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時は遡れる・三

カンパニー成績不審者収容所・試験会場・滝沢side―――


「不合格……」


 雪月と紅子が早朝にお弁当を食べていた頃、試験会場では、家事部門の試験が行われていた。


 低得点での不合格が続く中、告げられた者の何人かが、わっと顔を抑えてさめざめと涙を流す。

 大の男が集団で泣きじゃくるその姿は、ひどく滑稽だが本人たちは真剣なのだ。

 

 この試験は成績不審者……つまりはカンパニーに貢献できない者を救済、あるいは突き落とす物で、総合力よりもむしろ一芸でも有用と判断された方が生き残れる。

 その第一が戦闘部門、そして次が家事部門だ。

 逆に事務系統は、希望者が多いためにより質が良い人材を集めることができ、同時に人余りのためにカンパニーも事務に特化した者はあまり欲しくない。

 それ故にこの後に行われる事務部門の試験は配点が少ないのだ。

 事務試験の次は特殊技能試験……これは配点が高いが、一般人が狙撃手や忍者の真似事ができる訳もなく、こちらは配点以前の問題で落ちていく。


 つまり、家事部門で不合格になった者には救済の可能性はほぼない。


「食材の無駄遣いだな……近頃の若い者はロクに飯も作れない」


 重ねられた無残な料理モドキを滝沢所長は吐き捨てた。

 だが三十代半ばのこのカンパニー中堅幹部の言いざまはやや酷だ。


 社員の中で、十代、二十代の人間は極端に家事技能が低い。

 なにせ物心つくか、子供の頃に敗戦、法律により無給の仕事、配給、国が用意する寮という名の粗末な牢獄での生活を強いられてきたのだ。

 まともに家事を行える環境などなかった。


 そして青春の時代をブラック企業という名の漆黒で染められた彼らは、仕事が全てであり、それ以外に何もない。

 職務での低評価は尊厳すら失わせる屈辱であり、既に試験での成績を苦にして自殺者が出ていた。


「家事部門合格者……オルトリーネ」

「また奴か……」

「単純な家事能力だけでなく、ムスペル教国出身者で彼の国の郷土料理を作れるのは貴重です、調理部門がぜひ転向させて欲しいと……本人は断っているようですが」


 苦虫どころか、毒薬を飲み込んだように顔を歪める滝沢所長。

 河野 あつしの策により、抹殺は確実だとしても、あの忌々しい金髪割烹着をこの手で破滅させてやれないのが残念でならない、そんな顔であった。


「次の事務試験……答案をすり替えて全員落とせ」

「よろしいのですか?」


 禿頭の部下が訝しむように問うてくるが、抗議する姿勢ではない。

 こういった不正に耐性があるところもこの部下を滝沢が気に入る理由の一つだ。


「徹底的に、自分が取るに足らない路傍の石のような存在だと分からせろ、もっと暴力で、恥をかかせ……そうすれば俺の言う事をなんでも聞くようになる」


 嘆き悲しむ社員らが次の試験会場に向かうのを、彼らと遜色ないほど焦燥した顔で滝沢は見送った。


*****


 カンパニー成績不審者収容所・外・雪月side―――


「それでさ、戦闘中は寒いから下に股引はいてるんね……格好悪くて見せられんわ」

「……」


 ここは収容所付近の荒野……そこを紅子くれこと俺は喋りながらデートしている。

 いや、紅子が一方的に喋っているだけだ。

 デートってこんなものか……もっと買い物したり喫茶店はいったり、映画観たり……いや、ここには何もないけどな。

 岩石モンスターがパワーアップしそうな程、見事な荒野だった。


「で、あんた弱々しかったから、これは彩春いろはの元に置いて置けんって、勝手にカンパニー送りにしたら、彩春怒って、ウチがぶっ飛ばされてしもうて……おかしいよな?」

「そりゃ飛ばされるよ」

「ははは」


 俺が突っ込むと、可笑しそうに笑う。

 さっきからこんなことばっかり……どう考えても理屈に合わないことを言って俺が突っ込む……そうすると彼女は愉しむ。

 このエセ関西人め。


 ちなみに紅子は職務中はエセ関西語を喋らない。

 職務中、特に戦闘中は、クールなお姉さんぶる彼女だが……それは見栄もあるが、命令伝達に支障が出るという事で標準語を話すことが義務付けられているそうだ。

 確かに……とっさの判断が要求される時に、上官の言っていることが分かりませんでした、だから死にましたではシャレにならない。


「お……行商を発見」


 そして喋りながら歩くこと数時間、隊商の一段と遭遇した。

 彼らは地面に商品を並べて商いをしている。

 旗に漢字が使われていることから、和人の集団らしい。

 だが念のためか、先に紅子の護衛が先導……商人と二言、三言話し……どうやら安全だと分かったようだ。


