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終わりの始まり・二

 カンパニー成績不審者収容所・外・深夜・雪月side―――


「王妃・エルネスティーネ……スルト教王の正妃」

 

 目つきがキツイ、ワガママなお嬢様をそのまま大人にしたような気位が高そうな二十代半ば過ぎくらいの女性。

 年齢的には俺の守備範囲に入っているが、性格が目つき同様キツそうなので大幅減点……何を言っているんだ俺は、早くも現実逃避し始めたぞ。

 だいたいスルト王は五百年ぐらい生きているらしいから、その正妃も何百年も生きているかわかったものではない。

 まあ、俺はいままで女性にアプローチしたことはないが……データ収集くらいはしている。


「その割には随分と若く見えるな」

「確か二十七歳だとか……二十三番目の正妃だそうです……そしてその後ろにいるのが、その名目上の補佐であるレオンハルト……お茶くみ意外に取り柄がないとされ、実質的にはエルネス王妃の愛人だとか」

「正妃なのに愛人とかいていいの?」


 スルト王は不死らしいので、歴代の正妃……とかいても不思議はないが、それでもびっくり。

 だというのに、正妃に愛人とかさらにびっくり。

 荒んでいるな、教国の宮廷……。


「いえ、問題にはなりません……法律により、二十五歳を超えると、スルト王の夜伽の任から外されますので、王の子供を孕む可能性はないです……妊娠した子供が王の子である可能性がなく、不倫の末であることは確実なので即処刑……公になる前に堕胎すればお咎めなしだそうですが、どちらにせよ愛人を作っても大きな問題にはなりません」

「ちなみにその法律はいつ施行されたんだ?」

「五百年前だそうです……」



 陽菜がウィキペディアのように教国の宮廷の内部事情を話し出す。

 いや、ドロドロし過ぎでしょう。

 二十五歳以上は子供作っちゃダメとか……俺は三十過ぎでも子供はいないがな。

 その代わりに愛人作るとか。


 と言うよりも五百年前の法律が現役とか……現代日本で言えば生類憐みの令が今でも現役とかそんな感じか。

 捨て犬を放置して死なせたら死刑、蚊取り線香を焚いて蚊を殺したら死刑とか。

 ああそっか、同じ王様が五百年も統治し続けているから、法律も変わりにくいのか。

 自分が作った法律を自分で廃止したら問題だもんな。


(カンパニーも相当歪んだ組織だけど、ムスペルハイム教国も同じくらいひん曲がった組織なのかもな)


 もはやこの世界に安息の地はないのかもしれない。


「そんな境遇であるにもかかわらず、彼女はスルト王の側近として護衛や政の補佐など多岐に渡って活躍しています……ただ敵に対して容赦がないことと短気な事で有名で、未確認の情報ですが、個人的に嫌っている氷穂ひすいさんと会議場で斬り合いになったとか」

(いやそれ多分、ため込んだ鬱憤がちょくちょく爆発しているだけだと思います)


 相対するのが王で、自分も正妃という高い地位にある故に、理不尽な境遇でも生真面目に取り組んでいるだけで、内心ではかなりストレスため込んでいるのだろう。

 そして敵と言う、ある程度何をやっても構わない標的を前にして切れちゃうんだろうな。

 

 活火山に蓋をしてもマグマはあちこちから漏れ出す。

 仕事で理不尽な上司に振り回されているサラリーマンが飲食店で暴走しちゃうようなものか。

 そう考えると、なんか精神的に楽に……目の前の近衛騎士団はとてつもない現実的な脅威だけどな。

 

