第11話 いつものおっかさんでいいじゃないか!
向日葵は、その姿を見た瞬間、自分でも自覚できないほど顔が真っ赤になった。
「うそ、うそ、うそ……!なんで……なんで調査隊に、おっかさんがいるのよ!」
思わず、隣にいるあんずの腕を掴んでしまう。
まさか、こんなところまで来るなんて。
しかも、よりによって、仲間たちの目の前で。
「わあっ!真愛凛姐さま!来てくれたんだ!もぐっ……」
その隣では、あん笹の葉に乗った、おにぎりを頬張りながら、嬉しそうに目を輝かせている。
ちなみにおにぎりは、村の女性たちが朝に握ってくれたものだ。
「んぐ……!でも、姐さまが現場に来るなんて、今までなかったよね?何があったんだろう?」
対照的に、向日葵は今にも逃げ出しそうな顔をしていた。
「何があったんだろう?なんて呑気なことを言っている場合じゃないでしょ、あんず!」
「えっ?」
「なんで……なんで、わざわざ、おっかさんが来るのよ……!」
向日葵にとって、母親である真愛凛が来ること自体が嫌なわけではない。
むしろ、来てくれたことは心強い。
ただ、仲間たちの前で『母親に心配される自分を見られる』のが、猛烈に恥ずかしいのだ。
もう、自分は子供ではない。
そう思い始める年頃だからこそ、余計に素直になれなかった。
早い話が、思春期ならではの、甘えたい盛りと親離れとの葛藤である。
「何だよ、向日葵。姐さんが来てくれたんだぞ」
武三郎が、背後からひょいと笹の葉に乗せられたおにぎりを一つ掴むと、そのままパクリと口に入れる。
「……おっ、昆布の佃煮が入っていて、うめえじゃねえか」
「ちょっとお!それ私とあんずに出されたおにぎりでしょ!」
「細けぇこと言うなって。膝枕料だよ」
武三郎は、指についた米粒を舐め取りながら、調査隊の方へ目を向ける。
「しかしまあ……調査隊っつっても、随分と豪華な面子だな」
その言葉に、向日葵も一瞬だけ表情を引き締めた。
先頭に立つ真愛凛に続く6人も只者ではないし、よく知っている顔揃いだ。
大きな体躯と白くてフサフサの毛を蓄えた犬人の鎧武者。
秋月我衆。
身の丈を超える大太刀を携え、巨躯からは想像もつかぬ俊敏な太刀筋を誇る武の達人。
その隣には、髭を蓄えた鉱人の侍。
羅生院 源蔵。
小柄ながらも鍛え抜かれた肉体と、卓越した剣技を持つ歴戦の侍である。
1台目の山駆の手綱を引く、黒装束を纏った竜人の忍者。
無形。
寡黙な男で、その身軽さと隠密の技は一級品。長年の経験に裏打ちされた、熟練の忍である。
その隣には、巫女装束を身に纏った猫人の巫女。
西園寺 綾香。
白い艶のある毛並みと整った猫顔を持つ、穏やかな雰囲気の女性だが、浄化や治癒の術のみならず、武術の心得もある巫女である。
2台目の山駆の手綱を引く、藍染の陰陽装束を纏う只人の男。
稲岸 淳三。
口髭を蓄えた男前の顔立ちとは裏腹に、どこか三枚目な雰囲気を漂わせる陰陽師。
そして、淡い金髪をフードの下に隠した只人の女魔法士か隣に座る。
彼女の名は、レナ・ヴァレンティア。
西方の出身で、卓越した魔法技術と膨大な魔力を持つ、高名な魔法士である。
いずれも全員が、浅草雷ギルドが誇る名の知れた一等級冒険者たち。
通常、調査隊や専門部隊の構成は3人から4人。
中級組もしくは上級組が1名か2名加わるくらいである。
それが一等級冒険者6名に加え、副ギルドマスターの真愛凛までが勢揃いしているのだ。
今回の事態が、重大な案件として扱われている証と言えた。
「姐さんなら安心だべ」
清志郎が、ほっとしたように向日葵の隣へやって来る。
「それにしても、こんなところまで来るなんて……よっぽど向日葵、おめえさのことが心配なんだべな」
「うっ……」
向日葵の顔が、また赤くなる。
「そ、そういう言い方しないで……」
「だって親子だべ?」
「そうだけど……現場に親が乗り込んで来るとかありえないし」
そこへ、あんずがうっとりとした表情を浮かべる。
「真愛凛姐様……美人で品もあって、色っぽくて、優しくて……それでいて度胸も肝も据わってるし…… アタシの憧れの人だぁ……」
「全部、モフ子に無えもん、ばかりじゃねえか」
「タケくん……」
あんずの顔から、すっと笑みが消えた。
「アタシが海竜さんなら、タケくんを海の底にドボンだよ」
「ヘイヘイ。左様ですか」
武三郎はまったく堪える様子もなく、2つ目のおにぎりへ手を伸ばす。
「……食うか?」
「……いらない」
あんずはぷいっと顔を背けた。
そんな2人のやり取りを横目に、向日葵だけは未だに落ち着きなく、ぶつぶつと呟く。
「ちょ、ちょっと待って……ありえない。何でここに来るのよ。信じらんない……」
「なに1人でぶつくさ言ってやがるんだよ」
武三郎が呆れたように肩をすくめる。
「ほら、とっとと姐さんに挨拶しに行くぞ」
「ちょ、待って!」
「キヨさん、もう片方の腕を持ってくれ」
「あいよ!」
向日葵が抗議する間にも、武三郎と清志郎が左右からその腕を掴む。
「……それにしても、姐さんも一等級冒険者の団体を現場に寄越すなんて、凄いもんだべ」
2人は向日葵の両腕をがっしりと掴んだまま、こちらへ向かってくる真愛凛たちの一行へと歩き出す。
「ちょっ!タケ……キヨまで何してんのよ!?」
向日葵は腰を引いて必死に抗議する。
だが、前衛職2人の膂力の前には、なす術もなかった。
「はははっ!こうして見ると、強制連行されるモフ子みたいだな」
「嫌よ!離せって!あんたたちサイテー!」
ジタバタと引きずられる向日葵を見て、武三郎は愉快そうに笑う。
「……酷い。アタシっていつも、タケくんの『ネタの生贄』にされるよね……」
