4 千明の人生初デート
林君に気持ちを打ち明けて、失恋してから、一ヶ月後に人生初デートをすることになるとは。
高校に入学して数週間、連休前の日曜日。
千明は、待ち合わせ場所である、国鉄の甲子園口駅に向かって歩いていた。
待ち合わせ時間の十分前に駅に着いたが、待ち合わせ相手は、もうそこにいた。
駅にやってきた千明の姿に気がつくと、にっこり笑って軽く右手を振る。
千明は、足早に近づいた。
「おはよう、岸本君」
「おはよう、吉岡さん」
俊輔は、チェック柄のワイシャツ、スラックス、運動靴だった。
「運動靴、履いてきてくれたんだね」
人生初デート。
おしゃれしたかったが、今日はかなり歩くよ、と聞いていたので、カジュアルな服装でまとめた。
駅のホームで、電車を待つ。
「今日は、付き合ってくれてありがとう」
デートを申し込まれたのは、一昨日の夜。
千明の家にかかってきた電話だった。
「千明」
一階から母が呼んでいる。
千明が、二階から降りると、母が手に持っていた受話器を千明に渡す。
「電話よ。男の子から」
林君だろうか。千明は、そう思った。卒業式以来、林君とは音信不通だ。
「こんばんは。吉岡さんですか」
少し低音で落ち着いた雰囲気の声。聞き覚えはある。
「はい」
「いきなりの電話ですみません。岸本です」
そうだ、この声は、岸本君だ。いったい何の用だろう。
「吉岡さん、明後日の日曜日は、何か予定は入っていますか?」
「いえ、別に何も」
「明後日、京都に行こうと思っているのですが、もし良かったら付き合ってくれませんか」
「はい、いいですよ。あと誰が行くのですか」
―岸本君は、電話では同級生にですます調だな。こちらもつられてしまう。
「いえ、ふたりで、ですけど、だめですか」
ドキッとする。いやいや勘違いしたらいけない。岸本君の女の子に関する話は、この前、岸本君と同じ中学出身の女子に聞かされた。
ほんとに、気軽に誘うんだな。
たしかこの前、休み時間に教室で少し話をしただけなのに。
「いえ、構いませんよ。誘ってくれて嬉しいです。でも何で私なんでしょう」
だいたいの見当はつくが、一応訊いてみた。
「吉岡さんと、京都に行ったら楽しいだろうな、と思ったんです」
「そうですか。ご期待に添えるかどうか、自信はありませんけど、よろしくお願いします」
そのあと、待ち合わせ場所と時間を決めた。岸本が言ってきたのは、午前9時だった。
母は、しっかりと、横で聞いていた。
「同じクラスの岸本ですって名乗っていたけど、何か誘われたの」
「うん、明後日、一緒に京都に行くことになった」
「ふたりで」
「そう」
「付き合っているの」
「ううん、女の子のお友達、たくさんいる人だから」
「あら、そんな人と、京都にふたりで行くの。心配だな、大丈夫なの」
「うん、大丈夫。きちんとした男の子だよ」
「そうね。電話を受けたとき、ずいぶんと礼儀正しい男の子だな、と思った。でも年頃の男の子なんだからね。間違いのないようにね」
―間違いか。それはないな。
三日前の火曜日だった。
休み時間に、千明が、自分の席で、寺院と仏像に関する本を読んでいたら、
「渋い本、読んでいますね」
と、声をかけられた。
岸本は、その時空いていた、千明の前の席に座り、
「読書の邪魔してごめんね」
と、言いながら、千明の読んでいる本に関することについて話しかけてきた。
岸本も、寺院や仏像が好きとのことだった。
電車がホームに着いた。
聞かされていた話から想像していたのとは違って、岸本俊輔は、ふたりでいても寡黙で静かな雰囲気だった。
でも一緒にいて居心地は、悪くない。
これから、どんな一日が始まるんだろう。




