049 TURN BACK 引き返す
あの日、ロシュディを助けたことが、巡りに巡って、魔女としてこの国の政治的な要素に介入したと見なされているのだろうか。
すでにあの小うるさいナビゲーションの音声が懐かしい。
【補足事項:今後の行動次第で王家の監視対象から外れるかもしれません】
自分が、テンシアへ来てしまったことが、フラグみたいなものなのか。
考えこむうちに、冬の空が白み始めてくる。
隣室ではエレナの気配がし、結局ユウは起き上がった。ベッド脇に立てかけてある杖をチラリと見て、首を横に振った。そしてそれをアイテムポーチへと格納する。
昨夜リーグベルから聞き出したいくつかの情報は、曖昧なものが多かった。彼の口調から、それは演技では無く、本当に知らされていないのだと、思う。
この世界では、交通網や電信網が発達していない。
遠方への便りは主に、人を介して行われている。伝書鳩のような魔法生物もいるらしいのだが、所有している人間は限られている。今こそ、ロシュディかアルジェント、グレイドにでもいい。意見を聞きたかった。
何らかの問題があって、アルジェントはロシュディを追うように王都へ向かってしまった。自分も、行くべきなのだろうか。
いや、エオルトリア高地に戻れば、もっと出来ることがある筈だ。
そもそも、高地の小屋を出て以降、ナビゲーションが沈黙している所を鑑みて、あれは小屋自体に付帯している設備だと考えられる。
例えばそう、新しく魔女を受け継いだ存在が、魔力や魔術に関心を持ち、少しずつその力や知識に触れていくような。一種のトレーニング施設の役割を果たしているのでは無いだろうか。
それを誰が作成したのかは判らない。
ただ、アルジェントは、先代のエミールの存在を認識している。エミールがユウを位置交換を行ったのは確か――。
【当該施設前使用者エミール・トゥリィトリィは、当世界の政治的緊張および人間関係の複雑化に強いストレスを覚え退去を希望】
政治的緊張とは、例えば、今みたいな……?
この世界で、新たな知己が増えるたびに、人間関係も複雑化している。
「こじつけすぎ……?」
「なにがだい」
向かいで朝食のスクランブルエッグを突いていたエレナが訝しそうな顔でユウを見ていた。
「いえ、なんて説明すればいいのか」
「それより、ユウ。ここにはいつまで居てくれるつもりだい?」
「え……」
唐突な問いに、ユウは答えを持っていない。
口に今まさに突っ込もうとしていたサラダの葉が、ぽろりと落ちる。
「私としては、居てくれるのは助かるんだけど、春からはもともと住み込み予定だった姪がくるんだよ。だから部屋がね」
「春ってもっと先では? まだ雪降る日ありますけど」
「ああ、正確に言うと、春霊祭からは春って皆言ってるねえ」
「春霊祭……っていつですか?」
「二の月の最終夜から三の月初日の明けまで」
「えええっ」
「そこに合わせて、ライラが来るんだよ。旦那の妹の娘」
「二の月最終日って……あと半月とちょっとじゃないですか」
「仕込みもあるから、遅くとも春霊祭の十日前迄には来るって手紙が来たのさ」
言われてみれば、木漏れ日亭の張り紙には、春までの短期と書いてあった。
ユウは、ますます今後の自分の行動に関して迷い始める。
エレナは念を押すように「私としては居てくれるのは助かる」と繰り返した。
◇◇◇
「ユウさん、浮かない顔ですね」
ギルド受付官のミルトンに、受注の紙を提出していると、そう声を掛けられた。
「そんな顔に出てます?」
「ええ、こちら。急ぎでは無いので、納品自体は明日以降でも大丈夫ですよ。テンシアからは遠いですし」
書面に目を落とした後、ミルトンはユウの背後の方に視線をやる。
「護衛、居た方がいいかもしれませんね。少し危険な場所なので」
倣うようにふり返ると、少し離れた場所でリーグベルが肩を竦めた。
また、居る――。
「これって新鮮な方が良いですか? 採取したままの状態の方が」
「んー、そこまでの指示は無いですが、出来るだけ新鮮な方が良いかもしれません。軍から依頼なので」
「あっ……そうなんですね……」
「受注取りやめますか?」
眉を下げてしまったユウに、ミルトンが柔らかな口調で言う。
「いえ、お請けします」
ソテリアなら、ユウの住む小屋の庭で育っている筈だ。
いちど、小屋の様子も確認したいし、いい切っ掛けにもなるだろう。
リーグベルは……頭の上で腕を組み、付いてくる。どこからどうみても、ストーカー紛いの行動である。
彼が、森の小屋を認識できなくなっていたという事は、ユウを害する気持ちがどこかにあるという事だった。ミルトンのいうように護衛として雇って、認識が本当に阻害されているのか試してみようか。
認識できないのならそのまま小屋に逃げ込んでしまえばいい。認識できるのならば……彼がグレイドから何かの依頼を受け、自分に接触してきた事が明らかになる。
ここからエオルトリア高地までは徒歩で四日、往復で八日。
完全に放置しているサブクエストの存在も少し気になる。
確か今度の達成報酬は国内転移網構築(精度難有り)だ。精度に難のある転移網ってどうなんだろうとツッコミをいれつつ、魔術に関しての研究記録が押し込められていた扉の存在を思い浮かべ、一度確認してみようと考えた。
最初だって、あの黒いファイル以外、誰の手の助けも無かったのだ。
ユウは、テンシアを出発した。
そしてギルドを通じて、護衛としてリーグベルを正式に雇った。
一日につき七十ブロン。これでも護衛としては破格の値段らしく、ギルドを介する場合手数料なども含めて、これ以上は、価格を下げられないとの説明を受けた。
リーグベルは自分も行きたいから構わないとの話だったが、正式に契約を結んだ方が、色々な保証が有効となる。
今のユウにとっては手痛い出費だった。が、後学の為にも投資は必要であると言い聞かせた。




