死者は蘇る・二
カンパニー成績不審者収容所・雪月side―――
「断られると思っていました……だから嬉しいわ」
あの不可解な試験に合格通知……その翌日。
俺は紅子の要請を受諾していた。
目の前には、頼りがいのあるお姉さん系女隊長が、臨時の仲間が増えて嬉しいわ……と厳しいながらも、朗らかにほほ笑んでいる。
ま……紅子なんだけど。
俺としては化粧や表情筋の訓練でここまで印象が変わるとは驚きであった。
恐らく、この姿が彼女の理想なのだろうが……体育会系暴走娘の本性を知っているこちらとしては、うまく化けたなぐらいにしか思えない。
その化けの皮を剥がしたい欲望にかられるが……そんなことをすれば後の報復が恐ろしいことになるのは明らかなので、自制した。
北条 氷穂のように、ヤバい性格を隠すために別人格を演じているのに比べれば可愛い物だと俺は納得することにした。
「ではお仕事だけど……私は仕事はカンパニーの使鬼の中で、優秀な者を選抜して、この収容所から卒業させることだから、貴方には第一番の卒業者として試験の見本をしてもらいます」
使えないと判断された使鬼のなかで、まだマシな奴を選ぶための試験……危険で痛いのをまず受けて、後続を引き締める戒めとなって貰います……そういうことね。
偏見混じりだと言うのは分かっているが、どうにも疑心暗鬼となってしまう俺。
俺は使鬼・シラユキの身体を乗っ取っている現代日本出身の異世界人・雪月という中年男性。
この世界で生き返ったと喜んでいたが……これまでの経緯を総合すると、この使鬼と言う種族は、ぶっちゃけ、奴隷種族。
人間に仕え、人間のために己が身を散らすのが誉れと考える、そんな存在である。
そう言った連中を庇護して愛でるのが俺ら人生ドロップアウト組の愉しみ。
現実世界で頑張りが認められなかった苦しみを味合わせないよう、褒めたり可愛がったりして認めてあげる。
苦しんだ人間は、同じ苦しむ人間には優しいのだ……だってどう苦しんでいるか分かるからだ。
逆に言えば苦しまなかった人間には慰められない……自分が体験しなかったことを想像できる人間は少ない。
が……自分がそんな奴隷種族になってはそんな醍醐味以前の問題である。
どうしてこうなった……なぜ異世界で現代日本以下の生活を……全ては河野が悪い。
「……コネ就職」
「期待外れ……」
「ズルして……」
「信じられない……」
「エリート……」
「勝った……」
紅子の後ろで借りてきた猫の子よろしく、三歩離れてついて行くと、俺には蔑みの声、そして紅子には羨望の声が……。
ま、こんなものだよな……え、逆?
よくよく周囲を見回すと、付近には額に式札を付けた小学から中学くらいの子供たちばかり……俺と同じ、使鬼だ。
彼らは俺に羨望の目線を向け、逆に紅子には、どこか馬鹿にしたような目を向ける。
まさか罠か……。
俺をおだてて気持ち良くさせて、隙をついてグサリと……おのれ、紅子め!!
「やっぱり……おしゃべりな奴がいるみたいやね……」
紅子がため息をつく。
喋り方が素に戻っている……。
これが合図か……と戦々恐々とする俺に、何を勘違いしたのかこの様子の訳を紅子が愉しそうに喋る。
「あんたがなんで合格したか聞かれたから、ウチをボコボコにしたからと答えたら……一晩でこの有様……よっぽど、ウチを下げたい奴がいるみたいやわ、おもろいよな」
何でもないかのように、くくくと笑う紅子。
こいつ、鋼のメンタルか……俺ならこんな陰口を叩かれたならば、また不登校になりそうだが、この女はまるでダメージを受けていない。
むしろ、こんなことして可愛いよな……ぐらいの余裕すら感じられる。
これが、姫としての権能なのか。
「にしても、受けてくれるとは思わなかった……東条家から追放したのはウチやし、恨まれていると……記憶喪失だっけ?」
それはともかく、ここはどうやってこの女を協力させるか。
目的は河野兄のリーネに対するちょっかいをはねのける事……
そのためにはこの女をどうやって罠に……。
(やめよう……)
いくつもの策謀(三つくらい)を考えた末に、俺はその全てを放棄した。
考えてみれば、俺の立場は安定している。
試験は合格しているし、つまりは廃棄処分の対象からは外れているし、ここで冒険する必要はない。
なんとなくだが、俺には軍師とかの才能はなさそうだし、一派逆転であちらの世界での鬱憤もろとも晴らしてやろうとも思ったが、悲惨な末路しか想像できない(経験談)。
地道に、のんびりとやっていくか……。
最底辺で出世の見込みはないし、出世目的で頑張る必要はない……つまりは時間だけはたっぷりとある。
「そのことですが……一つ交換条件でお願いが」
「何かしら?」
再び猫を被ってお姉さん系に戻った紅子に、俺はお願いをする。
縋るでもなく、媚びるでもなく、ただ淡々と……。
社畜時代で、延々と続けてきた重要でない事柄で行われた交渉。
枝豆切れっているんすよ……別のでいいですか?
