旗本地鬼は目を見開いたまま2、3歩よろめく。
──ドォンッ。
巨体が音を立てて前のめりに倒れ伏した。
「まずは1体!」
武三郎が刀を振って血を払う。
「片付いたべ!」
清志郎も短く頷いた。
一方、レオはもう一体の旗本地鬼と激しい斬り結びを続けていた。
重い大太刀が唸りを上げるたび、火花が散る。
「悪いが、急いでるんだ」
レオは踏み込み、剣筋を変えると、銀色の軌跡が一閃。
旗本地鬼の左腕が宙を舞った。
「グォッ!?」
体勢を崩した、その一瞬。
レオは両手でバスタードソードを握り直し、全身の力を刃へ乗せる。
「終わりだ!」
渾身の一撃が横一直線に振り抜かれると、鋼を断つような鋭い音が響きく。
旗本地鬼の巨体は腰からか左右に真っ二つに裂けると、遅れて大量の鮮血が噴き上がる。
裂けた巨体は、そのまま動かなくなり、静寂が一瞬だけ玄室を包む。
その光景を見ていた朱音は、わずかに目を細めた。
「侮り過ぎたようね」
小さく呟き、素早く印を結ぶ。
黒い五芒星が足下で広がり、全身を禍々しい黒炎となり包むと、次の瞬間には、朱音の姿は祭壇の上へと移っていた。
海竜を封じる巨大な術式陣の中心。
6人を見下ろすように立つ朱音の口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。
朱音は祭壇の上から六人を見下ろし、小さく口元を緩めた。
「ここで呪術を放ちたいけど……」
黒い五芒星が足元で脈打つ。
「仕上げた祟り神降臨の儀を、自分で台無しにするほど愚かではないもの」
妖しく微笑む。
「だから」
ゆっくりと両手で印を結ぶ。
「あなた達には……死の抱擁を与えてあげる」
朱音の指先から黒炎が溢れ出し、禍々しい霊力が玄室全体を震わせる。低く、耳障りな真言が響く。
「幽冥開門、怨嗟招来、穢焔輪転、焦魂滅魄、黒獄降臨」
朱音は妖しく笑う。
「──黒炎本式・獄社」
その瞬間、祭壇の玄室を囲む壁という壁から黒炎が噴き上がった。
轟々と燃え盛る黒炎は天井近くまで立ち昇り、巨大な炎の檻を形作る。
入口の扉さえ黒炎に飲み込まれ、唯一の退路は閉ざされ、石畳だけを残し、それ以外の空間は漆黒の炎に支配される。
海竜を封じる祭壇だけは、まるで避けるかのように黒炎が迂回している。
儀式を乱さぬため、炎の一つ一つまで精密に制御されているようだった。
玄室は巨大な黒炎の牢獄へと変わり、空気は炎の熱気に包まれた。
武三郎が舌打ちする。
「チッ……あのババア、逃がす気はねぇってことか!」
清志郎も忍者刀を構え直した。
「厄介だべ……」
朱音の口元の笑みが、さらに深くなる。
朱音の口元の笑みが、さらに深くなる。
「終わりではないわ」
再び指を絡ませ、新たな印を結ぶ。
天井一面を覆う黒炎が渦を巻き始めた。
瘴気が凝縮され、まるで太陽の表面が爆ぜる寸前のように、漆黒の炎が脈動する。
朱音は恍惚とした表情で真言を紡いだ。
「幽冥開門、穢焔顕現、冥火燎原、黒陽顕現」
両手を高く掲げる。
「──黒炎秘式・獄天蓋」
──ゴォォォォォッ!!
天井を覆う黒炎が一斉に膨れ上がる。
次の瞬間、黒き焔は巨大な火柱となって噴き上がり、太陽の紅炎を思わせる無数の奔流が空間を奔った。
蛇のごとくうねる漆黒の炎は幾重もの弧を描きながら天井を這い、獲物を求めるように絶え間なく蠢く。
その禍々しき焔は、眼下に立つ6人を喰らわんと牙を剥き、死の咆哮を轟かせた。
神聖なる海竜の祭壇は、この瞬間、灼熱の黒獄へと姿を変えた。
「熱い! 向日葵ちゃん、熱い!」
あんずが悲鳴を上げる。
「耐えて、あんず! 今、対策を考えてるから!」
向日葵は額から大量の汗を流しながら、必死に思考を巡らせる。
「朱音も相当追い詰められたということだろう。だが、あと一息だ」
レオは黒炎の奔流を見据えたまま言い放つ。
「呪禁道の器となる朱音の身体も悲鳴を上げる手前やもしれん。ここが踏ん張りどころだ!」
樹玄も錫杖を強く握り締め、力強く叫ぶ。
この絶望的な状況にあっても、レオも樹玄も微塵も動揺していなかった。
2人の頭にあるのは、ただこの窮地を切り抜ける方法だけ。
もし、この2人がいなければ、六等級の4人の心はとっくに折れていたかもしれない。
「呪禁道がここまでの力を持つなんて、想像もしなかったわ!」
向日葵が悔しげに唇を噛むと、ある1つの異変が起きようとしていた。
あんずの瞳には、渦巻く黒炎の向こうに見える海竜の姿が映っていた。
逃げたい。
でも、逃げたくない!
熱い!
でも、死にたくない!
怖い!
でも、守りたい!
こんな自分を温かな笑顔で送り出してくれた村人たち。
仲間を救うため、命を投げ打った数馬。
恐怖に受け入れる勇気を教えてくれたレオ。
朱音の襲撃から身を挺して守ってくれた樹玄。
決して見捨てることなく支えてくれた武三郎と清志郎。
そして、どんな時も優しく包み込んでくれる幼馴染みの向日葵。
さらには、この村を厄災から守り続けてきた偉大なる海竜。
(ここで根を上げたら、本当の負けだ……!想いを、踏みにじるわけにはいかない!私は巫女だから!)
その瞬間、あんずの胸の奥で、まだ自分さえ知らなかった強い意志が目を覚ましたような気がした。
「アタシ、海竜さんを解放してあげたい! 村人達を救いたい!みんなと一緒に生きて帰りたい! だから、死ねない!」
心からの純粋な叫びだった。
そのとき──あんずが胸を押さえ、その場に立ち止まった。
「……え……?」
耳の奥で、水底から響くような声が聞こえた。
低く、深く。
悲しみとも、怒りともつかない、不思議な声。
(……だれ……? この声、なに……?)
第8話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は「戦闘で始まり、戦闘で終わる」という、ひたすら緊張感の続く一話になりました。
会話だけでなく、術式や攻防、仲間同士の連携、そして敵味方それぞれの心情も描きたかったので、書いている側としてはかなり苦戦した回でもあります(笑)。
特に朱音の呪禁道は、「どうすれば絶望感を演出できるか」を何度も考えながら描いていました。対するレオや樹玄の頼もしさ、向日葵の冷静な判断、そして恐怖を抱えながらも一歩ずつ前へ進むあんずの成長が、少しでも伝わっていたら嬉しいです。
そして物語の最後では、あんずにある異変が起ころうとしています。
あれは偶然なのか、それとも海竜との間に何か特別な繋がりがあるのか。
次回は物語も新たな局面へと動き出しますので、その変化にもぜひ注目していただければ幸いです。
それでは、第9話でまたお会いしましょう!




