時は遡れる・二
カンパニー成績不審者収容所・私室・雪月side―――
「これは……危険です!!」
紅子のデートという明日の予定に非常な不安を覚えた俺は、即座に二人を揺り起こし、助言をお願いした。
なにせ俺は女性に「目につく場所にいないと不気味だから目の届く場所にいて」と恐れられた男。
畏れられえるとは、その危険さ故に狙われる可能性がある。
やられるのは嫌だ。
この世界に来て虐待暴力の嵐に巻き込まれていた俺は現代日本よりもさらに臆病になっていた。
「これは罠です……恐らくはここで襲撃し、シラユキさんを亡き者にしようと」
「なわけねえだろ、陽菜……あの南条のお姫様はただ遊びたいだけだ」
無理やり起こしたのに、完全覚醒したように見える陽菜。
対して眠そうに眼をこするリーネは能天気に楽観論……こいつ、死ぬな。
「試験がなければ影で補佐したかったのですが……いえ、それでも私は頑張ります」
陽菜の心強さが今はありがたい。
高校生くらいの陽菜は、それこそ百戦錬磨のデート上級者に違いない。
綺麗だし、そこそこ胸でかいしな。
男なんて引く手数多だろう。
「陽菜に異性とデートの経験なんてないぜ……私は生まれた時から一緒だから断言する……こいつのデートの知識は恋愛小説か耳年増ゆえの噂話だけだ」
「リーネさん、陽菜さんより年下ですよね」
「あ、まあ……そうなんだけどよ」
いきなりドギマギし始めた使えないリーネを俺は無視して、陽菜に逃走用の煙幕と牽制用の麻痺針を授けて貰う。
俺は紅子には殴り合いでは勝てない……この前は偶然勝てたが、次はないだろう。
「行ってまいります」
陽菜の激励を受けて俺はデートという名の死地に向かう。
覚悟しろよ、紅子……手前、背中から殺気が漏れているぜ。
そんなこんなで俺は明日に備える事にした。
*****
カンパニー成績不審者収容所・外・雪月side―――
「やー三時間早く来たウチより早く来てる……えらいわぁ」
陽菜の、先手を取られてはなりません……との助言を受け入れて俺は集合の三時間半前……早朝六時前くらいに集合場所に来たが、まさかそのすぐ後に紅子が来るとは思わなかった。
彼女は俺がいることを、ものすごく、それこそプロポーズを受けた、もとい金が入ってワンカップではなく、一升瓶を買える機会を得た俺のように喜んでいる。
もしかしてこの女、俺……ではなくシラユキに対して元々かなりの好意を持っていたのでは……。
あの秋虎の妹、お澄まし穂乃香と比べれば彼女の感情はストレートだ。
いや、これも罠かもしれない……気を付けなければ。
「そんなに愉しみにしていたの……嬉しいな」
ヘッドバッドを決めるように紅子が俺の頭を撫でながら、はかいじめにしてくる。
もみくちゃにされた俺は早くも体力と気力を消耗していたが、ここは黙ってされるがままにされて置くべき。
相手はしょせん高校生、子供だ。
押し付けられる胸は確かに柔らかいが、長年ピカチューのぬいぐるみをおっぱいに見立てて訓練してきた俺は、それでも無心の構えを貫ける。
「じゃあ予定を変更して、朝ごはんにしよっか……本当は昼用だったけど、この時間なら朝ご飯まだよな」
そうして手持ちのバスケットを見せ、中を開ける。
三段重ねのバスケットの中には、中華系の料理が揃っていた。
ぱっと見で肉まん、レバニラ炒め、青椒肉絲。
ここまで来るのに油が冷えて固まったのか、ギトギトと油が透けて見えるが、ここは見なかったことにすべき……。
「……」
紅子が手をかざし、呪文を唱えると、その料理から湯気が立っていく。
木製のバスケットには焦げ一つないことから、対象をピンポイントで、電子レンジの様に温めている様子。
え、こんなことできるの……。
俺がマジでびっくりしているのに気を良くした紅子が自慢げに胸を張る。
「ふふん、もっと褒めてもいいで……どんな戦場でも温かいご飯を食べる……そのために魔術適正が低い鬼族にあって、炎術の修練を目指したんやからな」
「……」
目指した理由はアレだが、確かにこれは凄い。
一口食べてみると、旨い。
香辛料と食材がうまく調和している。
肉よりも野菜の方がうまいとは、コンビニ飯生活だった俺では考えられない。
そして何よりも油が美味しい。
多種多様の食材の味が浸み込んだそれはまさしく脳みそが侵される。
このまま永遠に食べ続けてしまいたくなるような幸せ。
ダメだ、懐柔される……戦略シミュレーションで、買収される敵みたいにカンパニーに対する忠誠心がゴリゴリ削れていく。
元からねえけどな。
「んん……」
紅子は幸せそうな顔をしていた。
家事全般……特に食事関係など、時間と労力を吸い上げる労苦だと考える俺では理解できないが、彼女にとっては食べて貰えることは嬉しいらしい。
理解できないが……。
「今日はお祝いやから、いくらでも食べてええで……」
「そうなんですか……」
「うん、あんた、寿命が三年ほど伸びたって……手術した立花には感謝やね」
「はい……?」
舌からくる快楽で制圧されつつあった脳の一部が、今聞いたヤバい情報で冷える。
寿命?
