死者は蘇る・一
カンパニー成績不審者収容所・所長室・滝沢所長side―――
「クソっ……あのバカたれのせいで全てやり直しだ!!」
河野 敦が自主的に整理整頓した職務机をひっくり返す勢いで滝沢所長は当たり散らした。
彼に科せられた目的は100人の生贄だ。
若い、少女や少年……ただし種族は問わない……を殺戮の相手として河野敦は要求した。
報酬は、今や異世界人の中でトップクラスの権力を持つ河野 彰との会合。
カンパニーでの風向きが悪くなってきた彼にとっては、必ず手に入れなければならないチャンスなのだ。
それを……あの赤崎 紅子は。
ただし、彼女は強引ではあるが、権限を越えるような違反は何も犯してはいない。
「荒れているな……所長」
「当たり前だ……100人もの人間が行方不明……その罪を俺は奴ら三人の擦り付けるつもりだったのだ、だがシラユキが試験を初日で突破してしまった……一番立場が弱く、一番弱い奴ならば必ずや陥れられると思っていたのに……」
例え人間でない使鬼だとしても、100人もの存在が殺され、行方不明になれば大問題だ。
当然、それは管理者である滝沢所長の責任になる。
だがそれを行ったのが彼より上位の存在ならば話は変わるのだ。
陽菜……黒須代表の研究機関の管轄である彼女は、使部課末端ケタの部長であると同時に、代表に直接謁見できる旗本でもある。
黒須代表の威光を畏れ……などと言い訳できる余地がある。
それはすなわち罪を擦り付けられる程、高い立場にいるという事だ。
そして陽菜の弱点は、人外という低い立場にある使魔・シラユキ。
試験の合格をチラつかせれば簡単に堕ちる愚鈍な存在。
それがどれほど杜撰で願望交じりの計画だとしても、滝沢部長にはもはやそれしかなかった。
このカンパニーで逆転するには、外部の権力と手を握るしかない。
彼はひどく狭まった瞳孔で必死に計画の修正を試みる。
「俺が手を貸してやろう……自分の願望でもあるしな」
その必死さに、情けをかられたのか、河野敦が助け舟を出す。
まるで悪魔のささやきのように彼は滝沢所長の耳に何事かを吹き込んだ。
「え……それでいいのか?」
「ああ、俺は殺せればそれでいい……」
「だが……」
躊躇する滝沢所長だが、長考の末、彼は河野敦の提案を受け取った。
嘘は大きいほどバレにくい……そんな言葉を口にして。
「では、頼むぜ……」
含み笑いを漏らす河野敦。
そんな背中に滝沢所長は声を投げかける。
「私の事務仕事に勝手に手を付けないでくれ……部外者に内部資料を見られると私の責任問題だ」
「ふん、触ったのは末端の雑務だ……そこら辺は弁えている」
「いや、それでも困る……何もしないでくれ、何もしない事がお前に望む私の全てだ」
「……」
なぜか肩を落としてしょんぼりした河野敦に疑問を投げかけながらも、滝沢所長は、敦の助言通りに計画の再考を行う。
これで全てはうまくいく。
ついでに目障りなリーネと陽菜、シラユキの三人も始末できるのだから、万々歳だ。
*****
カンパニー成績不審者収容所・牢屋?・雪月side―――
(痛い……筋肉痛だ)
紅子の決闘騒ぎに巻き込まれた俺は、なんとか生き延びた。
そして今、何時間にも及んだ決闘による筋肉痛に苦しんでいる。
「あぁぁぁぁぁ!!」
「こりゃ重傷だな」
時刻は深夜……寝ている陽菜やリーネにとっては迷惑かもしれないが、俺としてもこの激痛は耐えがたい。
しかしこの身体は若いな。
現代日本の本来の三十の身体では筋肉痛は三日後に来たんだが……。
「しっかし、不運だったな……また絡まれて、大した怪我じゃないけど……ズボンとか袖とかボロボロ……繕っておくわ」
「布あるんですか……?」
「さっき紅子とかの使いが、伝達事項と一緒に南条家の制服持って来たから、バラシて使うよ」
伝達事項……ね。
どんな内容かと思って聞いてみると、なんてことはない。
合格して暇なんだから特別顧問である自分を手伝えという事と、能力を測定するからとのこと。
合格……本当に俺は合格したのだろうか?
「騙されたんじゃないか……教官を倒して試験合格なんて考えられない……シラユキが倒したとも思えないし」
「いえ、一応はそういうケースもあるにはあります」
教官を倒した。
それすなわち、事戦闘に置いて教官よりも能力が高いという事。
今回の試験はダメな奴を足切りするためであり、特定分野でも利用価値があれば、解雇したり窓際に追い込む必要はない。
まだまだ使えるのならば、使うべき……そう言う判断が行われるそうだ。
(基本的に人間じゃなくて、人材なのね……負けた方が良かったんじゃないか?)