あんずも呆れたようにため息をつきながら、3人の後を追う。
そんな一行を、少し離れた場所から見つめている2人の三等級冒険者。
「……なあ、樹玄」
「うむ」
レオが困惑したように眉を寄せる。
「こっちに向かっている先頭の女性が副ギルドマスター……なのか?」
「……そのようだな。かの有名な真愛凛殿で間違いないだろう。朱音など足元に及ばぬ術者だろうな」
レオも樹玄も、浅草雷ギルドが江戸でも屈指の実力者が揃うことは耳にしている。特に真愛凛は、ギルドマスターの万三郎と並ぶ"江戸の支柱"と称される1人。
全国の冒険者界隈で知らぬ者は皆無である。
その副ギルドマスターの真愛凛と一等級冒険者たちが、現場に揃い踏みする状況は、それだけ前代未聞のことなのである。
他のギルドでも、現場調査だけで、この様な構成を組むことまずないだろう。
遠巻きからてまも、とてつもない猛者揃いということは、一目でわかり、レオも樹玄も不思議と心が躍る。
「……まさか、この場所で副ギルドマスターと浅草雷ギルドの一等級冒険者たちを拝められるとは、考えても見なかったなあ」
「拙僧も同感よ。よもや対面できようとは思わなんだ。しかも、その中心とも言える副ギルドマスターまで自らお出ましなのだからな……」
「……そういえば」
レオは、ふと昨日のことを思い出していた。
「どした?」
「向日葵が『おっかさんのお手製』と言っていた呪符を、何枚も出していたことがあったな」
レオは真愛凛へ視線を戻す。
「向日葵の言う『おっかさん』が、あの女性なら……」
「……うむ。拙僧も、もしやとは思っていたが……」
樹玄も思い返す。
戦闘では冷静沈着な向日葵が、先頭の馬上にいる女性を見た途端、
『おっかさん……?』
と声を上げ、顔を真っ赤にして激しく動揺していた。
「真愛凛が向日葵の……」
「母君、ということだろうな」
「…………」
「…………」
2人は、しばし無言で顔を見合わせた。
「……凄い親子だな」
「まったくだ。この世は驚きばかりだな」
そんな2人の耳に、向日葵の叫び声が響き渡る。
「だから離してってばぁ!」
「一日モフ子体験だ!バカやろう!」
「向日葵、観念するべ」
武三郎と清志郎に両脇を抱えられた向日葵が、激しく抵抗している。
朱音という強大な陰陽師を相手に、自ら先手を仕掛け、仲間たちへ的確な指示を飛ばし、一歩も退かなかった少女。
その向日葵が……。
「……母親が来ることで、年頃の少女の反応になる」
レオが、思わず苦笑する。
樹玄も数珠を握りながら、静かに頷いた。
「かの娘には、より親しみが湧くというものだ」
向日葵の必死な抵抗を眺めながら、クスッと微笑む。
「そうだな……あの子の魅力の1つなんだろうな。さて……俺たちも挨拶に行こう」
レオと樹玄は、ゆっくり歩を進め4人の後を追うのだった。
馬と山駆が引く幌車が祠の入口前で停止すると、真愛凛と随行してきた6人の冒険者たちは、一斉に地面へ降り立った。
その中から、先頭の真愛凛が武三郎たちのもとへ歩み寄ってくる。
浅草雷ギルド副ギルドマスターこと、深谷 真愛凛は、年齢は35歳。
ギルドマスター・深谷 万三郎の妻にして、向日葵の母親である。
静かな夜を思わせる黒い瞳には、嫌味のない艶やかさが宿っている。
長身で均整の取れた体躯と透き通るような白い肌。
薄紅色の口紅。
知性と情の両方を湛えた微笑みは、誰もが思わず息を呑むほどの美しさを備えていた。
結い上げた黒髪は、煌めく金色の簪でまとめられ、身に纏う陰陽装束は、向日葵と同じく黒と赤を基調としたもの。
足首まで届く長い裾に、腰元を飾る金細工と赤い房飾り。
その装いには、年頃の少女である向日葵とはまったく対照的な、大人の女性ならではの格式と品格が漂っていた。
そして、右手には1枚の扇。
黒地に花模様と金色の梵字が描かれた優美な意匠の奥に、ただならぬ霊力を秘めていることが感じられる。
そして、その背後には種族も職も異なる6人の冒険者が控えている。
犬人の侍──秋月 我衆。
鉱人の侍──羅生院 源蔵。
竜人の忍者──無形。
猫人の巫女──西園寺 綾香。
只人の陰陽師──稲岸 淳三。
そして、只人の魔法士──レナ・ヴァレンティア。
いずれも浅草雷ギルドに所属する、一等級の精鋭たちである。
中でも魔法士は、大和では決して珍しくない陰陽師、退魔師、巫女を含む神術師、僧侶とは異なり、その数は多くない。
魔法士の魔法の起源は北東のララリカや西方大陸で発展したもので、古森人語やルーン語とを体内の魔力と感応させ展開する術式である。
霊力を術式の源とする陰陽術や退魔師とは、異なる術式体系を持つが、後衛の攻撃支援役というポジションとして共通している。
貿易や入国が盛んな大和とはいえ魔法士は、まだまだ貴重な存在だった。
そんな一等級冒険者6人を従え、浅草雷ギルドの副長までが地鬼討伐の後始末に姿を現しているのは異例のことであるが、
武三郎は、物怖じせず真愛凛の前に出ると、向日葵の腕を左右から掴んだまま、ペコリと頭を下げる。
「姐さん!遠路ご苦労様です。依頼の地鬼と、おまけで付いてきた陰陽師のねーちゃんを片付けておきましたよ」
「おまけって……」
向日葵が小さく呟く。
その声は、真愛凛の姿を前にした緊張からか、微かに震えていた。
武三郎に促され、向日葵も渋々ながら頭を下げる。
「……お、おっかさ……いえ!副長!」
その顔は、耳まで真っ赤だった。
両腕を掴まれ、左右から吊るされているその姿は、まるで依頼から逃走するところを捕らえられ、強制連行されるあんずそのものだった。
真愛凛は、そんな娘の無様な姿をじろりと見やると、その両脇を固める武三郎と清志郎へ視線を移した。
