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怖がり巫女のモフ子  作者: 新小岩 茶太郎
祟り神編

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16/18

第16話 新調するまでは、討伐は許さんからな

◆ 主な登場人物


天峰あんず(あまみね) 通称:モフ子

浅草雷ギルド所属・六等級冒険者

16歳。犬人の巫女。本編の主人公。

怖がりの巫女。


────────────

深谷向日葵(ふかやひまわり)

浅草雷ギルド所属・六等級冒険者

16歳。只人の陰陽師。あんずたちのパーティリーダー。

冷静沈着で頭脳明晰な優等生。


────────────

北上武三郎(きたがみたけさぶろう) 通称:タケ

浅草雷ギルド所属・六等級冒険者

18歳。只人の侍。パーティの前衛担当。

豪快で大雑把な江戸っ子気質の侍。


────────────

兼風清志郎(かねかぜきよしろう) 通称:キヨ

浅草雷ギルド所属・六等級冒険者

16歳。只人の忍者。パーティの前衛担当。

可憐な少女のような容姿をしている。


────────────

レオ・ハワード

浅草雷ギルド所属・一等級冒険者

28歳。只人の戦士。

ララリカ合衆国出身。金髪碧眼の冒険者。

大振りのバスタードソードを操る。


────────────

樹玄《じゅげん》

浅草雷ギルド所属・一等級冒険者

78歳(只人換算年齢27歳)。森人《エルフ》の僧侶。

容姿端麗な森人で、法力を操り仲間を支える。レオとは六年来の親友であり、仲間でもある。


────────────

深谷万三郎《ふかや まんざぶろう》

浅草雷ギルド・ギルドマスター

41歳。只人の侍。武芸の腕は相当なもの。

真愛凛の夫であり、向日葵の父親。また、武三郎と清志郎の芸人と武芸の師匠でもある。


────────────

深谷真愛凛《ふかや まあり》

浅草雷ギルド・副ギルドマスター

35歳。只人の陰陽師。

高い霊力と陰陽師としての腕前は全国に轟くほどで、知識量も賢者と肩を並べるほど。

万三郎の妻であり、向日葵の母親でもある。


────────────

御嶽沙夜《おんたけ さや》

浅草雷ギルド所属・三等級冒険者

19歳。只人の陰陽師。

美人と評判の陰陽師で、明るく気さくな人柄。

レオたちのパーティメンバーとして新たに加わった。


────────────

朧滝翠羽《おぼろたき すいう》

浅草雷ギルド所属・三等級冒険者

30歳(只人換算年齢22歳)。森人《エルフ》の斥候。

沙夜と常に行動していたが、レオたちのパーティメンバーとして新たに加わった。

性格は真面目だが、お菓子や食べ物の誘惑には弱い。


────────────

黒金幻斎《くろがね げんさい》

黒金堂の刀鍛冶師。どの武器も精巧に作る腕前を持つ狼人《ルナティス》。

58歳(只人換算年齢37歳)。

元浅草雷ギルド所属の冒険者で、侍でもあった。


────────────

黒金龍庵《くろがね りゅうあん》

黒金堂の防具鍛冶師。どの防具も精巧に作る腕前を持つ狼人《ルナティス》。

52歳(只人換算年齢33歳)。

兄・幻斎とは違い、性格も人当たりも柔らかい。

 『八千夜講《やちよこう》』に関する厳重注意が告げられ、重くなった空気の中で、万三郎が何かを思い出したように、ぽんと手を打った。


「そうだ……オメェたちに、打ってつけの依頼があったな」


 万三郎(まんざぶろう)が真愛凛(まあり)へ目を向けると、真愛凛は少し考えるように扇を顎へ当て、それから頷いた。


「いいんじゃないかい?」


 許しを得た万三郎は、にやりと笑う。


「向日葵たちには、中堅どころの妖魔討伐でもさせっかな」


 向日葵が眉を上げた。


「中堅の妖魔?おっとさん、どんな奴なの?」

「おう、聞いて驚け!女郎蜘蛛だ」


 万三郎は、こともなげに答えた。


「女郎蜘蛛って、最近この近辺にも出てきたの?」

「いんや。正確には、ここから南へ向かった柳橋(やなぎばし)だな」


「柳橋(やなぎばし)ねえ……」


 柳橋は、浅草から南へ下った隅田川沿いの水辺の地域だ。


 西から流れる神田川が隅田川へと流れ込む川口。その水辺に、柳橋の町は広がっている。川面には船宿の舟が行き交い、船宿や岸辺には料理屋や茶屋が軒を連ね、昼夜を問わず人と舟の往来が絶えない。

 

 また、華やかで賑やかな花街(はなまち)としても有名で、夜になれば、軒先の提灯に明かりが灯り、料理屋や茶屋からは三味線の音や人々の笑い声が聞こえてくる。


 それが、向日葵の昔からよく知る柳橋(やなぎばし)だった。


「知ってのとおり、花街もあるから人の出入りも多い場所だ。だからこそ、妖魔が出たとなりゃ放っておくわけにもいかねえ」 

 

