第7話 武三郎だ!バカやろう!
「朱音……お前はここで仕留める!」
レオはバスタードソードを構え直した。
全身は黒炎に焼かれ、鎧は煤け、露出した皮膚は爛れている。
それでも、その瞳だけは死んでいない。
戦士としての誇りが、倒れることを許さなかった。
「無理をしおって……」
ゆっくりと身を起こした樹玄が、錫杖を杖代わりに立ち上がる。
「拙僧も助太刀いたす」
「樹玄!気がついたのか!」
樹玄は錫杖で身体を支えながら、朱音を真っ直ぐ見据える。
「もはや朱音殿は『人を辞めた魍魎』よ。この場で討たねば、取り返しのつかぬ災厄となる」
朱音は薄く笑う。
「まだ立ち上がるのね」
ゆっくりと印を結ぶ。
黒炎が蛇のようにうねり、二人へ襲い掛かった、その瞬間。
「レオ! 樹玄を連れて逃げろ!」
1つの影が、2人の前へ飛び出すと、燃え盛る黒炎を薙ぎ払った。
パキンという音と共に、折れた小刀の刃が地面に転がった。
「数馬ッ!?」
燃え盛る黒炎を薙ぎ払った数馬が、右手に大太刀、左手に折れた小刀を持ち立っていた。
焼け焦げた鎧。
左胸から流れ出す血。
それでも数馬は、一歩たりとも退かなかった。
小刀を捨て、両足で大地を踏み締め、両手で刀を握る。
朱音は肩をすくめる。
「まだ立つの?本当に往生際が悪い男ね」
数馬は血を吐きながら笑った。
左胸はすでに致命傷。
もう助からないことくらい、自分が一番理解していた。
だからこそ、ここで死ぬ覚悟も、とっくに決めていた。
レオも樹玄も、その覚悟に気付く。
6年間。
共に旅をし、笑い、戦い抜いた仲間。
最後の命を、自分たちのために使おうとしている。
「レオ!」
数馬は叫ぶ。
「樹玄を連れてギルドへ走れ!今のことを伝えろ!一等級冒険者を連れて戻るんだ!」
「数馬!」
「逃げろ!」
数馬は静かに笑う。
「俺の女癖のせいで……迷惑かけちまったな」
肩を竦める。
「こんなんじゃ、また旅籠で樹玄に朝まで説教されちまう」
樹玄は歯を食いしばる。
「ああ……そうだ。お主は相変わらず女癖が悪い」
震える声で続けた。
「だからここを出たら説教だ……だから、無茶はよせ」
数馬は笑った。
「レオ。せっかくララリカから大和まで来たってのに、とんだ災難だったな」
レオは涙を堪えながら笑う。
「ああ……だから帰ったら熱燗を奢ってもらうぞ……2本だ」
数馬は笑った。
「2本奢って、帳消しならお安い御用だ」
その笑顔は、6年間一度も変わらなかった。
豪快で。
真っ直ぐで。
誰よりも仲間想いだった。
(ああ……こいつらとの6年間、本当に楽しかった。仲間なんてもんじゃねぇ。家族だった)
数馬は刀を静かに構える。
「侍は退かねぇ」
その眼には一切の迷いはない。
「友が背中にいる限りな」
大きく息を吸う。
「レオ!」
「樹玄!」
「もし父上と母上と姉上に会うことがあったら伝えてくれ!」
力の限り叫ぶ。
「侍、数馬は……死ぬべき場所と!守るべき友を見つけ!幸せ者だったと!!」
「数馬ッ!」
「馬鹿な真似はよせ!一緒に逃げようぞ!」
数馬は振り返らない。
「お前らと、もっと旅をしたかった」
少しだけ寂しそうに笑う。
「俺の分も……人生という旅を楽しめよ!」
「「数馬ぁぁぁッ!!」」
2人の絶叫が祠へ響く。
しかし朱音は、その光景すら愉快そうに眺めていた。
「感動のお別れね」
両手で素早く印を結ぶ。
巨大な黒い五芒星が地面いっぱいに広がった。
「おいでなさい」
瘴気が吹き上がる。
巨大な地鬼群長。
無数の地鬼。
術鬼。
弓鬼。
次々と姿を現し、祠の中央玄室は瞬く間に魔物の軍勢で埋め尽くされる。
「さあ、殺しなさい」
「おおおおおおおッ!!」
数馬は雄叫びを上げ刀が閃く。
1体。
2体。
3体。
次々と地鬼を斬り伏せる。
しかし。
「終わりよ」
朱音が片手を払うと、黒煙が槍となって数馬の身体を貫いた。