やがて、ふっと口角が上がる。
“副長”としての威厳もさることながら、その佇まいは下町の“江戸っ子姐さん”そのもの。
堂々たる風格を漂わせながら、真愛凛は小気味よい江戸弁で言い放った。
「なんだい、なんだい。タケもキヨも景気のいい面して。脇に抱えているのは、依頼の戦利品か何かかい?随分と活きのいいのが捕まったもんだねぇ」
「誰が戦利品よ!」
向日葵が即座に噛みつくと、真愛凛は、さらに口元を緩めた。
「どうしたんだい向日葵。ギルドや家では『おっかさん』って懐いてくるくせに。何ヘソ曲げてんだい?」
真愛凛も娘の年頃の態度を知って、確信犯でからかう。
「おっかさんが来たからでしょ!何でここにいるのよ!」
昨日まで、強大な陰陽師を相手にも颯爽としていた向日葵が
今では、顔を真っ赤にして叫んでいる。
レオは思わず苦笑し、樹玄は静かに数珠を握り直した。
「副ギルドマスターと言えど、年頃の娘の扱いは大変なんだな」
「まったくだ」
そんな2人の横で、武三郎と清志郎は相変わらず向日葵の腕を掴んだまま離さない。
「ほら、姐さんに挨拶できて、良かったべな」
「よくない!もういいでしょ?離してよ」
「へへっ、姐さん! ちょうど今、この村で獲れたて新鮮な向日葵を献上するところだったんですよ」
武三郎が屈託なく笑いながら、向日葵の腕をさらにひょいと持ち上げる。
「私は定置網の魚じゃないし!!」
思わずツッコミを入れてしまった向日葵だったが、ハッと
我に返る。
目の前には、母親である真愛凛。そして、その背後には浅草雷ギルドが誇る一等級冒険者たち。
母親がいる恥ずかしさを抑えながら、向日葵は慌てて居住まいを正そうとする。
……両腕を、がっちり掴まれたまま。
「……副長をはじめ、調査隊の皆さん。遠路、ご苦労様です」
赤くなった顔を俯かせながら、向日葵はどうにか声を絞り出した。
「依頼はタケの言う通り完了しました。ただ、周知したあんずの『神降し』については……」
一瞬、言葉を選ぶ。
「……改めて一部始終をご説明いたします。また、調査後にこの海竜の祠は遷座するため、廃棄にすることが決定しました。つきましては、一度、巫女による『浄化の儀』の執り行いも視野に、ご検討をお願いいたします」
両脇を2人に固められたまま、至極真面目に報告する向日葵が、ボソッと報告を終え、その姿を見た真愛凛は……。
「……ぷっ」
肩を震わせていると、その隣では、我衆が笑いを堪えていたが、限界が来たらしく吹き出した。
「ぶははははっ!」
猫人の綾香も口元を押さえながら、とうとう堪えきれずに笑い出した。
真愛凛をはじめ6人の冒険者の面々は一斉に吹き出し、爆笑の渦となった。
向日葵の顔が更に真っ赤になる。
「ええ……?そこ笑うとこ?」
「向日葵ぃ、どうしたのかな?急にしおらしくなっちゃって。お姉さんは向日葵に、何か取り憑いたかと心配しちゃったぞ。それともぉ……拾い食いして当たったのかなぁ?良かったらお祓いしてあげてもいいんだよぉ」
綾香は満面の笑顔で向日葵をからかう。
続いて、口髭を蓄えた只人の陰陽師──稲岸 淳三が、向日葵の姿を見て目を丸くした。
「向日葵ちゃん、どうしちゃったのよ!あっ、君って、もしかして祠に入って地縛霊にでも取り憑かれちゃったかな?そりゃあ、災難だったねえ」
心配しているのか、面白がっているのか分からない顔で、淳三は早口にまくし立てる。
「僕もねぇ、ここはヤバいんじゃないかなぁって思ってたんだよ。でもさぁ、真愛凛ちゃんが『大丈夫、大丈夫』って僕を無理やり連れてくるんだよぉ。いやぁ、参っちゃったなぁ」
すると、真愛凛が、笑いながらからかう。
「あはは!淳ちゃんは取り憑かれても、そのままお持ち帰りするんだから、何も変わらないでしょうに」
「お持ち帰りとか冗談じゃありませんよ!酷いなぁ、真愛凛ちゃん。僕はね、霊感なんていらないんだよ。本当だよ?」
淳三は大げさに肩をすくめると、そこで周囲を見回し、真顔になる。
「真愛凛ちゃんの依頼に付き合うと、毎回ろくなことが起きやしないんだから。地鬼に呪禁道の陰陽師に、祟り神寸前の海竜って……これ、もう立派な怪談だよ!もう入口の前に来たら嫌な感じしかしないもの!」
「淳兄ちゃん、陰陽師なんだから、何とかなるだろうよ」
武三郎が即座に突っ込むと、淳三の顔が恐怖に滲む。
「だから怖いんだよぉ!タケちゃん、僕はねえ……何で陰陽師になっちゃったんだろうなあ?と振り返る時があるんだよ!そうだ!良いこと思いついた!ここで冒険者を辞めて、浅草で甘味処でも開店して"生きた人を相手"に平和に暮らそう」
「言っていることメチャクチャじゃねえか!バカやろう!」
間髪入れずに再ツッコミするのもお約束の武三郎の側で、レナは、堪えきれないように肩を震わせながら笑っていた。
「向日葵、超面白い!笑わせてもらったよ。その姿も可愛い過ぎるし、キュートな大和撫子〜♡抱きしめて良い?」
「可愛くないし、抱きしめるのもやめて!」
向日葵が真っ赤になって抗議する。
「ええ!連れないなあ。そうそう、淳ちゃん?」
レナは、くるりと淳三へ視線を向ける。
「淳ちゃんには、最初に祠へ入ってもらいましょう♡」
「え?」
淳三の顔が、みるみる引きつった。
「呪禁道の術式による残滓もあるかもしれないでしょ?陰陽術と魔術の両方から採取して検証する必要があるでしょう?」
レナは、にこやかに説明し始める。
「でも私って、祠とか洞窟とかにいる幽霊は苦手なの。だから淳ちゃんが、先頭を歩いて悪霊とか引っ付けてくれると助かるなぁ」
「いやいやいや!ちょっと待ってよ、レナちゃん!僕を何だと思ってるのかな!?」