 万三郎は腕を組み、少しばかり真面目な顔になる。


「ここ最近、柳橋付近で目撃も多くてよ、町人が数名ほど行方不明らしいんだわ。しかも皆、野郎ばかりと来たもんだ」

「師匠、女郎蜘蛛は1匹だけなのけ?ほかにも従えてる奴はいねえんだべか?」


 清志郎が、ふと顔を上げる。

 それまで軽く腰掛けていた身体をわずかに前へ乗り出し、万三郎をじっと見つめた。


「今んところ、女郎蜘蛛は1匹しか目撃されてねえ。そいつが妖魔を従えてるって話も、聞いちゃいねえな」


「……本当に1匹だけですか?他の蜘蛛っ子さ、拵(こしら)えてねえべか?」


 清志郎が念を押す。


「目撃情報だけならな。だが、妖魔ってのは人目につかねえところに潜むもんだ。『いねえ』と決めつけるのは早ぇ」


 万三郎はそう言って、清志郎を見据えた。


「だから、妙な気配を感じたら油断するな。女郎蜘蛛だけ探してりゃいい、なんて思うんじゃねえぞ」

「なるほど……分かったべ」


 清志郎は頷いた。


「ところで師匠、他所からも女郎蜘蛛の討伐に向かっているん奴はいるんですか?」


 武三郎が尋ねた。


「おう、いるとも」

「別のギルドの冒険者ですか?」

「いや、道場の門下生が向かったよ」


 万三郎は腕を組み、思い出すように顎を撫でた。


「聞いたことがあるだろう。立木流槍術の道場だ」

「ああ、確か……冒険者を見下している連中でしたね」


 武三郎が少し眉をひそめる。


「師範の立木殿は、よくできた御仁なんだがな。いかんせん、門下生のほうに問題ありだな。立木殿も何度、教えを改めても、頑なに言うこと聞きやしねえらしい」


「そういや、前にチビの門下生がいたよなあ」


 武三郎が思い出したように口を開く。


「おいらとキヨさん、あいつに絡まれたことがあるんですよ」

「ああ、絡まれたべな」


 キヨも思い出したように頷く。


「目つきもガラも悪ぃ中村のチビっ子に、棒っきれみてぇに細くてイキり顔の五十嵐(いがらし)。それから、安立(あだち)とかいう口の悪ぃオバさん槍使いだべな」


「お前、よく姿や名前まで覚えてんな。忍の記憶力怖えな」


 武三郎も妙に感心する。


「まあ、名乗り口上までは、えらい威勢がよかったけど……」


 意地の悪い笑顔で、武三郎を見る清志郎。


「タケの峰打ちで、3人とも瞬殺だったべ」

「冒険者風情がどうのこうのとか、金で雇われたならず者と罵った挙げ句、いきなり槍の刃先向けて襲いかかってよ。結局、口だけでやんの」


「……お前ら、立木の門下生をブチのめしたのかよぉ」


 万三郎は、呆れたように弟子たちを見る。


「そのタケがブチのめした門下生だが…… 討伐に向かったイキリ男(五十嵐)とオバさん(安立)はな……討伐の翌日に仏となって見つかったよ」

「えっ、やられた?」


 武三郎が少なからず驚いていると、万三郎の先ほどまで浮かべていた笑みは、もう消えている。


「ああ、身体を引き裂かれてな。人の姿を留めちゃいなかったそうだ」


 万三郎の声が低くなる。


「……っ」


 武三郎の表情から、血の気が引いていく。

 清志郎も、言葉を失います呆然とする。


「それと……ちびっ子(中村)は生きている。と言っても、残っていたのは、頭と胴体と右足一本だけだったけどな」


「…………」


「まあ、道場は武芸と心身を磨く。戦い方の型も学べて、実戦にも非常に役立つ。強くなる近道だろうよ。ただ……あの3人は師範の最も尊ぶべき大切な教えに背を向けていた……それが、ああなっちまったんだろうよ」


 万三郎は苦笑するしかなかった。


「いいか、よく聞けよ。中堅の妖魔討伐ってなあ、腕っぷしや誇りだけでどうにかなるもんじゃねえ」


 万三郎は、向日葵たちを見回した。


「その点、オメェらは違う。幾多の危険な討伐依頼を潜り抜け実戦を積んだ、れっきとした冒険者だ」


 その声音には、先ほどまでの軽さはなかったが、万三郎はどこか誇らしげに4人を見渡す。


「まあ、少なくとも……あの3人みたいな結末には、ならねぇだろうよ」


「あのう、おじ様……」

「おう、なんだモフ子!」


 おずおずと、あんずが遠慮がちに尋ねる。


「アタシたち、女郎蜘蛛ってギルドの妖魔図鑑の絵でしか見たことないんですけど……実際は、どんな姿をしているんですか?」


 万三郎は、あんずの顔を見て、にやりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「教えてやるよ……目撃した町人の話じゃ、夜になると人の姿をした芸者女が現れて、男を誘惑してくるそうだ」

「ゆ、誘惑……?」


 あんずの犬耳が、ぴくりと動く。


「おう。でな、女芸者にぼーっとしてる内に、気がつきゃあ……」


 万三郎は、もったいぶるように言葉を切った。


「下半身が、蜘蛛の姿に変わっていたらしい」

「ひっ……!」


 あんずの顔が、みるみる青ざめる。


「そいつは陰陽師だったからな。化けの皮が剥がれた瞬間、炎の術式をぶっ放して、運良く命からがら逃げ延びたそうだ」

「そ、そんなの……絶対に怖いじゃないですかぁ……」


 あんずは両手で自分の肩を抱き、ぶるぶると震えた。


「へへっ、そうだろう?だから女郎蜘蛛ってのは……いてぇ!」


 真愛凛が呆れたように、万三郎の頭を軽く小突いて、声を上げる。


「ちょっと師匠!あんずを、必要以上に怖がらせてどうするのさ」


 真愛凛が呆れたように声を上げ、万三郎の頭を軽く小突いた。


「いやいや、これも立派な討伐前の心構えってやつよ」


「あんずも、そんなに怖がる必要ないよ。呪禁道の陰陽師を相手にやり合ったんだから女郎蜘蛛なんて、まだマシな方さ」


 真愛凛が優しくあんずを励ます。

 しかし、当のあんずはというと……終始、ぶるぶると震えっぱなしだった。


「……人の姿から、下半身だけ蜘蛛に?」

「おう?ちったぁ、やる気が出てきたかモフ子!」

「いえ……アタシ、抜けます」


 即答だった。

 万三郎は呆れ返った顔をすると、間髪入れずに畳み掛ける。


「モフ子。仮にも天姫(あまひめ)だか甘海老(あまえび)だか分かんねえ姫神を信奉する巫女さんが、人を救わずに逃げよってか?」

「天姫(あまひめ)様です!甘海老(あまえび)じゃありません!」

「細けえことはいいんだよ」

「全然、細かくないですぅ!」


 あんずが抗議すると、万三郎はさらに畳み掛ける。


「かあぁ、巫女さんも地に落ちたもんだねえ。俺が姫神さんなら、お前のその情けねえ態度を見て、鼻水垂らして泣いちまうね」

「天姫様を泣かせたくないですけど、蜘蛛も見たくないですぅ!」

「じゃあ、行くしかねえな」

「どうしてそうなるんですかぁ!?おじ様が1人で乗り込んで素手で殴りに行けばいいでしょ!」

「お、オメェ、さらりとおっかねぇこと言うなよ!女郎蜘蛛を素手で殴りに行けとか……俺死んじゃうよ?」


 向日葵があんずの肩に手を置く


「無駄よあんず。いくら噛み付いても、おっとさんは最初から、あんずも討伐メンバーとして織り込み済みなんだから」

「そ、そんなぁ……」


 あんずは尻尾を巻いて、力なく垂れ下がる。


「精神攻撃と執拗なまでに逃げ道を塞ぐ完全な手口……おじさまは、少女虐待の趣味を持つ脂滴る中年男なんだね!」

「バカヤロウ!誤解を招くような発言すんじゃねえよ。俺は、そんな趣味ねえぞ!それと……脂滴る中年男は酷くない?」


 万三郎が思わず声を張り上げると、真愛凛がすかさず口を挟む。


「少女趣味はないというのかい?」

「当たりめぇだろうがバカヤロウ!」

「普段のあんたの言動じゃ、疑われても仕方ないけどねえ。娘を見る視線もどこか、いやらしいんだよね。この前も風呂上がりの浴衣姿になった向日葵の脚やお尻を、鼻の下伸ばして眺めちゃってさ」


