時は遡れる・一
カンパニー成績不審者収容所・滝沢所長side―――
「なんでだよ……なんで不合格なんだよ!!」
「手前が足を引っ張ったから!!」
嘆き悲しむ不良在庫の声を聞きながら、滝沢所長は冷酷にも不合格の烙印を書類に記載していく。
雪月が紅子と共に使鬼の試験を行っている頃、別な場所で社員の戦闘試験が行われていた。
三人一組が体力や筋力などの肉体的な数値、そして何よりも教官との模擬戦闘で良い成績を残すよう努めるのだ。
誰かが足を引っ張れば、合格できない……そんな意地悪なシステムになっていうのもあるが、ここでの合格率は非常に低い。
昨日まで書類仕事や営業をしていた非戦闘員に剣を持たせて敵と戦えと言ったところで無謀でしかない。
だいたいが何もできずに教官に打ち倒されるだけ。
だがそれとは別に、この戦闘試験での好成績が一週間の試験突破の最大のチャンスでもある……他試験と比べ、配点が高いからだ。
なにせ戦死者が出るため、戦闘系の部署は他部署と比べて社員の消耗率が桁違いなのだ。
カンパニーは常に、会社のために戦場で戦ってくれる駒を必要としている。
戦う事が出来れば例えその他が役立たず同然でも切り捨てられることはない。
もっとも……そんなことはみんな分かっているため、戦闘系の部署に希望する者は少なく、常に定員割れを起こしている。
会社の魂胆を、意外と社員は目ざとく見抜いているのだ。
「オルトリーネ……合格、現在トップとなります」
「だろうな……」
そんな中、滝沢所長の耳に因縁あるオルトリーネ合格の知らせが、配下より届く。
まだ若いくせに、頭をそり上げているその新参の部下は、なんでも刑罰により、どんな過酷な扱いをしてもかまわないらしい……との連絡を受けている。
だがそんな立場であるにも関わらず、悲観的でも不貞腐れている訳でもないその男を滝沢所長は若干気に入っていた。
カンパニーのどんな理不尽な命令でも聞き届ける……それこそ社員に必要な精神と思うが故に、その素質があると考えていたからであった。
「くっ……このまま行けば奴ら三人は試験突破か……やはり正攻法では無理か」
陽菜、リーネ、シラユキを私怨で陥れようとする滝沢だったが、ここにきてその不可能さが見えてきた。
なにせ、既にシラユキが紅子によって合格扱いにされている。
その事で三人の平均が必然的に引き上げられているのだ。
そしてリーネ……戦闘と家事労働系以外は壊滅的だが、その二種だけはかなり高めのため、それだけでカンパニーには必要な人材と認定されている。
総合で合格ラインギリギリ上のリーネ、既に合格しているシラユキ、後は陽菜が大惨敗すればまだ可能性があるが、あちらは代表直下のため所長の立場であっても、不正に点数を下げる工作はできない。
「貴様、やる気があるのか……やる気がないならカンパニーを辞めろ、そして無給の仕事で配給生活を続けるがいい」
張りのいい音がして、二十代の男性社員が教官に平手打ちされる。
試験不合格の人間は、大多数の前で暴力を振るわれ、暴力を振るわせてしまった事を教官に謝罪することがこの試験のルール。
殴られた方が殴った方に謝るのだ。
そうすることで、自分が取るに足らない人間であると自覚させ、試験不合格後に薄給の雑務に回されても自暴自棄になったりせず、これが自分にとって身の丈にあった生き方だと理解し、真面目に仕事するようになる。
いかな人材でも、部署でも有効に使う、それがカンパニーの信条だ。
「脱走には気を付けろ……殺されては教育費の支払い損だ」
この収容所は、今では大分後退した和人の領域の最前線であり、同時に拡張されたムスペルハイム教国の国境線の境目にある。