身体が大きく揺れる。
それでも、最後の力で1体を斬り伏せる。
そして静かに膝をついた。
「レオ……」
「樹玄……」
「父上……母上……姉上」
全てをやり切ったかのように、穏やかなに微笑む。
「さらばです」
次の瞬間、無数の地鬼が一斉に飛び掛かった。
肉を裂く音と鮮血が舞う。
「数馬ぁぁぁぁぁ!!」
レオの絶叫だけが響いた。
樹玄を抱え、必死に逃げようとする2人を朱音は逃さなかった。
「風牙万象、旋嵐飛翔、断空裂地──急急如律令|──風牙嵐」
朱音が印を結び真言を唱えると、周囲に風の刃が無数に現ると号令を出した。
「放つ」
風刃が暴風となって2人を切り裂く。
「がぁっ!!」
「ぐっ……!」
二人は吹き飛ばされ、何度も地面を転がった。
レオは仰向けに倒れたまま動けない。
視界は赤く滲み、身体はもう言うことを聞かない。
朱音が静かに歩み寄るとレオの股の上を跨り、頬を優しく撫でた。
「あなた、本当にしぶといのね」
次の瞬間、強引に唇を吸い付くように重ねる。
口の中へ広がる血の味。
朱音は血の糸を引きながら唇を離し、口元についた血を舌でゆっくりと舐め取った。
「あなたみたいな跳ねっ返りの強い戦士……私は好みなの」
耳元で妖しく囁く。
「ずっと前から、あなたを思い切り蹂躙してみたかったの。ようやく叶うわ」
レオは剣へ手を伸ばす。
しかし、指一本、動かない。
数馬を助けられなかった。
朱音も止められなかった。
戦士でありながら、誰一人守れなかった。
その事実だけが、焼けるような後悔となって胸を締め付ける。
「地鬼を戻すのも面倒ね」
朱音は微笑む。
「お前たちには、この祠の番犬になってもらいましょう。仲間の死体は処理なさい」
レオは声を出そうとする。
だが、喉は震えるだけだった。
悔しさと憎しみだけを胸に抱えながら、彼の意識はゆっくりと闇へ沈んでいった。
朱音の姿は、我慢し切れないとばかりに、レオの身体を下へと這わせ始め淫靡な声を上がる。
しかし、その声も遠ざかっていく。
暗闇がゆっくりと視界を覆う。
悔しさと憎しみだけを胸に抱えながら、彼の意識はゆっくりと闇へ沈んでいく。
レオの意識は完全に途切れた。
「──これが、俺たちのパーティが壊滅した経緯だ」
レオは静かに語り終えた。
祠の中を、重苦しい沈黙が支配する。
「数馬は殺され……俺は朱音の慰み者にされた」
その声には怒りも憎しみもない。ただ、仲間を失った者だけが背負う、深い喪失感が滲んでいた。
レオは自嘲するように小さく笑う。
だが、その笑みはあまりにも寂しく、見ている者の胸を締めつけるものだった。
隣では、樹玄が静かに目を伏せる。
拳を強く握り締めたまま、一言も発することができない。
数馬を守れなかったこと。
朱音の異変に気付きながら、最後まで仲間として信じてしまったこと。
そのすべてが、今なお悔恨となって胸を苛み続けていた。 重い沈黙の中、武三郎がゆっくりと顔を伏せる。
「……数馬の兄ちゃん……」
豪放磊落な侍の最期。
仲間を逃がすため、深手を負いながらも、ただ一人で魔物の大群へ斬り込んでいった、その壮絶な生き様が脳裏から離れない。
武三郎は唇を噛み締め、零れ落ちる涙を乱暴に手の甲で拭った。
浅草雷ギルドのギルドマスターであり、師匠の深谷 万三郎の言葉が過ぎる。
『いいか、タケ!キヨ!もし冒険先や旅先で、強え奴の生き様を見たり、聞いたりした時はなあ…….必ず心に刻み込んどけ!死んじまった奴なら尚更だ!お前らがいる限り、そいつの生き様はお前らの中にも、話た奴らにも、深く生き続けるんだからよ!』
「……立派な侍だったべな」
清志郎も目頭を押さえながら、小さく呟く。
涙を拭っても拭っても、次から次へと溢れてくる少女のような泣き顔だった。
仲間を守るため、自らの命を差し出した侍の覚悟は、同じ前衛として痛いほど胸に刺さっていた。