「おっとさん……サイテー」

「おじさま……最低です。近寄らないでください」


 向日葵がじろりと目を向けると、あんずまで一歩、後ずさる。


「うわ……師匠、流石に私も超引くなあ」

「師匠は口は悪くても紳士と思ってたのに、少女趣味のケダモノとは」


 沙夜と翠羽からのダメ出しのおまけ付き。

 真愛凛は扇で仰ぎながら、笑いを堪えて追い討ちをかける。


「ああ、やだやだ。中年男のしみったれた親心ほど、迷惑なもんはないねえ」


「真愛凛……もう、やめにしよう。話がややこしくなっちまうから」


 事実無根の少女趣味を勝手に押し付けられ、頭を抱える万三郎を尻目に、真愛凛はあんずの頭を優しく撫でる。


「あんず、少しは気も晴れたかい?まあ、呪禁道の陰陽師と比べたらマシな方さ。今回は4人で行っておくれよ」


 あんずはしょんぼりと犬耳を伏せながらも、真愛凛を見上げる。


「真愛凛姐様が仰るなら……女郎蜘蛛の討伐に行ってきます」

「そうそう。その意気だよ」


 真愛凛は、もう一度あんずの頭を優しく撫でた。


 すると、すぐさま気を取り直した万三郎が、武三郎と清志郎へ視線を向ける。


「そうだ、タケ、キヨ!行く前に得物と防具を新調してこい!」

「得物と防具を?」


 武三郎が目を丸くする。


「おう。依頼報酬は弾んであるからな。それなりの得物と防具は買えるだろうよ」


 万三郎は腕を組み、厳しい視線を送る。


「中堅の妖魔討伐だ。今までの装備で十分だなんて、舐めた真似はすんなよ。新調するまでは、討伐は許さんからな」


 万三郎から弟子たちに、武器や防具を新調しろと言われたのは、これが初めてだった。


 これまで万三郎が口にしてきたのは、決まって1つ。


 ──得物の手入れを怠るな。


 それだけだった。

 そんな師匠が、自ら「新調しろ」と言ってくる。


 それが何を意味するのか。

 武三郎と清志郎は、互いに顔を見合わせると、2人の表情からは先ほどまでの軽さが消える。


 女郎蜘蛛。


 それは今の自分たちにとって、それほどの脅威になるということなのだ。


「……分かりました」


 武三郎が静かに頷く。


「この後、得物と防具を漁りに行ってきます」


 清志郎も真剣な顔で頷いた。


「おう、それでいい」


 万三郎は満足そうに頷いた……かと思えば、にやりと笑う。


「まあ、俺みたいな達人ならよ、なまくら刀でもぶった斬れるけどな」


 万三郎は腰の刀に手を添え、いかにも自信ありげに胸を反らす。


「オメェらは、まだまだひよっこだ。頑丈な得物と防具でも、みつくろってこいや」


「師匠……」


 清志郎は半ば呆れ、小さく息を吐いてから、万三郎の顔を横目で見る。


「自分さ褒めて、どうするんべか?」

「何言ってやがる。事実だろうが」


 万三郎は眉を吊り上げたものの、口元の笑みは消えない。むしろ、当然のことを言っているだけだとばかりに、さらに胸を張った。


 そんな2人のやり取りを見ていたレオが、感心したように頷く。真面目な顔つきで万三郎を見つめ、その言葉を噛みしめるように口を開いた。


「流石です。状況に応じ、的確に彼らの力量に応じた準備を判断をされていらっしゃる。冒険者としても、武芸者としても非の打ち所がありません」


「おっ、分かってくれるかい」


 思いがけない賞賛に、万三郎の目がぱっと輝いた。彼は嬉しそうに顎を撫で、レオの肩を軽く叩く。


「さすが一等級冒険者、見るところが違うねえ。まあ、伊達に“ぎるます”やってねぇし、こいつらの師匠もやってねぇからな」

「まぁた、自分さ褒めやがったべな……」


 清志郎は額に手を当て、聞こえるか聞こえないかの声でぼそりと呟いた。


「うるせぇ、キヨ!」


 万三郎が振り返る。声を荒らげたものの、その顔には怒りよりも照れ隠しの色が濃い。


「タケと一緒に伺い所で報酬を受け取ったら、とっとと買いに行ってきやがれ」


「へぇい。ほいじゃ、タケ。伺い所に行くべか」


 清志郎は軽く手を上げると、隣にいる武三郎へ顎をしゃくった。


「おう!それじゃ師匠、ちょっくら行ってきます」


 武三郎は元気よく返事をし、万三郎に向かって頭を下げる。その勢いに合わせて、腰の得物がかすかに鳴った。


「おう! ちょいと待ちな。これ持って行け」


 万三郎は懐から一通の書状を取り出し、2人に差し出した。


「師匠、これは?」

「武具屋『黒金堂(くろがねどう)』への紹介状だよ」


 書状を受け取った2人を、万三郎は腕を組んだまま見やる。


「今のお前らにゃ、得物すら見極められねえだろ。そこらの店へ行くよか黒金堂(くろがねどう)なら、得物も防具の品も腕も確かだ。場所は、すぐそこの駒形地区だ。分からなければ町人にでも聞きな」


