再び殺された男/目のない蛇・三
香具山・裏山・雪月side―――
秋虎をあの場に置き去りにした俺は、敵軍に見つからない様に山中を移動する。
後ろにはあの蛇……はいない。
どうやらあれは、俺の意志一つで出たり消えたりできるらしい。
非常に便利だ。
大きさは七メートルくらい、太さは二メートル程、体感的には熊が二匹、肩車とかして縦に並んだような威圧感だ。
こんなものがウロウロしていたら、すぐに見つかるし、いい的だ……後なんとなくだがこいつがダメージを受けたら俺もダメージ受けそう……漫画とかではだいたいそうだし。
ということで俺は山を半周する勢いで進軍し、切り傷だらけになりながらこの香具山の入り口までやってきた。
思った通り、鎧を来た帝乃槍の兵士たちが陣を敷いている。
魔法陣なんか作っちゃったり、周りには長い杖を上に立ててポーズを決めている奴もいる。
うむ……なかなか中二病精神に響くな、今度俺も蛇を出すときにはなんか決め台詞とか考えていた方がいいんじゃないだろうか。
時間がないのが残念だ。
「あのでかい仮面野郎に手柄を取られたりしないだろうな……」
「そこら辺は大丈夫だ、一番槍は我らと決まっている、そういう契約で奴らを雇ったんだから」
「まかり間違ってあいつが第一王子のお眼鏡にかかっては事だぞ……家柄が低いライナルト様では首都では出世できん……北と手を組まなくては」
なにやら喋っているようだが、俺には関係のないことだ。
俺は絶対に見つからない様に斜面の奥に隠れて蛇を少し遠くに召喚する。
そう言えば名前を決めておかないとな……ダークメデューサ? いやノーアイズ・ブラック・スネーク……いやいやいや、スネークではなんか弱そうだな。
「おい、なんだ……何が出た!!」
「敵襲……敵襲!!」
そうこうする内に、敵の陣で騒ぎが起こる。
蛇が出現し、滅茶苦茶に暴れ始めたのだ。
何かが壊れる音や悲鳴が聞こえてくる。
肩車した熊が大暴れしているようなものだ……恐慌状態になっても仕方がない。
(しかし、見えないな……)
だが問題として、俺からは状況が見えない。
見つからない様に隠れているからだが、それでは有効的に攻撃できない。
まかり間違って、見当違いの方向に進んでは事だ。
突然でかい蛇が現れて、何もない所で踊り出した……とか言われたら情けなさ過ぎる。
(少しだけ覗いてみるか……)
しばし考え込んだ俺は、見つかる危険を覚悟で状況確認をすることにした。
斜面の影からひょっこりと顔をだ……そうとした。
(動けない……?)
怖いのではない……身体がしびれた様に動かないのだ。
ふと下をみると地面に魔法陣が描かれていた……いや、出現した。
まるで俺を捕えようとするかのように。
「術者を確保!!」
いつのまに目の前には武装した兵士が十数人……はっ?
疑問に思う間もなく、兵士は剣を抜き、斬りつけてくる。
俺は動かぬ身体になんとか鞭を打って、それを避け……られない。
熱い感触と共に、腹にぬめりのある液体がかけられる。
服が張り付くのが気持ち悪い。
そして続く激痛……。
頭の奥をガンガン叩かれるような猛烈な痛み。
「いたいいたい、いぎゃぎゃぎゃぎゃ……!!」
狂ったように喚き散らす何者かがただひたすら不愉快……痛いんだから静かにして欲しい。
「索敵に反応は……」
「ありません……術者はこいつ一人のようです」
「そうか……では尋問の必要はないな、殺せ」
「お待ちなさい……」
兵士たちがマジでやばいことを言いあっている中、一人の男が現れる。
西洋鎧の兵士とは違い、その男は着物のような服装だった。
手には杖、年の頃は四十くらい、どうにも骨っぽい顔だった。
もしかして……助かった。
「見て見なさい、彼が着ているのはカンパニーの制服……しかもあの蛇を扱うほどの術者、何か知っていますよ……戦闘以外でもね」
「ふん、ならばするがいい……ご自慢の権能でな……ただし与える時間は五分だ」
「それでいいです……」
男が何か呪文を唱えると、俺の身体がジェットコースターに直で乗ったかのようにぶっ飛んだ。
目元と、口元、鼻の下、それと股間あたりが生暖かい。
もう、何も考えたくない。
でも痛い……。
痛い。
「人の身体は激しい損傷を受けた時に、ショック死しないように脳内麻薬で痛覚を麻痺させる、それは使鬼とて同じ……だが私の権能はそれを制御する……まったく、この世界に来て早七年……今ではこれだけが楽しみだ」
「……」
「いい顔だ……くっ、河野め、私も十二人の一人だと言うのに、仲間である俺を見捨てて」
男が何やらぶつくさと文句を言う。
かわの……だれだっけ?