向日葵も言葉を失っていた。
胸の奥が締め付けられるように苦しく、眼鏡の奥の瞳には涙が滲んでいる。
隣では、あんずが堪え切れず向日葵の胸へ顔を埋めた。
「……うっ……ひっく……」
小さな肩を震わせながら、声を殺して泣き続ける。
向日葵は何も言わず、そんな幼馴染をそっと抱き寄せた。
幼い頃から何度もそうしてきたように、杏色の髪を優しく撫でる。
「大丈夫……」
その声は、自分に言い聞かせるようでもあった。
向日葵は静かに眼鏡を外すと、装束の袖で溢れる涙をそっと拭うが、一度零れ始めた涙は止まることはなかった。
数馬という1人の侍が貫いた生き様は、そこにいる誰もの胸へ深く刻まれていった。
潮の香りが漂う祠の中で、誰も次の言葉を口にすることができなかった。
ただ、仲間を想い命を散らした侍へ、それぞれが静かに哀悼の意を捧げていた。
涙を拭った向日葵は、意を決したようにレオと樹玄へ視線を向けた。
「……レオさん、樹玄さん。一つ、お伝えしておきたいことがあります」
2人は静かに顔を上げる。
「私たち……祠の中央玄室で、数馬さんのご遺体を見つけました」
その一言に、レオと樹玄の表情が固まった。
向日葵は胸元で手を重ね、静かに続ける。
「とても……立派なお姿でした。最後までお2人を守ろうとして戦われたことが、私たちにも伝わってきました」
レオは唇を噛み締め、目を閉じる。
樹玄も静かに両手を合わせる。
「……そうか」
向日葵はゆっくりと頷く。
「そのままにしておけませんでしたので、僭越ながらあんずと2人で、数馬さんのご遺体へ防腐結界と魔除けの結界を施しています」
隣のあんずも、小さく頷いた。
「ここを出たら、すぐにギルドへ報告します。きっと皆さんが迎えに来てくださいますから……」
しばし沈黙が流れる。
やがてレオは、肩の力が抜けるように大きく息を吐いた。
「……ありがとう」
その声は震えていた。
「本当に……ありがとう」
樹玄も深く頭を下げる。
「向日葵殿、あんず殿……心より感謝申し上げる」
樹玄の瞳には涙が滲んでいた。
「数馬は侍として見事な最期を遂げた。しかし、旅の仲間としては……あのまま誰にも弔われぬことだけが、唯一の心残りだった」
レオは拳を胸へ当て、静かに目を閉じる。
「数馬は『父上と母上と姉上に伝えてくれ』と言い残して逝った。せめて遺体だけでも故郷へ返してやりたいと、それだけが心残りだったんだ」
その表情には、先ほどまで張り詰めていた苦悩が、少しだけ和らいでいた。
「君たちのおかげで……あいつは独りぼっちじゃない」
樹玄も静かに頷く。
「防腐結界と魔除けの結界まで施していただけたなら、数馬も安心して眠ることができよう」
レオはあんずと向日葵を見つめ、深々と頭を下げた。
「仲間を……数馬を、大切に思ってくれてありがとう。君たちには、どれほど感謝してもしきれない」
その言葉に、あんずは目尻へ涙を流しながら微笑み、向日葵も静かに微笑み返した。
数馬はもう戻らない。
それでも、その亡骸は仲間たちの祈りに守られ、故郷へ帰る日を静かに待っていた。
武三郎は拳を強く握り締め、床を踏み鳴らした。
「……ブった斬ってやる」
怒りに震える声が、静まり返った祠へ響く。
「外道のババアをブった斬らねえと、気がおさまんねえや……だろ、キヨさん!」
清志郎も真っ直ぐ前を見据え、力強く頷いた。
「タケの言う通りだべ。レオの兄ちゃん、樹玄の兄ちゃん、それに数馬の兄ちゃんをあそこまで非道に扱った奴は……絶対に許さねぇべ」
2人の瞳には怒りが宿っていた。
まだ10代の若い冒険者。
だからこそ、その怒りは打算のない純粋なものだった。
目の前で語られた仲間の裏切り。
侍・数馬の壮絶な最期。
そして、命を弄ばれたレオと樹玄。
そのすべてが、若き冒険者たちの胸を激しく打っていた。