淳三が慌てて両手を振り拒絶するのもお構いなしに、レナは、にっこりと微笑んだ。
「大丈夫。何か憑いても、淳ちゃんはそのまま持って帰ってくれるんでしょう?」
「霊は荷物じゃないんだよ!」
「ふふっ。じゃあ決まりね」
レナは楽しそうに笑う。
「淳ちゃんは、私の愛しいモルモットだもの♡」
「ぎゃあああ!」
朝の祠前に、淳三の悲鳴を上げ、その横で我衆が腹を抱えて笑っている。
「ははははっ!淳三、諦めろ!レナに目をつけられた時点で人生は終わりだ!」
「我衆ちゃんまで他人事みたいに言わないでよぉ!」
「それにしても向日葵よぉ!あまりに畏まっちゃうから、侍のお兄さん困っちゃう!」
犬人の侍、我衆もイジりながら、お腹を抱えて笑う。
「あはは!笑わせて貰ったよ。堅苦しいったらありゃしないねぇ!なにをそんなに気取ってんだい、向日葵!」
威勢の良い江戸弁でバッサリ切り捨てる真愛凛。
「いつものおっかさんでいいじゃないか!妙に他人行儀で気持ち悪いったらありゃしないよ!あはは!」
真愛凛はゲラゲラと笑いながら、向日葵の頭を優しく撫でる。
一等級冒険者たちも「全くだ!」と声を揃え、お腹を抱えて笑い続けている。
武三郎と清志郎は、組んでいた向日葵の腕を解くと、真愛凛の前へ歩み寄った。
「姐さんも人が悪いや」
「向日葵は、姐さんの姿を見て、顔青ざめてたべな」
2人は向日葵へ、悪戯っぽい笑顔を振り向ける。
「祠の前に来た時、連れと話し合ったのさ。私と一等級冒険者が行けば、年頃のこの子が恥ずかしがるだろうから、わざと緊張させて反応を見て、からかってやろうってさ」
真愛凛は、真っ赤なまま呆然としている向日葵の肩を抱き寄せた。
「さぞかし面白い反応すると思ったら、期待以上だったよ! まあ、伊達に向日葵の母親やってないさね」
愛娘のことなら手に取るように分かっている。
そう言わんばかりに、真愛凛は胸を張った。
「恥ずかしいからやめて!本当に嫌すぎる!」
「あんず!」
猫人の巫女、西園寺 綾香が、真っ先にあんずへ駆け寄る。
「あっ!綾香姉様!」
あんずの顔がぱっと明るくなる。
「よかったぁ……!」
綾香は、あんずのもとへ駆け寄ると、その華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。
「無事だったんだね!お姉さん、心配したんだぞ」
「綾香姉様……?」
あんずは目を丸くする。
綾香は真愛凛から、今回の依頼がただの地鬼討伐ではないことを聞かされていた。
そして、あんずが、海竜の依代となり『神降し』を成したことも。
だからこそ、あんずが無事に立っている姿を見たとき、胸を撫で下ろさずにはいられなかった。
「地鬼だけじゃなくて、呪禁道の陰陽師までいたんでしょ? よく頑張ったね!」
「……はい」
あんずは綾香の胸元で、小さく頷いた。
「アタシ……頑張った……のかな?」
「うん、充分だよ。偉いぞ!」
綾香は優しくあんずの頭を撫でる。
「本当に偉かった!」
「えへへ……」
あんずの犬耳が、嬉しそうにぴくぴくと動いた。
「……それにしても」
綾香は、あんずの頭を撫でながら、その犬耳を指先でちょんと弄ぶ。
「相変わらず、この耳は可愛いなぁ。お姉さんクセになっちゃうよ」
「ひぃ!綾香姉様、耳はやめて下さい……」
「はははっ!ごめんごめん」
そう言いながらも、綾香は耳を弄ることを止めない。
綾香は同じ和慈天姫命を信奉する巫女で、あんずは同門の後輩になる。
新人巫女の当時から、妹のように可愛がっているため、綾香から見てあんずは、今でも放っておけない存在なのだ。
そんな2人がじゃれ合う姿を見て、向日葵は呆れたようにため息をついた。
「……綾姉は、もう完全にあんずのお姉ちゃんだよね」
「ん?それなら俺は向日葵のお兄ちゃんになってやるべか?」
「お断りよ!お兄ちゃんというより、あんたはお姉ちゃんか妹にしか見えないわよ!」
即座に反応する向日葵に「あはは……」と苦笑する清志郎。
レオと樹玄は、目の前で繰り広げられる光景に、しばし言葉を失っていた。
真愛凛と一等級冒険者たちのやり取りは、まるで長年付き合いのある、ご近所同士のようだった。
遠慮もなければ、妙な畏まりもない。
軽口を叩き、笑い合い、時には互いをからかい合う。
それでいて、誰一人として不快そうな顔をしていない。
「……なんというか」
樹玄が小さく呟く。
「随分と仲が良いギルドらしい。このような仲間内の関係は見たことがない」
「俺も同じことを思っていたよ」
レオも困惑したように頷いた。
冒険者ギルドというものは、実力によって明確な線引きがされ、等級が上がれば上がるほど、その差は大きくなる。
ましてや一等級冒険者ともなれば、ギルドに所属する者たちの中でも頂点に近い存在だ。
己の実績や実力に誇りを持つのは当然として、中には、その力を鼻にかけ、下位の冒険者を見下す者だっている。
だが……
「浅草雷ギルドの冒険者は、一般の冒険者連中とは違うようだ」
レオは、笑い声の響く輪を眺めながら呟いた。
「ところで向日葵。そこにいるイイ男2人を紹介しておくれよ」
真愛凛が、向日葵の頬を拳でぐりぐりと揉み始めると、その場にいた全員の視線が、レオと樹玄へと集中した。
「……」
「……」
2人は揃って緊張した面持ちになる。
これほどの強者たちに囲まれ、一斉に見つめられるのは、さすがに落ち着かない。
「ちょ、おっがぬぁん、痛ひって!」
「いいから紹介しなよ」
柔らかな頬に拳が突き立てられ、向日葵はろくに言葉を発することもできない。
「んんっ……!ふぁ、ふぁあ……!」
抗議の声を上げながら、向日葵は母親の腕を強引に振り解き、逃げるように、レオと樹玄の間へ滑り込む。