 ぶっきらぼうに言い放つと、万三郎は顎をしゃくって2人を送り出す。


「せっかくだ。弟子として自分の身を預ける得物くらい、ちゃんと選んでみろ」


 厳しい口調とは裏腹に、その目には弟子たちの身を案じる色が浮かんでいた。


「おし!それじゃあ解散!」


 万三郎が手を叩くと、乾いた音が場に響くと、一同立ち上がり、襖を開けて一斉に退出した。


 清志郎と武三郎は顔を見合わせ、苦笑しながら歩き出す。万三郎はそんな2人背中を眺めながら、満足そうにもう一度頷いた。


「そろそろ、弟子たちも一皮剥けさせねえとな」





---------





 午後の浅草。


 武三郎と清志郎は、浅草雷地区から南にある駒形地区を歩いていた。


 昼下がりの陽は高く、白く照り返す石畳や瓦屋根の縁をまぶしく染めている。


 通りには、様々な人種の往来が絶えず、商家の店先前から猫人(ダヤン)の丁稚(でっち)が元気に手招きで呼び込みする姿。

 露店からは、客寄せの大合唱が響き渡り、荷車の車輪がごろごろと地面を鳴らし、行き交う人々の草履の音が、靴の音が、脚具の音が、その合間を絶え間なく埋めている。


 焼き魚の香ばしい匂い、甘味処から漂う餡(あん)の甘い香り、軒先に吊るされた薬種や乾物の独特な匂いが風に乗り漂う。


 人の熱気と埃っぽい空気も重なり、浅草の町全体が、変わらず生き物のようにざわめいている。


「で、師匠が言ってた武具屋ってのは、どこなんだべ?」

「確か、この辺りのはずだ」


 武三郎が辺りを見回す。


「あっ、あれじゃねえか?」


 人波の向こうで、店先の暖簾が風に揺れていた。黒地に白く染め抜かれた文字が、陽射しの中でくっきりと浮かび上がっている。


 2人が向かった先は──武具屋『黒鉄堂』。


 浅草雷ギルド御用達の武具屋として知られる、老舗の店である。


 意を決したように暖簾をくぐると、店の奥からは低く響く金属音が聞こえてくる。

 かん、かん、と一定の間隔で鳴る音は、鍛冶場で槌が鉄を打つ音だろう。


 開け放たれた戸口からは、炭の焦げた匂いと熱気が流れ出し、外の通りの空気とは違う、乾いた鉄の匂いが鼻を刺した。


 店内には刀や槍、弓といった武器から、鎧や籠手、脛当てなどの防具まで、所狭しと並べられている。


 磨き上げられた刀身には、格子戸(こうしど)から差し込む午後の光が細く走り、壁に掛けられた槍の穂先が、揺れる明かりを鋭く弾いていた。

 棚の奥には革や油の匂いがこもり、鉄と木と煤の香りが混ざり合っている。


 店内では、職人が道具を置く音や、革紐を締める音、客と店員が交わす低い声が絶えず聞こえていた。


 奥の作業場からは時折、火のはぜる音とともに熱風が吹き込み、店の中にいる者たちの気配をわずかに揺らしていく。


 どれも名のある刀鍛冶や甲冑師の手による品ばかりで、その品質は浅草でも評判だった。


 中でも、黒鉄堂の看板ともいえる狼人(ルナティス)の職人が2人いる。


 狼人《ルナティス》とは、約200年という長い寿命を持つ狼種族で、身体能力や知性は『人』の中でも非常に高い。


 あんずか我衆(がしゅう)のような犬人《コボルト》。

 綾香のような猫人《ダヤン》に代表される獣人種は、寿命も只人(ヒューム)と変わらず、年齢の重ね方も同一であるのに

対して、狼人《ルナティス》のような長命種は、実年齢を只人や他の獣人種の年齢に当てはめると、実年齢とは大きな差が生じるのである。


 これは、森人《エルフ》、鉱人《ドワーフ》、竜人《リザードマン》にも当てははまり、実年齢は、只人や獣人種の換算年齢と大きな差が生じるのである。


 その狼人(ルナティス)の1人、刀鍛冶を生業とする黒金弦斎《くろがね・げんさい》。


 狼人年齢は58歳。只人に換算すれば37歳ほどに相当する。


 11年前まで元一等級冒険者の侍であるため、その腕前は今なお健在だ。


 そしてもう一人は、その弟であり、甲冑師を生業とする黒金龍庵《くろがね・りゅうあん》。


 狼人年齢は52歳。只人換算では33歳ほどにあたる。


 兄より六つ年下の龍庵は、かつて国侍に仕える僧兵として武を振るっていた経歴を持つ。


 兄の弦斎が鍛える刀は、鋭い切れ味だけでなく、長く使い続けられる頑丈さにも定評がある。


 一方、龍庵が仕立てる甲冑もまた、堅牢さと動きやすさを兼ね備えた逸品として知られていた。

 兄の弦斎が鍛える刀は、切れ味だけでなく、長く使い続けられる頑丈さにも定評がある。


 弟の龍庵が仕立てる甲冑もまた、堅牢さと動きやすさを兼ね備えた逸品として知られていた。


 江戸の武芸者や冒険者の間でも、その名を知らぬ者は少ない。


「へえ……ここが黒鉄堂(くろがねどう)か」


 武三郎が店の中を見上げる。


 奥から漏れる鍛冶場の熱と、店内に満ちた鉄の匂いが、彼の頬を撫でた。外の喧騒は暖簾一枚を隔てただけで遠のき、代わりに、刃物の触れ合う硬い音と職人たちの息遣いがはっきりと耳に届く。


「師匠が『それなりの得物と防具を揃えろ』って言ってたけど……」


 清志郎が店に置いてある品々を覗き込む。


 薄暗い店の奥には、光を吸い込むような黒い鎧や、油を含んだ革の防具が並び、棚の隙間から何人もの職人や客の姿が見え隠れしていた。誰もが忙しそうに動き、店そのものは活気がある。


「こりゃあ、ずいぶんと本格的な店だべな」

「他の鍛冶屋や武具問屋とも雰囲気が違うな」


 2人は顔を見合わせる。


「おい、童ども。そこで何をしている?冷やかしなら帰んな」


 冷たく、重い声だった。


 2人が声のした方へ振り向く。

 すると、店の奥に掛けられた暖簾をくぐり、1人の狼人《ルナティス》が姿を現した。


 大柄な体躯でありながら、無駄な肉は一切ない。鍛え上げられた身体は引き締まり、その立ち姿だけで、ただ者ではないことが伝わってくる。


 鋭い眼差しが、武三郎と清志郎を捉えていた。


 狼人(ルナティス)のあまりの気迫に、武三郎も清志郎も声が出ず、見つめるしかない。

 

 煤で薄汚れた濃紺の筒袖を身に着けていた。


 その上から厚手の前掛けを腰まで覆うように掛け、腕には火の粉から毛並みを守るための革の腕覆い(うでおお)を着けている。腰には大小の工具を差した道具差しを下げ、脚には動きやすい股引を穿いていた。


 頭には汗を吸わせるための手拭を巻いている。


 狼人《ルナティス》特有の灰銀色の毛並みには、煤がところどころ付着し、額や頬には汗が滲んでいた。


 そんな鍛冶師の姿を眺めていた2人に、低く響く声が飛んできた。


「見たところ、侍と忍の童(わっぱ)か。腕も半人前に届くか、届かないか……と言ったところか」


「お、おいらは武三郎。こっちにいる女みたいな顔をしたのは、清志郎といいます。浅草雷ギルドから、深谷 万三郎師匠に薦められて、この店に来ました」


 普段、物怖じすることのない武三郎でさえ、思わず背筋を正してしまう。


「ほう。おめえら、あの万三郎の弟子か」


 鍛冶師は2人を値踏みするように見つめると、顎をしゃくった。


「俺は黒金 幻斎(くろがねげんさい)。見ての通り、しがない刀鍛冶師だ」


 武三郎は、万三郎から預かった書状を懐から取り出し、幻斎へ手渡した。


 幻斎は書状を受け取ると、面白くなさそうに目を通し、やがて「ふん」と鼻で笑った。


「おめえ達に得物と防具を新調して欲しい、と書いてあるな。あとは……」

「あとは?なんて?」

「よろしく頼む、とあるだけだ」

「短かっ!!」


「まあ、万三郎らしいと言えばらしいな。奴は元気しているのか?真愛凛に尻敷かれっぱなしか?」

「ええ、まあ……」


 万三郎が真愛凛に頭が上がらないのは、弟子どころかギルド全体の間では周知の事実である。

 下手すると江戸中で、知らぬ者はいないのではないだろうか?


「そりゃあ、尻に敷かれていない日を、見たことありませんよ」


 武三郎は、さも当然のことのように答えた。


「先日なんざ、半丁賭博(ちょうはんばくち)に手を出して、真愛凛姐さんから大目玉を食らいましてね、すっかり虫の息でしたよ」


「負けても、大目玉喰らっても、同じごとさ繰り返すべな。失敗から全く学ばない師匠です」


 言いたい放題の武三郎と清志郎。


 幻斎は一瞬ぽかんとした顔を浮かべたあと、腹を抱えて豪快に笑い出した。


「はっはっは!そうか、そうか!相変わらず尻に敷かれているわけだな!しかも半丁賭博で大目玉か!あいつも懲りねえな!」


 その豪快な笑い声に、武三郎の肩からわずかに力が抜ける。 目の前の鍛冶師は恐ろしいほどの威圧感を放っているが、どうやら万三郎とは気心の知れた仲らしい。


「俺も以前は、浅草雷ギルドの冒険者でよ、あいつには、よく世話になっていたんだ。俺がいた時から、万三郎は真愛凛にこっぴどく尻に敷かれていたからなあ。そうそう、前によぉ、ギルドの酒場にいた美人に見惚れて、酔った勢いで軽く口説いたら、落ちそうだったところに真愛凛がそれを見て激怒して修羅場になっちまったんだよ」


 思いがけない師匠たちの過去を聞かされ、武三郎と清志郎は顔を見合わせた。


 2人して、何やらとんでもなく面白い話を聞いてしまった、と言わんばかりの顔をしている。


「……師匠が?」

「……真愛凛さんが激怒したんだべか?」


 武三郎は口元をニヤつかせ、清志郎は目を輝かせ、しばらく、この話を酒の肴にできるなと踏んだ。


「幻斎(げんさい)の兄さんは浅草雷ギルド(うち)の冒険者だったんべなあ」


「元冒険者だ。万三郎とはよく語り合ったり、討伐に行ったり、飲みあう仲だったな。11年前に引退して、今は刀職人って訳だ」


「かっけぇべ!その顔さもだけど、冒険者を引退しても、誰にも媚びねぇ孤高の職人って感じで、イカしてるべな!」


「美人口説いて、姐さんを大激怒させた師匠とは、天と地の差だよな」


 清志郎と武三郎の称賛の言葉に、幻斎は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて、口元がわずかに緩む。