「ちょっと、昼飯買ってくる……何がいい?」


 まだ食べるのか、あるいは酒のつまみになりそうな物……そんな言葉を飲み込んで俺はなんか肉っぽい物とだけ答える。

 ふぅ……良い子の振りは疲れるのです。


 うるさ……もとい賑やかな紅子がいなくなった俺は、なんか頭が雑音から離れて正常に稼働し始めたような気がする。

 ここはどうすべきか……道に迷ってと言い訳して逃げようか……と紅子の護衛の一部が俺に張り付いていることに気付く。

 ダメだ、逃げられない。


 という事で俺は熟考の末に、彼女に何か装飾品でもプレゼントすることにした。

 さすがに食わせてもらってばかりでは気まずい。

 気分はヒモ……高校生に食事を用意させてもらう三十男……さすがにダメすぎる。


(奴は見かけが地味だから、なんか特徴的な物を……)


 紅子は性格はアレだが、見た目はどこにでもいそうな黒髪の高校生だからな……何かアクセサリーで個性付けを、と失礼な事を考えながらフラフラと辺りを散策……。


そしてきっちり俺の後ろマークしている護衛……こいつら狙撃手とかに変貌しないだろうな。

 背筋をゾクゾクさせながら俺は鬼族の行商に辿り着く。

 紅子が鬼族だから、鬼族から買った方がいい……という安着な理由からだ。


「使鬼か……」


 しかし、商人は俺の顔、正確には顔に張られている式札を見て露骨に残念そうな顔をする。

 感じ悪いな……と思ったのは数秒。

 よくよく考えれば俺は奴隷種族である使鬼……無給で和人に奉仕する存在故に、お給金を貰えない。

 無給ゆえに無一文……確かに冷やかし確実な存在ならば不機嫌にもなろう。


(だが甘いな……俺が文無しだとなぜ思う)


 俺は陽菜に小遣いを貰っているのだ。

 陽菜からのこの融資……俺が頑張った故にだと思いたい。

 そうだとも……俺は給料を貰える立場、なんら恥じることはない。

 そして俺は陽菜から貰った麻痺針を出す……煙幕は一応とっておこう……それでどうにかなるとは思えないが、何、お守りみたいなものだ。


「これと交換できる装飾品をください」

「使鬼の坊ちゃん……あんた、俺を舐めているのか?」


 案の定、行商人は眉を吊り上げるが、ここは粘り強く交渉。

 ここで可愛いスマイルでもできれば成功率が上がりそうだが、俺がすれば100%失敗しそうなのでやらない。

 地道に説明。

 

 曰く、世話になった女性にプレゼントしたい。

 使鬼なので金がない

 なんでもいいのでください……ちなみにこれ、横領じゃないよ。


 そして十数分後……行商人は紫色の小さな花をくれた。

 本物ですか……と聞く必要のない安っぽい造花だ。

 これで良ければ……との厭味ったらしい言い方に俺はスマイルで、こういうのは気持ちですよ……と言ったら……手慣れている、ヤな奴と言われた。

 心外な……。


 そして俺は造花を手に戻ろうとしたところで……しわがれた金切り声に驚いた。


「痛い……止めてください!!」

「お前が、お前らのような侵略者がこんなに買って……!!」


 びっくりした俺が声の方を見ると、給食のおばちゃんのような白い割烹着(ちなみにリーネは仲居さんのような茶色系の割烹着)を着た18、9ぐらいの青年が、まるで骸骨のような顔をした婆さんに殴りかかられていた。

 婆さんの鉄拳が青年に次々と叩きこまれているが、青年は困った顔をしてアタフタするばかり……なんじゃこりゃ。


「また来たのか、あのババア……うちらの金づるをよくも」


 俺の時より三倍増しくらいの不機嫌さで行商人が腕をまくる。

 どうやら力づくで老婆を追い払う様子……。

 一発殴られれば昇天しそうなミイラババア……助ける気はないが、事情が気になった。

 無視される覚悟で聞いてみると、むしろ話したかったのか、行商人は愚痴っぽく話してくれた。


「あのババア……敗戦前はどこぞの名家の大奥様だったそうだが、今は没落して年金で細々と暮らしている……だが着飾るのは止められなくてな……金はないのにツケで買い物をする……今じゃ、事実が知れ渡って誰も相手にしないよ……風の噂じゃ、ついに代金を払いきれなくなって「祝福」を断られたそうだから、もう長くはないだろうけどな」

「祝福……?」

「身体を活性化させて寿命を伸ばす権能チートだ……最高ランクの権能らしいが、それだって万能じゃない……術が切れればあんな風に骨と皮ばかりになる」


 そうこうする内に骸骨婆さんは取り押さえられてどこかに連れていかれた。

 「議会で法案が通れば、もっと金が入るんだ!!」とかなんとか言ってるが俺には良く分からない。


 そして婆さんの暴力から解放された気弱な青年に、商人たちが集まっていく。

 まるで砂糖に群がるアリのように群がる商人たち……青年、圧死しないかな?