2人の腕に自分の腕を絡めると、向日葵は頬を膨らませた。
「もう……おっかさん、本当に嫌!」
むくれた表情で抗議する向日葵。
そんな彼女の様子を見て、レオと樹玄は思わず顔を見合わせる。
そこへ、レナが2人の前へ歩み寄ってきた。
「私も気になっていたんだあ」
嬉しそうに目を輝かせ、まるで宝物を見つけたかのように身を乗り出す。
「タケもお気に入りだけど、こっちの2人もメチャイイ男じゃない。向日葵ぃ、紹介してよ〜」
「レナ姉……口説かないでよ……」
「お2人共、初めまして〜。浅草雷ギルド所属のレナです。魔法士です」
にこにこと愛想よく笑いながら、レナは2人に向けに挨拶すると口説く気満々の顔になる。
「レナ姉、話聞いちゃくれないし……」
向日葵はレオと樹玄の腕にしがみついたまま、諦めたように小さくため息を吐くと、レオから紹介し始めた。
「えっと……こちらがレオ・ハワードさん。小田瓦ギルド所属の戦士さん」
続いて、樹玄へと視線を移す。
「そして、こちらは樹玄さん。森人の僧侶で、レオさんとは6年来の仲で、同じく小田瓦ギルド所属よ」
向日葵は2人を見上げると、少しだけ表情を和らげた。
「この2人が、私たちのパーティに加わってくれたから生き残れた……本当に強い人たちだよ」
「ご紹介の通り小田瓦ギルド所属のレオ・ハワードだ。よろしく頼む」
「同じく拙僧は、小田瓦ギルド所属の樹玄と申す。其方ら強者と出会えたことも仏の導き。宜しくお願い申す」
レオと樹玄が、それぞれ頭を下げると、さっそくレナがレオへ食いついた。
「ねえねえ、堅苦しいことは後にしてもっとお話しよう!レオさんって西方の人?」
「いや、ララリカ出身だよ」
「ララリカかあ!」
レナの瞳が、ぱっと輝く。
「行ってみたいなあ。どんなところなんだろ?」
「いいところだよ。広大な土地で景色も良いし、気候も抜群だよ。機会があれば案内するよ」
「ほんと!?」
レナが嬉しそうに反応する。
その横では、真愛凛が樹玄をじっと見つめていた。
「顔も綺麗だし……身体付きもいいねえ。ウチのギルドの女の子が放っておかなそうだねえ」
「えっ……」
樹玄は困惑したように笑う。
「いや、その……拙僧は仏に仕える身。あまり考えたことがないのだが」
「ふふっ。そういうところも人気が出そうだねえ」
真愛凛は楽しそうに笑うと、すっと姿勢を正した。
先ほどまでの気さくな雰囲気から一転し、どこか凛とした空気を纏う。
「お2人共、ご挨拶感謝。改めまして、私は深谷 真愛凛。浅草雷ギルドで副ギルドマスターであり、そして……」
真愛凛は柔らかな笑みを向けると、不意に向日葵のおでこを指で弾いた。
「いたっ!」
向日葵が額を押さえる。
「愛娘の母親もやってるんだけど……ご覧の通り、反抗期でねえ」
真愛凛が楽しそうに笑う。
「ちょっと、おっかさん!」
向日葵がむくれて抗議する、その様子にレオも樹玄も思わずクスッと笑った。
「そうそう。今回の調査に来てもらった、ウチの冒険者の面々も紹介させておくれよ」
真愛凛がそう言うと、レナを除く5人が、それぞれレオと樹玄へ挨拶を始めた。
皆、実に個性的な面々だった。
気さくに声を掛けてくる者もいれば、豪快に笑う者もいる。どの顔にも敵意はなく、初対面の2人にも気さくで愛想が良く一等級冒険者とは思えなかった。
ただ1人、寡黙な忍の竜人、無形だけは、レオと樹玄へ軽く頭を下げただけで、それ以上は何も語らない。
その様子を見て、真愛凛が苦笑する。
「無形は、元から誰にでもああいう奴なんだよ。口数こそ少ないけど、別に冷たいわけでも、あんたたちを避けようとしてるわけでもないからね」
「……」
無形は黙ったまま、2人を見ている。
「忍ってのは、本来そういう性分なのさ。気にしないでおくれ。キヨみたいな変わり者の忍も、中にはいるからね」
真愛凛にそう言われ、レオは無形へ視線を向ける。
「真愛凛さん、俺たちは特に気にしてませんよ。無形で良かったかな?よろしく頼む」
「無形殿。其方の堂々とした佇まいは見事。拙僧も気にせぬゆえ、宜しくお願い申す」
無形は一拍置いて、静かに頷いた。
「……こちらこそ。真愛凛の言う通り非礼ではない。許せ」
短い一言だった。
だが、全く悪い気はしないし、それだけで十分だった。
「まあ、堅苦しい挨拶はここまでにしようか?向日葵のお墨付きの仲間なら、あたしにとっても大事な子たちだからね」
その言葉に、向日葵が少しだけ恥ずかしそうに顔を背ける。
「……おっかさん、急に真面目になるんだから」
「何言ってるんだい。私はいつだって真面目だよ」
「はいはい……」
項垂れながら、ぼやく向日葵。
突然、我衆がレオの肩をポンポンと叩いた。
「レオさんよぉ。あんた、凄く強そうだなあ!」
我衆は満面の笑みを浮かべる。
「今度、手合わせしてくれねえか?強え奴を見ると放って置けないタチでね」
いきなりの申し出に、レオは一瞬だけ目を丸くするが、すぐに口元を緩める。
「俺なんかで良ければ、是非手合わせを願いたい」
「おおっ!そんじゃ、よろしく頼む!」
我衆が嬉しそうに笑う。
レオもまた、満更ではない様子だった。
強者との手合わせ。
それは戦士にとって、何よりも心を躍らせる誘いでもある。
「……なんだか、話が早いなあ」
樹玄が苦笑する。
「ごめんなさい。これが悪名高い浅草雷ギルドなんです」
向日葵は、すっかり賑やかになった一同を見渡しながら、呆れたように肩をすくめた。
「さて、話し込んでいたら、いい時間になったね。お昼にする前に、まずはこの地鬼の骸を片付けようか。淳ちゃん、レナ。お願いできるかい?」
背伸びをしながら真愛凛がそう言うと、淳三とレナが前へ出た。