レオはそんな2人を見つめ、小さく苦笑する。
「ありがとう。そう言ってくれるだけで十分だ」
そして静かに首を横へ振った。
「……だが、駄目だ」
武三郎が顔を上げる。
「なんでだよ!」
「朱音は三等級の俺たちを壊滅させた相手だ。今の君たちが挑めば、結果は目に見えている」
レオは真っ直ぐ4人を見渡した。
「君たちのような将来ある若者を、失うわけにはいかない」
樹玄も静かに頷く。
「左様。ここは一度撤退いたそう。小田瓦ギルドへ急ぎ報告し、一等級や二等級の冒険者を含めた討伐隊を編成すべきだろう。それが最善策だ」
しかし、その時だった。
「……私は反対です」
静かな声が響く。
向日葵だった。
全員の視線が彼女へ集まる。
向日葵は真剣な表情のまま続けた。
「朱音という陰陽師は、陰陽道でも禁忌とされている呪禁道を用いて海竜を祟り神へ堕とそうとしているんですよね」
レオは重々しく頷く。
「ああ」
「だとしたら、悠長に援軍を待っている時間はありません」
向日葵の声には焦りが滲んでいた。
「祟り神が降臨してしまえば、この祠だけの問題では済まなくなります。浜芝村はもちろん、周辺一帯にまで災厄が広がるかもしれません」
あんずも恐る恐る口を開いた。
「アタシも……向日葵ちゃんと同じ考えです」
レオが視線を向ける。
あんずは胸元の祓串をぎゅっと握り締めた。
「この祠……入った時から、ものすごい穢れを感じていました」
その声は震えていた。
「さっきよりも、もっと濃くなっています」
巫女として穢れを感じ取る感覚、それは誰よりも鋭い。
「このまま放っておいたら……本当に取り返しのつかないことになります」
玄室に重い沈黙が落ちた。
撤退すれば、生き延びられる可能性は高まるし、再起を図れる。
だが、その間にも朱音の儀式は進み続けるれは、祟り神は降臨し、迎え撃てば、多くの命が危険に晒される。
退けば、より大きな災厄が生まれるかもしれない。
誰もが、そのあまりにも重い選択を前に言葉を失っていた。
重苦しい沈黙を破ったのは、武三郎だった。
腕を組み、大きく息を吐く。
「……おいらの師匠が言ってたんだ」
全員の視線が武三郎へ集まる。
「追い詰められて、どっちを選ぶか迷った時はよ」
武三郎は力強く拳を握った。
「自分が正しいと思う方を選べってな」
その瞳には迷いがなかった。
「誰かに決めてもらうんじゃねぇ。自分で決めろ。自分の判断を信じろって」
そして、少しだけ口元を緩める。
「その代わり……」
万三郎の口調を真似るように笑った。
「『死んでも文句言うんじゃねえぞ、バカヤロウ』ってよ!」
その言葉で、一瞬、場の空気は和らいだ。
武三郎はバッと刀を抜き、肩へ担ぐ。
「レオの兄ちゃんや樹玄の兄ちゃんから見りゃ、おいらたち六等級なんざ足手まといかもしれねぇ」
だが、その声は少しも怯んでいなかった。
「それでもよ、1人じゃ勝てなくても、6人なら話は別だ!」
武三郎は不敵に笑う。
「数の力で押し潰しゃいいじゃねえか!」
刀の切っ先を祠の奥へ向けた。
「真紅のクソババアのツラを、みんなでぶん殴りに行こうぜ!」
隣で清志郎も口元を吊り上げる。
「んだべ。タケの言う通りだ。六等級だからって、何もできねぇわけじゃねぇ」
親指で自分の胸を叩く。
「俺たちゃ4人で何度も修羅場くぐってきたべさ。前衛にレオの兄ちゃんに、後衛に樹玄の兄ちゃんが加わって、向日葵とモフ子の術式もあんだ。十分戦えるべ」
向日葵は武三郎と清志郎を見つめ、小さく笑みを浮かべた。
「ふふっ……やっぱりタケもキヨも、そう言うと思った」
あんずも祓串を胸に抱き、震える手をゆっくりと握り締める。
「……怖い。でも……アタシも、みんなと一緒に行く」
4人の決意を前に、レオと樹玄は静かに顔を見合わせた。
若さゆえの無謀さ。
だが……嫌いじゃない!
