権能殺し
カンパニー成績不審者収容所・外・深夜・雪月side―――
「すみません……役立たずで」
社員らに引きずられて戦線離脱(もっと、優しく扱えよ)した陽菜。
意識が朦朧としている中、しきりに自分の無能を謝罪するが、俺はなんとなく、その頭をなでなでして黙らせた。
陽菜の周囲には、半分式札に戻りかけている式兵が瀕死状態の彼女を守るように取り巻いている。
戦線離脱したと判断したのか、その兵士らは恩知らずにも、陽菜を連れ出した社員らを威嚇している……ちなみに秋虎にも。
それは自動でやっているのか、陽菜の意志なのか……俺はノーガードで秋虎が近づくと襲い掛かろうとしているから、後者かもしれない。
「なんだ、使鬼か……」
俺の登場に、つまらない物を見るような目で嘆く敦。
実のところ、俺は先程まで様子見に徹していた。
俺では足手まといだし、何より二人に任せておけば楽できるし……だが、その二人が倒され、そのうち一人が攫われそうな状況では傍観してばかりもいられない。
正面決戦なんて俺には荷が重すぎるが、今の俺には「蛇」がいる。
制御不能な化け物を召喚する切り札、俺とリーネ、敦の誰を最初にパックリ行くか分からない危険な物だが、贅沢は言ってられない……やるしかない。
「シラユキ……なんできたんだ」
「リーネさんを助けに来ました」
なんか、噛みつかれそうなほど、キツイ目で睨みつけてくるリーネ。
だが経験上、あれは最後の抵抗だ……。
つまりは泣く一歩手前……ここで肩でも触れば簡単に崩れる。
そんな顔など、見たくはない。
「なんだ、小僧のお邪魔虫か……今なら見逃してやる……消えな」
「消えるのは貴方ですよ……」
「なに……?」
敦が殺意を込めて睨んでくるが、そこになんの脅威も感じない。
目の前にいるのは、分相応な力で舞い上がった、ただの男。
しかも同窓生……勝てない相手ではない。
はず。
「リーネ母に少し優しくされただけで、勘違いしてストーカー……拉致監禁、あげくのはてにその娘にまで手を出そうとする」
「……」
「見下げ果てた男だな、敦」
周囲に魔が満ちる。
敦の身体が戦闘体勢に移行する。
(前言撤回……やっぱりチート持ちは怖いわ)
これ以上、挑発すればマジで殺しにかかってくるのは予想できた。
だがここで止める気はない。
俺は秋虎に合図すると、奴は一振りの剣を持って来た。
社員らからかっぱらったのか、それなりに丈夫そうな西洋剣。
そして秋虎は剣を渡すと下がっていった。
俺が敦をひきつけている間にリーネを……とお願いしたが、秋虎は「雷に撃たれたら死ぬので勘弁」と断って来た。
くそっ……。
「リーネさん、こいつの言っていることは気にしなくていいですよ……こいつ、ただの通り魔……いや便所の落書きくらいどうでもいいことしか言わない石ころ」
「あ、ああ……」
「だから……」
「だから何だっていうんだ……そこまで言ったのならば命を捨てる覚悟はあるんだろうな」
ついにキレちゃったか……敦は平静を装いながらも、その目は血走っていた。
奴は腰から剣を抜き、俺に突き付けてくる。
天雷は使わない……いや、使えない?
「貴様に俺のチートはもったいない、剣でなぶり殺しにしてくれる」
振りかぶる白刃が、俺の顔を写す。
傷つける、弄る、殺す……。
その意気込みだけで俺は何度も殺されている。
だが本当に死んだわけではない。
殺意のあとに、剣が来る。
俺は敵の攻撃をあらかじめ予想できる。
何度も死にかけたことで会得した、先読みの力。
ただしそれが剣に己を捧げた戦士職ならば、それでも躱せない。
俺の反射神経が、ついてこない。
だが敦……お前は魔術士。
剣で俺は倒せない。
*****
「はっ……!!」
あまりにも単純な上段からの振り落とし、それをなんなく躱す。
だがその刃が、わずかに帯電しているのに俺は気付くのが遅れた。
「雷鳴剣!!」
剣を中心に、放電現象が起こり、俺の身体を電気レンジのように焼く。
右足から炭のような匂いがして、遅れて焼けつくような痛みが走る。
「どうだ……雷の魔術にはこういう武器にエンチャントする応用が……っ!!」
だが致命傷ではない。
俺はカウンターで剣を薙ぎ、敦の腹を薄く切った。
奴の服がじわじわと赤く染まり、敦はそしてようやく己が裂傷に気付いた。
「……まったく素人ではないということか」
「一撃で殺すか、手足に重傷を負わせて動けなくさせる……そうでなくば反撃は受ける……知っているはずだろ」
「うぐ……」
敦が怯むように後ずさった。
ここは攻め時か……だが俺はここでそれよりもまず、リーネの母親について弁護することにした。
勿論、俺は七年前の事について詳しい事情は何も知らない。
だから嘘で塗り固め、真実を作る。
襲撃事件をでっちあげ、リーネを首謀者としたこいつと同じように。
それで、多少リーネの気持ちも楽にはなるだろう。
「お前はいつもそうだ……七年前、リーネを捕まえようとした時も詰めの甘さから失敗した……どうしようもない男だな」
「なんだと……お前は何を知っている?」
動揺する敦を、俺はゴミでも見るように馬鹿にした態度で応対する。