「こういう後始末は、僕らの出番だねぇ。レナちゃんにも頑張ってもらわないとね」
「は〜い。私、お腹空いちゃったな。淳ちゃん、ささっと片付けちゃおう」
「はいはい。分かりましたよぉ。ちゃちゃっと終わらせましょう」
2人は地鬼の骸へ向かい、それぞれ術式を展開する。
淳三が陰陽術を発動すると、地鬼の骸を五芒星の方陣が包み込んだ。
一方、レナが魔法術を発動すると、その足元には幾何学的な魔法陣が浮かび上がる。
五芒星と魔法陣。
霊力を源とする陰陽術と、古森人語やルーン語を術式として用いる魔法術。
異なる2つの術式が同時に展開すると、地鬼の骸が徐々に崩れていく。
やがて、無数の骸は黒い微塵へと変わり、風に舞うように消えていった。
「……よし。これでおしまい」
淳三が術式を解く。
「やったぁ。これでお昼ご飯だね!」
レナが嬉しそうに両手を合わせる。
「まったくレナは……欲望に忠実すぎだよ」
「だって、お腹空いたんだもん」
レナは悪びれる様子もなく、にっこりと笑った。
「真愛凛ちゃん。これで無害になったから、大丈夫じゃないかなあ」
淳三が額の汗を拭いながら呟く。
「うん。あとは潮風が飛ばしてくれるから、何も残らないと思うよぉ」
レナも術式を解きながら、軽い調子で答えた。
「そうかい。それじゃあ、後は任せるとしようかね。2人ともお疲れさん」
真愛凛は2人を労うと、綾香と我衆を伴い荷車の中から大きな重箱を取り出した。
「さて、腹も減っただろう?昼にしようか」
「わあ!姐様の料理だあ!食べた〜い!」
あんずが目を丸くし、尻尾をぶんぶんと全力で振る。
「あれま!姐さん。ここで昼飯を食べるのけ?」
清志郎が重箱を覗き込みながら、嬉しそうに声を上げる。
「そうさ。腹が減ってちゃ、話もまともにできないだろう?」
何枚も広げられた敷物の中央に重箱を置くと、囲うように13人が一斉に腰を下ろす。
そして、真愛凛はおしげもなく次々に重箱を開いていった。
中から現れたのは、握りたてのおにぎり。
色鮮やかな具材が散りばめられたちらし寿司。
里芋や大根と鶏肉の煮物に、彩り豊かな漬物。
わかさぎや貝類の旨味が凝縮された佃煮。
さらには鴨肉や焼き鳥まで並べられていく。
太い竹筒には、冷やした緑茶や果実水まで用意されていた。
「うわぁ……!」
あんずの目が、さらに輝いた。
「姐様、これ全部作ったんですか?」
「もちろんさ。育ち盛りが6人と、大食い連中もいるんだからねぇ。これくらい用意しとかないと足りないだろ?」
「姐様、大好き!」
あんずが満面の笑みを浮かべる。
「はいはい。たんとお食べ」
真愛凛が笑いながら、あんずの頭をぽんぽんと撫でる。
「これ全部、姐さんの手作りなんですかい?」
「そうだよ。朝からこしらえてきたんだ」
「すげぇ……」
武三郎が感心したように重箱を覗き込む。
「おっかさん……やっぱ敵わないなあ」
向日葵は、思わず呟くと真愛凛がちらりと向日葵を見る。
「何がだい?」
「……なんでもない」
向日葵は微笑むと、そっと顔を赤らめ視線を逸らした。
「ほら、皆んなもどんどん食べた食べた!」
「いただきます!」
12人の手が、一斉に重箱へ伸びた。
あんずは嬉しそうにおにぎりを手に取り、両手で大事そうに頬張る。
「ん〜!美味しいです、姐様!」
「そうかい。まだまだあるから、遠慮せず食べな」
そんなあんずを微笑ましそうに眺めながら、真愛凛も腰を下ろす。
向日葵は煮物を箸で取り、口へ運ぶ。
「……うん。やっぱり美味しい」
素直に感想を漏らした直後、向日葵ははっとして真愛凛を見る。
「なによ?急に見つめて」
「別に〜。いけなかったかい?」
真愛凛が楽しそうに笑う。
「おっかさんの料理、褒めてくれて嬉しいよ」
「なによ……素直に美味しいって言っただけじゃない」
向日葵が顔を赤くする。
「おお!こいつぁうめぇ!」
武三郎は焼き鳥を一本掴むと、豪快に頬張った。
「姐さん、こんなご馳走を現場まで持ってきてくれるなんて、さすがだべ!」
「そうだろう?タケもキヨも遠慮がなくて気持ちがいいねぇ」
「へへっ、じゃあもう1本もらいやす!」
「食い過ぎるんじゃないよ」
「へい!」
返事だけは威勢がいい。
その隣では、清志郎がちらし寿司を口いっぱいに頬張っていた。
「……んぐ、んぐ……」
「キヨは、口に詰め込み過ぎて、喉に詰まらせるんじゃないよ」
「んまいべ……!こんなご馳走、滅多に食えねぇべ!」
清志郎は幸せそのものの顔をしながら頬を緩める。
「おかわり、あるべか?」
「もちろんさ。いっぱい食べな」
「姐さん、神様だべ……」
「大げさだねぇ」
真愛凛は笑いながら、清志郎の器へちらし寿司をよそってやった。
その一方で、レオと樹玄は少しばかり遠慮がちに箸を進めていた。
レオは焼き魚を一口食べると、目を細める。
「……これは美味いな!お世辞抜きで美味しい!」
「お気に召したかい?」
「ああ。長旅の後に、これほどの食事をいただけるとは思わなかった」
真愛凛が嬉しそうに笑う。
レオは焼き魚を一口食べ、ふと真愛凛へ視線を向けた。
黒髪を結い上げた端正な横顔。
落ち着いた微笑みと、艶やかな眼差し。
思わず、箸が止まる。
よく樹玄や数馬、これまでの冒険者仲間からは、朴念仁と言われているレオだが、真愛凛の持つ妙齢女性ならではの美しさと色香。
その姿に、ほんの一瞬だけ見惚れてしまった。
「……ん?」
真愛凛がこちらを振り向く。
「どうかしたかい?」
「い、いや……何でもない」
レオは慌てて視線を料理へ戻した。
そんな様子を、隣の樹玄がちらりと見ていた。
「……」
「……何だ?」
「いや、何も。ただ、お主の珍しい顔が見れたものよ」