その瞳に宿る覚悟だけは、本物だったから。
「よし……やってみるか!」
レオはゆっくりと立ち上がり、覚悟を決めたように笑った。
「レオ……お主、本気か!?」
樹玄が目を見開く。
レオは静かに頷いた。
「確かに撤退すれば、安全に態勢を立て直せるだろう」
一度言葉を切り、仲間たちを見回す。
「だけど、その間にも朱音の『祟り神降臨』の儀式は完成へ向かう」
その瞳には、もう迷いはなかった。
「タケの言う通りだ。俺たち6人なら……何とかなるかもしれない」
悪戯っぽく笑うレオを見て、樹玄は呆れたように肩をすくめる。
「ふっ……お主という男は、あれほど痛い目を見ても懲りぬのだな」
小さく笑いながら続けた。
「馬鹿を通り越して、最早あっぱれだぞ」
レオも肩を竦める。
「樹玄。君も、その馬鹿の一人だろう?」
ニヤリと笑う。
「来るか?」
樹玄は迷わず両手を合わせた。
「もちろん」
その顔には穏やかな、それでいて力強い笑みが浮かぶ。
「拙僧を除け者になどできまい。仏も……数馬も、きっと許してはくれぬぞ」
2人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
「決まりだな!」
武三郎が拳を突き上げる。
「レオの兄ちゃんと樹玄の兄ちゃんがついてくれりゃ百人力ってもんだ!」
「んだべな!前衛が一気に厚くなったべ!」
清志郎も満面の笑みで頷く。
「はいはい。2人とも、まだ突撃しない」
向日葵が苦笑しながら2人をたしなめる。
「まずは樹玄さんの封印術式を解除しないと。それに、朱音への対策も立てないといけないでしょう?」
「あっ……そうだった」
武三郎は頭を掻き、照れ笑いを浮かべた。
「そういえば、レオの兄ちゃん」
武三郎は背負い袋から革製の道具袋を取り出す。
「これ、返すぜ」
「……俺の道具袋!」
レオは目を見開いた。
「祠へ来る途中で拾ったんだ。たぶん地鬼どもが漁って運んでたんだろうな」
レオは急いで中身を確認する。
「助かった……」
安堵したように息を吐く。
「欠けている物はない。投擲用の短剣も、薬も、魔道具も全部揃ってる」
腰へ装着すると、自然と笑みが浮かんだ。
「これで戦い方の幅が広がる」
「樹玄の兄ちゃん。これは返すべ」
清志郎は、大粒の数珠と経文典を差し出した。
ちょうどその時、あんずの解除神術が完成する。
「──和慈天姫命。御光、遍く。御風、集いて。神威、ここに満ち。封じし理、今ぞ開く。畏み白す」
あんずが祓串を一振りする
「────天姫・星御鍵」
淡い光が樹玄を包み込み、胸の奥で閉ざされていた法力が、一気に巡り始める。
「……戻った」
樹玄は静かに手を握る。
「法力が戻ってきた」
そして清志郎から数珠と経文典を受け取ると、大切そうに胸へ抱いた。
「おお……かたじけない」
深く頭を下げる。
「これは恩師より授かった、拙僧にとって何より大切な法具。何から何まで、本当に感謝に堪えぬ」
向日葵とあんずは、その様子を微笑ましく見ていた。
向日葵は気持ちを切り替えるように眼鏡を押し上げる。
「みんな、朱音について1つ気付いたことがあるの」
全員が真剣な表情になる。
「呪禁道は、人間性を対価に霊力を飛躍的に高める禁術」
向日葵は静かに続けた。
「真言を唱えなくても、印だけで一瞬にして術式を発動できるのが最大の特徴。でも、その代償として術者自身への負荷も尋常じゃない。これはおっかさんから聞いたんだけどね」
レオは腕を組む。
「つまり……長期戦になれば、朱音自身の身体も蝕まれ、耐えられなくなる、と言うことかい?」
向日葵は力強く頷いた。
「だから狙うならそこ。無理に真正面から力比べをする必要はないわ」
「なるほど」
樹玄も深く頷く。
「術者の隙を作り、その一瞬を突くというわけか。それで行こう」
六人は祭壇までの地形、役割、連携、退路まで細かく確認し合った。
誰一人として軽口を叩かない。
これから始まるのは、生きるか死ぬかの決戦だった。
祠最奥──祭壇の玄室。
朱音は祭壇の中央に立ち、全神経を術式へ集中させていた。
巨大な黒い術式陣が脈打ち、禍々しい瘴気が海竜の影を包み込んでいる。
(もう少し……)
朱音は恍惚とした笑みを浮かべる。
(もう少しで……祟り神が降臨する。素晴らしい……なんて美しい神のお姿……)
その時だった。
──ドォンッ!!
