048 TURN OUT 判明する
王立魔術研究所。
当該施設は、王都フェリアに存在する。
といっても、独立機関ではなく、フェルギス王国軍組織の一部である。
王宮のすぐ隣に騎士団の詰所があり、さらにその一区画が魔術研究所という総称で呼ばれている。
現在、この魔術研究所で、魔術師と呼ばれている存在は両手にぎりぎりに満たない数。魔術師見習いの数を入れても、五十に届かない。
フェルギス王国内で、この魔術研究所が把握している、魔力を有する存在はおおよそ百名程度。もちろん、それに魔女は含まれていない。
隣国アルバスには、もう少し多くの魔術師が存在している。アルバス領内で確認できる魔女は一名。
この大陸で、魔力を有するものや、魔術師の存在が数を減らしたのには、やはり五百年前に――災禍の魔女、によって引き起こされた、ひとつの国の滅亡が切っ掛けである。
魔女および魔術師は、時に、異端と弾圧処刑され、フェルギス王国内での総数を減らし続けてきた。
だがしかし、古魔術による仕掛けは王国内にも幾つも実稼働している。
例えば、その一つが大街道に配置されてある灯火。
王都、および各街にはりめぐらされている上下水道にくわえ、防御結界。
あるいは王の裁可印章。
いったいいつそれらが設置作成されたのかは、国の創生まで遡らなければいけない。古から伝わるこれらの施設を、保持補修するためにも、魔術師の存在は必要である。だからこそ、フェルギス王国の民にとって魔力や魔術は身近に存在しているものの、中々その構成や構造を理解するには至らず、公にされている情報も少ないのだ。
人々の生活に浸透しているのは、魔道具が主なのだが、言ってみれば、所有していると少し便利で楽が出来る。程度の認識だった。判りやすいところでは、エレナが所有している元夫の指輪。風魔石が嵌め込まれ術式が刻まれた指輪。
エレナに指摘されて以降、ユウはエレナの前で魔力を行使する事を隠していない。
時には、彼女から頼まれて、裏庭全部の雪を吹き飛ばしたり、屋根の積雪を溶かしたりしている。
ユウが力を使うたびに、エレナはどことなく懐かしそうな顔をするので、何もいえなかった。
ユウは、この世界に来た時とほぼ変わらない形で魔石を使う。
杖には特に術式を構成していないし、魔道具ではない。ただ石を嵌め込んでいる棒なのだ。だから、魔力を魔力としてそのまま行使することしか今のところ出来ない。
そして、ことに魔術に関してはさっぱりである。
指輪に刻まれている模様の一部は、恐らく古代文字なのだが、それをどうやって魔術として変換するのは、未だに理解が及んでいない。
短い期間、師匠であった黒龍を心のうちに密かに思い浮かべ、ユウは鬱々とした溜息を落とす。
窓か見える通りの壁面に、男がひとり佇んでいた。
今日も。
エレナが横から、呆れたように窓外を見て、ユウに視線を流して、肩を竦めた。
「随分、惚れられてしまったねえ」
「そういうのじゃ、無いですよ!」
「寒くないんですかねっ?」
並んだマリィも口を挟んでくる。
男は姿勢よくそこに立ち、微動だにしない。
「ここ何日かは雪もちらつく程度だからねえ」
「……」
ギルドの商談部屋での話は、一度持ち帰りとさせてもらっている。
持ち帰ったところで、ユウにはどうすることも出来なかったのだが。
それからこうして、顔に傷跡がある男――リーグベルは、何と言ったらよいのか……ストーカー並みに、ユウの移動先に張り込んでいる。
ギルドでの依頼を受け街外に出ても、一定の距離を保ちつつ着いてくるし、店で給仕に勤しんでいる時は、食事をしに現れ、終わった後は店が閉まるまで外でああして、待機している。
店仕舞いを待ってもらっても、ユウの寝床はこの店の上にあるので、再び相まみえるのは看板を下ろすとき位なのだが、かなり辛抱強く待っている。
それが役人?もしくは軍人?というものの気質なのだろうか。
ユウの知る王都の人間は、ロシュディ、それからグレイド、ルネ、ディエゴの四名である。そういえば、商会のカイもそうなのだろうか。心の中で指折り数えていると、マリィが言った。
「ユウさんああいうのはタイプじゃないの? なんか体力在ありそうだし真面目そうだし、ほら服はちょっとくたびれてる感じだけど、靴きれいじゃない? どうみても買ったばかりって感じ。この前アルバスからの隊商来てたから、意匠的にも新製品ぽい。あそこ革細工得意だもん」
今時の若い女性として、それなりに流行を追っているマリィが言うのだから、確かなのだろう。
「お付き合いってそういうお付き合いじゃないんですよ、あくまでも仕事で。もう少し保留させてっていったんですけど……」
「じゃあ、なんで張り込んでるんだろ、圧かけてるのかな」
「ですかね……」
曖昧に答えてユウは男を見る。
確かにこの数日は雪の気配も薄くなったが、まだまだ寒いだろう。
「……看板、おろしてきますね」
呟くような声に、マリィは意味深に笑い「頑張って」とユウの背中を押した。
◇◇◇
「あのですね、リーグベルさん」
「お、仕事終わったか? 少し話せないか? 今日はあの話じゃなくて、もっと普通のってか飲みいこうぜ。すんげえ寒い」
看板を両手に抱え、せっつくように浴びせられる言葉に、ユウは思わず立ち尽くす。
「あのですね……」