樹玄は何食わぬ顔で煮物を口へ運んだ。
「ほら、お坊さんも遠慮はいらないよ。腹いっぱい食べな」
「では、お言葉に甘えさせて頂くとしよう」
樹玄は行儀よく煮物を口に運び、静かに頷いていた。
「……実に美味。真愛凛殿の料理を口に出来ただけでも、生き残った甲斐があるというもの」
「あはは。お坊さんに、そこまで褒めてもらえるとは、縁起がいいねぇ」
「このような心尽くしの食事を頂けること、ありがたく存じます」
樹玄は箸を置くと、深々と頭を下げる。
「堅苦しいねぇ。ほら、樹玄さんももっと食べな」
「では……もう一つ、頂戴いたします」
樹玄が煮物を取り分ける。
その様子を見ていた武三郎が、にやりと笑った。
「なんだよ樹玄の兄ちゃん。さっきまで遠慮してたくせに、結構食うじゃねぇか」
「……タケ殿。拙僧も育ち盛りなのでな」
「おいらより歳上のお坊さんが育ち盛りって何だよ!」
武三郎の突っ込みに、周囲から笑い声が上がる。
皆、真愛凛の料理に舌鼓を打ちながら、和やかに昼食を楽しんでいた。
そこには穏やかな昼の時間が流れていた。
腹を満たしたところで、真愛凛が静かに向日葵へ視線を向ける。
「さて。お昼ご飯も食べた事だし……そろそろ、今回の話を詳しく聞かせてもらおうかね」
「……それじゃあ、話すわね」
向日葵は、浜芝村の村人たちから聞かされた話から始め、海竜の祠へ向かった経緯、そこで目にしたもの、耳にしたことを、一つひとつ丁寧に語っていった。
地鬼の群れ。
祠の奥で行われていた、呪禁道による禁忌の儀式。
そして、海竜を祟り神へと堕とそうとしていた、朱音という陰陽師の存在。
向日葵が語り終えると、今度はレオと樹玄が口を開いた。
2人からは、朱音の裏切りによってパーティが壊滅し、大切な仲間たちを失ったこと。
そして2人自身も命を落としかけたところを、武三郎たちに救われたこと。
その後、6人が力を合わせ、朱音を討伐したことまでが語られた。
真愛凛も一等級冒険者たちも、これまでの出来事が、明確となり納得する。
そして最後にあんずの番が来た。
「あ、アタシからも……お話します」
あんずは胸元の御守りを、そっと握りしめた。
語られたのは、海竜との邂逅。
そして、あんずが『神降し』を成した、その一部始終だった。
真愛凛たちは、静かにあんずの言葉へ耳を傾ける。
誰一人として、口を挟む者はいなかった。
レオと樹玄も、自分たちが見たこと、戦いの中で起きたことを補足する。
武三郎と清志郎も、地鬼との戦闘や朱音との戦いについて口を挟みながら、事の顛末を伝えていった。
時折、あんずが小さく頷きながら話を補う。
やがて、最後まで話を聞き終えた真愛凛たち一同は、しばし無言になった。
その隣では一等級冒険者たちも、それぞれ異なる表情を浮かべている。
我衆は腕を組み、驚きを隠さない。
源蔵は険しい顔で黙り込み、無形は静かに目を伏せている。
綾香は、あんずを心配そうに見つめていた。
淳三は「うわぁ……」と小さく呻き、レナは興味深そうに目を細めている。
そんな中……真愛凛が、ゆっくりと口を開いた。
「……まったく、とんでもない依頼になっちまったねえ」
その声には、普段の軽い調子とは違う、重みがあった。
地鬼の群れ。
呪禁道。
そして、祟り神を生み出そうとした陰陽師。
それが意味する事の重大さを、一等級冒険者たちは誰よりも理解していた。
あんずが語り終えると、しばしの沈黙が流れ真愛凛は静かに目を伏せる。
そして、すっと姿勢を正すと、武三郎たち4人へ向かって深々と頭を下げた。
「……すまなかったねえ。あんた達に怖い思いさせちまってさ」
「姐さん……?」
突然のことに、武三郎が目を丸くする。
「地鬼の討伐と、行方不明になった冒険者たちの調査。あたし、そのつもりであんたたちを向かわせた」
真愛凛は顔を上げる。
「けど、実際には……呪禁道の陰陽師が裏で糸を引き、海竜を祟り神へ堕とそうとしていた。想定を超えて、とんでもなく危険度の高い案件になっちまった」
真愛凛の表情から、いつもの笑みが消えていた。
「依頼の背景を、あたしが達が、更に深く確認するべきだったと後悔しているよ。あんた達を危険な場所へ送り出す立場として、そこはあたしの落ち度だよ」
「姐さん……」
武三郎が困ったように頭を掻く。
「頭を上げてくんねぇかな……謝るなんてらしくないですよ」
清志郎も頷いた。
「そうだべ。こうして俺たち、みんな無事に生きてる。それでいいべな」
「うん。姐様が謝る必要なんてないよ」
あんずも涙目で必死に訴る横で、向日葵もうんうんと頷いている。
親子同士、この場合、言葉はなくとも言いたいことは通じているのだ。
真愛凛が4人を柔らかい表情で見つめる。
「それに……」
武三郎は、にっと笑った。
「俺たち、結構しぶといんでさぁ」
「へへっ。そうだべ」
清志郎も笑う。
真愛凛はクスッと笑うと、やがて小さく息を吐いた。
「……まったく。そういうところは万三郎そっくりだねぇ」
そして今度は、レオと樹玄へ向き直った。
「それから、あんた達にも謝らなきゃならないねえ」
真愛凛は、2人にも深々と頭を下げる。
「三等級冒険者が、下位の六等級冒険者を連れて討伐に当たる。ましてや、その先にあんな化け物が待っていたんだ。結果的に、2人にはキツイ戦いを強いちまったねえ。許しておくれ」
「いやいや!どうか、頭を上げてください」
レオが穏やかに告げた。
「我々がこうして生きていられるのは、武三郎殿たちに救われたからこそ」
樹玄も静かに頷く。
「レオの言う通り。我らは一度、朱音の裏切りによって仲間を失い、為す術もなく追い詰められていた」
レオは向日葵へ視線を向ける。