祭壇の玄室の扉が勢いよく蹴破られた。
2つの影が疾風のように飛び込む。
「せいやぁッ!」
武三郎だった。
抜刀と同時に放たれた居合い斬りが、稲妻のような速度で朱音へ迫る。
「っ!?」
朱音は咄嗟に身を引く。
致命傷は避けた。
しかし、左肩から右脇腹へかけて真紅の衣服は裂け、鮮血が細い糸を引く。
「初めましてだ!」
武三郎は刀を振り抜き、豪快に笑った。
「武三郎だ!バカやろう!」
鋭い眼光で朱音を睨み据える。
「これは数馬の兄ちゃんの分だ!」
「侍……!?」
朱音が驚愕した、その一瞬。
右側面からもう一筋の刃が閃いた。
「そこだべ!」
清志郎の忍者刀だった。
朱音は身体を左へ傾け、紙一重で回避する。
それでも首筋に浅い切り傷が走る。
「甘い!」
忍者刀は囮。
清志郎の本命は……。
「せいっ!」
右足による鋭い飛び蹴り。
「ぐっ!?」
腹部へまともに食らった朱音は、祭壇の岩壁へ激しく叩きつけられた。
鈍い音が玄室へ響く。
清志郎は軽く着地し、ニヤリと笑う。
「あれま。極悪ババアのくせして、忍の刃まで避けるべか」
肩を竦める。
「首は落とせなかったけど、蹴りはちゃんと入ったべ」
忍者刀を構え直す。
「これはレオの兄ちゃんと樹玄の兄ちゃんの分だ。たっぷり味わえ」
ゆっくりと入口から2つの人影が歩み出る。
「無様だな……朱音」
レオだった。
その隣には法具を取り戻した樹玄。
「お主を討ち果たすため、死の淵から参ったぞ」
そして、その後方には。
霊符を構えた向日葵。
祓串を胸に抱くあんず。
6人の冒険者たちは、決戦の舞台へ静かに歩みを進めた。
第7話を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
今回は、数馬との別れを描いたお話でありました。
このシーンは、私自身、本作の中でも特に執筆が苦しかった場面でもありました。
数馬は豪放磊落で女好きという一面がありながら、仲間のためなら迷わず命を懸ける、侍らしい生き様を持った人物でした。
だからこそ、最後まで「侍」として散ってほしいという思いで、一つひとつの台詞を書きましたが、こんないい奴が、死んでしまうなんてと思うくらい気持ちが入っていました。
きっと読者の皆様の中にも、何で死なせてしまったのか?とお思いの方は多いと思います。
私自身も、何度もそう思いながら筆を進めました。
それでも、この物語において数馬の死は避けて通れない運命でした。
武三郎達、若い冒険者は隣り合わせの危険と死に対して、真正面から向き合わなくてはならないと考えたからです。
だからこそ、せめてもの救いとして、向日葵とあんずが数馬の遺体を見つけ、防腐結界と魔除けの結界を施す場面を先に加えました。
そしてその悲しみに涙するシーンも一緒に。
侍として見事に散った数馬が、誰にも顧みられず朽ち果てるのではなく、仲間に弔われ、故郷へ帰ることができる。
それが、作者として彼に贈る最後の餞です。
また、武三郎や清志郎が数馬の生き様に涙し、その覚悟を胸へ刻む場面も、とても大切に描きました。
人は命を落としても、その生き様は誰かの心に残り、受け継がれていく。
私は、そんな想いをこの第7話に込めています。
そして、ここから物語は大きく動き始めます。
絶望の中で出会った6人。
数馬から託された想いを胸に、それぞれが覚悟を決め、朱音との決戦へ挑みます。
第8話では、6人が力を合わせて挑む総力戦をお届けする予定です。
どうか彼らの戦いを、最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