気障ったらしく髪をかき上げるのも忘れない。
……少し古すぎたか。
ま、いいか……敦も同年代だし、通じるだろう。
「お前は七年前、リーネを捕えようとしたが、その母親に足止めされて果たせなかった……おだてられて騙されて良いように動かされて……なのにそれを何を自分に都合よく解釈したのか……呆れて言葉もない」
「ふん、馬鹿な……リーネを捕らえようとしたのは、俺が命令した部下だ……俺はそのふしだらな母親と愉しんでいただけ……」
「親分が愉しんでいるのに、その部下が真面目に働くものか「親分はお愉しみなのに俺らは仕事か……適当にやろうぜ」みたいな感じで取り逃がした……そうに決まっているだろう」
あっさりと嘘のあらを突かれてドキッとしたが……なんとか誤魔化すことに成功。
敦は呆然と立ち尽くしていることから、どうやら誤魔化しには成功した模様。
良かった。
「母親に騙され、娘に止めを刺され、お前はここで終わるんだよ……敦」
「……は、ははは」
決壊するダムを見ているかのようだった。
凍り付いた敦の顔が、何十秒かの沈黙の後……粉々に粉砕される。
「くっ、くそがぁぁぁぁぁぁ!!」
敦は頭髪を全て引き抜くように、頭を掻きむしり、殺意を通り越し、狂人のような目で俺を睨み、獣のような雄たけびをあげる。
そこにはもう、何もかも失ったと思い込んだ、人生の敗北者だけが残っていた。
「……お前を消し飛ばす」
「撃てるのか……一発分しか撃てない今のお前で」
「そうか……そこまで見抜いていたのか」
敦は乾いた声で笑う。
資料にあった……奴の雷は五発しか撃てない。
リーネと陽菜を倒したのに二発、防御に一発、そして雷鳴剣(恥ずかしいネーミング)に一発……残りは一発分のみ。
一発だけならば多分、大丈夫……蛇をぶつけて相殺する。
「へ、へへ……」
「何がおかしい……」
「お前ら、俺の何も調べたっていうんだよ」
敦は落ちくぼんだ眼下……その左、宝石が入った左目を見せつける。
「雪兎のくれたこの魔道具で俺は力を得た……それは威力だけじゃない、回数もだ!!」
「何……」
「六発撃てるんだよ、俺は……残りは二発分、それを威力じゃなくて範囲の拡大に使えばほれ、後ろ」
俺はちらりと後ろを見て、愕然とした。
結界を挟むように二人、瀕死の陽菜と、秋虎が俺の背後にいる。
「お前は殺せないかもしれねえ……だがお前の仲間二人は確実に道連れだ……」
今や完全に黒に染まった空に雷が鳴り響く。
獲物を捕らえた竜のように、それは地に伏すそれらに牙を突きたてんと咆哮する。
「寂しがりやな俺と地獄に行こうぜ……へっはあはははは!!」
しわがれた、ヒキガエルのような声をあげ、敦は権能を放つ。
その顔は恍惚としており、この苦しく救いのないこの世から離脱できることを心底、望んでいた。
*****
紅子がくれた紙に書いてあった。
魔術というものは、本来は人間にとって異物なのだそうだ。
イメージすると、身体に内臓をもう一つ埋め込んだりするような。
魔術士はそういった異物を何代にも渡って身体になじませて、自分の物にする。
あるいは、妖や鬼、魔族のような人外の血を取り込んで、魔術を異物としない身体に変化させる。
逆にマジックアイテムを埋め込んだり、他者から強力な力を授かるなど、即効性のある方法で術を得た者は、その強力さと裏腹に、その身体は奇形的なのだそうだ。
俺の能力はその無理矢理つなぎ合わせた、接合面に刃を入れて開く能力。
魔術と身体をつなぐ不自然な繋ぎ目をほどく。
魔術を跳ね返すのでも無効化するのではなく、ただ手術する。
一発食らう覚悟で発動しなければならない、ちょっと残念な能力。
ちなみにその不自然な奇形。
その最上位たる存在が権能。
自らが得た物ではなく、神より与えられた神々の能力。
それは本来、人が扱える力ではなく、それを得た身体は例えようのない程、歪な状態。
だから……。
*****
敦が放つ天の雷。
それは俺の目には紫電をまとった戦乙女のように見える。
手には身の丈ほどの大鎌。
重厚な鎧を身に着け、その一撃で、生者の命を刈り取っていく。
その標的はまずは……俺。
そのまさしく雷のごとき速さで払われる大鎌、その刃は俺の身体をたやすく貫通する。
しかしそれはイメージ。
雷のイメージだ。
肉体の内部から焼き尽くさんとする大鎌が、コンマ0以下刻みで熱を帯びていく。
その熱が俺の身体の許容量を超えた時、俺の身体は無残な焼死体となるだろう。
でも……それは俺がこの戦乙女を狩るには遅い。
剣を振るう。
その剣はぶれることなく、戦乙女の首を両断した。
幻の様に消えゆく、精霊姫。
それと同時に、何かが破裂するような音が響く。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
断末魔の声を挙げ、自らの権能を破壊され、その反動を受けた河野敦は、風船が破裂したかのように全身から血を吹き出させ、そのまま倒れこむ。
左目の宝石は粉々に砕け散っていた。
それが自らの物でない能力程、大きな打撃を与えるこの力の名は「権能殺し(けんのうごろし)」。
(それを権能持ちに使えば……)
一撃必殺。