 俺の相手をしていた鬼族の商人も、髪飾りや宝石やらを抱えてその群れに向かっていく。

 いずれも女物……青年に女装趣味でもない限り、恐らく青年はどこぞの金持ち女の使いか。

 和風のアクセサリーを買って来てね、とか。

 ただ金づるとか言われていたような……。


(ぼったくられているのね……気の毒な)


だが俺には関係ない。

その赤毛の青年を無視して俺は紅子を探す。

行商人の説得に時間をかけ過ぎた……逃げたと勘違いされない内に合流するか。


そしてまたフラフラと徘徊したところで、紅子に再会した。

食べ物を買ってくると言っていた割に手ぶら、別れた時となんら変わりがない。

だがなぜかその周りには護衛が十数人、集結していた。

彼らは妙にオドオドしていて、不安そう。


何か嫌な予感が……。


*****


 俺は即座に先程購入した造花を手に、彼女に駆け寄る。

 ご機嫌取りを含めて、これはプレゼントですと突きつけるように花を差し出す。

 ま、受け取ったるわ……とそっけない仕草でその花を受け取る彼女だが……不満げに引き締まっていた口元が若干緩み、ソワソワとこの花をどこにつけようかと悩んでいる様は初々しくてなかなか可愛い。


 良かった……最悪の自体は避けられた。

 

 しかし、護衛の一人が「ナイスタイミング」と小声で告げてくるのはちょっとやめて欲しい。

 確かにご機嫌取りが主な理由だが、本当に感謝の気持ちもあったんだぞ。


「悪いな、シラユキ……ちょっと、大和の本部に呼ばれて行ってくるわ」

「デートの続きはその後ですね……いってらっしゃいませ」

「うん……行ってくる」


 今回は社交辞令100%で紅子を見送る。

 なるほど休日の急な呼び出しか……それは不機嫌にもなろう。

 恐らくなんらかのトラブルが起きたのだろう……直感だが、それが数日で終わることなどない。

 そしてその間に試験は終わり、試験が終わればこの女とも縁が切れる……デートの続きは永遠に来ない。

 そして護衛をゾロゾロ引き連れて帰っていく紅子を去って行った。


(ふ、思わぬ幸運が現れたな……)


 さらば体育会系……そんな別れのフレーズは勿論声には出さず、健気に手を振りながら去っていく彼女を俺も手を振り返す。

 波風は立たないように、あくまでデートの中断を残念な風を装って……さすが俺、対人スキルはMax……しかしなぜあちらの世界では底辺だったのか。


 完全に紅子が視界から消える……ともかくこれで俺は何もすることがなくなった。

 紅子がいなくなれば、彼女からの依頼もない。

 試験は紅子のおかげでクリア……残りの日数は昼寝でもして過ごすか。

 

 そんなことを思っていた俺は、紅子の護衛が一人残されているのに気付く。

 ご丁寧に収容所まで守ってくれるのか。


「おーい、迎えに来たぞ」


 その護衛とは別に、禿げ頭の青年が俺に手を振り、紅子が去った方向とは真逆の方向……収容所の方からやってくる。

 気さくな態度は傍目には俺の知人に見えるのだろうが、断じて違う……俺には厄災しかもたらさない男……西条秋虎が現れる。

 お前……まさか俺を付けてきたのか。


「紅子さまは奴を信用してはおりません……貴方の命令如何によっては抹殺するようにとの事ですが……いかがいたしますか?」


 俺の命令で秋虎は殺していい?

え、そんな事聞かれても……というか、それ俺の選択次第という事、俺に責任を負えと。


「やっと見つけた……探したぜ」


 どう考えても最悪の事情しか持ってこなさそうなハゲの……俺は殺害命令は出さなかった。

 だって俺現代日本人だし……殺しは少ない方がいい。

 もう数百人くらいやっているけどな。


 殺らないよ……そう告げると舌打ちする鬼族の護衛。

 どうやら殺すのが正解だったらしい。

 この世界って殺伐としているよな……。

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