「それを救ってくれたのが、彼らです」
「朱音のような呪禁道の陰陽師を相手にして、向日葵殿の戦闘指示は見事なものでした」
樹玄も続ける。
「状況を的確に把握し、我らにも効率良く指示を飛ばしていた。あの混戦の中で、あれほど冷静に戦場を見渡せる者は、そう多くはないでしょう。それに武三郎殿と清志郎殿の戦闘力も凄まじいものでした」
レオが微笑む。
「前衛として敵を押し留め、幾度も我々を助け活路を開いた。あの2人がいなければ、我々は生き残れなかったでしょう」
樹玄の視線が、あんずへ向く。
「そして、巫女殿の支援と回復も、実に見事でした」
「えっ……アタシ?」
突然名前を出され、あんずの犬耳がぴくりと動く。
「戦況を見ながら必要な術を施し、傷を負えば即座に癒やす。あれほど戦場で頼もしい支援はありません」
レオも納得といった顔で頷く。
「6人全員が、それぞれの役割を果たしたからこそ、朱音を討打ち倒せた」
その言葉に武三郎、清志郎、向日葵、あんずの4人が照れながら笑顔を向ける。
「……なるほどねぇ」
真愛凛は、ふっと口元を緩める。
「どうやら、あたしが思っていた以上に、あんたたちは立派な冒険者へと成長しているんだねえ」
「へへっ。そうでしょう、姐さん」
武三郎が得意げに胸を張り、両手で受け取る姿勢を取る。
「じゃあ、依頼報酬をもっと下さい!」
真愛凛がぴしゃりと言い放つ。
「タケ!調子に乗るんじゃないよ!どの口から出てくんだい」
「はい!この口からです!」
真愛凛は、意地悪そうに口元を吊り上げた。
「バカな事言っているヒマあるんだったら、レオやお坊さんみたいに、立派な実績を積んでから言うんだね。あっ、そうた。ついでに人間性もピカピカにしておいでよ。そうしたら女の子にモテるかもよ?」
「うっ……」
武三郎が言葉に詰まる。
「タケって報酬が増えても、どうせ飲むか遊ぶかでしょ」
向日葵も呆れたようにため息をつく。
「タケくん……天姫様の本社にいる巫女の子を、飲みに連れ回していたよね?巫女長様の耳にも入ったんだから!」
あんずも白い目で武三郎を見る。
「な、何を言いやがる!俺は侍として巫女さんと"清く、正しく、ほんの少しの下心"で社会的交流を深めてんだよ!それに金だって貯めてんだからな」
「前の依頼報酬も3日で使い切ったじゃない」
「……あれはよぉ、必要経費だ!」
「何の?」
「男の"大切"な必要経費で〜す♡」
「はいはい……腹が立つから、もうそれ以上は言わないで」
向日葵はムスッと頬を膨らませ、武三郎を睨みつける。
その様子を見ていたレオと樹玄が、思わず顔を見合わせた。
「……なるほど」
「実に分かりやすい。単純にして明快」
「おい!聞こえてるぞ、バカやろう!」
武三郎が即座に噛みつく。
「おいおい、タケ!お前、相変わらず進歩しねえなあ!」
我衆が腹を抱えて大声で笑う。
「これじゃあ将来、向日葵も手を焼くだろう。男子として、もう少し精進せい」
源蔵も腕を組み、もっともらしく頷いた。
「ちょ、ちょっと待って!タケと将来なんてゴメンだから!」
向日葵が真っ赤になって叫ぶ。
「あんた、芸人の女になると苦労するよぉ〜」
真愛凛が、意地悪そうに笑った。
「だから違うってば!タケとかサイアクだから!」
向日葵はさらに顔を赤くする。
「何ムキなってんだよ向日葵。皆、冗談でからかってるだけじゃねえか」
「タケは黙って!」
「ええ!?そこ、おいら怒られるとこ?」
武三郎の悲鳴に、周囲からまた笑い声が上がった。
その中で、あんずだけはおにぎりを頬張りながら、きょとんと2人を眺めていた。
「……タケくんと向日葵ちゃんって、なんだかんだで仲良しだだよね」
「「どこが!」」
2人の声が、見事に重なった。
それを見て、さらに大きな笑い声が広がった。
第11話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、海竜の祠にやって来た浅草雷ギルドの真愛凛と所属する冒険者とのお話でした。
そして何より、向日葵にとっては、まさかの「おっかさん襲来」です(笑)
普段は冷静で頼れる陰陽師の向日葵ですが、母親である真愛凛を前にすると、途端に年頃の女の子になってしまいます。
「おっかさん」と呼びそうになったり、恥ずかしさのあまり逃げようとしたり、武三郎と清志郎に両脇を抱えられて連行されたり……。
一方のあんずは、相変わらずの天真爛漫というか能天気というか、巫女で先輩の綾香にも会え、真愛凛の手料理で大喜び。
向日葵とあんずでは反応がまるで違うのが、今回書いていて楽しいところでした。
そして、浅草雷ギルドの一等級冒険者たちも本格的に登場しました。
秋月我衆、羅生院源蔵、無形、西園寺綾香、稲岸淳三、そしてレナ・ヴァレンティア。
それぞれ種族も職業も異なる、浅草雷ギルドが誇る精鋭たちです。(一等級冒険者は他にもいますが、これはもう少し先になります)
地鬼の討伐だけなら、ここまでの精鋭が大所帯で派遣されることは、まずありません。
それほどまでに、今回の海竜の祠で起きた事件が重大なものだったということでもあります。
そして何より、レオと樹玄から見た武三郎たち4人を描くことができました。
ですが、まだまだ発展途上の冒険者たち。
けれど、仲間を支え、互いに背中を預け、強敵に立ち向かえるだけの力は、少しづつ確実に身についている。
そんな彼らの成長を、上位の冒険者たちからも、認めてもらえたらと願うばかりです。
序章編も終局に入り、今回の事件の後始末とともに、あんずが巫女として果たす役割にも触れていきます。
それでは、次回も「怖がり巫女のモフ子」をよろしくお願いします!




