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終わりの始まり・一

 カンパニー成績不審者収容所・外・深夜・雪月side―――


「くそっ……そんな馬鹿な」


 俺の目の前で、河野 あつしが全身を血に染めてのた打ち回っている。

 俺の能力……権能殺しによって重傷を負い、もはや動くこともまともにできない様子。

 

 なんというか……すごく気持ちいい光景だな。

 途轍もなく酷い性格だと思うが……俺を陥れたあの十二人(一人死んで十一人だっけ?)の一人が俺よりも無様な姿を晒しているのは非常に心が落ち着く。

 心が躍るのではなく、落ち着く……ダメな奴は自分よりダメな奴を見ると安心するものだ。

 

 あまりそれを考えると、自分の性格の悪さを直視してしまうので、ここら辺で考えるのは止めて置こう。

 という訳で俺の能力……いや権能チートについて考えよう。

 チートに対抗できるのはチート……チート能力者に特攻となる俺の能力……もしかするとこんな特殊な力は世界で唯一無二かもしれない。

 だとするならば俺はこれから大きな特権を与えられて、働かなくてもカンパニーで高給を貰えるかもしれないな……名誉顧問みたいな感じで。


 ただ不安なのは、紅子くれこがくれたあの書類……体育系の彼女に似つかわしくない学者が書いたような理論だった書き方。

 なんとなく……なんかのコピペのような気がする。

 憶測だが同じ能力を持つ人間がいるかもしれない。


「やるじゃん……紅子の訓練の成果か?」


 右足を若干引きずりながら、リーネがこちらにやってくる。

 いや、奴の訓練じゃなくて……これは俺が何度も死にかけて会得したの。

 そこ、重要。

 

 俺はそっと腹の辺りをさする。

 服は破け、腹も見事な火傷だ……あの時、もう少し精霊を倒すのが遅れていれば内臓が焼けてホルモン焼きになっていただろう。

 もう少し能力レベル上げないと、ちょっと危険。


「トドメは譲るぞ」

「おお……」


 敦をぶっ殺してやりたいのは山々だが、ここは親子二代で因縁のあるリーネに譲ってあげることにした。

 ……というか、自然にヤるって選択が出てくる俺も大概この世界に馴染んできたな。


「嫌だ……なんでこんな、こんな最期を迎えるために俺はこの世界に来たんじゃ」

(まったく、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに……いい中年が)

「こんな……こんなのまるで雪月みたいじゃないか!!」

(なに?)


 必死に這いずってリーネから逃げようとする敦。

 その憐みすら感じさせるその姿のまま、こいつはとんでもないことを言った。


「あのぼっちが……手前を同窓会になんか呼ぶわけねえだろ……暗いんだよ手前、手前がいると場が悪くなる……ああ、今の俺は雪月だ、誰にも気にされず、愛されず、一人空しく死んでいく……嫌だ、嫌だ……雪月になりたくない」


 リーネの忍者刀が、敦の頭に振り下ろされる。


「雪月はいやだぁぁぁぁ、ぎにゃぁぁぁぁぁ!!」


 そして敦は動かなくなった。


(……かってに俺の名前を蔑称として使うなよ!!)


 俺は怒りで頭が焼けそうだった。

 この異世界で自分の名前が分けわからん言葉として定着して貰っては困る。


 雪月―スル 動詞 

 意味 孤独死する。

 例 あのお爺さんは友達もなく、身内もいないために病気にかかった後、雪月した。


(止めてくれよ……)

 

 俺はゲンナリして河野敦の死体を片付けにかかる。

 秋虎も呼んで、カンパニーの死体安置所にでも……。


 敦は泡を吹いて白目を向いていた。

 カニのような泡吹きは未だ続き……すなわちそれは生きていることの証左でもあった。


「殺さなかったのですか……」

「さっきまではぶっ殺そうと思っていたけど……もういいわ」


 さすがに呆れたか……とリーネの呆れ顔を見ようとしたが、彼女は俺と目を合わさりそうになると、ふぃと後ろを向く。


「ありがとうな……いろいろと気遣ってくれて」


 う……そうストレートに言われると、こそばゆい。

 別に、感謝されてくてやった訳ではないし……勝手にやったことだし。

 沈黙が痛い……。


「そ、そう言えば……リーネさんの本名って何なんですか?」

「そんな無理に丁寧な喋り方しなくていいぜ……あっちの荒っぽいしゃべり方の方が地だろ……ちょくちょく出てたし」

「まあ、公と私の区別はつけないと」

「確かに……うん、そうだな」


 俺は使鬼・シラユキの身体を乗っ取ている身……俺が雪月だとバレるとヤバいのだ。

 主に、あの十二人にバレると今度こそ殺される。

 殺されかけた方が、被害者が加害者に配慮するというのもおかしな話だが、奴ら容赦ないからな……特に俺に対して。


「ま、色々と見せ合いっこし合う仲になったら、教えてやるよ」

「見せる物なんてないけどな」


 ただ面倒臭くなってきた。

 どうせ、二人はシラユキの……俺に乗っ取られる前の本当のシラユキを知らない。

 唯一知っている紅子とはもう会う事はないだろうし、地の喋り方でもいいのかもしれない。


「聞いてた……?」

「聞いてるけど……」


 リーネは後ろ向きのまま、右足のつま先をトントン、そしてそれを十数回やった後にドンドンと地面に叩きつけている。

 何してんのこいつ?