それをいいことに、教国の盗賊団が周辺の施設や通る隊商を金目当てに襲撃しているのだ。
その中でも特に……「魔使い」。
北部に追いやられた、統一帝を信仰する、魔乃獣を統率する魔術士の一派は、正規の軍隊すら退けるほどの手練れ。
そもそも、それらを討伐するために教国第一軍「帝乃槍は派遣されたと言うのに……あろうことか、第一王子ヴェンツェルは……。
「ともかく、代わりはいくらでもいるが、無駄に消耗する訳にはいかない」
それだけ禿頭の部下に告げると、睡眠不足で苦しむ脳を休めるために仮眠に入るべく滝沢は所長室に帰る。
単純な指示ならば、任せて置けるのも彼の部下の長所だ。
「後はやっておきます……所長はほんの少しばかりお休みを……」
「一時間後に戻る……この前のように、寝過ごした私を起こすことを忘れるなよ」
「はい、二度と間違いは起こしません」
その返答に若干の不安を覚えながらも、滝沢はフラフラとした足取りで自室のベッドに倒れた。
「河野兄め……七年前に、時間を巻き戻すとはどういうことだ」
河野 敦の世迷言が気になって眠れない。
奴は単なる彰様の兄と言うだけの付属物。
それが、気に成って眠れないとは……。
だが身体は正直だ……疲労故の深い眠りに落ちた滝沢が目覚めたのは一時間どころか、夜明け前……八時間もの停滞の後であった。
滝沢はすぐさま、命令を実行できなかった禿頭の部下を呼び出し暴力で報いたが、それ以上の罰を与える気にはならなかった。
まあ、たまには部下の不始末で仕事が停滞することもある……そんなことを思い、遅れた仕事を、意外にもほとんど残っていなかった昨日の分も含め、今日の分に取り掛かることにした。
*****
カンパニー成績不審者収容所・雪月side―――
(マジで疲れた……)
深夜にほど近い、十一時ぐらい……俺はようやく紅子の検査を終えて与えられた牢屋に戻って来た。
やっぱりあいつ体育会系だ……とにかく何でも詰め込もうと、いろいろな検査を受けさせられた。
加えて、名目が試験の手伝いと言う名目であるため、いの一番に危険な事をさせられる。
このトラップを超えれば合格だ……見本はシラユキ、彼の失敗を良く見て同じことをしない様に……。
この教官を倒せば合格だ……シラユキが戦うから、教官の癖を覚えるように……。
そのおかげで、今回の試験は突破率が高いと告げられたが、まったく嬉しくない……いくら他人が成功しようと、自分が損をしては何の意味もないではないか。
ああ、くそう……身体が痛い。
何がお前の白兵戦能力は、B級……そこらのチンピラならば勝てるが、正規の訓練を受けた兵士では苦戦する。
またチンピラでも複数ならば反射神経が付いてこないため、負ける。
だから基本的に剣を交える事に成ったら、逃げろ……恥じる必要はない、勝てないから。
悪かったな……その通りだよ。
俺は現実を突きつけられた怒りで、ムカムカしながらも、彼女の助言を受け入れようと考えていた。
だがそれには酒が必要……ストレスを飛ばすための酒が必要だが、それはどこに?
ないよな……。
「よう、今日も大変だったな……」
既に陽菜は寝ている……だがリーネは起きていた。
高校生ぐらいの陽菜が寝ていて、中学生高学年くらいのリーネが起きているのは、多分性格、リーネは夜更かししそう(偏見)。
「はい、紅子に付き合って、本当に傍迷惑な人で……」
とりあえず、全ては紅子のせいにしとく。
余計な問題は紅子のせい……そうしていたら問題はない。
そんな甘いことを考えていた俺は……リーネの、まるで獲物を狙う虎のような危険な眼差しに気付く。
俺、何かしたっけ……?