今日はこれがおすすめなんです……今日はこっちなんてどうですか?
もうすぐビールお持ちします、立て込んでて……すみません、お待ちください。
そんな事を俺は思い出していた。
*****
「河野 敦が、貴方の仲間にちょっかいを掛けているので止めて欲しい?」
「はい、こちらも迷惑していまして……なんとかなりませんか?」
断られるのなら仕方が無い……くらいで思っていたのだが、どうにも紅子の食いつきがいい。
そう言えば、リーネはカンパニーの書類上は死んでいるんだっけ……あいつ、何をしているんだ?
「仲間って……リーネ?……七年前の襲撃事件で帝乃槍に攫われていて、この前処刑されたってていう……」
「そうなんですか?」
聞けば、どうにもつまらない事柄だった。
七年前の和人の大惨敗で、カンパニーはうまく立ち回って被害を少なくした。
が、そのことが気に食わなかった教国の一部貴族はカンパニー支部を襲撃、社員を連れ去り、うち何人かは即座に見せしめ処刑。
ようは挑発だ。
さんざんちょっかいを掛けて、こちらが手を払ったりすると……いてぇ、腕が折れた……これはこちらへの宣戦布告とみなす……戦争だ!!
という、今時恥ずかしくて誰もやらないような古典的な手法。
さすが異世界、流行が後れているぜ。
「スルト教王は御年五百歳……祝福で延命しているとはいえ、身体はボロボロ……戦争終結で気が緩んで体調を崩したところで、貴族らの暴走を止められなかったそうよ」
「黒須代表は結局、その挑発には……」
「乗らなかった……だけど、見方を変えれば社員が殺されても、代表はそれを見捨てたと取ることもできる……だからこのことはカンパニーの極秘事項」
「バラしていいんですか……」
「黙っていてね……後で彩春に怒られるから」
メっと言うかのようにこちらを威嚇する紅子。
どうにもその茶目っ気が似合う。
クールぶっても似合わない……素の表情の方が似合うし可愛いと思うのだけど……俺がどうこう言う事ではないな。
「ところで……協力の方は」
「逸らないで、私も興味はある……死んだはずの人間が歩き回り、そして殺した人間が再び、死んだ人間に興味を持つなんて」
「死んだ……え、殺した……?」
「七年前の支部襲撃の隊長は河野敦よ……いつかの飲み会でそう喋っていたわ」
(はぃぃぃ……!!)
いきなりとんでもない物を引いた。
リーネを殺し損ねた奴が、今度こそ止めを刺しにやって来た。
それって、とんでもないことなんじゃ。
(何かを知ったのかリーネは……多分、本人が知らないうちに)
いや、七年は時間が経ちすぎている……情報の口封じには致命的な猶予だ。
であるならば、狙うのは別口か……。
さっぱり分からない。
俺では判断しようがない。
夜に三人で集まった時に二人に考えてもらうか。
試行錯誤の末、俺はそう決断した。
やはり俺には頭脳労働は向いていないらしい。
ああ、憧れていたんだけどな……軍師系。
「他に協力できることはない?」
悩む俺を、紅子がニンマリしながら見ていた。
悪戯を思いついたような、何か愉しそうな物を見つけた子供の目。
「今の所は……」
もしかしてとんでもない代償を背負わされるのか。
また戦々恐々しつつある俺を、彼女はしかし、何も言わずに前を向く。
「これが終わったら……同じ服を着せて、同じ職場に連れてきて、同じ家に住まわせ、同じご飯食べて……」
何を言っているんだ、この女は?
「冗談や……そんなことしたらウチ、彩春に締め上げられる、な」
天真爛漫に笑う彼女を少し間、俺は見とれた。
高校時代……彼女のような人と付き合っていれば、愉しかっただろうなと妄想する。
俺の陰キャラオーラを吹き飛ばし、周りと繋いでくれるその力を。
だがそれはただ空しい。
もはや戻りようもない。
やり直すこともできない、退屈だけのその日々を。
俺はもう超えてしまった。