 清志郎に憧憬の視線を向けられ、幻斎は照れくさそうに頬を掻くと、2人を見下ろして小さく笑った。


「ははっ、そう言われると悪い気はしねぇな。ま、顔だけじゃなく、腕もそう思ってもらえるようにしてぇもんだがな」

「やっぱ、かっけぇべ!」

「ありがとうよ。それで、おめえらはどんな得物が欲しいんだ?」


 幻斎に問われ、武三郎は「あっ」と声を漏らした。

 すっかり話に夢中になっていたが、2人は改めて、事情を一つずつ幻斎に説明していった。







「なるほどねえ。六等級のおめえらが女郎蜘蛛を討伐しようとしてんのか。万三郎も弟子に、随分な試練を与えるもんだな」

「そんなに、やべぇ相手なんですかい?」


 武三郎が訊ねると、幻斎は腕を組み、少し考えるように唸った。


「まあ、中級に上がってから日も浅いおめえらには、少し大変かもなあ。万三郎も、万全の準備をさせるつもりで、俺んところへ寄越したんだろうさ」

「なるほど……」


 武三郎は真剣な顔で頷いた。


 隣では清志郎も、先ほどまでの浮かれた様子は全くない。

 弦斎は書状を懐へしまうと、改めて2人を見比べた。


「まずは、今使っている得物を見せてみな」


 隣では清志郎も、先ほどまでの浮かれた様子はすっかり消えていた。


 幻斎は受け取った書状を懐へしまうと、改めて2人を見比べる。


「まずは、今使っている得物を見せてみな」


「へい」


 言われた通り、武三郎は腰から大太刀と小太刀を外し、清志郎も忍者刀、苦無、鉤爪を取り外し、幻斎の前へ差し出す。


 幻斎は無言のまま、それぞれの得物を机に置くと、まずは武三郎の大太刀を鞘からゆっくりと刀身を抜き放つ。


 刃が陽の光を受け、細く鋭い光を返した。


 幻斎は刀を傾け、刃先から切先までじっくりと目を通していく。


 刃の光沢、刃文の乱れ、わずかな刃こぼれ、幾度となく研ぎ直された痕跡。

 さらに刀身を裏返し、光の角度を変えながら、反りや身幅、鎬筋にまで視線を走らせる。


 指先で刃に触れることはない。

 それでも、目だけで刀身の状態を正確に読み取っているようだった。


 次に、刃先へ顔を近づける。

 切先に残った細かな傷を確認し、眉をわずかに動かした。


「……こいつは、何度もいろんなもん斬ったな。しかも、おめえ合戦場にも行ってるな」

「兄さん、分かるんですか?」


 武三郎が驚いたように尋ねる。

 幻斎は刀身から目を離さず、刃を傾け、光の反射を追うように目を細める。


「刀身を見りゃあ、大体な。刃こぼれの具合、研ぎ直した跡、それに刀身の細けぇ傷。どれも、道場で木刀相手に稽古しただけじゃあ付かねぇ……こいつは実際に命のやり取りをしてきた刀だ。僅かながら臓物臭までしやがるからな」


 幻斎はそう言うと、ようやく武三郎へ視線を向けた。


「……まだ若ぇのに、随分と大太刀(こいつ)を酷使したもんだ」


 短く答え、今度は鍔へ目を移す。

 鍔の縁に残る擦り傷、柄を握った際に生じた金具の摩耗。

 そして柄糸の緩みまで、一つひとつ確かめていく。


 柄を握り、軽く力を込めると、ぎしっと小さな音が鳴った。


「……柄も少し緩んでやがる」


 そう呟くと、柄頭へ視線を落とし、目釘の状態を確かめ、柄糸の巻き具合を指先でなぞる。

 何度も使い込まれた跡はあるが、致命的な傷みはない。


「手入れは悪くねぇ。だが、使い込みすぎだな。そろそろ休ませてやらねえとな」


 武三郎は黙って頷いた。

 幻斎は大太刀を鞘へ納めると、今度は小太刀を手に取ると、

 こちらも同じように刀身を抜き、刃先から切先、鎬、棟まで丹念に確認していく。


 続いて清志郎の忍者刀へ手を伸ばした。

 刀身を抜き放ち、今度はさらに細かな部分まで目を凝らす。


 刃こぼれ、研ぎ跡。鞘走りによって生じた細かな擦り傷。

 柄の握りによる摩耗や鍔や目釘の緩みなど、弦斎はそれらを一つも見落とすことはしない。


 忍者刀を置くと、苦無を一本ずつ手に取り、刃先の欠けや歪みを確かめ、最後の鉤爪も爪の先端、柄との接合部、金具、革紐まで確認する。


 すべての得物を見終えると、納得したように頷いた。


「……なるほどな。そこにいるんだろう、龍庵(りゅうあん)?」


 店の奥へ声を掛ける。


「聞いての通りだ。女郎蜘蛛とやり合える甲冑や防具を、こしらえてくれねえか」


 すると、作業場へ続く暖簾がふわりとめくれると、その向こうから、ひとりの狼人《ルナティス》が姿を現す。


 兄の幻斎(げんさい)よりも一回りほど華奢な体つきだが、細身の身体には鍛冶場で鍛えられた芯の強さが感じられる。


 腰には作業用の前掛けを締め、袖をたくし上げた腕には、長年の仕事で刻まれた細かな傷が残っていた。


 龍庵は2人を見るなり、柔らかな笑みを浮かべる。


「兄者、彼らが万三郎さんのお弟子さんだね?」

「ああ。そうだ」


 幻斎が顎をしゃくる。


「こっちの侍が北上 武三郎(きたがみたけさぶろう)。んで、こっちが……」

「兼風 清志郎(かねかぜきよしろう)だべ」


 清志郎が先に名乗る。


「君、女の子なのに男の子の名前なんだねえ」

「俺は……男だべ」


 清志郎が、困惑した顔で答える。


「えっ、男の子?」


 龍庵は目を丸くした。


「いやぁ、ごめんごめん。あまりに綺麗な顔してるもんだから、てっきり女の子かと思っちゃったよ」

「……よく間違われるんだべ」


 清志郎は慣れた様子でため息を吐く。


「でも、残念だなあ。女の子なら、今夜あたり飲みに誘おうと思ったんだけどなあ」


「……男でも飲みには行けるべ」

「おや、本当かい?」


 龍庵の顔がぱっと明るくなる。


「それなら話は早いね。兄者は酒を飲むと話がクドいからね。良かったら今夜は"2人きり"で飲みに行こうか」

「こ、断るべ……そのまま出合茶屋とか貸座敷に連れ込まれそうだべ」

 