「言っておくけど、営業妨害はしてないからな。ちゃんと木漏れ日亭で昼夜金落としたし」
「目が怖いです」
「これは生まれつきだ」
初対面の時の印象は、顔に大きく残る傷跡ばかりに目が行っていたが、本人が言うようにそれほど悪人面ではない。すぐに絆されるのは、自分の悪い癖だろうか。
いつまでも店内に戻らないユウに、窓から二人のやりとりを見ていたエレナが、しびれを切らしたように扉をあけ放った。
「ほら、そんな所で立ち話なんかしてると、噂がたつよ! 話なら中でしな」
マリィがするりと扉から抜け出して「ふふふ、おやすみなさーい、お二人さん」と声かけ家路に向かった。
結局、ユウはリーグベルを伴って、木漏れ日亭に戻る羽目になる。
「女将、感謝する」
「時間外だからね、お茶一杯五十ブロンだよ」
エレナは湯気の立つカップをごん、と音を立てさせながら、テーブルに置いた。
「無論、承知している」
法外な価格にも関わらず、リーグベルもあっさりと、銅貨の詰まった袋をエレナに手渡し、ユウは頭を抱えたくなる。
二階に引き上げていったエレナを見送り、無言の時間が営業を終えた木漏れ日亭に流れた。
「いつも聞いてばっかりだから、今日はユウさんの話聞くことにするわ」
鷹揚にいうリーグベルに、強制的に押し付けられた思考を巡らせた。
ギルドでの会話。この数日でリーグベルから聞かされたこと。
リーグベルが王立魔術研究所の研究員かつ魔術師で、結界に関して調査をしていること。
王都の防御、および各都市の防御結界の解析と、長年使用されてきた為、出て来る劣化等の修復に勤しんでいるということだった。グレイドとは幼年学校時代からの知己。それなりに、魔力が顕現した為、王立魔術研究所に所属したこと。
ゼリスの大災害で、怪我を負い、今は研究職がメインであること。
魔術研究のトップに存在している彼らが匙を投げだしたくなる程の難題に挑んでいるものの、手詰まりであること。
どれもユウにとってはほぼはじめて聞くような内容で、簡単に協力をと請われても、二つ返事では受けることができない。そもそもこの世界での自分の足場もエオルトリア高地の外に出た段階で、あやふやな状態なのだ。
やっと、テンシアで職を見つけ、独りでもどうにかやっていけそうな気がしていたところに、ふってわいたような話。
しかもかなり壮大な内容である。ロシュディとの出会いで、たとえばこの国の成り立ち等には多少触れたが、やはり余所者である自分という立場は変わらなかった。そしてこの男の話は、ユウを部外者から内部者に引きずりこもうとしている内容だ。
王位がどうとか、他国がどうとか、魔物がどうとか、たとえば死が、ひたひたと手を伸ばしていると言われても、正直実感が沸かないのも事実だ。自分は難しく考えすぎているのだろうか。何かに対しての責任を感じていないのに。本当にそんな状態でも、ユウの協力を仰ぎたいと考えているのだろうか。
総意。と言っていた。それは誰の?
この国の?
ならばアルジェントはユウを連れて行ったであろうし、ロシュディもまた。
【補足事項:今後の行動次第で王家の監視対象から外れるかもしれません】
あの時ナビゲーションは確かにそう告げたはずだ。
ということは、リーグベルがユウの前に現れたのは、魔女を監視する為ではなく、グレイドの独断なのだろうか。
「私、本当にお役に立てるとは思えないんですよ……み、見習いですし! ギルドで確認されたっていってましたよね! 私、しがない薬師見習いです!」
「薬師見習いが、リシルリーフとグリムリーフをあんなに簡単に見分けれるとはなあ」
「だってギザギザ全然違うじゃないですか、匂いも微妙に。というか本当に皆さん王都に帰ったんですか?」
「一部残してな、もう一回再編成して暗黒領域のとこ行かないといけないんだが、なーぜかユウさんの居た小屋にもたどり着けなくなっちまって、それも困ってんのほんと」
「ああ……」
ユウはリーグベルの言葉から察する。
つまり自分は――当初、監視対象から外れていたけれど監視対象となった可能性が高い。
魔女は不可侵という理屈も、いまいちよくわからないのだが、確かにあの地下室に埋められている情報や知識は膨大で、魔術研究を生業にしている者からすれば、それこそ全てを強奪したくなってもおかしくはない。グレイドは知らないはずだ。後から来た三人には見せなかったから。ロシュディは?
ぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「じゃあ、質問させてもらいますけど……リーグベルさんが私に接触してきたのは、魔術師さん達だけの総意ですか?」
リーグベルはおや、といった具合で片眉をあげる。
「俺とは、駆け引きはできないぞ。俺は、本当に何も知らない。高地の魔女の介入を確認、グレイドからの最初の知らせがそれ。グレイドがその時誰に仕えていたかはユウさんも知ってるだろ?」
つまり、王弟――新しく即位したという新王からの依頼?
眩暈がする。
ユウは思わず頭を抱えこんだ。
朧げながらも成り立ちそうだったスローライフが、足元から瓦解していくような感覚。人恋しさから街へ行こうと思いついたのがいけなかったのだろうか。
そんなユウの様子をリーグベルは飄々とした様子で眺めていた。




