047 TURN UP 見つかる
看板を下ろすために店の外に出たユウは、向かいの建物の壁面に背中を預ける様にして立っていた男に気づき、思わず身を固くした。
「失礼だが、少し話を聞かせて欲しい」
思わず呼吸さえも止めてしまっていたユウは、ゆっくりと息を吐き出しながら、なんと答えるべきかを考える。
「俺は、王都から結界の調査に来た者だ。といっても、正規軍には所属しておらず、いってみれば雇われ人で、傭兵みたいなものだ」
男も、ユウも吐く息が白い。
「ユウ、さん。とは、先日顔を合わせているな。高地で」
「――あんた何してるんだい! うちの看板娘に手をだすんじゃないよ。そういう店は二本裏の通りだよ! さっさとお行き」
ガランと大きな鐘を鳴らした扉が大きく開け放たれ、ユウはエレナに腕を引かれ、店内に押しやられた。男は、両手を胸のあたりに上げ「誤解だ」と言い返していたが、女将の剣幕に、小さく頭を下げると大通りの方に向かっていった。
「……ありがとうございます」
「顔が真っ白になっちまってるよ、ユウ。何か暖かい物をいれよう」
エレナは何も問わなかった。
蜂蜜を落とした暖かいミルクのマグカップを手渡され、ユウはそれを両手で包み込む。じんわりと伝わってくる温もりに、強張っていた表情がゆっくりと溶けていく。
「おいしい……」
「ただのミルクさ」
看板を下ろした後の店内は、喧騒の名残もなく、ただ沈黙だけが続く。
考えてみると、いつだってこうして誰かと暖かい飲み物を手にし、時間を共有してきた。それは、誰も自分の事を知らない異世界に来てしまった自分にとって、とても幸運な事に思える。
「エレナさん、私」
「私の旦那が亡くなったって話はしたね。息子が居るってことは、まだ話してない」
唐突に始まる語りに、ユウは瞬きをする。
「あのバカ息子は、魔術師にあこがれて、弟子入りしたのさ。幸い、ゼリスの大災害で亡くなったうちの旦那に、それなりの見舞金が国から支払われて、王都までの資金や見習いの間の資金は賄えた。当初はこの店を畳もうと思ったけど、私には、他にできることも少ないし」
「息子さん……魔術師に……?」
「ユウ、あんた――いつも裏の雪かきどうやってるんだい」
「え、えっと。足でささっと……」
エレナはじとっとユウをねめつける。
「――部屋にある、石のはまった立派な杖は、魔道具だろう」
魔術師の存在自体が珍しいこの国で、目立つ杖を持ってうろうろする事は、多少変わった杖を持ち歩いているな程度で受け入れられていた為、ユウはエレナの示唆に思わず首を傾げた。
「あの……息子さんって、魔力があるんですか?」
「ほんの少しね、あるみたいだよ」
思いがけない言葉に、ユウは身を乗り出した。
「え、えっ?」
「亡くなった旦那にも、あったんだよ」
「ゼリスの大災害って……?」
「あれは……詳しい事はよくわからない、けど、なんでも溢れ出した魔物が街を覆い、目に見えるものを破壊していった、まさに災害ってやつさ。私はテンシアにいたから見ていないよ。あの時は王都から沢山の騎士や兵士に魔術師もやってきて、少しでも魔力を持ってる人間はゼリスまで駆り出されたんだよ」
「旦那さんって、魔術師だったんですか?」
ユウの言葉にエレナはからからと笑う。
「いーや、ただの定食屋の親父だよ。――でもあんたみたいに井戸までの雪かきはしてた。これを使って」
そうテーブルの上に置かれた鈍銀の指輪には、緑色の小さな石が嵌っている。
「もしかしてこれは、魔道具、ですか」
「そうらしい。まあ、私には使えないし、ただの形見だよ。そのうちバカ息子に譲るつもりさ」
愛おしそうに指輪を中指にはめるエレナに、ユウは何もかける言葉がない。
この世界において、魔力や魔術は、珍しいものである筈なのに、どうしてもこんなにも身近な所にその存在が現れるのだろうか。
エオルトリア高地の魔女を継いだことに関係があるのか、ユウにはまったく判断がつかない。ロシュディとの出会いもそうだった。彼もまた、稀有な魔力を有する人間だった。
ロシュディの話によるとこの国の魔術師と呼ばれる存在は、魔女を除き、管理されている。そのほとんどは王都にある王立魔術研究所に所属しているのだ。魔力を有する人間を積極的に中央へ集めてはいるが、もちろん取りこぼしが全くないとはいえない。