 清志郎の顔が、みるみる青ざめると、武三郎がここぞとばかりに畳み掛ける。


「いいじゃねえか。誰もおめえを男だなんて思わねえんだから。向日葵とモフ子には黙っててやるからよ」

「馬鹿言うでねぇ! 俺は優しい女の子が好きなんだべさ!」

「ワガママな奴だなあ。相手の女の子だって、野郎のほうがいいに決まってるだろう」

「俺もその野郎なんだべな!話をややこしくすんなっちゃ!」


 清志郎が悲鳴のような声を張り上げると、龍庵は腹を抱えて笑い出した。


「はははっ!清志郎くん、君はからかい甲斐があって面白いねえ」


 龍庵は目尻の涙を指で拭いながら、にこにこと笑う。


「僕は女の子が好きなだけだから、安心してね」

「……そ、それなら安心だべ」


 清志郎が、ほっと胸を撫で下ろすと、龍庵は少しだけ首を傾げると、悪戯っぽい眼差しを向ける。


「まあ……君のせいで、目覚めちゃうこともあるかもしれないけどねえ」

「やっぱり安心できねぇべぇぇ!」


 清志郎が悲鳴を上げる。


「ははははっ!」


 龍庵は腹を抱えて笑い続けた。


「おい、龍庵。純真な若造を弄るんじゃねえよ。それに、勝手に俺を酒癖の悪ぃ奴みてぇに言うんじゃねえ」


 幻斎が低い声を飛ばす。


「兄者、酔うと昔の冒険者時代を何度も話すじゃないか」

「うるせぇ」

「数多くの女性冒険者との冒険譚は、酷いからねえ」

「余計なことを言うな、龍庵(りゅうあん)」


 幻斎がバツが悪そうな表情で睨む。


「ははは。兄者は昔から怖い顔してるから、絡みづらいでしょう?」

「誰のせいで怖い顔になっていると思ってやがる」

「さあねえ?」


 龍庵は悪びれもせず、にこにこと笑った。

 その穏やかな物腰は、先ほどまで険しい顔で刀を吟味していた幻斎とは、まるで正反対だった。


「暖簾の向こうで、話は聞いてたよ。2人とも防具を新調するんだね?」


 龍庵(りゅうあん)はにこやかに2人を見比べる。


「まずは今、身につけてるものを見せてもらおうかな。大きさや傷み具合を確かめて、それから君たちの身体に合わせて、全身の寸法を測らせてもらうね」


 武三郎は武者鎧や脱ぎ、清志郎も忍装束の下の帷子を脱いでいく。最後に籠手や脚具も脱ぎ捨てると、龍庵はまず、武三郎の甲冑へ目を向けた。


「武三郎くんの甲冑は、相当傷んでるねえ。焦げ跡もあるし、威糸(おどしいと)のほつれも目立つね。それに小札(こざね)もガタがきてる。術式とかを喰らった跡かな?女郎蜘蛛とやり合うんだ。見た目より、動きやすさと身を守ることを優先して仕立てたほうがよさそうだねえ」


 続いて、清志郎へ視線を移す。


「君は忍だから、なおさら難しそうだ。重たい防具じゃあ、せっかくの身軽さがなくなっちゃうからね」


 龍庵は楽しそうに笑った。


「まあ、その辺を考えるのが俺の仕事さ。遠慮しないで、何でも言っておくれ」


 隆庵は二人を店内の奥にある商談用の畳間へ案内した。


「それじゃあ、寸法を測らせてもらおうかな。正確に仕立てるには、服の上からじゃあ具合がわからないからね。悪いけど、一度脱いでくれるかい?」


 2人が衣服を脱ぎ褌姿になると、龍庵(りゅうあん)は巻き尺を手に取り、肩幅、胸囲、腕の長さ、腰回り、脚の長さまで、手際よく測っていく。防具を着けた際に動きを妨げないよう、関節の可動域や筋肉の張りまで確かめながら、寸法を帳面へ細かく書き込んでいった。


 その途中、店の暖簾が揺れ、5人女性冒険者が連れ立って入ってきた。


「えっ……」

「ちょっと見て……」


 畳間の様子に気づいた女性冒険者たちは、そろって顔を真っ赤にし、驚いて立ち止まる。


「腕を少し上げてみようか。そう、そのままでいいよ」


 しかし、武三郎と清志郎は、意に介することもなく寸法を測られていく。龍庵(りゅうあん)も職人として淡々と作業を続けているだけだが、しなやかで鍛え上げられた、年頃の男子2人の肉体に女性冒険者たちの視線は釘付けになっていた。


 その様子に気づいた幻斎(げんさい)が、すぐに店先へ歩み出た。


「お嬢さん方、暑苦しい野郎の身体見てもしょうがないよ。ご用件なら伺うから、どうぞこちらへ」


 女性冒険者たちを畳間から離れた場所へ案内し、龍庵は何事もなかったかのように寸法取りを続けた。


「まあ、その辺を考えるのが俺の仕事さ。遠慮しないで、何でも言っておくれ」


 龍庵は帳面に最後の数字を書き留めると、二人へ穏やかに笑いかけた。




---------




「それじゃあ、2人とも武器と防具は一週間後だね」

「一週間で出来るんですか?」


 武三郎が目を丸くする。


「うん。今のお2人に見合いそうな素材と武器は、もう目星をつけてあるんだ」


 龍庵は穏やかに笑った。


「というより、武器に関しちゃあ、条件に合うものが何本か、すでに仕上がってると言ったほうが正しいかな」


「もう完成してるのか?」


「ああ。あとは実際に手に取ってもらって、その中から一番合うものを厳選する。それから必要なところを鍛え直して、君たちの使い方に合わせて調整すればいい」


「なるほどなあ」


 武三郎は感心したように頷いた。


「防具も同じだよ」


 龍庵は、先ほど寸法を書き込んだ帳面を軽く叩く。


「君たちの体格や動きに合うものを選んで、あとは寸法に合わせて仕立て直す。女郎蜘蛛とやり合うなら、守るところはしっかり守って、動きを邪魔するところは削ってやればいい」


「一から作るわけじゃねえんだな」


 清志郎が尋ねる。


「そういうこと」


 龍庵(りゅうあん)は頷いた。


「最初から特注でこしらえるなら、素材を選ぶところから始めなきゃならない。素材の性質を見て、加工して、形を決めて……名刀や優れた防具類になればなるほど、長けりゃ1ヶ月以上はかかるかな」


「そんなにかかるんだべか」


「うん。良いものを作ろうと思えば、それくらいは必要になるねえ。それでも作成から加工まで大所帯で取り掛かれば、ある程度の工程は短縮できる。けど、一朝一夕というわけにはいかない」