「これ以上はちょっとまだ度胸が……時間はあるし、周りに敵はいないし、いいか……」


 ブツブツと何かを呟く怪しいリーネ。

 だがそんな彼女がふと思い出したように振り向いた。

 その顔は……警戒で厳しく締め付けられている。


*****


「ヤバい……奴ら、気付いたのか!!」


 何が……という声は飲み込んだ。

 重傷だった陽菜が式兵に支えられてよろよろと歩いてくる。

 そしてそれを追い越すように秋虎が腰の刀に手をやって走ってくる。


 それから数分たった頃……男女百数名の悲鳴が俺の耳に届く。

 重なるその悲鳴は合わさり大きくなり、耳の中をひっかくような不快さだ。

 斬る音、血が吹き飛ぶ音、断末魔。

 

 俺はようやく思い至った。

 此度の河野敦・滝沢所長による襲撃計画……襲われる教国の高官らがいつまでも無防備だとなぜ思う。

 危機を察し、逆に反撃に出ても何ら不思議はない。

 

 感情を抜きに損得だけで判断すれば、俺らは単につぶし合っただけに過ぎない。

 襲撃の切り込みたる敦を潰し、その過程で俺らは疲弊している。

 同士討ち……奴らにとって、教国の高官にとっては反撃殲滅の絶好の機会。


「来るな、来るな……!!」


 手を滅茶苦茶に振って逃げてくる社員が背中から斬られた。

 斬ったのは西洋甲冑に身を包んだ騎士。

 馬に乗って疾駆する彼らは、ムスペルハイム教国の炎と剣の紋章を胸につけ、剣には炎を纏っていた。

 

「教国の近衛騎士団……おいおい、高官どころじゃないぞ……奴らが守るのはスルト教王かその親族」


 いつもマイペースのリーネがやや震える声で、ちょっと洒落にならない事態を説明する。

 そっか……俺らが狙おうとしたのは王様の身内か。

 そいつを敦の計画通りに殺されば、そりゃあ戦争になるよな。


 先頭の騎士が殺戮を繰り返す中、その後に、騎士の集団がやってくる。

 その中央には豪奢な馬車。

 馬ではなく、同じサイズのトカゲ……にしては随分ごつい二足歩行のドラゴンっぽいのがその馬車を曳いていた。


 その馬車から女の人が降りてくる。

 周囲を杖を持った兵士が囲むように警戒……香具山で見たな、結界を張っていた奴と、索敵してた奴。

 捕まって酷い目にあったことがある。


「降伏せよ……汝らは包囲されている!!」


 目つきがキツい、西洋系の顔立ちの、二十代半ばくらいの美女。

 その髪が赤いところから、教国の支配階級たる炎王乃子グラナート

 なぜか派手な色合いの着物を着ていることが妙だが、高貴な人物であることは良く分かる。


 その後ろから、オドオドしながら白い割烹着を着た青年が女性に隠れるように馬車から降りる。

 あいつ……行商でボッタくられていた男。


「あれは……エルネスティーネ王妃ですね」


 え、王妃様……スルトの奥さん?


「あの顔はブチ切れているぞ……降伏しても殺されるな……逃げるぞ」


 リーネが早くも逃走を決意するが……その顔は苦い。

 右足負傷のリーネ。

 重傷の陽菜。

 元気なのは男二人……だが二人を運べるほどの身体能力はない。


(はぁ、さすがに見捨てる訳には行かないか)


 とりあえず、気絶している敦に全部の罪を被せる方向でなんとかしてみるか。

 見た感じ、こっちが一方的にやられてあっちは被害ないみたいだし、大丈夫かな。

 顔を引き攣らせながらそんなことを思っていると、ふいに風が吹いた。


 思わず、上を見上げると、空に巨大な影が……。


「鳥……?」


 それは紅い翼をもつ巨大な鳥だった。

 体長の多くを占める翼に小さな身体、まるで成鳥の翼をヒナにつけた様な、どことなくバランスの悪いその鳥の背には軽装の兵士が乗っている。

 彼らは旋回し、こちらの様子を伺っている。


「……っ!!」

朱雀兵すざくへい……夜間を飛行してくるなんて……だとさ」


 騎士らが何事か叫んだのをリーネが通訳してくれる。

 朱雀兵……所謂飛行兵と言う奴か。

 味方か……。


 よく見れば十にも満たないその飛行兵士……朱雀兵のうちの装飾がやや華美な、隊長格らしい兵士の頭には紫色の花が縫い付けられている。

 あれは確か……誰かにやったような。

 紅子?


 社員らを襲撃していた騎士らが撤退し、王妃を中心に隊列を組む……そしてそれらを威嚇するように旋回する朱雀兵。


 俺らはその状況に逃げるに逃げられず、結局様子を伺う事にした。

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