どうせ紅子のアレも無理難題を押し付けに来るだけだろうしな。
「断りますか……赤崎さんの要請」
「断れるんですか?」
「彼女はあくまで他所から来た人間で、カンパニーの役職ではありませんから……試験内容や判定に影響は与えられても構成員に対する強制権はありません……試験を突破した以上、縁を切っても問題ないかと」
陽菜の目が怖い。
紅子をまるで親の仇のように見ているかのようだ。
いや、紅子のアレは闇討ち同然だから、仲間としてあるいは配下をやられて怒るのも分からなくはないが……。
なんとなくだが、この収容所に来る前あたりから彼女の態度が妙に極端な気がする。
なんだ……代表から強烈な叱責でも受けたのか。
此度の活躍まったく褒められたものではない……。
ダンジョン出るたびに贈り物すれば粛清されないんだぜ……まったく関係ない話だがな。
それはともかく。
「いや、受けよう……紅子は河野グループと仲が良いそうだと、あの白覆面も言っていたし、奴らがリーネを狙っているとなれば……とりあえずゴマでもすって情報を引き出す……うまくいけば協力してもらえるかも」
「別にいいぞ……私は自分の身は自分で守れる」
「一応の用心だ、気にするな……何もなかったのならば俺の取り越し苦労で済む」
陰キャラの俺とはまったく合いそうにない、体育会系のあの女と付き合うのは苦痛だが、ここで手を打たずにリーネが奴らに攫われる事態になっては目も当てられない。
ここは我慢……。
香具山ではとてつもなく痛い目にあったのだ、同じ目に合うのは御免被る。
その痛み、今度は俺ではなく、リーネかもしれないが……同じことだ。
「……」
なんかいつの間にか寝ている俺の太ももとかをマッサージしてくれている陽菜。
そしてリーネは、なぜか正座して俺の事を不思議そうに覗き込んでいる。
……不味い、油断して地が出てしまった。
その事を不審に思っているのかもしれない。
ここは何とか純朴なシラユキを演じなければ……いや、こいつら元のシラユキを知らないんだけどな。
「おかしいな……私は指名手配はされても、懸賞金はかかっていないからちゃんとした刺客は来ない筈だけど」
「何を過去にしているんですか……陽菜さん?」
「いえ、私も詳しくは……なんでもムスペルハイム教国の首都・レーヴァには入れないとかなんとか」
(首都追放処分かよ……)
本当に何をやったんだ、この女。
もしかして河野兄は正当な理由でリーネを追って来ている訳ではないよな。
それでも逃がす……もといリーネが逃げるのを見て見ぬふりはするけどよ。
「ま……ともかく頼むわ」
リーネはそうして俺の服を胸に抱え、頬をポリポリ掻きながら離れていく。
心なしか、その頬がうっすらと赤い……掻きすぎてないか?
あるいは……
「風邪ですか……」
「リーネさんは嬉しいんですよ」
「……嬉しい?」
嬉しいとはどういうことなのか、俺は別に嬉しくなるようなことはしていないが……
「私は何もリーネさんにプレゼントの類をしていませんが……」
「いや、そうじゃなくて……」
陽菜がどうにも困ったような顔をしている。
例えるならば、子供にどうすれば、走ると転んで危ないことを教えようかと言うような対応に困る顔。
実家の近所で若奥様が、子供と一緒の時にそんな顔をしていた時がある。
ちなみに俺が近づくと子供を後ろに隠してスマフォをチラつかせるのだが、止めて欲しい。
俺と彼女は、小学生から高校までほぼ同じクラスの奇跡的な幼馴染なのだが、どうやら俺の事は忘れてしまった様子。
……どうでもいいね。
(何を悩んでいるか知らないが……子供は転んで怪我して痛い思いをしなければ、分からないって……)
ともかく、今は寝よう。
この身体は二人と違ってあまり体力がない。
肝心な時に疲れて動けないでは、悔やむに悔めない。
という訳で……おやすみ。
揉まれている太ももからの気持ちよさに身を任せ、俺は瞬間睡眠に入る。
と言うか、この試験中に与えられたこの部屋、一部屋しかない。
多分、多人数用の牢屋を改築したような、トイレを抜かした1D。
無論、雑魚寝状態なんだけど……着替えとかどうするんだ。
男一人に女二人なんですけど……。
使鬼は性欲がないらしいけど、いいのか?
使鬼は異性と同室させても問題ないと……?
俺が乗っ取っているこの使鬼というこの身体について、俺は良く知らないことに気付いた。
明日、調べてみようか。