 龍庵は、一息入れて手前の湯呑みに入っている水を飲み干した。


「でも今回は、そこまで時間をかける必要はない。使える武器や防具は、ウチら職人が店の品物を見れば、君たちに向いている物が、だいたい分かるからね」


 そして、2人を見比べる。


「だから今回は、得物は兄者、防具は僕がで選び、鍛え直して、身体に合わせて型を調整する。それなら一週間もあれば十分さ」


「なるほどな」


 武三郎が納得したように頷く。


「じゃあ、一週間後に黒金堂(くろがねどう)で引き渡すから楽しみにしてて」


 龍庵は穏やかに笑った。


「女郎蜘蛛なんて厄介な相手とやり合うんだ。せっかくなら、君たちが『これならいける』って思える得物と防具を用意しておくよ」


「おめえらの獲物も防具も中々、様になってるからな。楽しみにしてろよ!」


 幻斎が、満足そうに2人を見送る。


「はい、よろしくお願いします!」


 武三郎は弦斎と龍庵に深々と頭を下げると、清志郎とともに黒鉄堂を後にした。


 店を出ると、午後の浅草は相変わらずの賑わいを見せていた。


 行き交う人々の間を歩きながら、武三郎はまだ見ぬ新たな得物と防具に思いを馳せる。


 新しい得物とそれに合わせて仕立てられる防具。

 いったい、どんな物になるのだろう。

 大太刀は、どれほどの切れ味なのだろう。


 実際に握って振るったら、今の自分の刀とどれほど違うのだろう。考えれば考えるほど、武三郎の胸は高鳴っていく。


 しかも、ただ新しい武器を手に入れられるというだけではない。あの万三郎が、自分たちのために「新調しろ」と言ったのだ。


 普段なら「得物の手入れを怠るな」と口うるさく言う師匠が、わざわざ武器と防具を新しくしろと言った。


 それだけ女郎蜘蛛との戦いを、本気で警戒しているということだ。


 ならば、弟子として、パーティの前衛として、それに応えなければならない。


 武三郎は自然と拳を握り締めた。


「……へへっ」

「何だべ、タケ?顔がだらしなくニヤけてるべな」


 隣を歩く清志郎が、不思議そうに顔を覗き込む。


「いやな、どんな得物を幻斎さんが選んでくれるのかと思ったら、楽しみで仕方なくてよ!」


 武三郎の顔には、抑えきれない期待が浮かんでいる。


「今よりもっと強ぇ刀だったら……女郎蜘蛛相手に、どれだけ斬り込めるんだろうな!」

「タケは、刀のことさなると途端に元気になるべな」

「当たり前だろ!考えても見ろよ。強ぇ得物を手に入れたら、試したくなるじゃねえか!」


 武三郎は笑いながら、足取りを速める。


「おし!女郎蜘蛛とかち合う前に、鍛錬でもするか!稽古場へ行くぞ!」

「んだべな。今日はいつもより長く、やり合うべな」

「おう!今日も叩きのめすからな」

「俺だって忍として、簡単にはやられねえべ」


 顔を見合わせ、意気揚々と笑った。


 新たな得物と防具。

 そのことを思うと、武三郎の清志郎も胸はますます高鳴る。

 

 そうして2人は、賑わう浅草の雑踏を縫うように進みながら、浅草雷ギルドへと足を向けるのだった。



 


---------





 稽古場でひと汗流した武三郎と清志郎は、浴場で身体を洗い流したあと、それぞれの部屋へ戻ってきた。


 襖を開けると、部屋の中では、向日葵(ひまわり)が武三郎の布団を勝手に使い、うつ伏せになって本を読んでいた。


「おかえり。遅かったじゃない」

「……なんで、おめえがいるんだよ……しかもそれ、おいらの布団じゃねえか?」

「知ってるわよ。タケの物は私のものだから、使ってもいいの」

「ったく、どういう理屈なんだよ。しまいにゃ刀まで持ってかれそうだな」

「刀は重いから、いらないわよ」

「そういう問題じゃねえだろ」


 武三郎が呆れたように頭を掻く。

 その後ろから入ってきた清志郎が、くすくすと笑った。


「まあまあ、タケは諦めるべ。向日葵は昔っから、タケのもんさ自分のもんみてぇに扱ってるべな」

「だからと言っておいらの布団まではねえだろ」

「向日葵はタケの布団さしか使わねえのは、昔からのことだべ?」

「……否定できねえのが腹立つな」


 向日葵は2人のやり取りを聞きながらも、うつ伏せのまま、本から目を離さない。


「私がタケのお布団を暖めてあげてるのよ。優しいでしょう?それで?黒鉄堂(くろがね)はどうだったの?」

「おう。師匠から紹介状をもらって、武器と防具を見繕ってもらったよ」

「幻斎(げんさい)おじさんも、龍庵(りゅうあん)おじさんも、中々の職人肌だったでしょう?」

「そりゃあもう、すげえ人たちだったぜ。刀も甲冑も、そこらの武具屋とは比べもんにならねえ」


 武三郎の声が、途端に弾む。


「刀鍛冶の幻斎さんが、今使ってる大太刀と小太刀をじっくり見てくれてよ。刃こぼれや研ぎ直しの跡だけじゃなく、鍔(つば)や柄(つか)まで細かく見てくれたんだ」


「あれは、熟練した本職の目だべな」


 清志郎も感心したように頷く。


「俺の忍者刀も、鞘の擦り傷まで見抜かれたべ。苦無も鉤爪も、一つ一つ確認してたんだべ」


「へえ、良かったじゃない。浅草雷ギルドの上級組の殆どは、あの店のお得意様だから、期待できるわよ」


「そいやあ、幻斎さんは浅草雷ギルドの元一等級冒険者だったらしいな」


 向日葵が、ようやく本から顔を上げた。


「そうそう。幻斎おじさんは、先代のギルド長時代に一等級まで上がった冒険者だったみたい」

「先代の時代からってことは、かなり昔からギルドにいたんだべな」

「うん。私も詳しくは知らないけど、この頃はおっとさんやおっかさんとも一緒にパーティを組んでたって聞いたことがあるなあ」


「何かいろんな昔話(むかしばなし)聞いたぜ。なんでもよ、師匠がギルドの酒場にいた美人に声掛けて、姐さんブチキレさせて修羅場になったとか、姐さんがお武家様の依頼で作った媚薬を、師匠と吾妻風ギルドの女ギルドマスターが酒と間違えて飲んで大騒動になったとか」

「媚薬の話は傑作だったべな。師匠が"猿"になったとか言ってたべな」


 武三郎と清志郎が、けらけら膝を叩きながら笑う。


「あはは……」


 向日葵も最初は苦笑していたが、突然思い出したかのように

ふとその笑顔が止まる。


「……ちなみに『媚薬事件』は私が12歳の時だけど……」


 向日葵はそこで言葉を切った。


「それ……私、知ってるんだけど」

「え?昔の話じゃねえのかよ?」


 武三郎と清志郎の笑い声が、ぴたりと止まると、向日葵は本を閉じ、じっと2人を見る。


「ていうか……私、あの時のこと、結構覚えてるわよ?」

「……マジで?」


 武三郎が恐る恐る尋ねる。


「マジよ」


 向日葵の声が、妙に平坦になる。


「お昼頃、あんずとギルドで遊んでいたら、縁側からおっとさんが、東岸の吾妻風(あずまかぜ)ギルドでギルドマスターの葛葉(くずは)姐さんの手を引いて、顔真っ赤にして家を飛び出したのに出会(でくわ)したのよ。」


「…………」


「翌朝、激怒したおっかさんに耳を引っ張られながら、おっとさんがギルドに帰ってきたと思ったら、その後を葛葉姐(くすわはねえ)さんが真っ青な顔で追いかけて『これは事故なの!信じて!』って叫んでたのも覚えてる。おっかさん近寄れないくらい、キレてたもん」


「…………」


 清志郎が、そっと武三郎の肩を叩く。


「タケ……これ以上、聞かねぇほうがいいんでねぇべか」

「……おう、生々し過ぎて弄れねえな」


 武三郎も神妙な顔で頷く。

 ところが向日葵は、さらに続けた。


「それと……」

「まだあんのかよ……」

「あるわよ」


 向日葵はため息を吐いた。


「その日の夜、幻斎(げんさい)おじさんと、政爺(まさじい)が宥(なだ)めてくれて、一先(ひとま)ず収まったけど、おっとさんが私に『今日のことは忘れろ』って言ってきたのよ」