「何か、分かったのかよ……?」
ぶっきらぼうに俺の成果を聞きに来る彼女は明らかに不機嫌そうだった。
七年前のカンパニー支部襲撃で連れ去られ、そしてつい先日、帝乃槍の処刑されたオルトリーネなる三十代半ばの女性。
だが目の前のリーネは十代半ば、それ以前に死んだ人間が生き返ることなど有り得ない。
だとすれば答えは限られる。
「リーネさんの母親についての情報を仕入れてきました……聞きますか?」
親子……それが俺が推察した真実。
どうして母親の名前を名乗っているかは分からないが……それが一番可能性が高い。
偽名がたまたま似たような経歴に当ったという、偶然よりは。
「……いいよ、どうせロクでもないことだろう」
なぜそれを……と驚愕する展開こそ予想していなかったが、そのあまりに薄い反応に俺は拍子抜けする。
母親に対するには、あまりに他人行儀過ぎた。
だが俺はその顔には見覚えがある。
後妻である若菜さんが乱暴され、子供が産めない身体にされても、それを命令した当主に妄信し続ける秋虎の父。
その事を話す秋虎もそんな顔をしていた。
そして恐らくは俺も。
異世界で幸せを掴むために、躊躇なく息子を生贄に差し出した母親について聞かれた時……こんな顔をするだろう。
「で、死んだのか……」
「処刑されたそうです……なんでも……」
俺は迷ったが、あの後に紅子に聞かされた詳しい顛末を話すことにした。
七年前に捕まったオルトリーネは労働人口が欲しいとの第一王子ヴェンツェルの意向から、第一軍、帝乃槍に移送され、そこでユキトと言う異世界人の愛人として召し抱えられ(兄貴かよ!!)たが、先日不興を買って殺されたとのこと。
「昔から、男に頼らなければ生きられない女だったからな……悪い男に捕まって殺されることもあるだろう」
「そうなんですか?」
「ああ……例えばさ、目の前にゴブリンとかが現れるだろう……そうするとビビッて逃げる事しか考えられなくなる……無我夢中で友人とか娘とかを盾にして逃げるんだ、逆に助けてやる、って甘い声をささやく男を簡単に信じる……本人は必死なだけなんだろうけど、盾にされた友人や娘、そして簡単に男に身を任せる姿を見て、こういう女だって失望するんだ……損な性分だろう」
俺には何も言えない、だがこれは断じて身内に対する話し方ではない。
もっとも、俺の意見もしょせんは一般論。
俺の母親なんてゴブリンに、一緒にウチの息子食べない? とか言いそう……いや、俺うまくないと思うけど。
冗談はさておき、なんかリーネ(本名不明)の不味い部分に触りかけていると自覚した俺はここで話を打ち切ることにした。
だって俺、身の上話聞かされても解決する能力なんてないし……後で役立たず呼ばわりされるよりは初めから関わらない方がいい。
だから俺はリーネの独り言めいた告白を黙って聞くことにした。
というか、オルトリーネ母さん、結構酷いね。
運よくカンパニーの雑用に雇われたけれど、子供付きだと男に頼りにくいとの判断から、カンパニーの名簿には独身、独り身で登録。
男が来るときは娘を家から追い出す(だいたい一晩から、数日……うっかり娘と男が鉢合わせした時は近所の子供と名乗るよう厳命)
勿論、その間、リーネは御飯とか食べられないので、外で寝泊まり(金は無し)。
黒交じりの金髪というハーフっぽい容姿を利用して、場末の娼婦と手を組んで貴族の落とし子として偽って(そうなると娼婦は貴族の子供を産んだ愛人となる)流れの商人や傭兵(地元の人間だとさすがにバレる)をかどわかす。
リーネは食事、娼婦は同情をひいて金持ちを客にしてウィンウィン。
そういったことが五歳から八歳ぐらいの時……。
重すぎるわ。
そんなこと聞かされて俺にどうしろと。
俺がなんとか心内の葛藤を表に出さないよう努力する事数十分。
ようやくリーネの話は終わり、どこかバツが悪そうな顔をする。
「悪いな……私のためにいろいろしてくれたのに、こんなくだらない話をして」
「いや、気にするな……」
なんとかそれだけ言って寝に入るリーネを見送る俺。
俺は自分を褒めてもいいかもしれない。
こちらの世界に来る前の俺ならば動揺して話を途中で遮った醜態を起こしていたかも……ふん、無限の成長をする俺に乾杯。
だがリーネの話を聞くのに疑問が残る。
なんでも、七年前の襲撃で、リーネは命からがら逃げたらしいが、カンパニーにダメ母が独身と偽っていた以上、リーネの存在は書類上からは追えない。
考えたくない予想だが……娘を差し出すから私は逃がして、とダメ母が訴えたとしても、そんな家にいるかも分からない八歳の娘を血眼で追うほど襲撃者も暇ではないはず。
第一、カンパニーに出入りしていない以上、何らかの秘密を知る可能性は皆無、リーネを追う必要はない。
だとすればなんで……リーネを河野兄は狙う必要が……。
よくよく考えれば、俺ら三人って頭脳系のキャラじゃないよな。
三人ともそう言えば脳筋だ……違いは物理系(忍者?)か魔術士系(式神軍団)か無能系の違いだけ。
いくら考えても分からない。
俺は明日の予定を確認して寝ることにした。
紅子に渡された明日の予定表は……。
……明日、ウチは暇……だから二人で収容所外でデートや!!
え、何、最期にいい思いさせて殺すって?
生まれてより三十年、一度も女の子と付き合ったことのない俺は、ついつい最悪な予想をしてしまった。