それよりも……もう止めて。
復讐とかあきらめるから、もう酒とか控えるから。
休日出勤、サービス残業とかでも文句言わないから。
兄貴ばかり贔屓しても、外食で俺だけ置いてきぼりにされても、文句言わないから。
止めて……。
「尋問するのではなかったのか……」
「そうでしたかな……?」
「ふん、外道が……」
目の前に男の杖が突き付けられる。
「ほれ……トドメだ、痛覚二倍……全身から体液を垂れ流しながら死ね」
男の顔が黒茶色に膨れ上がった。
ど汚い黒茶色の大きな顔は、よく見ると目のない蛇であり、男の頭をぱっくりと飲み込んでいた。
蛇の顔が一瞬、少年のような顔になる。
銀髪で、朱い目をした中学生くらいの少年。
(シラユキ……)
シラユキがなんなのか良く分からないが、俺はそんな名前を口にしていた。
「術者が……こ、の状態で……なぜ、う……ごけ」
痛みで苦しい俺の耳にさらに煩い声が届いてくる。
耳が痛い、耳も痛い。
だけどだんだん、痛みが弱まっているような気がする。
その代わりに身体が冷たくなってくる。
経験から、これは死ぬと理解していた俺は総身を貫く死への恐怖に突き動かされて破けた服を包帯代わりにして、傷口を縛り、血を止める。
目の前では蛇が暴れている。
兵士を薙ぎ倒し、食いちぎり、殺戮を繰り返していく。
何が起きている……止めろ、ちょっと痛めつけるだけで今回は……。
言う事を聞かない。
蛇が俺の命令など無視して殺しまくっている。
彼らの悲鳴が、悲鳴が……。
え、俺……もしかしてこれ、術者である俺のせい?
「ん、は、い……おれが……俺が悪いんじゃない」
目の前の光景は奴らが俺を襲ったから悪いんだ。
痛めつけたから悪いんだ。
勝手に暴れている蛇が悪い!!
転がる腕とか頭とかを見ないよう、俺は頭を抱えてその場で丸まった。
目をつぶり、耳を塞ぎ、傷の痛みだけに集中し、俺はブルブルと子犬の様に震え続ける。
*****
香具山・裏山・氷穂side―――
皮鎧に身を包んだ数十名くらいの集団が、帝乃槍の後方陣地付近の森の中に潜んでいた。
魔術士相手、どころかフル武装の兵士相手には心もとない装備だが、金属製の鎧をガチャガチャさせて移動しては、敵に気付かれてしまう。
「敵軍が混乱している……なに、あの蛇は……香具山ではあんな動物が生息しているの?」
「そんなはずはないのですが……」
皮で補強した頭巾をつけた指揮官らしき者の顔は見えない。
だが隙間から覗く朱色の瞳を見れば、知る者は彼女の名前を言い当てられる。
彼女は北条氷穂。
城壁の方には最終手段を用意した後、彼女はそれで城壁は万全と判断して、ひそかに山を越えて、敵軍後方への夜襲を敢行しようとしていた。
切り立った崖を登り、うっそうとした森を抜け……特殊訓練を受けた親衛隊だからこそできる荒業であった。
「長さは7メートル、30くらい……なかなか可愛らしい……捕まえて北条家が経営する動物園に入れられないだろうか?」
「大隊長……余計なことは考えないでください」
「あれを手なずけて騎乗し、大宰府に出勤すれば人気者になれないだろうか……」
「余計なことは考えるな」
「ち……」
時たま場を和ませるために、軽い冗談をいう癖が氷穂にはある。
が、センスに問題があるのか、それが受けたことはほぼ皆無であった。
「ともかく、好都合だね……攻撃開始……帝乃槍をかく乱しよう……真面目に戦っちゃダメだよ……あくまで時間稼ぎなんだから」
最終手段は最終手段……彼女の本来の計画は明日の昼頃に来る援軍待ちである。
合図を受けた親衛隊が声を出さず、身振り手振りだけで音もなく森から草原へと進み出た。
帝乃槍の索敵は彼らを補足できない。
彼らは魔術を使ってはいないのだから。
先生……帝乃槍の統率者である、第一王子ヴェンツェルがいればこんな手は使えなかっただろう。
彼と言う化け物がいないことを、北条氷穂は先祖と父親に感謝していた。