俺の脳内で快楽物質と理性での戦闘が始まる。
もう楽になれよとの言葉と、現実を知れ、の警告が飛び交う。
「使鬼の寿命は十年、あんたはもう十年三か月やから、もういつ腐って死んでもおかしくないけれど……身体検査でその兆候が消えていたみたいやから、とりあえず三年は大丈夫らしいで」
(え……余命三年だけですか)
そういえば資料にも性的に成熟する前に寿命を迎えるとか書いてあったような……。
ちょっと待てよ、この身体そんなにぼろいの……俺はそんな身体で復活したの。
責任者だせ、告訴してやる。
俺は心の中で叫びつつ、目の前の中華料理に舌鼓を打つ。
辛い現実を見た時は、とりあえず現実逃避するのは俺の癖だ、今度もそうすることにする。
食事を開始し始めてから三十分ほど、さすがに満腹に近づき、箸のスピードが落ちかけた時、紅子が食事を始めた。
別に食い散らかしたわけではないのだが、なんとなく悪い気がする。
半分弱程残った料理がみるみる減っていく。
パワー系らしく? 食欲は旺盛らしい……これでは全然足りないだろうに。
俺は水筒に入っていた食後のお茶を愉しんでいた。
美味しかった……。
だが正気に返った俺は周囲の視線に気づく。
殺気……ではないが、どことなくあまり友好的ではない視線がサーチライトのように注がれている。
紅子ではなく俺で間違いない。
紅子の方からは視線は来ない。
狙いは俺……チキンから、超絶チキンになった俺にとってはキツイ視線だ。
(紅子の護衛か? まあ、当然と言えば当然か)
収容所周辺は、北から遠征に来る邪悪な魔術士の一派が徘徊しているとのことは陽菜から聞いている。
彼らは、和人とその傘下の鬼や使鬼を敵視し、逆にムスペルハイム教国の白人系や炎王乃子には交渉次第で友好関係を結ぶという、大変分かりやすい連中らしい。
額に角を持つ鬼族の紅子は明らかに敵……護衛をやむなしか。
「さ、お腹も一杯になったことやし、行こうか」
お腹いっぱいになったら昼寝だろう……との台詞を飲み込んだ俺は彼女の空となったバスケットに手を出す。
これは持って行っても意味はない。
「持ってくれはる?」
「いえ、持って行って貰いましょう……彼に」
俺は、俺の背後でキツイ視線を向けてくる羊飼いふうの青年を指さす。
羊を放牧して、ボーとしているように見えるが、恐らくは変装。
紅子の護衛ならば、空のバスケットぐらい持って行ってくれるだろう。
紅子はムーと何やら考え込んでバスケットを護衛? に手渡す。
どうやら俺の予測は当ったらしい。
「……やはり氷穂の陰険女のようにはいかへんか」
「氷穂さんとは知り合いで?」
「そりゃあ、四封家の姫同士やからな……反りは合わんけど」
そしてブツブツと氷穂の悪口を呟く紅子。
陰険女、拷問狂、何考えているか分からない、のっぺらぼう……ついでにセンス最悪。
言い方がストレートなのが紅子らしい。
北条家では国軍とは別に独自の諜報・工作部隊を有しているらしく、氷穂はその元締めだそうだ。
なお、あのカンパニーの白覆面・立花はカンパニー時代の氷穂の教育係だったらしいが、何かが彼女の怒りに触れたらしく、件の部隊に顔を焼かれたらしい。
頭から油を掛けられて火を付けられ……どこの維新志士だよ、おっかねえなあの女。
「まあ、いいやあの女の事を考えると愉しいデートが台無しや」
紅子はぶっきらぼうに手足を振り回すと、来い来いと手招き。
俺かと思ったが、どうやら護衛を呼んでいるらしい。
「奴隷商はどっち?」
「どうやら西の街道を通るらしいです、昨年も教国は大凶作でしたから、北へ売られる商品が多くて、主要街道以外では運びきれないとか」
「なら、うちらの遊ぶところは大丈夫やな」
「ですがお気を付けを……どうにも哨戒の数が多いです、外出は昼過ぎまでで」
剣呑剣呑……きな臭い空気が漂ってくる。
護衛は既に姿を偽るのを止めていた。
寝ぼけていた表情が、キリッとした兵士の顔になっている。
でも、俺に会話内容を聞かれるのは不味いような……。
(お姫様も大変だな……)
たまの息抜きも、護衛同伴……そしていろいろと制約付き。
昼までということは、今から五時間ぐらいか。
そのくらいならば、ワガママに付き合ってやるのも悪くないか……。
そんなことを俺は思い始めていた。