「朱雀兵が……」


 そうしてにらみ合いが続く中、紅子くれこ率いる朱雀兵が、空からゆっくりと地上に舞い降りる。


 紅子は俺らと王妃ら騎士団を遮るように、その間に。

 残りの朱雀兵は俺らの後方に降りる……。

 もし仮に、王妃ら騎士団がいきり立って襲い掛かっても、後方の朱雀兵は再び飛び立って反撃できるくらい距離が離れている。


「後はウチにまかしとき……」

「お前の隣が一番、安全だよ」


 兜をちょっと上げて見えた顔は、そこら辺にいそうな女子高生くらいの年齢の顔。

 彼女は俺の言葉に、ちょっと嬉しそうな顔をする。

 信頼してくれている、とか思ったのだろうが。

 俺が思ったのはそれもあるが、別な事だ。


 騎士団周辺には、血まみれで倒れ、あるいは逃げまどっている社員らがいる。

 彼らは縋るような目つきでこちらを見ているが、俺らの中で彼らを助けようとする人間は一人もいない。

 王妃らに襲撃を掛けたのは彼らだし、それ以前にこの膠着状態では助けようがない。

 陽菜、リーネ、秋虎、こいつら戦場あがりはそう現状を判断したのだろう。

 自分も危ない状況では身内以外に情けはかけない……そういうことだ。


 俺が一人ここから離れて逃げると、逃げまどう社員らと合流する事にもなりかねない。

 当然、俺一人では助けようがないので、死にかけの社員は見捨てることになるが、さすがに罪悪感が……。

 ここは動かない方が、心情的に楽なのだ。


「何か策は……」

「相手は王妃や……ウチみたいな下っ端将校が相手にできる相手やない……こうやって睨みあって、相手が引くのを祈るしかないな」

(そうだろうな……)


 ヤンキーの喧嘩か、とも思うが……相手は敵国の王妃。

 それも、こちらを戦争で打ち負かして優位に立っている大国の王の妻。

 現状が既に外交問題……下手をすれば再び戦争……そして恐らくまた、負ける。

 それを回避するには、こちらも国家元首クラスを連れてこなければ話にさえなるまい。

 意外に常識的な判断をする紅子

 それ故に、彼女は動けない。

 だがここに来てくれただだけでありがたいという物だ。

 そうでなくば、俺ら数人は、社員らとまとめて殲滅させられていた。


(どうせ、このままでも玉砕の可能性が高い……しょうがない、俺がちょっかいかけるか)


 誰もが動けない中、俺はススっと意味もなくすり足で王妃の前に歩く。

 紅子が後ろで制止する声がするが、聞こえないふりをする。


 王妃が殺意を込めて睨んでくる。

 だがその度合いから見て、いきなり斬りかかってくる程ではない。

 殺気が読めることの応用だ……俺を殺そうとする程、その殺意は強い物ではない。

 

 俺は今や人外……しかも人間以下の存在。

 いくら敵とはいえ、小さな子犬がちょこちょこ歩いてきただけで手打ちにするのは、王妃の矜持が許さないのだろう。


「此度の襲撃は、全て河野 あつしの独断……我らは身内の恥を自ら注ぎました」

「ほぅ……」


 どんどん王妃の機嫌が悪くなってくるのが目に見えて分かる。

 だがまだ大丈夫。

 まだまだ大丈夫。

 斬られない、殺されない。


 なんか爆弾ゲームしているような気がする……ちょっと愉しい。


「全ては敦の仕業、煮るなり焼くなりお好きに……」


 そして俺は敦はいかに悪辣な人物で、最悪な外道かをくどくど説明する。

 俺を陥れた十二人の一人だ、遠慮はいらない。

 全ての罪を被せてしまえ……。


 俺は俺の有する弁舌スキルの全てを生かして、敦をこき下ろす。

 あわよくば、こちらも被害者であると認識させて、穏便に撤退できるかもと淡い期待を抱いたが……王妃の目がいつの間にか氷点下に変わっているのに気付いた段階で、その期待を放棄した。

 やべ、失敗した……これ以上喋るとマジで八つ裂きにされる。


「エルネス様……河野敦を回収しました」


 いつの間にか、レオンハルトとかいうお茶くみ係が敦を引きづって連れて行っていた。

 よし、そのままヤッてもいいぞ、俺が許す。

だがお茶くみは、敦を殺すことなく、まるで壊れ物を扱うように優しく横たえる。

そして、ふいに呟いた。


「カンパニーは、ついに権能殺しを完成させたのですね」


 王妃の目が大きく開かれ、俺らを順々に見渡す。

 そして陽菜に目に留まった時、そのボロボロの風体を見て、僅かに機嫌を直した。


「だがその完成させた武器は今、壊れる」

「違います、エルネス様……彼女ではないです……目の前の彼です」


 おっとりとしたレオンハルトの指摘。

 そして王妃の視線が、俺に突き付けられる。

 え、何……?