エレナの亡き夫は魔力を持ちながらも、魔術師の道ではなく、この街で定食屋を開くことを選択した。だが、その息子は、皮肉なことに、魔術師となることを夢見て王都に行ったのだ。
「ユウ。あんたにどんな事情があるかは判らない。けれど、ここはいつでも帰ってこられる場所なんだよ。あんたにとっても」
ぶっきらぼうながらも、暖かさにあふれた言葉に、鼻の奥がツンとする。
一人ぼっちで移住したユウの世界は、少しずつ、広がってきているのを実感する。
「ま、雪かきは、いままで通り頼んだよ! 正直、助かってるからね!」
ポンと肩を叩かれ、詮索をひとつもしないエレナに感謝しかない。
◇◇◇
「ユウさん、ご指名です」
「へ?」
ギルドに顔を出した途端、受付官のミルトンに一枚の紙を手渡された。
「何ですかこれ……お話しするだけで、三シルヴって、かなり怪しい案件じゃないですか……私、お客さんとか取る系のできませんよ!」
「私も、そう言ったのですが、頑なにお話したいとのことで、根負けしました。ギルド内の商談部屋利用ということで、身の安全は保障します。一応」
「一応って、酷いじゃないですか!」
「正直言って、仲介料の割合が非常に良いので、当ギルドとしてはお受けしたいというのが本音です」
「私を、生贄にしないでくださいっ!」
「一応、護衛も付けますからお願いします」
「また、一応って言った。酷いです!」
受付でのやり取りに、周囲からは笑いが広がる。
交易都市テンシアのギルドに出入りする人間は、この街が交易都市という二つ名を冠する所から、非常に雑多だ。隣国との国境にも程近く、商会の出入りをはじめ、傭兵や護衛といった顔触れが目立つ。
だがしかし、その中で薬師見習いという存在は珍しかった。
薬草の納品依頼などは需要にあわせて多いのだが、そういった物をメインに受注する登録者は少ないからだ。お小遣い稼ぎとしては、薬草の生えている場所は大街道からも逸れた所ばかりなので、気軽に受注できるものではないし、そもそも草を見分けるのは簡単なことではないからだ。
ミルトンに促され、ユウは渋々ギルドの奥にある商談部屋へと向かう。
扉を開けると、そこには先日、木漏れ日亭に現れた、顔に傷跡のある男が一人、椅子に腰掛けていた。ユウは、その男の姿を見て、反射的に扉を閉めそうになる。
「待ってくれ、話だけでも」
切羽詰まった男の声に、ユウは立ち止まった。
男は、ゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「先日、無礼を働いた。すまない」
男は、そう言って、ユウに何かを差し出した。
それは、見たことのある青い石だった。
カイが言っていた、魔力が結晶化されているが、出力されないという、あの石だ。
「これは?」
「王立研究所の者が、解析に失敗したものだ」
男は、そう言って、ユウの顔をじっと見つめた。
「ユウさん、貴女は、薬師……見習いなのだな。失礼ながら、ギルドで先に照会させてもらった」
「……何故でしょうか。研究所って……貴方は傭兵みたいなものだって仰ってましたよね」
ユウは、警戒心を剥き出しにし、男にそう尋ねた。
「もともと王都から派兵されていた正規兵は帰還。今は次の指示待ち状態なんだ」
「傭兵なのに? なんで大金を払ってまで私にこんなもの」
男の意図がさっぱり判らない。困惑のまま青い石に視線を落とす。
「はあ……やっぱり無理があるな、この設定」
恐縮そうにしていた男は、額に片手をあて天を仰ぐ。
「まあ、いいか。あんまり深く考えるのも、演技するのも向いてねえな俺には。グレイドって名には心当たり有るだろ」
ユウは、その言葉に、息をのんだ。グレイド。
それは、ロシュディの元副官の名前である。
「高地で会った時、まさか、あんたみたいな小娘が、エオルトリア高地の魔女だとは思わなかったよ。今は魔力を隠していないんだな」
男は、そう言い放つと、改めて深々と頭を下げた。
「原則、研究所と……魔女とは不可侵」
そこで言葉を切り、ユウの顔をじっと見つめる。
「グレイド様は、あんたを、信頼するに足る人物と判断された」
その言葉に、ユウは、胸が締め付けられるような思いになった。
「今、この国に在る魔術師のひとりとして、助力、いや……意見だけでも伺いたいというのが、我々の現段階での総意だ」