武三郎と清志郎は息を呑む。


「だから私、子供心に思ったのよ」


 向日葵は遠い目をする。


「絶対、何かとんでもない事をやらかしたんだなって」

「そりゃあ、12歳でもそう思うべな……」


 清志郎がしみじみ頷く。

 向日葵は再び本を開きながら、ぼそりと付け加える。


「でもさあ。当時12歳だった私が、おっとさんに『どうしておっかさんが怒ったの?』って尋ねたら、何て言ったと思う?」

「芸人らしく、ネタで返してきやがったか?」


 武三郎の答えに、向日葵は首を横に振った。

 そして、物凄く冷めた目を二人へ向ける。


「『おっかさんに、お山のお猿さんになる薬を飲まされた』って言ったんだよ」

「うわあ……」


 武三郎の顔が引きつる。


「芸人として最低なネタ返しじゃねえか」

「だべな……。全く笑えねえべ」


 清志郎もしみじみと頷く。

 2人とも、それ以上は何も言えなくなった。

 向日葵は本をめくりながら、頬をわずかに赤くする。


「……私も16歳になったから、今でこそ意味は分かるけどさ」


 ふうっと息を吐いた。


「真実を知った時は、そりゃあ衝撃だったわよ」

「そ、そうだろうな……」


 武三郎が気まずそうに頷く。


「まあ『あんな物』を放置しておくおっかさんもおっかさんだけど……」


 向日葵は呆れたように眉を寄せる。


「だからって、何も知らずに酒と間違えて飲むおっとさんもおっとさんよ。しかも、よりによって媚薬を……」


「……師匠、昔から考えなしに行動するような感じだったんだべな」


 清志郎が遠い目をする。


「そうよ、昔から何やってるんだか……」


 そんな向日葵を見て、武三郎は小さく咳払いをする。


「……まあ、師匠の昔話はこの辺にしとくか」

「そうだべな。これ以上聞いたら、また碌でもねぇ話が出てきそうだべ」


 武三郎と清志郎は、話を戻すように向日葵へ顔を向けた。


「師匠と幻斎さんは、夫婦喧嘩の仲裁にも入るくらい、かなり昔からの付き合いってことか」

「そういうことね」


 向日葵は起き上がると、本を膝の上へ置きにこっと笑った。

「幻斎おじさんも、嬉しかったと思うよ。おっとさんとは、大の仲良しだったみたいだしね。ましてや弟子のあんた達が来れば尚更よ」

「確かに、師匠の話をしてる時は、随分と楽しそうだったべな」


 清志郎も頷く。


「普段は怖ぇ顔してるのに、師匠の話になった途端、急に親しげになってたべ」

「最初はバッサリやられるかと思ったまったけどな」


 武三郎は、先ほど店で見た幻斎の顔を思い浮かべる。

 厳しく、近寄りがたい雰囲気の職人だったが、心根の優しい頑固職人ということもわかり、万三郎の話をしている時だけは、どこか昔を懐かしむような表情を見せていた。


「……なんだかんだで、師匠も昔から、良い仲間に恵まれてたんだな」

「そうねえ」


 向日葵は小さく笑った。


「おっとさん、昔の話になると、たまに嬉しそうに話すもん」


 武三郎は得意げに胸を張る。


「それに、甲冑師の弟さんもいてよ。龍庵(りゅうあん)さんっていうんだけど、兄貴とは正反対で、すげえ穏やかな人だった」

「ああ、あの人ね。龍庵おじさんは、人当たりも良いし、顔もイケてるから女性客受けもいいのよね」


 向日葵も頷く。


「それがよ、キヨさんのことを女の子と間違えて、飲みに誘っててよ」

「……あれは、ほんと勘弁してほしかったべ」


 清志郎が、げんなりした顔で呟いた。


「キヨって美少女顔だから、男の人にモテるよねえ。いっそ、一度くらい誘いに乗ってみたら?」

「馬鹿いうでねえ!俺は女の子のほうがいいべ!」

「そんなに怒らないでぇ。ちょっとからかっただけじゃない」


 向日葵はくすくす笑いながら、膝の上の本へ視線を戻した。


「……向日葵、絶対面白がってるべ」

「うん。結構、面白がってるかもしれない!」


 恨めしそうに見つめる清志郎を面白おかしく向日葵を見つめる。

 

「そう言えば、明日はレオさんたちのパーティが、小田瓦(おだがわら)へ向かうんでしょ?」

「矢尾津一家の護衛も兼ねて、古巣のギルドにも挨拶するみてえだな」

「そういや、そうだったべな」


 清志郎が思い出したように頷く。


「沙夜の姉ちゃんと翠羽の姉ちゃんも、一緒についていくんだべ」

「2人とも緊張してたけど、『船旅も、ささやかに楽しむよ』とは言ってたね」

「船旅も良いもんだべなあ」


 清志郎が、少し羨ましそうな顔をする。


「お前、すぐ船酔いすんじゃねえか。前に隅田川の渡し船でも酔ってたろ」

「……それは言わねぇでけろ、タケ」

「じゃあ、こうしようぜ。今度4人で船旅する時があれば、船の最後尾にキヨさんを縄で括りつけて、海面に浮かせる」

「なんでそうなるんだべ!」

「何言ってんだよ、船酔いもしねえだろ」

「海水被りっぱなしで、鮫っこさ喰われて、お陀仏だべな!」

「いいじゃねえか。脚一本くらい鮫に持ってかれてもよ」

「よくねえべ!!タケ、本当に殺す気だべか!!」

「はははっ!少しだけ冗談なんだからよ、怒んなよ」

「ほぼ、本気という事はよくわかったべ!」


 清志郎がむっとした顔をすると、向日葵がぶっと吹き出して大笑いした。


 つられて笑ってしまう武三郎と清志郎。

 女郎蜘蛛との戦いを控えた緊張は、確かに胸の中にある。

 それでも今だけは、いつものように、くだらない話をして、馬鹿なことを言い合い、笑い合う。


 そんな何気ない時間が、若き冒険者たちにとって、何より大切なもののように感じられた。


 こうして笑っていられる今が、愛おしかった。


第16話にお付き合いいただき、ありがとうございます。


 9月に入り、秋雨前線による線状降水帯など、とめどなく降り続く雨に見舞われる季節となりました。


 本当に大変な季節へと変わってきましたね。

 皆さんも、どうかご無事でお過ごしください。


 さて、今回は妖魔との戦闘……と思いきや、鍛冶屋を訪れる日常回となりました。


 実は今回、前衛を務める武三郎と清志郎の武器や防具が、地鬼戦や朱音との戦いでかなり傷んでいたことに気付きまして。


「これは、そろそろ新調させなければ」


 ということで、今回は二人の武具を新しくするお話にしました。


 戦闘回を期待していた方には、申し訳ありません(汗)。


 中堅の妖魔である女郎蜘蛛は、これまで本格的な妖魔との戦闘経験が少ない武三郎たちにとって、少々手強い相手になると思っています。


 そのため、まずは武具を整え、戦いに備えるという流れにしました。


 ……お詫びと申しますか、その代わりと言ってはなんですが、今回は万三郎の黒歴史を少し交えつつ、若き冒険者たちが普段ギルドでどのように過ごしているのかも描いてみました。


 劇的な出来事が起こるわけでもない、至って平凡な日常です。


 ですが、こうした何気ない日常を積み重ねることで、登場人物たちの関係や、それぞれの人柄が少しずつ見えてくるのではないかと思っています。


 物語が進んでいけば、これまで登場した人物たちが様々な形で絡み合い、物語そのものも少しずつ膨れ上がっていくことでしょう。


 今後、彼らがどのように関わっていくのか。

 そして、あんずたちを待ち受ける出来事とは何なのか。


 これからの物語にも、どうかお付き合いいただけると嬉しい限りです。


 それでは、また次のお話でお会いしましょう。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


──新小岩 茶太郎

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