「使鬼ではないか……」

「でも彼は……河野敦の権能を砕いた、彼が倒した……」


 俺らを半ば無視するように、王妃とレオンハルトは二言、三言話し始める。

 全滅覚悟ならできますよ……との不穏な言葉が聞こえたが、俺は怖いので聞かなかったことにした。


 そして長いようで短い、拷問のような時が過ぎ、俺を再び睨みつけた王妃には、もはや戦意はなかった。

 

「我らの目的は王子ヴェンツェルとの外交……ここで大きな犠牲を払うのは得策ではない」


 王妃はあくまでこちらを威嚇しながら、堅苦しい儀礼的な動作で身をひるがえす。

 その後ろをお茶くみ係のレオンなんとかが、さりげなく守る。

 彼自身は、どうにも隙だらけで、後ろから棒きれでも打ち下ろせば子供でも倒せそうだが……こいつ、絶対強キャラだろう!!

 今まであったどんな奴よりも、俺の心臓がビクビクと不整脈を起こしている。


 ゆっくりと、巨大な動物が動くように一糸乱れぬ動きで撤退していく王妃と騎士団。

 その中で、レオンハルトだけがヒョコヒョコと、まるでロクに訓練を受けていない素人の様に乱れた歩き方をしていた。


 その後たっぷりと三十分ほど待って、彼らが戻ってこないことを確信したのち、社員らの救助に動き出した。


*****


「助かった……ユキの権能殺しがなかったら、終わってたわ」

「そんなに強力な能力じゃないんですけど……」

「実際がそうでなくても、そうかもしれないと思わせただけでいいんや」


 そんなものか……。

 このチートや魔術を無効化・解除させる能力がそれほど、恐ろしいかね。

 例え魔術やらチートを使えなくさせられても、あの集団で斬りかかればなんとかなりそうな気がする。


「あいつらな……チートが切れると、死んでしまうのよ」

「え……?」


 紅子が言うに、教国の上層部、貴族や資産家などの上流階級は「祝福」というチートで延命したり若返っているそうな。

 だから俺の能力で祝福の効果が切れるとヨボヨボの爺さんに……どころではない。


 百年、二百年生きている者もザラにいるため、祝福の効果が切れた段階で体組織が崩壊して身体自体が消滅する。

 人間が耐えうるより遥かに長い年月を生きていることのそれは代償。


「王妃とお茶くみは外見通りの年齢らしいけど、近衛騎士団はどのくらい死ぬか……」


 紅子があちこちに指示を出しながら、何かを考えている。

 俺はと言うと、教国の歪みっぷりに呆れるばかりだ。


 権力者は時間すらも意のままにできる。

 いつまでも若く、長く生き続ける。

 永遠に君臨し続けることを彼らは望んでいるのだろう。


「後はカンパニーの奴らに任せよっか……ウチらはもう帰ろう」


 そう言って俺の肩に紅子は手を置くが、その手が払いのけられる。

 俺じゃなくて、リーネが払いのけたのだ。


「勝手にシラユキ連れて行こうとしないでくれるか」

「むー」


 あの王妃に負けず劣らずにキツイ目でリーネが紅子を睨んでいる。

 その後ろでは、陽菜が口をむっつりと引き結んで抗議の意思を表明していた。

 なんで貴方方そんなに仲が悪いの?


 なんか不味そうな空気なので、俺はそそくさと退散することにした。

 はぁ……今日は徹夜か。

 空が白みがかっている。

 いつの間にか、夜が明けそうになっていた。


*****


 その晩、カンパニー社員数十人が死亡し、三桁に及ぶ負傷者が出た。

 カンパニーは今回の不祥事を全て現場に押し付け、負傷者を含む試験参加者全員を解雇。


 なお、施設管理者の滝沢所長は重傷の身で保護された。

 鉛筆、定規、ハサミ……事務に使う雑貨をまるでハリネズミのように身体に突き立てられて呻く姿で。


 犯人は複数とのことだが、試験参加者は口を割らず、犯人は結局不明とのことでその件は有耶無耶となった。

 解雇された彼らはもう、カンパニーに協力する必要性を感じてはいなかった。

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